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カノン伝記  作者: 真喜兎
プロローグ
1/141

1-1.父と母

 そこは戦場。味方の隊と敵の隊が交互に入り乱れて、剣を打ち鳴らす。飛び散る血しぶき、吠える声。その中で肩までのびる金色の髪が、敵兵の間を滑るように走り抜けていく。するとその後ろで敵兵達は力なく倒れていった。


「あの女、人形のリックだ!」


 敵兵の誰かが叫ぶ。すらっとした長身に軽装備をまとった姿。女だてらに戦場に立ち、薄く笑みを浮かべてほとんど表情が変わらない事から、ついた通り名が「人形」


「あの女の首をとれ! 報酬は弾むぞ!」


 遠くで敵兵の将が叫んだ。






 戦線からやや離れた所の森の中の広場に、簡易テントが張られていた。中でも外でも、負傷兵達の呻く声が聞こえる。


「おい誰だ! 死人を置いた奴は! さっさとどかせろ!」

「手当が終わった奴は向こうへ行け! 邪魔だ!」


 戦意を失った兵達の間で、まさにここが自分達の戦場とでも言いたげな衛生兵達の怒号が飛んでいる。


「カノン! こっちを押さえていろ!」


 テントの外で、明らかに正規の兵ではないと分かるいでたちの男と、子供が一人いた。人手が足りていないので、衛生兵達も彼らが手当の補助に入る事を黙認している。


「カノン!」


 男は反応が遅いその子供の手を荒く捕まえて、布を置いてある傷口に当てる。


 目の前に横になっている男の太ももからは、おびただしい出血があり、肩からも出血がある。まだ十一歳にしかならない少女にとってはなかなか衝撃的な光景だ。まともに返事する事もできず、ハァハァと息を吐き出すだけだ。それでも何とか血を止めてやろうと手に力をいれる。


 その時その負傷兵の男の手が、カノンの名を呼んだ男の腕を掴んだ。


「て、てめえ、魔人だな?」


 魔人。それはこの大陸で一部の人種に使われる蔑称だ。何か恐ろしいものをイメージしそうな言葉だが、その掴まれた男に、特に人と変わった所はない。あえて言うなら、目の下の部分にくまのような墨を入れてある所くらいだ。それはその戦場からは遠い一部の地域で、ある部族が慣習として入れる墨だ。魔人と呼ばれる人種は多々あり、その墨を入れる一族もまたそう呼ばれている事を、この負傷した男はたまたま知っていたようだ。


「魔人がおれに触るんじゃねえ……! 魔人の世話になるくらいなら、死んだ方がマシだ……!」


 その男は息も絶え絶えだというのに、その魔人の手を強く握り、睨みつける。「魔人」は、この大地では恐れられ、もしくは蔑まれる存在なのだ。


 魔人と呼ばれた男の名は、マク・リタリア。人形のリックとその娘カノンの従者だ。小柄だが、体はそれなりに鍛えられている。起き上がりかけていたその男の手を容易に振り払い、頭を抑えつけた。


「死にたければ後で勝手に死ね」


 悪態をついたが、その表情は冷静で静かだった。そのままその男の傷の手当てを進める。


 カノンは知っている。マクは優しい。例え自分がけなされようと殴られようと、弱っている人間を放っておけない性質なのだ。だからカノンも、兵達に「ガキが邪魔だ!」などと怒鳴られても、一生懸命手伝いをしていた。


 しばらくすると、避難所の向こう側から男が走ってきて、何やら叫んだ。


「大変だ! こっちに敵が向かってきているぞ! やつら奇襲をかける気だ!」


 それが聞こえた者から立ち上がって走り出し、避難所はにわかに騒がしくなった。


「おい! 動けない奴もいるんだ! 手を貸せ!」


 マクや衛生兵達が叫ぶが、傷ついた兵達は我先にと逃げ出していく。


「カノン、こっちへ来い!」


 足に深手を負っている男を連れて逃げるのは間に合わないと判断したマクは、木々の間に入り、その陰に隠れるように指示する。カノンは頷いて、男を支えながら歩くマクを追おうとした。しかしその時、避難所の隅で逃げ遅れている若い男を見つけた。


「た、助けて……! 置いていかないで……!」


 その男も足を負傷しているらしく、這いながら逃げているが、もうすぐそこまで敵は迫っていた。


 カノンは走っていた。母と同じ、光に透ける金色の髪が揺れる。護身用に小ぶりの剣を持たされてはいるが、戦場で戦う技術などまだ無いに等しい。しかしそれでも剣を抜き、這いずる男の所まで走る。


「ひぃぃ」


 先行していた敵兵が、その逃げ遅れていた若い男を見つけ、問答無用で剣を振り上げる。


 ガキィィン


 耳障りな音が響き、それと同時にカノンが地面を転がった。間一髪、敵兵の剣を受け止めたはいいが、簡単に弾き飛ばされてしまったのだ。すぐに起き上がり、再び戦闘態勢を取る。


「なんでこんな所に子供がいるんだ?」


 敵兵の疑問に答える余裕はない。とにかく剣を向けた以上、やるかやられるかしかない事は、本能的に分かっていた。敵が困惑している隙をついて、攻撃をしかける。


 カノンの剣は数度むなしく空を切った。とにかくリーチが足りず、それを埋める技術もない。相手の神経を逆なでするだけのようなものだった。


「うおっ、あぶねえな、このガキ!」


 敵兵が再び剣を振り上げる。まともに戦えば当然勝ち目はない。が、その次の瞬間、敵兵は力なく倒れた。


 敵兵の後ろに立っていたのは人形のリック。カノンの母だった。前線で戦っていたはずが、どうやってか敵の動きを察知して来たらしい。


「お母さん……」


 カノンは息を吐き、か細く母を呼ぶ。母に縋りつきたい衝動に駆られたが、今はそういう場合ではないという事は分かっている。


 人形のリックは我が子を前にしても、表情に変化はない。微笑みとは違う口角を上げただけの笑みを浮かべて、カノンを見下ろしている。そして、逃げ遅れた男に視線をやった。


「あんた、魔石使いか」


 男は小さく「そうだ」と頷く。初陣なのだろうか、さほど深い傷は受けていないようだが、すっかり怯えてしまっている。


 魔石使いとは、その名の通り魔石と言われる宝石のような石を使う者で、いわば魔法使いだ。基本的に魔石使いは、テニスボール大ほどの大きさの魔石を自在に浮遊させ、それを空中移動させて、魔法を発動する。使える魔法は魔石の色によって変わる。


「白色か。じゃあちょっと頼むよ」


 リックの言葉に魔石使いは怯えながらも頷く。


「カノン、魔石が発動したら、そいつを連れて行きなさい」


 リックはようやくカノンに声をかけた。

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