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カノン伝記  作者: 真喜兎
第六章 新天の神
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51-1.スラトの想い

 目を覚ましたカノンに大きなケガはなく、ローカスに送られて家に戻った。ローカスは日輪の神が現れた話はしなかった。ただ別れ際カノンの額に優しくキスをした。


「また今度会おう」


 キスされた額とその笑顔がくすぐったく思えて、思わず微笑んでしまった。ローカスはそれを見て満足して去っていった。


「新しい恋人か?」


 カノンは突然後ろから声をかけられて、ビクッと体を強張らせる。


「ハハ、違うよ」


 振り返る前からその声がマクの声だというのはわかっていたので、ごまかすように力なく笑う。


「まあおれはいいんだけどな。おまえが幸せを見つけるためなら、何人と付き合っていたって」

「そんな事言わないで、しかってよ、マク」


 マクは抱えていた大きなスイカをカノンに渡した。


「お裾分けだ。知り合いがくれたんだ」


 マクは「今度、畑も貸してもらえる事になったんだ」と、すっかりこの地に馴染んでいる様子を伝えてくる。屋敷使用人のベングじいさんが出てきて、カノンの代わりにスイカを持っていってくれた。


 ベングは今は週に二回だけカノンの家に来て、庭の手入れなんかをしてくれる。そのベングがじろっと睨むので、マクは屋敷に入らず門の外で話をする。


「マルコが言ってる。しばらく森に近づかない方がいい。日輪の神様の機嫌が悪いらしい」


 マルコはマクに憑いている子供の霊だ。カノンは「そっか」と頷く。マクは手を伸ばして、そっとカノンの髪を撫ぜた。


「おまえがこの屋敷に留まる理由を知っている。いつかディアンダが現れるかもしれないと思っているんだろう?」


 カノンはぎくっとした。復讐を忘れると、レイアにもマクにも言って、自分の気持ちをごまかしてきた。ここにいる理由はマクやレイアがいるからだ。そう思っていた。だが心の底では望んでいる。父という男に剣を突き立てる時を。


「いつだって言う。おれはおまえに幸せになってほしいと望んでいる。おれやレイアの事は気にするな。おまえがここを出て行きたいと思った時は、いつだって旅に出たっていいんだ」


 復讐する気持ちは忘れて。そう言いたいのがわかった。


「本当にローカスとはそんなんじゃないよ」


 カノンは少し笑んでそう言ったが、帰っていくマクの背中を見送りながら思った。


(本当にこのまま飛べていけたら)


 父に対する憎悪、恐怖心。青空を映す神の言った不安な言葉。すべてから解き放たれたい気持ちが少しずつ大きくなってきていた。






 剣を振る。ずっと不安な気持ちのまま。本当に父が現れたらどうしよう? 復讐したいはずなのに、今は恐怖心の方が勝っていた。


 この日、初めてスラトに負けた。スラトは「よっしゃ!」と、ガッツポーズをして喜んでいる。いつも訓練場の端でお喋りしているメンバーが「よくやった、スラト!」とか、「ついにやったな!」とか叫んでいる。そして珍しく早々に全員帰る姿勢を見せた。


「がんばれよ、スラト」

「結果、聞かせろよ」


 試合が終わった後だというのに、なぜかそんな言葉をスラトにかけていく。そのメンバーがお喋りに参加せず訓練していた者にも声をかけると、本当に訓練場にはカノンとスラトの二人以外誰もいなくなった。


「今日なんかあったっけ……?」


 カノンは首を傾げるが、スラトは試合で激しく動いた後のほてった顔をしかめ面にしたまま答えない。カノンは訓練用の剣をしまって、シャワーを浴びて来ようかなと考える。訓練後はいつも汗だくになるので、訓練場に併設してあるシャワー室に寄る。


「ま、待て」


 みんなに合わせて帰る準備をしだすカノンを、スラトが止める。カノンは振り返るが、スラトはほてった顔をますます赤くして、「い、いや、行っていい」と言う。


「おれもシャワー浴びてくる」


 そう言いながら早足でカノンを追い越した後、いつも以上にしかめ面をして睨んできた。


「シャワー浴びたらここで待ってろ」

(なんか悪い事したかな……?)


 もしかして試合で手を抜いただろとか、イチャモンをつけられるんだろうか? いや、カノンだって必死だ。いつ現れるかもしれない恐怖に負けない力が欲しくて、強く剣を振っている。それで負けたのがショックなくらいだ。


 頭からシャワーを浴びながらずっと考えていた。逃げ出したい。この恐怖から開放されたい。


 カノンはしばらくぼーっとした後、スラトが待っているのを思い出してシャワーから上がった。






 スラトはやっぱりしかめ面でカノンを待っていた。


「来ないかと思った」


 スラトは怒っているのか、微かに震えているようにも思える。


「ん、うん、ごめん」


 カノンは何を言われるのかと緊張した。「座って話す」と言うので、カノンはスラトと一緒に闘技場の端のベンチに座る。座ってもスラトはすぐには何も話し出さなかった。何か苛立っているかのようにそわそわしている。


「座んなきゃよかった」


 スラトははあっと息を吐いて、頭をガシガシと搔いている。あまりにも沈黙が続くので、カノンはぼーっとし始めた。誰もいない訓練場の中の空間を見つめる。何も考えずに剣を振れた頃はよかった。母さんに認めてもらうため、ただがむしゃらに練習ができていた頃は。今は怖い。怖くて剣を振っている。


「あんたさ、なんか悩みある?」


 不意にスラトがそう言ってきた。


「え? い、いや……」


 それが聞きたくてこんなに間を置いていたんだろうか。カノンは迷ったが、少しだけ話す事にした。


「わたし、戦いたい男がいるんだ。戦いたい……んだけど、同時にとても怖い気持ちがある。本当はもう二度と会いたくない」


 スラトは座りながらもできるだけカノンに体を向けた。そして真っ直ぐカノンの目を見つめる。


「あんたが戦いたくない男なら、おれが戦ってやる。あんたを怖がらせる男なんて、おれにとっても敵だ」

「なぜ……?」


 カノンはその理由が本当にわからなかった。スラトはいつも頬を赤くするほど怒ったような顔で睨んできていたから。


「あんたが好きだ。あんたにおれの彼女になってほしい」


 一瞬の間を置いてその言葉を理解した後、カノンは顔が赤くなって心臓がばくばく鳴り出したのがわかった。スラトの今までの怒ったような態度は、すべて緊張していたからなんだという事を、やっと理解した。


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