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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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5-1.騒動

 疲れていたカノン達だが、朝は早めに目が覚めた。そのまま山桜桃梅ゆすらうめ家でゆっくりしていて、夕方になった頃に、城から明日出頭するようにと連絡が来た。


こう様に会いに行く? 皇様ってなんだ?」


 カノンは首を傾げて、ラオとレイアに尋ねる。


「皇とは、この弦ノ国の王の称号、いわば王様です」

「皇様は女性の方でして、お若くして皇の座につき、今は三十三歳になられます」


 ラオとレイアが交互に説明する。


「ふーん……なんでその皇様に会いに行くんだ?」

「ぼくたちは元々皇様の命令で、カノン様の御付きになったのです」

「え、どういう事だ……わたしは皇様なんて知らないぞ」

「わたし達も詳しくは知らないのですが、なんでも魔帝まていがこの国を訪れて、世話役を所望したと聞いています」

「魔帝……」


 カノンは魔帝という言葉に反応した。父と聞かされたその男は、今や母の仇だった。母を殺したのが魔帝だと直接聞いたわけではないが、あの時のマクの様子から恐らくそうだろうと確信できた。だからいつかもし自分の目の前にその魔帝が現れる事があったら、戦ってやる。そうカノンは心に決めていた。


「お前達は魔帝に会った事があるのか?」

「いえ、わたし達のところには使いの人が来ただけです。わたし達の任務には魔帝の情報を収集する事もあったのですが……」

「レイア、余計な事は喋るな」


 ラオがレイアを諫めると、カノンはそのラオをじっと見た。ラオは気まずそうに顔を困らせる。


「あ、いえ、ぼく達はカノン様の味方です。ただ皇様の命令に逆らえない事も事実で……」


 カノンは黙って目をそらした。こういうところだったのだ、とカノンは思う。自分がラオとレイアを信じきれない理由が、今まではよく分からなかった。だがこれではっきりした。ラオとレイアはただ皇様とやらの命令で自分と一緒にいるだけだったのだ。


「ラオ、カノン様が魔帝の娘である事は皇様に伝えるの?」


 レイアはラオに近づき、こそこそと耳打ちする。


「いや、その件については知らないふりをしよう。カノン様の立場が悪くなる可能性がある。おじい様にも知らせないようにしてくれ」


 ラオはレイアにそう言ってから、カノンに向き直った。


「カノン様、魔帝の事について聞かれたら、何も知らないと言ってください。魔帝が父であることも口外しないでください」


 ラオとレイアがこそこそ話しているのには何も言わず、カノンはただ「わかった」と頷いた。






 魔帝がこの弦の国を訪れたのは、一年以上前だった。弓張ゆみはり城に現れた魔帝は、どこまでも畳が並ぶ大広間に通され、部屋の奥に鎮座している女性の前に立った。


 女性は扇で半分顔を隠しながらも、興味深げに魔帝を見つめる。


「魔帝ともあろう者が単身でこの城に乗り込んでくるとは、無謀にも程があるのではないか?」

「あなたがこの弦の国の皇、緒丹薊おにあざみ秋草あきくさか?」

「いかにも」


 秋草皇は扇を広げた向こうでにたっと笑う。


「なるほど。噂通りの美姫だ」


 魔帝ディアンダは言いながら畳の上に座る。


「よいのか? そんなに警戒を解いて。襖の向こうの兵達の気配に気づかぬわけではあるまい」


 秋草はにやにや笑っている。秋草が持っている扇子が閉じられれば、それを合図に兵達がなだれ込んでくる用意だ。


「わたしはちょっと挨拶に来ただけだ。そんな客人をむやみやたらに襲う事はしないだろう?」

「さあ、どうかの。ただの客人というほど、その首は安くはないからのぉ」


 秋草は他愛ないやり取りを楽しんでいるかのように、変わらずにやにや笑っている。


「話を進めても?」


 ディアンダが言うと、秋草は「もちろん」と頷く。


 話の内容はこうだった。弦の国は、同じ月国地方のはんという国と交戦していた。その半の国の兵には、鬼人と言われる魔人達が多く参戦している。中でもやっかいなのが、道化のカーリンという鬼人。その強さは、魔族五強と噂に登るほどだった。


「あなた達は道化のカーリンとやらに、相当てこずっているようだ。わたしが道化のカーリンを倒す代わりに、そのカーリンの身柄を渡してもらいたい」

「……道化を手に入れて何とする?」

「強い手駒が欲しいだけだ。手駒はいくつあってもいいからな」


 秋草はディアンダの考えを読もうとするかのように、じっとディアンダを見つめた。


 魔帝の狙いは鬼人族を傘下に置く事か、と秋草は考えた。多くの魔人を統率していると言われる魔帝が考えそうな事だ。その魔帝に道化のカーリンを渡していいものか? 秋草は一瞬迷ったが、しかし考えを変えた。道化のカーリンにてこずっている事は事実なのだ。


 魔法を放てる魔石は、手の平に乗るボール程度の大きさが普通だ。しかしカーリンの魔石は一メートル以上ある石柱と呼んでもいいものだ。その膨大な魔力は、自身を浮かす事ができるほどで、繰り出される魔石波は大砲のようだった。どんな陣を組んでも、その大砲のような攻撃に、兵達は怯み、陣が崩されるのだった。


「それからあなたの姫につける世話役を二名ほどいただけないか。身の回りの世話をしてもらうのに優秀なのがほしいんだ」

「ふむ……よかろう。この件、承諾しよう」

「秋草様!? よろしいのですか!?」


 家臣の者達が驚いてざわめく。


「半の国程度の国との戦をこれ以上長引かせるわけにもいかぬ。猫萩ねこはぎ、参れ」

「はっ」


 猫萩と呼ばれた家臣が、音もなくディアンダの後ろに現れる。


「前線におる隊へ、魔帝を案内せよ」

「御意」


 猫萩に案内されて、ディアンダは出ていく。


「秋草様、よろしいのですか。みすみす魔帝に戦力を与える羽目になるのでは」


 短髪の赤毛の家臣が怪訝そうに秋草を見つめる。


「道化のカーリンに関してはそうじゃな。しかし鬼人共についてはそう心配する事もあるまい。一口に鬼人族と言ってもやつらは一枚岩ではない。道化のカーリンを使ったとて、鬼人族を操る事は不可能じゃ」

「なるほど……今は半の国との戦を早く終わらせて、月国全体の統一を進める事が先決と、そうお考えですか」


 秋草は「いかにも」と答えて「魔帝が道化との戦いで負傷するようなら捕らえよ」と付け加えた。


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