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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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5-2.騒動

 カノン、ラオ、レイアの三人は城下町を城に向かって進んでいた。


「この月国地方では一本角の生えた神を信仰しており、その神は月夜の神と言われています」

「角の生えた神?」

「そうです。そして角の生えた人は角付きと呼ばれ、神の子孫と言われています」


 カノンは首を傾げた。


「……角の生えているのは鬼じゃないのか?」

「いえ、そういう国もあるようですが、少なくともこの地方では違います。鬼人と呼ばれる魔人達も角は生えていません」

「現在角の生えているのは、この弦の国の皇様と、この前、山でお会いした鷹常(たかつね)姫様だけです」


 カノンはまた首を傾げた。


「この前の姫……角生えてたか?」

「普段は角は見えておらず、感情が昂ったときにだけ生えてくると聞いています」

「そうなのか」


 カノンはその後もラオとレイアが交互に解説するこの国の話を聞きながら、城に向かった。






 その頃、城では騒動が起きていた。秋草あきくさ皇が額に一本の角を生やし、刀を持って立っている。その眼前で腰を抜かして怯えているのは、秋草の夫、翔葉しょうはだった。


「嘘と言ってたもれ、翔葉殿」


 秋草にいつもの人を小馬鹿にするような笑みはない。翔葉の後ろには十四歳くらいの男の子が、秋草の持つ刀の光を見て震えていた。


「母上! わたくしが説明いたします! お気をお鎮めください!」


 鷹常姫が秋草と翔葉の間に手を広げて立つ。


「鷹常、そなたも知っておったのか……下がれ、わらわが話したいのは翔葉殿だ」


 刃をちらつかせる秋草の気迫に押され、鷹常は翔葉の後ろにいる男の子を連れて秋草から距離を取る。


「わらわという者がありながら、他の女子を愛し、子供まで作っていたじゃと……? それも十数年もの間わらわに隠し通していたなど……」


 秋草は低い声で呟き、刀を構える。


「皇様、御免!」


 猫萩ねこはぎという家臣が秋草の後ろに現れて、秋草に当て身を食らわせようとする。しかし秋草はそれに気づいていたかのように、身をひるがえして避ける。そして魔力を込めた糸を四方に延ばす。


「逃がさぬわ!」


 這って逃げようとする翔葉に糸を巻き付け、その動きを止める。猫萩も糸を避けるため一旦距離を取っていた。その隙に秋草は刀を振り上げた。


「翔葉殿、御覚悟!」


 刃が勢いよく振り下ろされ、辺りに血が飛ぶ。


「父様!」


 翔葉の隠し子が叫ぶ。鷹常はその子を秋草に近寄らせぬよう必死で抑え込む。


「秋草様!?」


 騒ぎを聞きつけて現れた赤毛の家臣が、刀を握る秋草と、血を流して倒れている翔葉、そして鷹常が抱いている翔葉の隠し子を見た。


「けやき……!? なぜここに!?」


 赤毛の家臣は翔葉の隠し子の名を呼んだ。秋草はそれを聞いて、蒼白になっている顔色をさらに絶望で染まらせる。


威海いかい、貴様もか……わらわは全てに裏切られておったのか……」


 秋草は血に濡れた刃を自分の首元へ当てた。


「秋草様! 何を!?」

「しまったあ!」


 威海と呼ばれた家臣と、猫萩が叫ぶ。秋草は血しぶきを上げて倒れた。


 翔葉の隠し子は鷹常に抱かれながら、ぶるぶる震えている。鷹常は目を細めて事の顛末を見ていた。


「母上……愚かな事を……」


 鷹常は腹違いの弟を抱く手に力をこめながら呟いた。






 カノン達は城門をくぐった後、客間に通された。しかしその後一向に音沙汰ない。暇な間にラオとレイアがカノンに弦の国の歴史を講義してくれている。それからしばらくして、ラオ達の祖父、雪割ゆきわりが蒼白な顔をして現れた。


「皇様は急用により謁見できなくなった。すまないが今日は帰っておくれ」


 雪割はそれだけ言うとすぐ姿を消した。


 カノン達は外へ出た。そしてそのまま帰ろうとしたとき、鷹常が男の子を連れて歩いているのが見えた。


「鷹常様」


 ラオがそう言ったのが聞こえたかのように、鷹常もカノン達に気づいた。鷹常は少し逡巡した後、カノン達に近づいてくるよう手を振る。カノン達が寄っていくと、鷹常についていた三人の御付きの者達が前に立ち塞がった。


「これ以上鷹常様に近づくな」

「わたくしが呼んだのです。あなた達は下がりなさい」

「聞けませぬ、鷹常様。今は火急の時。お話ならば我らを挟んでお願いいたします」


 鷹常は煩わしそうな顔をするが、渋々「……よいでしょう」と頷いた。そして御付きの者達を挟んだまま、ラオ達に視線を向ける。


「あなた達、山桜桃梅ゆすらうめ雪割殿の孫と見込んでお願いがあります」

「は、なんでしょうか」


 ラオとレイアが畏まって膝をつき、カノンもそれを真似る。


「この子をあなた達に預かっていてもらいたい。この子の名はけやき。この子の事は雪割殿も知っています。今この子を城に置いておくわけにはいかないのです」

「……かしこまりました。謹んでお預かりいたします」


 ラオが頭を垂れて答える。


「さ、お行きなさい。山桜桃梅家なら悪いようにはしないはずです」

「は、はい。わかりました、姉上」


 姉上と呼ばれた鷹常は一瞬眉をひそめる。ラオとレイアはその一言で、けやきがどういう素性の者か察した。けやきは鷹常の表情を見て自分の失言に気づいたが、それを取り繕う言葉は持ち合わせていなかった。






 その頃、眉間にしわを寄せた色の白い他国の官僚が、弓張城に来ていた。その官僚は名を秋明菊しゅうめいぎく会寧かいねいと言い、この弦の国の北にある、しんの国というところの外交官だった。


 会寧かいねいは秋草との面会のため、部屋で待たされていたが、時間になっても誰も来ないので、立ち上がって庭に面した廊下に出た。


「秋草皇との謁見はどうなっているのですか」


 会寧は慌てた様子で歩いている弦の国の家臣を捕まえて聞く。


「そ、それが……皇様は急に体調を崩されたようで……」


 弦の国の家臣はしどろもどろに答えた。


「と、とにかく部屋でお待ちください」


 弦の国は秋草が急死した事を隠そうとしていたが、人の口に戸は立てられず。秋草の死は、新の国の官僚に早々に知れる事となる。






 山桜桃梅家に帰ったカノンは、庭に出て剣の素振りを始めた。


 この国の根幹を揺るがすような騒動が起きている。だがそんなことはカノンには関係なかった。カノンが自分に課している事は、ただ剣の腕を鈍らせないようにする事だけだった。

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