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カノン伝記  作者: 真喜兎
第六章 新天の神
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48-1.不安

 カノン達は数日、オステンド国に留まる事になった。交流と観光を兼ねた休息だ。カノンも自由行動を許されて、通りを真っ直ぐ歩いていく。それをハマが追ってきた。


「どこに向かっているんだ?」

「思い出したんだ。わたし、子供の頃にここに来た事がある」


 カノンはハマがあんまり言うので、もうハマに敬語を使うのはやめていた。それでも「私用なんで、ついてこなくていいですよ」と言ってしまう。


「わたしはおまえと一緒にいたいんだ」


 ハマはカノンに追いついて、隣を歩く。


「親戚のところに行くだけだよ」

「なんだと。それならちゃんとご挨拶しなければ」

「いや、あの、ちょっと顔出すだけだから……」


 カノンはいまだにハマの好意には戸惑いを覚えていた。嫌いではない。だからはっきりと言えないのだが、好きかと言われると正直まだわからなかった。それでもハマが何か意気込んでしまったので、仕方なしに一緒に向かっていった。






 カノンは今宿泊している宿とは別の宿に入って行った。中の受付には北エルフのハマと同じように耳が長く伸びた若い青年が、にこりともせずに「いらっしゃーい」と間延びした声をかけてくる。


「お泊り、二名様ー?」

「いえ、わたし達は人を探して……」

「人探しー? お客様の情報は渡せないよー? 帰った、帰ったー」

「いえ、えーっと」


 カノンが会いに来たおじさんの名前を思い出そうとしている間に、ハマが青年と世間話を始める。


「あなたは北エルフだな?」

「ああうん。正確にはハーフエルフー。親父もお袋もハーフエルフー。お袋とおれだけ長耳で、親父と兄貴は丸耳。だから北エルフのお客さんも珍しくないよー。あんたら泊っていかないのー?」

「わたし達は通りの向こうのアンジューの宿というところに滞在しているんだ」

「ん? なんだ、それうちの別館じゃん」

「そうなのか?」

「あっちは兄貴が管理してんの。あっちの方が大きくて新しかったでしょー? だからあっち選ぶお客さんも多いんだよねー」


 ハマもあまり愛想を売るタイプではないため、二人とも大して笑いもせずに話しているが、話は弾んでいる。カノンが話に割って入れずにいると、後ろでどさっと荷物を落とす音がした。


「リ、リック……!?」


 振り返ると五十代後半くらいの男性が、カノンを見てカノンの母の名を呼んでいた。


「親父、買い出しは終わったの?」


 受付の青年の言葉にも答えず、その男性はカノンの肩を掴んだ。


「リック、リックじゃないか! よく帰って来た!」

「わたし、カノンです。リックは……母は死にました。お久しぶりです。ラフォルおじさん」


 おじさんの顔を見て名前をはっきりと思い出したカノンは、ぎこちない笑顔で挨拶する。


「カノン……? あの時の子か。もうこんなに大きくなったのか。そうか、リックは死んだのか」


 ラフォルはそれらの情報に戸惑いながらも、カノンに「よく帰ってきた」とまた言ってくれた。そして別館の方に泊まっていると言うと、こちらに部屋を空けてあるから、こちらに泊まりなさいと強く勧めてきた。


「親父ねえ、いつ来るかもわからないリック姉さんのためにずーっと空けてる部屋があんの」

「本当は家に泊めてやりたいんだ。だが家だと気を使うとリックが言っていたから」

「いつも部屋がもったいないーって、兄貴とケンカしてるんだよー」


 受付の息子は「おれはリシャリだよ」と名乗る。カノンは十一歳のクルド王国への旅の途中でここに寄った時、会った事があるのを思い出しながら握手する。


「なんか凛々しくなってるから、カノンってわからなかったなー。そっちは恋人?」


 ハマはためらいもなく「はい」と答えた。


「カノンとお付き合いさせてもらっています。ハマ・サイエ・コープルクと申します」

「いや、その自己紹介はどうかと……」


 カノンがもごもご言っているのは気にされず、部屋でゆっくり話をしようという事になった。






 カノンはリックの母親、つまりはカノンの祖母が、ラフォル達といとこだったという話を改めて聞いた。


 カノンの祖母はカミアという名で、生まれて数年で両親を失くし、ラフォルとその兄と三人兄妹として育ってきたのだと言った。カミアが十五、六の頃までは北エルフの国に住んでいたが、ラフォルの両親が亡くなってからは、三人で新天地を求めてこの町まで来た。


「この町も当時はまだ小さな町だった。だがこの町の発展を見込んだ者達が、自治権を巡って争いあっていた。わたし達もね、この町は大きくなる、と思って宿を開いたよ。その頃にね、カミアはリックを産んだんだよ」


 ラフォルはカミアの事はもちろん、カミアの母の事も、幼いリックの事も楽しそうにたくさん話してくれた。しかしカミアが死んだ時の話になると、ひどく悲しそうに、悔しそうに顔を歪めた。


「リックが八歳の時だ。カミアが殺されて、リックがいなくなった。リックはいつもにこにこしている賢い子だった。きっと母親の仇を取るために、仇を追いかけていったんだ」


 ラフォルは誰に殺されたのかの話はしなかった。リックの父親の話もしなかった。ただ最後に一層顔をしかめて言った。


「ディアンダという男には気をつけろ。最悪のクズだ」


 カノンは心がざわつくのが分かった。






 ラフォルは夕食は一緒に食べようとカノンに言って、仕事に戻っていった。ハマと二人きりになった部屋で、カノンはぼーっとしていた。


「カノン、おまえも遠くには北エルフの血を引いていたんだな」

「ああ、うん」


 うっとりと運命を感じているハマの言葉に、カノンは上の空で返事する。ディアンダという男の存在にうすら寒い恐怖心が湧いてくる。カミア、リックとどういう関係だったのか。それをはっきりと確かめた時、恐ろしい事実に辿り着きそうな気がして怖かった。


「どうした? 何か不安があるならわたしに教えてくれ」


 ハマが身を寄せてカノンの肩を抱いてくる。


「わからない……わたしにはどういう事なのか何もわからない」


 カノンは強い不安感に襲われて、ハマに体を預けた。今はとにかく誰かに縋っていたかった。


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