46-1.出会い
カノンは黒エルフのキョウという少年を連れて、カラオ国まで戻ってきた。事情を聞いたレイアはキョウを優しく歓迎しながらも、ちょっと呆れたような顔をする。
「今度はこの子を送り届けにレーク地方にでも行く気なの?」
「ハハ、そうするかもなあ。でもキョウがもうちょっと元気になってからだよ。ここまで帰ってくる間だって、しんどそうだったんだ」
カノンは本当はキョウの面倒を見てくれる人を、帰ってくる道中で見つけようかと思っていた。しかしキョウは頑なにそれを拒んだ。キョウはとにかく怯えていた。言葉を発する事すら怯え、カノンはキョウの声をまだまともに聞いていなかった。
「よくわかんないんだけどさ。黒エルフっていうのは願いを叶えてくれる魔法の力を持ってるんだってさ。だから西エルフの国では勝手に黒エルフに接触しちゃいけないんだって」
西エルフのミズネは杖と魔石を持った魔石使いで、剣を抜いたカノンに攻撃しようとした。しかしカノンにあっさり躱されて剣を突き付けられると、慌ててそういう事を喋りだした。
「ぼくが世界の王になったらさ、君にも充分な恩恵をあげるよ! だから殺さないで!」
ミズネはそう言って腰を抜かしながら逃げて行った。
「バカげた夢ねえ。鷹常様ならいざ知らず」
レイアはカノンにお茶を淹れると、自分も座って頬杖をつく。
「鷹常か」
カノンはお茶のカップを握って、弦の国に帰っていった鷹常を思い出す。
「鷹常はさ、人を利用できるかできないかで見てるんだよ」
「気づいてたの」
レイアは少し驚いてカノンを見つめる。
「うん。でもさ、そういう事に関係ない時に見せる笑顔や優しさは本物で、わたしはそれが好きだったんだ」
「わたしも嫌いじゃないわ。それがあの人の王たる資質だもの」
カノンはその後もレイアとたくさん話した。トーラン王やその他の竜人の事。また竜人の国に行きたいと思っている事。レイアはそれらを話しているカノンの顔がずいぶん穏やかになったと思った。
一通り話し終わった後、レイアがお茶のおかわりを淹れながら言った。
「ところでわたしの方にもニュースが二つあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「なんだよそれ、いいニュースか?」
「一つは悪い知らせ、かしらね。もう一つはまあいいニュースかしらね」
一つはカノンが帰ってくる直前に、ローカスが尋ねてきたという話だった。
「え? ローカスってあの頭に大きな角が二つある? 弦の国に行く前の山の中で会った人? なんでここを知ってるんだ?」
「あの人、魔帝の手先だったのを覚えてる? だからよ」
「魔帝……」
カノンはその言葉を聞くと顔をしかめた。どんな事情を考えてみても、魔帝と呼ばれる男の事はやはり許せない。トーラン王に、母を殺した父の事が許せないと話すと、トーランは許せなくていいと言った。ただその復讐のために自分の人生を捧げる事はするなと、優しい目で諭してくれた。
「わたしはもう自分から魔帝に関わったりするつもりはない。でも向こうがわたしに近づいてくるなら、わたしは戦う」
カノンの顔を見れば、まだ憎しみは消えていないのは分かる。でもカノンはそれに囚われない事を選んだのだ。レイアは「そうね」と頷きながらも、「その魔帝の事だけど」と話し出した。
レイアは数日前、街に買い物に出た帰りに、家の前で話している二人組に気づいた。一人は金髪の男で、もう一人は大角を生やしたローカスだった。
「ローカス様!?」
レイアが驚いて声をかけると、ローカスは「?」という顔をしながら振り返る。
「誰だ?」
金髪の男の問いに、ローカスは首を傾げる。
「あの時の女かな? それともその前の女かな?」
ローカスの答えに金髪の男は呆れたようにため息をつく。
「まあいい。とにかく頼んだぞ、ローカス。間違っても言った女に手は出すな」
そう言うと金髪の男は背を向けて歩いていった。残ったローカスに、レイアは「えーっと」と話し出す。
「何か御用ですか?」
「ん? おまえここの家の者か? じゃあここに金髪の女がいるか?」
「いえ、今はいません」
もう長い事、留守です。戻ってくるかも分かりませんと、レイアは答えておいた。ローカスが魔帝の手先である事を思い出したからだ。ローカスは「そうか」と答えた後に、ようやくレイアの事に気づいた。
「ああ、おまえ双子の片割れか。片方だけだからわからなかった。ん? という事はあいつが呼び出せと言った金髪の女って、カレン……じゃなくて、カノンか?」
ローカスは金髪の男の行った道を見ながら、「それならそうと言えばいいのに」と不満げに呟く。
「もしかして今のが魔帝ですか……!?」
「ああ、そう呼ばれてるらしいな」
「あんなに若い男が……!?」
レイアは今のがカノンの父親だとは信じられないと思った。やはり以前北エルフの女王、ミヨ様が言ったように、魔帝の名を継ぐ者がいて、カノンの父親は今の魔帝とは別物なのだろうか? ローカスにそれを尋ねると、ローカスも首を捻る。
「あいつがカノンの父親? いや違うだろう。あいつ、わたしと同じくらいの歳だと思うぞ?」
「魔帝と呼ばれている者、もしくは呼ばれていた者が他にもいるのでしょうか?」
「それはわからないな。わたしはたまに仕事を頼まれる事もあるが、魔帝っていうものの組織にはそう深い関わりはないんだ」
「そう……なんですね」
カノンは少し眉をひそめる。
「今の魔帝と、わたしの父親は違う……?」
「たぶんそうね」
「なんだかややこしいな」
じゃあ今わたしを探している魔帝というのは、何のためにわたしを探しているんだろう。レイアはその事もローカスに聞いてみたが、ローカスはそれもわかっていないようだったと言った。
「ローカス様についてはそう警戒する事もないかもしれないわ。相変わらず間の抜けた人だったもの」
話している最中にローカスが「お腹が空いた」と言うので、食事をご馳走してあげたら、にこにこ笑顔で帰っていったとレイアは言った。
「ただ女に見境はなさそうだから、そこだけ気をつけた方がいいわね」
レイアは近寄ってきたローカスの手を、バチンと叩いた事を話した。カノンは「ふうん」と上の空で、父ではないという魔帝の事を考えていた。
いつもお読みくださりありがとうございます! この第六章ですが、この物語のダークな部分が出てきます。大人の展開もありますので、苦手な方はご注意くださいね!




