「俺が君を愛することはない」じゃあこの怖いくらい甘やかされてる状況はなんなんだ。そして一件落着すると、今度は家庭内ストーカーに発展した。
「リュシエンヌ。俺が君を愛することはない」
結婚式の後。初夜のために用意された、薔薇の花びらの散らされたベッドの上で彼は言った。
けれど私は思うのだ。
「じゃあなんでこんなに優しく口付けするの?」
「…それは、」
「さっきから両手ともがっしりと繋がれているのだけれど」
「俺は、」
「そもそもこのベッドの上の花びら、前に私がこっそり読んでいたロマンス小説のパクリよね?」
彼は撃沈した。顔真っ赤。強がらなくても分かっているから別にいいのに。
「…分かってるわ、ジルベール。貴方が戦争に明け暮れて、その命がいつ尽きるかもわからないのなんて。だから、必要以上に優しくしないで。貴方が満足出来るまでめちゃくちゃにして。女には、一夜の夢で十分よ」
「リュシエンヌ、俺は君をー…」
小さな小さな呟きは、彼の精一杯の強がりに免じて聞かなかったことにした。
翌朝、彼は城を出発した。戦争に明け暮れて発展したこの国で、彼も例外なく国を巡る戦いに身を投じる。誰よりも優しく、基本的に真面目で寡黙で、だけれど戦士として完璧に鍛え抜かれた彼。
「王妃殿下。子が宿りやすいよう、魔法を」
「ええ、お願い」
「国王陛下はすぐに帰ってきますよ。心配しなさるな」
「…顔に出てたかしら」
「いえ、夫を想う妻の顔でしたので」
私の役目は彼の子供を沢山産むこと。沢山産んで、誰か一人は王位を継げるようにすること。…それはこれから沢山産む子供達の多くがいつか、戦いで命を落とすだろうと告げられているも同じ。
「これで国王陛下の種も芽吹くでしょう」
「ありがとう。…ジルベールの子は、きっとみんな強く逞しく育つのでしょうね」
「…王妃殿下。この戦争に勝てば。あの豊かな国さえ手に入れば、国の在り方も変わるでしょう。大丈夫、大丈夫です」
だから、優しい彼は私をあんなに深く愛していながら、私を愛することはないと言い聞かせるのです。私が彼を憎めるように。私が心を壊さないように。
「…変わる国に、私達はついていけるかしら。戦いしか知らない、私達なのに」
「国王陛下についていけば大丈夫です。彼の方は、戦いの中で生きるために隠していますが実際には政の方が向いている」
「それ、ジルベールの前で言っちゃダメよ。私が慰める羽目になるわ」
「お熱いご様子で」
「…口になんて出さなくてもね、あの人わかりやすいの。馬鹿でしょ」
…いつか、彼と何の憂いもなく愛し合えるのなら。そう願ってやまない。
喝采が送られる。そう、彼は勝ったのだ。戦争に。街中に花が飾られる。其処彼処で紙吹雪が舞う。全て、全てを手に入れて帰ってきた彼。農業も漁業も盛んで、鉱山も豊富な国。あとは上手く統治し、そして技術をこちらにも持ち込めば国は安泰だ。もう戦争の必要は、ない。
「…ジルベール、おかえりなさい」
最初に口から出たのはそれだった。
「ただいま、リュシエンヌ。…勝った」
「さすがは最強の戦士ね」
「他の戦士が実によく働いてくれた」
寡黙な彼にしてはお喋りだ。高揚しているらしい。
「これで、安心して君と子供を作れる」
「もうしたじゃない」
「そ、そうではなく」
「…ふふ、可愛い人ね。わかってるわよ」
私が子供を失うことのない未来。彼が何より望んだ幸せな家族の形。全てがこれから、手に入る。
「…ねえ」
「なんだ」
「愛してるわ」
言わなかった、ずっと言いたかった言葉。
「…勘違いするな。俺の方がよっぽど君を愛してる」
「馬鹿な人。勘違いしているのは貴方の方よ。私の方が貴方を愛してる」
「いや、俺の方が愛してる」
「いいえ私よ」
つまりは、両想いってことね。
「ジルベール」
「どうした?リュシエンヌ」
「貴方には政務があるわよね?」
「ああ。…心配ない。問題なく進めている」
「そうじゃなくて。私にいつまでも張り付いていないで政務に戻って」
ジルベールと晴れて両想いになれたのはいいけど、今度は家庭内ストーカーされるようになった。別にジルベールのことは好きだし、基本的に静かだから好きにさせてあげたいけれど政務はどうした。
「問題ない。きちんと進めている」
「いや…うん、真面目な貴方のことだから頑張っているとは思うの。でも、徹夜とかされると体調が心配だし」
「部下たちに割り振っている」
「え?」
「専門家を集めて、指導のもとで部下たちに仕事を割り振っている。もちろん、最終確認や不正の監視等やることは多いが君との時間くらい作れる」
驚いた。本当に戦士なの?貴方。
「…そういえば、一国の王様だったわね」
「君は俺を何だと思っていたんだ」
「私だけの愛する戦士」
「…っ!」
真っ赤になる彼が可愛い。ともかく。
「時間があるなら、家庭内ストーカーなんてもったいないわ」
「家庭内ストーカー?待て、君の中で俺はどうなって…」
「好きよ、ジルベール。いちゃいちゃしましょう。具体的に言うと、膝枕してあげます」
「リュシエンヌ、愛してる」
ということで、ジルベールの家庭内ストーカー問題も片付いていちゃいちゃする時間が増えた。ジルベールがそんなことをする余裕が出来るくらいには国も大分豊かになり安定してきていて、ジルベールは今まで植民地にした国々も少しずつ待遇を改善するよう指示も出した。まだまだ問題は山積み。だけど、この屈強な戦士さえいれば国の守りも堅い。きっと、私達はこれから変わっていける。
「そうそう。貴方との子供が宿ったわ。まだ性別は不明だけど」
「そうか、俺と君の子供か。楽しみだ」
「ええ、私もよ」
「…え、子供?」
すんなり受け入れたと思ったらいきなり驚く。しかも珍しく物凄い緩んだ顔で。
「そうよ。私と貴方の子供。嬉しい?」
「…リュシエンヌ、愛してる!」
馬鹿で単純で、けれど優しいこの人は私を優しく、けれど力強く抱きしめる。抱きしめ返せば髪に雫が滴った。顔を上げれば、彼の両目いっぱいに涙が溢れていた。
「本当に可愛い人ね。仕方がないから、私が守ってあげる」
「なら、そんな君を俺が守る」
「期待してるわ」
幼い頃からずっと私に一途な、可愛いこの人が夫で本当に良かった。