夢。或いは――
頭を撫でられた気がする。
優しく“懐かしい”を感じる手だった。不思議に思いながら瞼を開け――開かないッ!?!?!? ……………………落ち着け。そう、深呼吸だ。呼吸の合間にグググと瞼に力を籠めるも“悲み”の結果に終わった。それに妙な倦怠感が躰に満ちている。眠い。それも激しい運動の疲労感ではなく、麻酔を打たれたかのように……いや、待て。
ココドコ?
今更ながら首を傾げる。首動かないけ……すゥ…ンゴゴゴゴゴゴ!! 抗ってやろうぞ! そう気合を入れるも睡魔は行進を止めない。眠い。喉奥に無理矢理流し込まれる怠さが手指の感覚を希薄にしていく。
夢?
ぼやけた感覚に独りごちる。それにしては意識が…………ェ?
全身が粟立った。己の軌跡が思い出せない。襖の隙間に気付いてしまったかのような恐怖が首筋を撫でる。おかげで目は覚めども焦燥感が眉を焼く。目尻の熱が嫌にリアルだ。布団を被らねば。手足は緩慢だ。クソ。ヤダ。怖い。
気付くべきではなかったのだろう。怠さは寄生虫のように頭に達し、ガンガン痛――ぬ? 腕にぷにぷにした“懐かしい”が当たった。ぬくくて、さらさらな、愛しいである。春の陽気が俺を抱き寄せた。
なんだ夢か。
鼻腔を抜ける絶対的な優しさに恐怖も痛みも消えていく。多分、幼い頃の追体験の夢だ。そう笑えば意識がリールに巻き上げられるように白ずんでいく。目覚めの時か。
△▼△◎△▼△
空腹で目が覚め――ッ!
まだ“懐かしい”に抱かれている???
依然、躰は何倍もの重力を受けたように鈍く、瞼も縫い付けられたみたいにピクピク痙攣するのみ。しかし恐怖はない。コチラを抱き締める者と頭を硝子細工のように撫でる者に安らぎを感じていた。ヒトリ増えた驚愕はそのふにゃふにゃに呑まれてしまった。
状況が掴めてきた。
ここは病院だ。
記憶がなく、躰が思うように動かないのも、事故事件に巻き込まれた後遺症ってヤツだろう。そして頭を撫でる手は親か祖父母。隣の落ち着く匂いは愛しいだ。この子のぬくもりはヒドク離し難いもの。しまいちゃいたい。
だが病院なら病人の隣に誰かを寝かせまい。寝具も極上ホテルのような程よい弾力だし、躰に管が刺さってる異物感もない。ピッ、ピッ、と心電図の音もしない。それに頭の手はデカ過ぎ――ッ!?
「ぇあ、えぁぁ~~っ! ぇあぁぁぇぇ!!」
「ェあァァ、えああァ……ァ?――!!!????」
撫でる手を捉えようと愛しいから片手を放せば耳元で甲高い泣き声が弾ける。その音色に何故だか恐怖がぶり返し――即座に口を噤んだ。俺の口からもけたたましい声が洩れた。ありえない。まだ夢中だろうか?
「▢▢▢▢!? ▢▢▢▢…、………!」
それとも?
大きな腕に揺すられるまま疑念を確かめる。
口、ぐにぐにと剥き出しの歯茎。頭、ひよこのような産毛。目、やはり開かず。耳、水中のように遠い。手足、つやぷに肌。躰、腹が張り全体的に柔らかい。隣の愛しきも同様だ。あ、笑ってる。かわいい。
頭以外がゆったりとした布に包まれている。病院着ではなく一体型の雨合羽に思えた。下着の類を穿いておらず、上に伸ばした手は薄膜を突き破るようにレースの感触を抜けた。だが肩辺りはレースに包まれている。“ワカラナイ”
自身の状態を確認した結果ココを夢中と断定する。まだ幼い記憶の夢だ。然らば、この不条理な明晰夢でどう遊ぶかも決めとこう。……これでは、空飛んだり、モノを出したり、えっちィコトも出来ないね。うん。
その裏である願望が歯茎をみせた。
いやなに。今は不条理な夢って捉えた方が早い――が、まァあれだ。そうだったらいいなって望みの透けた願望である。その一助となるはギュッと柔く温かい小さな掌とぬくもりに満ちた腕中である。
その余りにも現実的な感触であった。
「▢▢▢▢♪」
そこから流れるは綺麗な少女の歌。ちろちろ春先の鳥ような声に頬が緩む。歌詞は聴き取れないが、このまま二度寝……いや、三度寝したいイイ匂いを纏っていた。この夢が永劫続けばイイのに……。何回りも大きい指をたどたどしく這わせる仕草に害意なんて含まれていない。
「……▢▢▢▢♪」
歌の途中で額を、こつん、と合わせると俺らを置いて足音は遠ざかっていく。行かないで。
かと思えば躰が独りでに宙に浮かんだ。突然の“ワカラナイ”に翻弄される間に、ふよふよ、大きなお膝に到着だ。抗議するように右手で布地を掴むも、くすくす、ケルト調の子守唄が始まった。独りでハモっておられる。
“楽しい”
だが、まだ夢だ。醒めて欲しくない夢だ。決着は悠々とつけましょうぞ。もし俺の願望通りなら時間を掛けても問題ないしね。うん。
そう微笑みながら仔猫のように頭を擦りつける。さすれば大きな手がおっかなびっくり撫でてくれた。その仕草は無償の――ぬッ!? 愛しきが俺を引っ張っり領有を主張する。すき。その拙さに自然と笑みが浮かび「にふ~」とだらしない声が漏れよう。
「▢▢▢▢? ▢▢▢▢……♪」
ぬ?
ま~た、睡魔だ。それもさっきよりヒドイ。
頭がクラクラして意識もぼやけていく。閉じっぱなしの瞼がどんどん落ちていくのを感じた。もし、もしもだ。今一度、この夢の中でこの現実感のまま起きれたら――決着といこう。期待の蓋を外してみよう。
フフフ、ケッチャコだ。
そう心に決めて「あく寝ろ」とうるさい躰に身を任した。
△▼△◎△▼△
目が覚めた。
と、いうよりも脳が起きたの方が正しいかも知れない。とにかく未だこのあたたかな夢の中にいた! いたッ!!
ガッツポーズを決めたいトコロだが躰の方は空きっ腹で片割れと大合唱です。少し疲れた。
先程から「▢▢▢▢……??」と揺すられ~の、綺麗な声で歌を奏で~のしているが違うそうじゃない。くれっしぇんど上手ですね。
歌とか揺すられたりするとふかふかの毛布に包まれたかのような安心感で泣き止むだが、それが俺らの目的を伝えにくくしてる。誰か大人を呼んでって気持ちだがこうも独りで試行錯誤するのは……姉かね? と期待に胸が膨らむ。
「お姉さんだもん!」と奮起してるのだろうか? いじらしいが俺はともかく片割れが可哀――ぬ?
それでも泣き止まぬと分かると寝具に降ろされイイ匂いが強まった。その“懐かしい”に酔ってると持ち上げられ――スベスベで、ぬくくて、さらさらな感触で何て言うか安心感がダンチである。肌を露出したようだ。
そして突起を宛がわれ無事静かに成った。
――甘い。
予想通りだ。いや、予想は1つ外れたけれど、フフフ、歌でも1つ歌いたい気分ってのはこういうの言うのか? 別に授乳が嬉しいってな訳じゃ――ん?部分的にはそうか。ゴキュゴキュと吸い込んでるね。うん。
とにかく、コレにて決着!!
俺は転生したッッ!!!
俺は転生したんだッ!!!!
大事な事なので2回言いました! 思ったが正しい? 正しくない?
「▢▢▢▢♪」
ぷは~ッ、と口を離せば母がくすくす笑っている。意味は分からんけど。それに同調してキャッキャッと“楽しい”声を片割れが上げた。げに愛しい。
これで妹ならグルーミングが出来……ヒドイ思考ですね。でも我慢出来なそう。いや、この子は賢いし何となく察して離れていくか? なら依存させて離れれないようにしよう。それか縛り上げる?
……まったく。俺の前世は性犯罪者か? クソが。でもでもしたいよ。俺だけのモノに。しちゃお。あのさァ……
「▢▢▢▢♪」
己がドス黒さに面食らってる間に再び額をあわせて母が遠ざかっていく。ベットに降ろされた片割れは俺を抱き枕にもう寝息を立て始めていた。かわいい。俺もまんまんぷくで寝たいけど先んじて情報源の確保、つまり目が見える様に訓練したい。故、根気と根性で起きてる。
眠い。
流石に音と匂いだけを頼りにするのは状況把握の手段として心許ないだろう。寝る子は育つと言うけれど……授乳時に目が開いたんだ。つまり今の段階でもイケるはずだ。
怠い。
と言っても本当に一瞬だけ。それも目の前の肌がぼやける程だった。あまり期待しないように。だが見えた事には変わりない。お前俺眼開けるぞお前!! そう発破をか…け………ぐゥ――ハッ! ク…ソ……ゥ、少しでも目………じ…間をの……も……標…とし………ゥ……
△▼△◎△▼△
地球の感覚で2週間の月日が経った。……かも? チョットした事もあり正確な時は不明なのですよ。
とにかく、目はぱっちりと開くようになり、周りを好きに見渡せる様になった。大きな進歩だ。首がすわるまでは無茶な動きはしないよう注意しよう。3ヶ月位で大丈夫かなァ。そも、すわるってどういう意味なんだろう……?
まァ、イイ。
当初の目的は完遂され、色や奥行を認識出来るようになった。同時に前世ってヤツも手繰ってみたが、ヒドイ虫食いで知識も偏っている。
……この成長速度は前世を鑑みると異常な感じはしている――が、赤子について詳しく調べたことが無かったようで実際のところ“ワカラナイ”。
あ・の・さァ~!
転生を望んでたんならさァ~、もっと赤子についても知っとけって古事記にも書いてあったろ! 多分!!
ツメが甘すぎンよね。歯抜けの記憶でも確かに転生望んでたってわかるンですよ? 『飽きたの魔法陣』やら『エレベーターの怪』やら『深夜の鳥居』やらの、転生、転移の怪異や都市伝説を好んで収集していた。異世界転生モノなんて溢れる程読んでいたよ。
ただ、どれも実行した記憶はなく、そこまで本気じゃなかったのだと思う。
そりゃそうだ。「……どうせ」「あ ほ く さ」「あほらし」「こわい」とか――考えちまうな。うん。こんな簡単に浮かんじまうもの。やらなければ決着はつかないもの。怖いもの見たさとか、悦に浸った厨二病とか、現実やだやだって何とも言えない理由が主だったのだろう。
しゃーなしだ。
悔やんでも腹は膨れませんぜ。しかし、心底困ったコトに前世で触れた漫画やゲーム、ラノベ、勉強したモノについては朝飯前やら、1ヶ月前の夕飯やらが偏在してるが――
自分と家族に関する記憶が抜け落ちている
情景が残ってるのも在るには在るがその時の感情が一切思い出せない。情景だってピントが合っておらず焼け落ちた写真のように空間そのものが欠落していた。誰、いつ、何処、は“ワカラナイ”。当然ながらどんな経緯で転生して来たのかも不明です。
他に何か忘れていないか確認してみると、驚くべきことにどの記憶でも人間がいたであろう箇所に影法師のような黒い靄がいた。それは平坦な老若男女の重なった音で喋り、大きさも雲のように揺れ動く。今も……変わらず、人間味を感じないナニカだ。
尚、動植物みたいな人間以外のはセーフとね。後、アニメの人間は大丈夫だった。しかし、同じ映像作品でも“実写ちゃん”は全滅です。かの「親指を立てて溶鉱炉に沈んでくシーン」も黒い靄が沈んでくシーンに差し変わっていた。ヒドイ時は靄で何も視えないの。
そんな靄に得体の知れない恐怖を感じ寝込んでしまってもしょうがなかろう。その間、起きる、寝るを不定期に繰り返していたゆえ正確な経過日数を測れなかったのです。
アレは消えゆく祭り囃子の中行く当てもなく彷徨う心細さ。周りは仲良く並んでにこやかなのに俺には掴むべき手がないのだ。頭を抱え込んで震える他ない。街灯のない脇道で独り静かに凍えるのだ。
そう、雫を落としてもきっと誰も――ぎゅ――なんてやってると愛しきおててが甚く握ってくれた。この子は俺が肩を落とすと励ますように引っ付てくれるのだ。イケメンですね。しゅき♡(完堕)。早く俺にぐちゃどろな依存を……ダメです。
度し難い。
熱を出してから……否、存在を認識してからというもの、こう、引っ付かれる度この子は俺だけのモノと疼いてしまう。額を合わせて寝た時なんて唇を奪いそうで大変だった。口づけを常習化させよう。名案だな。愚策だ。踏みとどまった。すればイイのに。
最悪なのは自身が唐突に消えるのではないかという不安、恐怖、自棄――を装う独占欲。この性根が前世は救われないヤツと囁こう。この子と離れるべきだ。“悲み”
そう自嘲しつつもこの無垢を染め上げたくて堪らない。ダメだ。
歪ませたい。仕立て上げたい。それを知ってか知らずか片割れは母以上に優しく包んでくれる――が、純なる優しさに付け込むなんてあり得ない。剰え、決して抵抗出来ない赤子を縛り上げようなんて……フフ、えっちだねェ。愚か。と、なけなしの理性が静止していた。決壊しないよな?
いっそ大病のふりをして母に引き剥がして貰う?
いや揺り戻しが怖い。離れたくない。そも熱の間も愛しきは隣にいた。寝ても覚めてもやわい熱があやしてくれた。両思いだね。幸い、熱は移らなかったけどどういう了見だろう? 俺は根腐れだけど片割れには健やかであって欲しいのだよ。うん。
まァ、ギュッと握って離さなかった俺も大概か。




