第4話 「0」になった刻
「え・・・」
(・・・)
その男の子はこちらの方を見ながら
そびえるような行き止まりの朽ちたコンクリート壁を背景に
ただ静かに黙って座っていて
その顔のない男の子の目が本来あったはずの場所から
静かに小さな白い光が滲みでて
それからジジジ・・と男の子の周りをてらしていく
(な、なにこれ
そんなはずないと思うけど
ま、まさか私が石を投げようとしたのがいけないの・・! いや違うけど)
辺りの空間は徐々におびただしい赤みを帯びた異様な色に変わっていき
大通りでそれまで吹いていた風が急速にゆっくりになり
やがてフッと逆向きになる
「リコ・・・!」
異常な現象を目の当たりにしてリズはパッと隣のリコを振り返る
そのリコには顔が、ない・・ということはなかったが
「!」
やはり様子はおかしい
さっきは声をかけてくれてたのに
リコも棒立ちの旧市街の町の人たちと同じように止まってしまっていた
「 」
リコの目は虚空の方をみて動きがピタリと止まっていた
止まっている町の人たちは顔まではよく見えないけど
その人たちの目もまるでどこか遠くを見ているようだった
でもわたしは・・特になにもない
確認のために手を動かしてみるといつものように動く
だけど手で風をきると
逆向きの風の気持ち悪い感じを指がつたっていってジワリと手に汗が出る
その時思い返す
昨日の変な対戦のあの時のような・・
あの歪んだ風、あの画面の中で揺れていた白い光
(まさか・・)
それはまるで昨日 私が見た歪んだ夢の続きが
今この現実で始まりだしたみたいだった
「!」
気が付くと
それまで座っていた顔のない男の子はもう立ちあがっていた
立った瞬間がわからなかった
するといつの間にか
それまでいた通路のコンクリート壁の行き止まりの場所から
道の角の手前辺りにまで男の子は歩いてもいなかったはずなのに
距離を瞬間的に詰めてきていて
建物の影になるその位置で立ち止まっていた
そして
立ち止まった男の子の少し前で
最初に顔の周りから出していた白い光が点滅する
「え・・・」
(ジジジ・・)
リズは驚く
だって光で文字のようなものが浮かんできて その場所に見えていたから
その白い光は確かにこう読めた
(ジジ・・)
「「直接・・、対戦要求・・?」」
( おかしいわ )
だってここは・・ゲームの世界じゃないもの
ていうか仕事部屋のオリジンの対戦画面の前ですらない
ただ普通に暮らしていて
いつも通り歩いていた旧市街の大通りのリズの現実の風景に
そのオリジンの文字の異様な光は浮かんでいた
すると
「ボズウ・・・!」
「「 」」
不気味な音がして周りの大通りの様子が急激に別の変化を起こした
「ピシイ・・!」
突然町のあちこちの空間にいくつもひび割れや黒い穴ができて
「ズズズズ・・」
徐々に空間を割って侵食し始めたのだ
(ど、どういうこと・・!)
遠くの都市でものすごい爆発もあったし
ここでも今 訳の分からない何かが起こっている 逃げた方がいいのかもしれない
というより絶対逃げた方がいい
そう直感がどんどん痛くなってくる脳に危険信号を出している
(でも動かないリコをおいて この場を離れるなんて)
「リコ・・!うごいて! おかしいから・・!すぐここから離れなきゃ」
私はリコの体を激しくゆするけど
リコはされるがままになるだけで何も反応が返ってこない
「そんな・・」
それでも少しだけはうごくけど
その場で静止したリコが自分から動く気配は全くなかった
(どうしよう・・!)
その場でリコの体を腕で抱えて
気合で体を持ち上げて運んだりしようとするけど
「え・・?重っ・・、重い・・!」(グッグ・・)
リコの細身の見た目の重さとは全く違っていて
まるで空間にしっかりと固定されているように重くて
リズの腕力では全然力が足りなくて動かせない
・・・
そうこうしていると
さきほどの変化がもう次の段階に進んでいた
「ゴゴゴ・・」
町の通りのあちこちに出現した黒くて暗い穴たちは
次第に空間を割るように開いていき
そこからは血が滴るように「黒い液体のようなもの」が
下に向かって流れだしており
そのあとにズニュッっと
「不自然に長く黒い生物の腕のようなもの」が這い出してきて地面に落ちる
「ベチャア・・」
他に空いていた暗い穴やひび割れでも
あちこちで同じことが起こり始める
・・
穴からでてくるものは腕の他にも足ようなものや何かの胴体みたいなもの
どれも黒くてヌメヌメとして異質なもので
それらは人間のものとは似ても似つかなかった
そのうち その這い出てきた黒い物体の姿全体が現れはじめる
(( ))
「・・・!」
異形
そうというしかなかった
まるで悪魔っていうかモンスター・・?
虫の持つ羽のような黒い特徴的な羽根が生えていて
左右対称じゃないいびつな形
その姿は普通にこの世界に生息する動植物たちとは全く違う系統
邪悪めいたものをリズは感じた
(ちょっとこれ・・!)
いよいよ本格的に危機意識をビリビリと感じる
だけど もうすでに身の周りには
黒い穴から這い出てきた異様なモンスターたちでいっぱいで
逃げるどころか身を隠すところもなかった
その黒いモンスターたちは空間が張り詰めた嫌な感じの風の中で
左右で形の違う黒いいびつな羽をたなびかせながら
出てきた空間からじわじわと
虚空をみて止まって動いていない大通りの町の人間たちに近づいていく
(・・・)(・・・)
大通りの動きが止まっている町の人たちは
それでも状況に何一つ気がついていないように
朝の露店でのやり取りや挨拶の笑顔の表情を浮かべたままで
止まって固まっていて
その町の人たちの体に触れるくらいまで近くに
黒い羽の生えたモンスターたちが
異形の手の先から黒い血のような液体をしたたらせながら
その顔をのぞき込むように上からゆっくり様子を伺うように迫る
「(え・・、何、してるの・・?)」
すると悪魔のようなモンスターがその黒い血のようなものを滴らせたところから
「グリン・・!」
その血は「真っ黒い繭」のようなものに変化して膨らんで
「 」
完全に笑顔で止まっていた町の人たちの内の一人の体を
すっぽりと黒い繭で包んでしまう
人がその黒い繭の中に包まれて少しすると
「「ぐいん・・!ぐいんぐいん」」
その真っ黒い繭は
中の人はそれまで止まっていたはずなのに
中に人間が入ってるとは思えないような不気味な動きをし始める
(・・!)ゾ・・
あの黒い繭の液体に包まれてしまった人があの中でどうなっているのか
全く理解できずに本能的な恐怖がやってくる
(な、なにあれ・・、どうなってるの・・・?
い、いやだ・・)
・・
「ズ・・」
「!」
そしてどす黒い異様なモンスターたちは
リコやさっきの謎の顔のない男の子のところにも
そのすぐ上から空間を割って現れていた
動きは少ないが徐々に侵食するように近づいてきている
「ズオオ・・!」
「!!」
ここでリズは戦慄するような気持ちになり
体を伏せるために動かそうとしたが
(え・・、動かな・・)
さっきまでは動けていたリズの体まで
もうあまり動かせなくなっていた
ハッとして上を見ると いつの間にリズのすぐ目の先にも
あの黒い血のようなものが滴っているのが見えていてその上の先の空間には
渦を巻いているような不気味な黒い穴ができていた
「「 」」 「「 」」
その渦の黒い穴の中から異形の爛れたような赤い丸い目が2つ、
ちらちらとリズを覗くように見えだしていた
(や、やばい・・!)
そんなどうしようもない状況の中で
リズの少し先でさっきからずっと黙って立っている顔のない謎の男の子の前に
変わらずにチラチラと浮かんでいた白い光の文字
ジジジ・・と点滅する白い光の文字は
黒いいびつなモンスターと
赤く侵されたその空間の中で そこだけは異様に目立っていた
「!」
(あの白い文字の男の子も・・モンスターに襲われてる・・?
あなたがここで何かしたんじゃないの・・?あなたは敵なの?味方なの・・?)
「( 直接対戦要求・・)」
(オリジンからの対戦要求・・
こんなところで一体誰からの・・?
私が・・応じる、しかないの? だけどここは本当に町の中なのよ?
私はコントローラーすら持っていない 決定のPボタンなんて押せない
どうすればいいの・・ 祈ればいいの?
「了承します」って・・・ でもこんな怪しいの・・)
(でも・・、この状況・・、他に何も思いつかない
今ここでなんとかなるようなことをしないと・・!)
「・・了承します・・!」
そう頭の中で強く思い浮かべながら
口は動いたので声にだしてリズはそう言ってみる
その瞬間
「(・・・・)」
・・
特になんということもない
まるで変化がない
ジジジ・・と音はするけど
浮かんでいる光の文字は前と同じような点滅をしているだけだった
(ええ・・! 絶対これでいけたでしょ なんなのよお)
これで何かは起こるんじゃないかって期待していたけど
すんごく焦る
でもリズが焦っていても 無情にそのまま何の変化もなく
あの黒いモンスターたちは町の人たちを侵食していく動きを止めない
・・
そのうちに顔のない男の子の姿は
もう黒いモンスターの影に埋もれてあの嫌な黒い繭に覆われようとしていた
「ジジ・・」
あの浮かんでいた白い光の文字も隠れようとしている
(光が・・!消えていく・・!)
「ズシュウ・・」
隣にいたリコの顔はもうすでに半分
モンスターの異形の黒い腕に包まれていた
そして私の目の前にも とうとう黒い悪魔の異形の腕が下りてくる
(うご・・けない)
(逃げられない・・!)
「ズズ・・」
ゆっくりと震えるように降りてきた黒い異形の手に
リズは少し顔の頬を触れられる
「「ヒタ・・」」
「!!!」
その感触はまるで今まで感じていた気持ち悪い風を
もっとずっと濃縮したようなゾクッとした居心地の悪さを感じた
気持ち悪すぎて吐き気がする
しかもそこからさらに徐々に侵食されつつまれていく
なのに私は一切抵抗できない
その悪魔の手から滴った血から生み出されたあの真っ黒い繭が広がってきて
リズの体を足元から侵していく
(このまま私はどうなっちゃうんだろう・・)
侵されながら呆然と前を向き、そうぼんやり考える
・・
リズの淡い色の目も他の人間と同じように虚空になりかけていた
そのとき
「 ヤッテクル・・ 」
真っ黒い繭に呑まれかけていた顔のない男の子が僅かにつぶやく
その声は以前の男の子の声とは違っており、人形のようなカタコトになっていた
(スッ・・)
そして赤くなった大通りの先の方向におもむろに
ゆっくりとジジジ・・とその光をまとった指をさした
「 「0」 ニ ナッタ・・ 」
顔のない男の子は確かにそういった
口がないから どこから声が出ているのはわからなかった
すると
「( 直接対戦要求は了承されました )」
やってきたその音はこの世界の音ではない
人間の声の伝わりとは違う感覚
距離をかんじなかった
世界を塗り替えるように
この空間全体の空気に響いたような渇いた音がしていた




