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カノン伝記  作者: 真喜兎
第六章 新天の神
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50-2.邪法の完成形

 ローカスは大樹の森の中に入る。森を縄張りとしている翼人は、タイミングがいいのか悪いのか現れない。


 その内あまり大きくはない湖のあるところに出た。まるで鏡面のように大樹の森の木々と空を映しているその湖は、確かに神秘的で美しかった。


「心が落ち着くだろう?」


 ローカスはそう言って湖の近くに座る。カノンも促されて腰を下ろした。


「本当にきれいだ」


 カノンが心洗われる気分でいると、ローカスは座っている距離を縮めてきて、カノンの肩を抱いた。


「あ、あの……」


 カノンが戸惑っていると、ローカスはキスをしようとしてくる。


「ちょ、ちょっと待って! わ、わたし、一応、恋人、みたいな人がいる、んだけど……!」


 カノンはしどろもどろに拒否するが、ローカスはそれがどうしたとでも言いたげに顔を寄せてくる。


「本当に嫌なら平手の一つもするものだ」


 ローカスは手慣れた様子でカノンの服を脱がそうとしている。カノンはローカスの体を離そうとしながら、本当に平手打ちをしてやるべきかと思った瞬間、声が響いた。


――見せつけてくれるじゃないか――






 気づけば湖の上にくすんだ青色の髪をなびかせた女が浮いていた。それはカノンが見覚えのある女だ。


「青空を映す神……!」

「久しぶりだね、ディアンダの娘。カノンといったか」


 青空を映す神は以前出会った時のように、不敵な笑みを浮かべてカノンとローカスを見ていたが、すぐにため息をつく。


「ったく、ディアンダの奴、何してるんだい。このまま他の男に取られるつもりか? いや、邪法は生娘でなくてもいいのか」


 青空を映す神はぶつぶつと一人で喋る。しかしそれはカノンに聞こえていて、カノンはぞわっと身の毛がよだった気がした。


「ディアンダという男は、わたしの父親だという男は、わたしをどうするつもりだ!?」


 カノンの声は自然と震えていた。答えなど聞きたくなかったが、尋ねずにはいられない。「さて……」と青空を映す神は考えた。


(答えてやるのもおもしろいんだが、なぜかためらってしまうね。このガキが苦しもうが、ディアンダの邪法がやりにくくなろうが、あたしには関係ないんだが)


 青空を映す神が迷っていると、邪魔をされたローカスが不服そうな顔で口を挟んできた。


「ディアンダってわたしの知っているディアンダの事か? その娘だとか、何を言っているんだ?」


 青空を映す神の沈黙と、ローカスの言葉はカノンの不安を確信に近いものにした。


 父だという魔帝と、今の魔帝が違う者かもしれないとか、魔帝と若いディアンダという青年は違う人物かもしれないとか、混乱した情報の中でも薄々感じていた。理屈では説明できないが、直感が告げていた。あれ(・・)が父だ。


 それ(・・)がわたしに何をしようとしているのか。怒りに負けないくらいの恐怖が湧いてくる。カノンは震える手を必死で抑え込もうとした。


「どうした? 顔色が悪いぞ」


 カノンの様子に気づいてローカスが声をかける。青空を映す神もわかった。カノンはすべてに感づいたのだと。


「ディアンダの殺し方を教えてやるよ」


 青空を映す神はカノンに近づいてきて囁くように言う。


「あいつの寝込みを襲いな。あいつは邪法の副作用で数週間眠る事がある。できるだけ殺気を殺して近づくんだ。そして静かに()りな」


 カノンはパシッと青空を映す神の手を払った。


「断る。わたしは魔帝に関わる気はない」


 それはカノンの精一杯の強がりだった。しかし青空を映す神はそんなカノンの反抗より、払われた手の方を気にした。


「あたしに触った? 気づかなかったが、あたしの体は今、現世に近づいているのか?」


 青空を映す神はカノンに触ってみる。カノンの手をしっかりとつかむ事ができた。


「あんたが鍵だったのか。いや、だが考えれば何も不思議な事じゃない。こんな事を見落としていたなんて」


 青空を映す神はカノンに顔を近づけて匂いを嗅いだ。


「濃い魔力の匂い。あんたを喰えばいいのか? いや、違う。違う気がする。もっとおぞましい何か……」


 考えている内に、青空を映す神は体にだるさを覚えてきた。嫌な予感がして、カノンから離れる。それと同時に思いついた。


「そうか、あたしらの体はもう限界なんだ。だからこの世からずれた場所に移動した。この世に返り咲くには、新しい体が必要……」

「さっきから一人で何を言ってるんだ?」


 睨むカノンを見て、青空を映す神はにやりと不気味な笑みを浮かべた。


「あんたのその強い魔力の匂い。男を惹きつけるよ。惹きつけられた男は、邪法をやる力があるはずさ」

「匂い……? 惹きつける……?」

「あたしにまだ時は来ていない。あんたは哀れなほどおもしろい存在だねえ」


 青空を映す神はそのまま消えていった。






「誰なんだ、あの女は」


 ローカスはまだ不服そうな顔で、今さらながらそんな疑問を口にする。カノンは軽く首を振って、それを説明しはしなかった。


「あんな女の事は気にするな。たぶん、気にする必要はないと思う」


 さすがのローカスも、こんな雰囲気のままでカノンを抱く事はできないと悟ったのか、カノンの頭を軽く抱くだけで、カノンを慰めた。


 その時、不意に「ギャア」と声がして上から翼人が降ってきた。


「ジェス?」


 カノンはそれが自分が名をつけた翼人だと気づいたのも束の間、バランスを崩して倒れこんだ。受け身を取る事も忘れ、そのまま下の岩に頭をぶつけて気絶してしまう。ジェスはカノンの上に乗って、また「ギャア」と鳴いた。ローカスは苛立って七つの魔石を浮かせた。


「この鳥もどきが、わたしの女に何をする」

「犯すのだ。わたしの子を孕むようにな。いや、わたし自身を孕むようにか」


 いつの間にかもう一人翼人がいた。それは明らかに獣の頭しか持たないような翼人とは雰囲気が違う。


「何者だ?」

「わたしは、日輪の神」

「よくわからないが、不愉快だ。くたばれ」


 ローカスはその雰囲気にふさわしい氷のような表情になり、魔石で攻撃を仕掛ける。カノンの近くにいる事で体が実体化している日輪の神は、それを避けきれずに深手を負った。


「邪法の呪いを解く事と、死は隣り合わせというわけか。今は選べない」


 日輪の神は血を垂らしながら消えていった。


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変なのにばっか好かれる主人公! まともな夫候補はいないのか!?
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