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カノン伝記  作者: 真喜兎
第六章 新天の神
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49-1.魔界

 カノンはその夜、ハマに抱かれた。ハマは元の宿に戻るようにラフォルに言われていたのだが、カノンの様子がおかしいので、一度宿を移ると連絡しに行った後、また戻ってきてカノンと同じ部屋に泊まった。


 ハマは最初はキスだけのつもりだった。しかしカノンがあまりにも体をすり寄せてくるので、我慢が利かなかった。


 ハマは幸せな気持ちでカノンを抱きしめた。カノンは少しだけ笑む。ハマはそれを見て安心したように眠った。


 一方、カノンは起き上がって服を着た。


「何やってるんだろうな、わたし」


 カノンの笑みは自嘲だった。不安を紛らわすためだけに体を許した自分を恥じた。






 北エルフの国に向かう者と、カラオ国に向かう者とに別れて出発しようとする日、若い医師のラウソンがカノンに話しかけてきた。


「顔色が優れないですね」

「そう……ですか?」

「幸せじゃ、ありません?」

「え?」


 カノンは言葉の意図がわからなくて不思議そうな顔をする。


「ああ、セクハラではありませんよ。医者として……というより人としてちょっと心配になっただけです」


 カノンはようやく言いたい事がわかって、少し顔を赤くする。


「ハマから聞いたんですか」

「まさか。あなた達二人で別の宿に泊まったでしょう。その後のあの青年の緩んだ顔を見ればわかりますよ」


 カノンは思わず恨めしい顔で、他の人とにこにこ話しているハマを見る。


「寂しい気持ちになる時もあるかもしれません。でも忘れないで。あなたは幸せになるために生まれたって事」


 カノンは思いがけない優しい言葉に戸惑った。ラウソンは返事は期待していないのか、「避妊はしなさいよ」と真顔で言って、そのまま離れていった。


 カノンはふっと息を吐いて力を抜いた。


「そうだな、わたしはわたしだ」


 ディアンダという恐ろしい男の存在は気がかりだが、その男に怯えて生きる事はしたくない。カノンは気持ちを取り直していく事にした。






 カラオ国に戻ったカノンはその働きを認められて、カラオ国の兵隊訓練に参加させてもらえるようになった。カノンほど若い女の兵隊がほとんどいない訓練場でカノンが剣を振ると、兵士達の視線が集まる。それを睨むように見ている青年がいた。






 ニルマは大陸の東にある故郷の町へ帰ってきていた。ニルマは男ばかりの四人兄弟の三男坊だ。兄弟の名前は上からナオマ、カオマ、ノトマ。四人ともそう歳は離れていない。


「あれ? ニル、帰ってきた」


 ニルマが声をかける前に、家の玄関前にいた弟のノトマが気づく。するとニルマと同じように長髪のカオマが「何?」と言いながら振り返る。


「ニル! くそっ、邪魔だ、女ども!」


 カオマは取り巻きの女の子達を振りほどき、ニルマの前まで走ってくると、がしっと抱きついた。


「ちょっとカオマ、ひどーい」

「あー、あれニルマじゃないー? やだ、なんか顔に傷ついてるー」


 カオマの周りで女の子達が騒いでいる光景は、いつも見ていたものだ。


「うるさいぞ、女ども! さっさと帰れ!」


 ニルマやノトマも美形だが、なぜか女の子への扱いが一番ひどいカオマが一番もてていた。ニルマはきゃーきゃー騒ぐ女の子達が苦手なので、羨ましいと思った事はない。ただ女の子に手を上げる事もあるカオマには、ちょっとため息をつきたくなってしまう事がある。それでもニルマをいつもかわいがってくれるのはカオマだった。今も必死で「この傷はどうした?」とか、「飯はちゃんと食ってたか?」と心配してくれている。


「とりあえず家に入らないか?」


 ニルマが苦笑しながらそう言うと、ようやくカオマは質問攻めをやめてくれた。「またねー」と声をかけて去っていく女の子達を完全に無視して家に入ると、カオマはひそひそ声でニルマに言った。


「おまえが出て行った原因ってあれだろ? ナオの嫁のせいだろ?」

「ちゃんとミライって呼べよ。別に……それが原因じゃない」

「嘘言うな。あの女がおまえを裏切ったからだろ」

「違うって。ミライは最初からナオが好きだったんだよ」


 二人が廊下でぶつぶつ話していると、先にリビングに入っていたノトマが顔を出す。


「何してんのさ、さっさと入りなよ。お湯沸かしといたから、カオ、お茶淹れてやってよ。おれは親父とナオ達にニルが帰ってきたって知らせてくる」


 ニルマは思わずぎくりとしたが、ノトマが「親父は仕事で帰ってこれないと思うけどね」と言いながら出て行ったので、少し安心して見送った。






 イースターは家に帰ったニルマを数日観察し、周辺で聞き込みをしていた。母親は既に亡くなっているという家族構成や、家業の葬儀屋は長男以外ほとんど手伝っていないという事を知った。その裏稼業についてもほどなくして知る事ができた。


 ニルマの母親は結界師だった。亡くなったのはノトマが生まれたすぐ後で、ニルマ達はほとんど母親の顔を覚えていない。しかし母親が封じていたものに、まったくの無知だったわけではない。母親を含めたこの町の結界師達は、魔界と呼ばれる地域に住む魔人と呼ばれる者達、特にティエフェワルデ王国という国からの侵攻からこの町を守るために結界を張っていた。


 結界は町と王国の間の深い森の中に幾重にもわたって張られていた。稀に勘の鋭い者が通り抜けてくる事はあるが、大軍の侵攻は許さない。そんな結界だった。


 それが張られるようになったのは、実はイースターがティエフェワルデ王国から出てきた後だ。イースターが惨殺した王族は比較的大人しく、魔界外への侵攻を考えていなかった。しかしその後に王の座についた者は、再びイースターのような者が現れるのを恐れ、永遠の命と力を手に入れる事ができるという邪法を行う事にした。


 魔界に伝わっていたその邪法というのは、人の血肉を喰らうこと。魔界では病を治したりする効果もあると信じられていた。


 その王も国民の命を喰おうなどとはさすがに考えなかった。その代わり国外の人間、魔界を蔑み軽んじる人間達の血肉を得ようと、戦の準備を始める。それを一早く察した町の者達が、結界師を集めて森に結界を張った。


 侵攻は食い止められた。しかしそれでも一部の者達は安心できなかった。考えたあげく人の血肉を魔界に捧げる事で、町を守る事にした。


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