第1話 圧倒的に終わらせる
(無音)
運命の輪 記憶は今、蘇る
何かが始まる 予感がしてる
・・・・・
その世界の地上は破滅的な力の渦によって覆われていた
そこは人間には支配することができなかった世界
そこにあるものは皆 途方もなく大きく
世界には物理の法則にもそぐわない
常に噴き出るように流れる未知のエネルギーたちが満ち溢れ過ぎていて
こんな混沌とした世界では普通の人間では生存することはできない
そう 普通の人間では
( )
ものすごいスピードで何かがつき進んでいく
その視界の中は濃いエネルギーとまとわりついてきた磁場の嵐に覆われて
どこを突き進んでいるのか 今が昼なのか夜なのか
今の自分がどういう姿をしているのか
まるで分からない
夢の中にいるみたいだった
突然視界はひらける
「「ゴゴゴ・・」」
真っ黒で暗く包まれたトンネルのようだった力の渦の切れ間を突き抜けて
突然開けた空の上から視界に現れる
一際大きく妖しい光を照らす天体
それは不気味で大きな姿を映した月
その月が天から落ちてくるように現れて
つき破られた闇の世界はパッとその月の光で覆われたようだった
その世界はどうやら夜だった
異質な力の世界の夜の空にヌッと顔を出した、
巨大で欠けたような不格好な月の姿は本当に欠けていて
荒れ狂う地上にはぐれた月のかけらでできた火球たちが降り注ぐ
そんな月の星を呼んでざわめき立った空の上にいた私の影
そこから見た眼下の地上世界には
( )
それらは元々は超文明の巨大な都市の無数の建物群だったのであろうか
今は幾千もの紙でできた箱が押しつぶされたようにひしゃげて、
ただただ崩壊していく物質のようになって
延々と火を噴いて燃え盛りながら地平線の果てまで広がっていた
その全てが滅んだ地上からの強い風で
高く舞いのぼった火の粉と幾千の無機質な星の光が入り乱れる場所
私はその世界にあるどんな光とも違う黒い光沢を持つ鋭利な機械の翼で
真っ暗で嵐の渦中のような夜空を
流星の光が切り裂く様に猛スピードで飛びながら
その時流れていく私の姿はなじみのある女悪魔の姿をしていた
そしてまた一瞬、
やってきたその影と激しくぶつかり合う
私は戦っていた
あれは今の私の敵であり
この世界の最初の星空から現れた怪人だった
その存在はこの渾沌と滅びの世界に生まれ落ちた新たな力の特異点であり
人間の形をしているが人間ではない、存在
その敵である異様な超生命体は
今は空を覆うほどの大量の光る虫の群れを引き連れて
影に覆われたように漆黒に隠された戦闘コートの姿をしていた
戦いは一対一で世界の常軌を逸した激しい力の応酬が繰り広げられていて
ぶつかった瞬間にお互いの体や装甲から
叩きつけた金属粒子が乖離してオレンジ色の火花の閃光が飛び散っていた
異様なオーラを放つ
その漆黒の影の怪人の力は物理法則にまるで従わない
さらに怪人が引き連れた大量の光虫たちが
常にミサイルの雨あられのようにぶつかってきて
私は極端な劣勢だった
「ガシイ・・!」
でもようやくその虫たちの光の弾幕をかいくぐって
悪魔のように変わっていた私の肥大化した右腕は
かすめていた漆黒の怪人の顔面を捕まえ、わしづかみにする
「 」
わしづかんだ力に軋む私の悪魔の指の節の隙間
その戦いは佳境を迎えていた
掴んだ怪人の闇に影が落ちたような顔の仮面の切れ間からは
今まで隠れていた大人の目とも子供の目ともいえない
不思議な光の怪人の目がこちらの方を射抜いてきて
その燈ったような光が僅かに揺れている
「ズオオオオオ!」
その瞬間 私の悪魔の右腕から
解き放たれるようにとんでもない邪悪な力と光が溢れ出てきて
それまで夜の世界を染めていた崩れかけの巨大な月の光を
覆い隠すように辺りを照らしだす
「( ふきとべ・・!!)」
そして
漆黒の影の怪人の掴み上げた仮面の顔面に
その高まったエネルギーを至近距離で躊躇なく炸裂させる
「 」
・・・
・・
炸裂するはずだった
だけど そこで世界の画面の時間は止まっていた
というより時間は「0」になってそこで終わっていた
私は敗北し 対戦は終わる
それは最初の子供たちに渡された、
試験用のプロトタイプのゲームの画面だった
そうあれはゲームの世界での戦いだったんだ
「( 勝てなかった・・ でも少し惜しかったかも)」
「むう・・」
・・・
「じゃあ今日はこれでおしまいね」
そういって
しばらく後からやってきた私の施設の仲間だった女の子の一人が
試験用に起動していたゲーム画面の電源を切った
あれはいつの日だっただろうか
そう 初めて自分用の管理アカウントを組織から割り当てられて
カードを手渡された幼い日の私は
そこに書かれたアカウントコードを入力して
ゲームの最初の起動の試運転していたんだった
その時の私は何故か
早く行かないと、って
一刻も早く試してみたいという気持ちがあって
支給された自分のアカウントカードを手に持って
走っていって真っ先に試運転用のテストルームに入ったいつかの日の私が
その無数の機材たちに取り囲まれた画面を一番初めに起動すると
一番最初に現れて最初のステージで
ゲームの操作説明をしてくれるために戦う
やけにシンプルで人影の形をしたような謎の最初の敵、
そう あの時の敵の怪人が
画面を起動した私に対して何故か異様なまでに戦闘レベルが強く、
私はその影の怪人を戦って倒すことができなかった
でもその後で
早くここに来た私の後から次々と同じようにアカウントの試運転をしに
部屋にやってきた別の子たちが画面を起動しても
その最初に現れる影の怪人は
特にあまり大きな目立った動作もせず
スムーズに淡々とメッセンジャーの操作説明が始まりだして
その時のプレイヤーだった子は
あの始めの影の怪人には何の問題なく勝っていた
私がそのことを言うと
「え、あれってただのチュートリアルの説明だけでしょ?
リズって最初のあの怪人にも勝てなかったの・・?」
「誰でも勝てるのにね」
って信じてもらえず馬鹿にされたものだった
それから順当に各自の割り当てアカウントの試運転が済むと
いつもの施設のベルの音が鳴って
「「ジリリリリリ」」
「あっいけない 呼び出しよ」
統一された薄い灰色の布地で被験者用のものであり
みんな同じような衣服を身にまとった座敷童のような私たちは
すぐに自分の持ち場に散り散りになって小股で駆けていった
そんな昔の日の幼い記憶
・・
私達には事情があった
なぜならば私たちは組織の施設で実験的に育てられた人間
持っている能力に応じて組織によって「ランク」がつけられ
その身を出向先に預けられるまでは
施設内で検体番号をつけられて私たちは厳しく管理され育てられる
なにかの優れた才能、反射神経や演算能力、空間認識など
その特に突出して優れた上位ランクの人間は特別な恩恵をうけ、
施設での上位の地位を確立して特権を得る
・・だけど それに当てはまるのは ほんの一部の人間だけ
幼少時から数々の臨床実験を受けて
最終的に上位ランクにも見出されなかった大部分の中下位ランクの人間は
ある程度組織の教育機関で最低限度の教育を受けながら育てられると
時期を見て組織によって将来性を判断されて見切られ
ただの世間の一般人として出稼ぎ要員として世間に派遣される
頃合いは 早い人はもう少し早いけれど
だいたいみんな14歳くらいの頃だ
その中でも私のような下位ランクの人間のいくところは
治安など保証もされない、大抵はろくでもない場所に派遣される
能力を下位ランクに判定された私は
特に特別でもなかった生まれながらの少し偏った才能というべきか
それにすがって
組織によって派遣された薄汚れて荒れた街でなんとか生きていく
それが今の16歳になった私だった
・・・・
そして今現在の私の前
「 リズ player 現在13連勝中 対戦求ム 」
椅子に今だけ姿勢よく座っていた私の目の前には
中型のテレビほどのスクリーンのデジタル画面に表示された電子文字
その文字たちが薄暗い部屋の中
一定の心音のような間隔で画面は点滅を繰り返す
視線の先の電子画面の中には
私が今している対戦ゲームの女悪魔のキャラクターが立っていて
( )
その目の前にいたキャラはそのゲームで「イヴ」と呼ばれている女悪魔で
その姿は背中からスッと伸びるように
光沢のある機械のようでエキゾチックな翼が生えていて
体全体を悪魔のようなシルエットを形作り
そしてその悪魔の持つ特徴的な右腕は
何かのムカデやヤスデのような多足類の昆虫の甲殻のように
一部がいびつな形の装甲で覆われていて
未知の金属のように硬質化している
妖しくたなびく血のように赤く長い髪に
それと同じ色をした瞳をした顔つきで
すらりとした美しい体躯のその女悪魔は
ゆらゆらとその場で一定ごとに同じパターンの動作を繰り返している
・・
私が以前の組織の施設にいたころ
組織の研究の一環で脳波反応のデータ採取の実験に
このゲームのキャラクターたちは殆どそのまま起用されていた
私たちのように施設で育てられた子供たちは皆、
オリジンの様々な怪人の動きの操作を幼少のころから
強制的に脳みそに叩き込まれるのだ
世界で類をみないほど爆発的に普及していたそのゲームの名前は
「Origin(オリジン)」と呼ばれていた
・・
「 シンギュラリティ 」
それは技術的特異点のことであり
人工頭脳の性能が人類の考えうる知能を越え完全に上回る
その転換点のことを指している
人間を超える人工頭脳
この時代の人類の革新したコンピューター技術は
いつしかその特異点にもう到達していた
そして「オリジン」は
人間が開発したコンピューターの性能を
そのシンギュラリティに到達させることを目指す過程で
ある種の偶然の重なりによって形成された、
幾多の解読不能、意味不明のコード言語を持ち
実用的な起動が不可能と判断された多くの失敗プログラムたちの中で
人の手が関わっていたことで偶然にも起動が可能であった副産物のひとつであり
解析後も未だに未知の部分が多いものの
非常に完成されたゲームプログラムだ、と言われている
とある男がいた
「「 」」
「なんだ、これは・・・」
四六時中、鋼でできた板金をひたすら打ち続ける
町の寂れた工場で働き終えたばかりの男の帰り際
その男は普段よりひどく脳と体が疲れていて
いつもは意識に全く気が付かなかった道端の先の
不思議な古びた店舗のショーウィンドウの前で足を止めてしまう
今までぼんやりとおおよその噂を聞いていただけで
そのゲームの世界を伝え知らなかったその男は
見慣れないショーウィンドウに映る生まれて初めて見たその画面の前で
呆然とショックで目をくぎ付けにして固まってしまったという
それはプレイヤーが異世界の様々な怪人を操作し
力の限りを尽くして互いに戦い合える、
という触れ込みの
一見はどこにでもありそうな暴力的で野蛮なバーチャルゲームであった
ぼんやりと浮いた光の先
その電子世界の画面の中にいる、
今までただ真面目に働き、普通に生きてきた人間であって
特には何も持ってこなかった己に対して
まるで妖しい魔法のかかっているように鏡合わせに対になってそこに立つ存在
そこにあるものがもし本当に何かの鏡であったのなら
その先に反射して映っているのは
勤勉な自分自身の何かを写した普通の存在であっていいはずだ
だがその姿は歪んで変質している
顔の中央の窪みにくり抜かれた一つだけの血走った目があることだけが分かる、
その先にいる明らかに人ではないその醜い姿の怪物を見た時に
男が感じた直感は
「これはけして関わってはいけないもの」だった
こんなものを人間が操作していいはずがない
人間はけしてその場所にいてはならないのだ、と
禁忌の力
目をくぎ付けにされたその男が見たものは
それはもはや暴力などではなかった
正確には人間の脳が連想できる暴力性としての実感がなくなるレベルで
その世界の力は乖離しており
その世界にいる怪人と呼ばれる存在たちは皆
ただ暴れる力というよりは何か目の前にある、
人間にはどうしようもないほど強大で巨大なものを
その意志ただひとつで塵ゴミか何かの如くかき消さんとするかのように
その凶悪で得体の知れないエネルギーは
今全てを巻き込んで爆発していないことが不思議なほど
己の内側に抑えて常にはち切れんばかりに満ち溢れていた
でもそれは当たり前だ
これはゲームなんだ
馬鹿馬鹿しい
そういうゲームなだけだ
こんなものを己の中に認めてはならない
絶対にだ
いつの間にか喉がひどく渇いており
その男は自身の肉体に汗ばみと熱を帯びた動悸を
自覚しながらそう自分に言い聞かせるが
もうその目は
その世界に囚われてしまっている
その直後に
その男が知らぬ間に食い入るように見ていた、
いびつな拘束具のようなものを全身に纏ったひどく醜い姿の怪人は
いつの間にか世界に入り込んで
自らの前にそびえていた巨大な壁のような「塔」の目の前に立ち、
そこでこの世のものとは思えないような声で喉元の奥から劈くように震わせ
魂の波動の絶叫をする
「「 」」
その果てしなく巨大な塔はよく目を凝らして見ると
幾つも打ち込まれてへこんだ痕のある
無数の鋼の板金が山のように重なってできていて
その怪人の凄まじいエネルギーのこもった絶叫の前に
塔はまるで幻想であったかのように乾いた金属の音を立てて脆くも倒壊した
その男がいつも無意識に見上げていた塔は破壊されたのだ
その衝撃は全てを貫いて
輪のように世界の彼方へ何処までも広がってから消えていく
だが止まらない
(え・・・?)
その怪物はとどまることはない
周囲を渦巻く異質なオーラは以前よりも増して打ち震え続ける
何かが目覚めかけているのだ
人と関わって生きていくうちに
今までの自分の中に覆い隠してしまい込み
あるいはそれは元から脳の中からは忘れ去られてしまっていて
とっくに無くしていたように錯覚していたもの
だがそれは今も確かに存在し
己の奥底で眠りながら蠢いていた何かの感覚
「「 」」
その感覚に呼ばれている
その耐性のなかった男は気が付くと
いつの間に電源の落ちていた画面の前で気絶していた
・・・
・・
そのゲームの持つ常識外で狂気にも迫りくる過剰なまでの破壊的描写は
それまでのゲームの中には存在しなかったもので
そのゲームの持つ潜在的なスペックに合わせて
世界を実現する根幹システムを構築するために
そのゲームの特殊回路を管理するためのサーバー関連施設だけで
まるごとひとつの都市を作りあげてしまうほどの普通ではない力の入れよう
仮想の終末世界を舞台にした
超シュミレーシュンバーチャル型対人格闘ゲームだ
ゲームとして広まった今では世界中の人気を集め
今もなお世界の人口増加とほぼ同じペースでプレイヤーを増やし続けている
( )
だけど 私にはそんなことはどうでもよかった
今の私にとってはその「オリジン」という対戦ゲームの中で
「イヴ」という女悪魔を操作することで
わずかながらの生活のための収入が得られる、ただそれだけのことだった
そのゲームを手をとった人々は始めこそ戸惑い、忌避感をおぼえるものの、
今まで感覚になかった異次元の激しい戦闘によって
なぎ倒されていく大迫力の巨大な建造物や
戦いによってプレイヤーが操作する「オリジン」の怪人達が
ひりつくような勝負の末に爆散していくのを眺めているとやがて
(( ウオオオオ!! ))
熱狂するように歓声を上げはじめ
しだいには引きずり込まれるように、
そしてますますオリジンが持つ世界にのめり込んでいく
そんな世界中のアカウントの人々を見ても
私は特に何とも思わなかった
たまにどこかの国のゲーマーが博打のようなレートに煽られて
身の丈に合わない人生をかけた大金を賭けて
派手に勝負で爆散していっているのを見て
その人生の破滅を外から眺めて観戦する人々は
享楽的に、はたまたどこか狂えるように喜びに湧いていたりすることもある
でもそれもおかしいとも思わなかった
だってその世界が初めから私が生きてきた
わたしにとってのただ一つの普通の世界だったから
どこか人の気を吸い寄せて本能を惹き立てるような
不思議な魔力のあるゲームであることは感じていた
イヴを操作するのは楽しい
けれど
世界中でどれだけたくさんの人が熱狂していても
賭け試合の勝負にお金をかき集めて
身が滅びるほど欲望にいれあげる人間たちがいても
それは私にとってはどこか関心の薄いどうでもいいことだった
・・・・
まるで監禁でもされているかのように薄暗く窓のない閉ざされた部屋の中で
その無機質なモニター画面の明るさだけが私たちを照らしている
「(ブイン・・)」
画面の光が空間を照らす中で 画面が一瞬暗くなる時があり
その時 私の顔の輪郭と淡い桜色の瞳が
その画面に闇の中に浮かぶようにゆらゆらと反射して映っている
システムから電子のネットワーク上に通信接続されたモニター機械は
あまり広くはない今の部屋に3台ほどが設置されていて
それぞれに組織から派遣された私たちが担当について
そこで「オリジン」での対人対戦をリーグに分けられたオンライン上で行う
そして電子オンライン上に設けられた
合法的に賭けられた「賞金」を
世界中の人間たちとリーグ対戦の勝敗で奪い合う
それが今の私たちに割り当てられた仕事、のようなもの
施設の下級ランク人間である私の
唯一の生活のための日銭を得る術であった
・・・
「リズは今日も調子がいいね」
私の席の隣に座っていてポソリと声をかけてきた、
これもまた電子画面を黙々と向き合っているリコという名前の女の子
私と同じ年齢の16歳で 私の隣の席の画面で
私と同じように仕事でオリジンでの通信対戦で戦っている
この子もわたしと同じく組織から能力を下位ランクに判定されて
施設に割り振られてこの仕事部屋にやってきた
ほんとはもうひとりエレネという女の子もいた、
が今日は体調を崩して休んでいた
その子の担当だった3台ある機械の右端のモニターの席は空いていて
電源も今は落ちたままだ
「そうかも」
リズはたった一言 声をかけてきたリコに応じると
少し画面の外に注意を外していたところから
元の画面に視線を戻して意識を集中し直す
淡々と手元の独立したオリジン専用のコントローラーの
擦りむけた凹凸のあるボタンをいじっていく
・・・
私はこの賞金リーグで今日も続けて賭け試合をしているのだった
「(カチャカチャ・・)」
ただ私たちが今いるこの界隈で相手をしているプレイヤーたちは
正直言ってあまり強くない
( 13連勝か・・)
わたし程度の能力の人間にこんなに連勝されてしまうのだから
私も腐っても技能を叩き込まれた組織の人間ということだろうか
ここはオリジンの下級リーグ
一番下の掃き溜めみたいなひどい賞金リーグだ
昼夜を問わず対戦画面に執念深く張り付いて、それでなお上にも行けない、
ゾンビみたいな底辺の色んな人間をやめている人たちが集まっているので
別名蔑称を込めて「追放リーグ」とも呼ばれている
それでも妖怪みたいな人たちがお金を賭けて集まっているので
ここでゲームが得意っていう程度のレベルの
一般人は食い物にされてしまい勝ちを拾うのは難しい
私もそんな界隈の住民
「これでいこうかな」
退屈だったから私は最近は少し大味なプレイをしているんだ
「ピコン!」
次の対戦が成立したという音が聞こえたので
リズは予約でもするようにコマンドで その技を一気に一見はめちゃくちゃに、
だけど正確に手先の指の動きでなぞってコマンド入力していく
・・・・
・・
「ゴゴゴゴ・・」
目の前の画面には「オリジン」の終末世界の
どんよりとした崩壊した暗い謎のビル群の廃墟に
おぞましい異色の変異昆虫たちがいっぱいに徘徊するステージ
世界は文明世界が滅んでしまうほどのエネルギーの渦で溢れており
通常ならば強すぎる世界のエネルギーにさらされて
生命などはその形が保てなくなり弾けてしまうことになる
だが極一部の生命体、
何故か虫だけは強靭な甲殻を得るような超変異を起こし
この終末世界の力の渦の中でもその数を無尽蔵に増やし続けている
終末世界に溢れるエネルギーに寄生して生きている微生物たちの体は
どれも異常に大きく、ノミやダニのような
本来は小さいタイプであったはずの生物も大型犬ほどの大きさがあったり
個体によっては人の背丈を遥かに越えて象ほどの大きさのものもいるが
今この場所に集まってきているのは比較的それでも小さい部類の虫たち
動きも活発で絶えずエネルギーを吸収するために
気味の悪い触覚やいくつも謎の突起のある長い脚をワキワキさせている
そんなおぞましい姿の虫たちはオリジンの凄まじいクオリティのマシンパワーで
ゾワゾワと身の毛もよだつような最高に気持ち悪いフォルムをばっちりと
画面の外のプレイヤーの視線にまで擦り付けてくる
・・
そんな一部の生命だけが生存する異様ともいえる環境下において
虫たちと同様か、あるいはもっと別の何らかの方法でこの世界の力に適合し、
比較にならないほど一際強い力を持つに至った特異な超生命体が
この世界には存在する
それが
オリジンの異形の怪人たち
「 」
そこにはいびつな斧を持った奇怪な装甲を被った殺意の怪人が
崩れかけた鉄の柱がはみ出た何かの丘のような場所で立ちあがっていて
低い唸り声のようなものをあげる
「イギア・・!」
その怪人は私のなけなしの賞金を根こそぎ全て奪い取るべく
そのいびつな形の血の塊の付いた兵器斧をすさんだ大地に振り下ろし
4つの剥き出した眼球でただこちらの方を見ている
周囲には先ほどの大きな体の虫たちの影も無数にあるが
異次元の力の源である怪人の近くにまで近づきすぎると
虫たちの持つ体では生命の形を保てなくなり跡形もなく弾け飛んでしまうため
寄せては引く波のように一定の距離で集まってきたり離れていったりしている
(・・・)
あまり理解はできない
開発にお金をかけまくってどうしてこうなってしまったのか、
どうしてこんなに機械趣味で暗くて退廃的な雰囲気のゲームが
そこまで世界で流行しているのかはよくわからない
でてくる怪人たちだって大半は
人気が出そうなかっこよさや可愛さなどのセンスとはかけ離れた
おどろおかしい見た目の奇抜な怪人ばかりで
一部のキャラを除いて美形であることは珍しかった
(でもどうしてなのか しいて言うなら・・)
「スッ・・」
私は戦闘の直前でコマンドの続きを
手持ちのコントローラーに指から少しだけ辿るように動かす
・・
「 」
猛るような対戦相手に対して私が選択していたのは
さっきまで画面でこっちを向いてユラユラとしていた、
いつもの女悪魔「イヴ」だ
今は翼のある背中側を見せて向こう側を向いている
「カチ・・、カチカチ、ピピ、ピピピピ・・」
そのイヴに始めに一気に連打や特殊コマンドなどのリスク付きの力を
これでもかと「破滅の右腕」を持つイヴの片腕に集積させて
最初の強力なエネルギーをつぎ込んだ邪悪な力で開幕スタートに襲い掛かる
それが今のこの戦法
この大味な戦法はリーグ上位の人間にはまず通じないだろう
だけどここにいる程度の大半のゲーマー相手なら
私の技量でいくらでも当てられる
「圧倒的に終わらせる・・」
黙々と緻密な操作をしながら
リズは画面を視線でなぞりながら青白い電子の光の先を見つめる
・・・
・・
「 」カッ
一度世界にある時がピタリと止まって画面が白黒になる演出の後
そのオリジンの対戦が始まる
「「 Fight! 」」
今の私の攻めは単純だ
勝負が始まると即、
画面で構えたイヴの右腕に集積されていく莫大なエネルギーが
全部の空間を光で白黒させて 大きな音を立てる
「ギュアアアアアア!!」
「!!」
その危険な光を見て自分が攻め立てる気満々だったところから一転して
慌てて回避行動をしようとしたり
大急ぎでその場から逃げ出そうとする敵の怪人を
まるで獲物を追うように追いかけまわして
このイヴの開幕で凝縮した力をぶち当てるのだ
相手の斧をもった怪人は多少の抵抗の技術は持っていたようで
抵抗のために逃げながらも斧をブンブンと広範囲に向かって振り回していた
(ブン!ブンブン!)
だけど情けない必死なその振り乱した姿は
最初の物言わぬ底知れなかった化物のような雰囲気と
威勢からはだいぶかけ離れていた
(・・・)
あんな手を出してはいけない見た目の異形の化け物の姿をしていても所詮
その先の中身には電子の世界で繋がれた、ただの人間がいて
そのプレイヤーの意思で動いているのだから仕方がないといえば仕方がない
その落差に一瞬気はそがれてしまうけど
それはここでただ勝ちを取りにいくにはまたとない機会
「スッ・・」
相手の怪人の動きは見切って楽々と回避する
その動きを見て半端な回避を続けてももう先がないと判断したのか
相手の怪人は反転して守りのオーラを解き放って抵抗しようとする
私は遠慮なく
その怪人の守りに入ったボディにイヴの「破滅の右腕」を盛大にぶちまける
「ズボボオオオオオン!!」
「ぐえあああああ」
その守りはオーバーフロウした力で一瞬で砕かれて
対戦相手の怪人はあわれに場外に飛んでいく
破壊の衝撃で周りの荒廃した建物ごとなぎ倒していき、一緒に派手に吹き飛んだ
「ボガアアアン・・!!」
(・・・)
「こんなもんね」
仕留めきれはしなかったので
そこから適当に追撃のコンボ攻撃も加えて対戦を即終了させる
・・
私が思うこのゲームに人々が惹きつけられる理由
それは
(・・こんな狭い小部屋の世界の中の私でも
この一瞬だけ・・気分がスッとして解放された気になれるのよね
すぐに そうじゃないことにも気が付くんだけど・・)
・・・
「「リズ player 現在14連勝中 対戦求ム」」
「ふーん・・」
無機質な数字がまた一つ追加されたのを
リズは少し崩した姿勢から画面の前の台に片肘をおいて
頬杖をついてぼんやりと眺めていた
こうして勝負で勝っても得られる掛け金はほんのわずかだ
この賞金リーグはしょうもないところだからね
「(はあ・・)」
私が対戦を終えて一息ついていると
「リズさあ・・だめだよ 勝てるからってそんな大味なことしてちゃ
うまくなれないよ 予約コマンドやリスク技なんてさ
これからさあ こんな追放リーグなんかじゃなくて
もっと待遇のいいところに派遣されるように私たちはするんだから
そこじゃそんなの通用しないからね」
隣の席にいるリコは自分の方の画面をいじくりながらも
私に向かってそう注意してくる
ちなみにこの子はスタンダードな人間型キャラを使っている
操作が他の変な怪人よりピーキーじゃないから使いやすいんだって
言われてみれば私も最近は少し
この大味なプレイが癖になってしまっていた気がする
(・・・)
「調子がよければなんとか全部当てれる気がするんだけどなあ
ごめんね ちょっとストレスたまっちゃってさ」
「まあ勝てるならいいけどね
それにしてもリズは他の下級ランクの子と比べても戦闘人気質だよね
せめて中級ランクくらいはあればよかったのにね」
「そうね・・」
・・・
リズは手を組みなおして少し思い出す
私がここに来る前いた研究組織 ロストオリジが所有する別棟の施設でのこと
リズを担当していた上層研究員の言葉・・
(「 彼の例があるから君には期待していたんだがな・・
君の成長時期はもう過ぎた
才には目覚めなかったようだ
ところどころ突出した神経脳波が検出されることもあったが
総合してこの観察データではどうしても
君を「下級ランク」と判定せざるを得ない
・・君は「失敗作」、だ 」)
・・・・
・・
(・・・)
そうやって少しリコと話しながら休憩していると
仕事部屋のドアの外が騒がしくなる
「(バン!)」
私たちのいる部屋の後方にあったボロボロのドアは乱暴に開け放たれる
乱暴に扱われたドアは
今まで何度もそう扱われてドアノブがもう取れそうになっていて
今にも壊れそうな軋んだ音を立てる
「よう お前ら稼いでるか?」
今まで生きてきて身の回りのドアノブが壊れそうなことなんて
ただの一度も気にかけたことはなかったのだろうというような
ガサツな男がつかつかと入ってくる
筋肉質で汚い肌の
いかにもチンピラな見た目も不潔で嫌な男だ ボルンという男
だけどその男は
組織の派遣先のこの仕事部屋を管理する会社の組合の人間だから
私たちはその男にあまり強く物を言うことはできない
基本的に従うだけだ
「お前は少しは稼いでるな 回収だな」
チンピラ男ボルンはそういうと会社のマスター権限のカードを取り出し
リズの前の画面のコードに
持っていたそのカードをチラリとかざす
識別コードが読み込まれた黄緑色の光
・・
「ビピ」(シャリーン)
するとリズの連勝記録「14」の表示が消え
それまで稼いだリズの獲得賞金の全額が「0」の表示になる
「・・・・。」
(またお金、か・・)
私はだまっている
この男はたまにやってきてこういうことをする
会社の管理するマスターカードの権限で
カード内に所属するプレイヤーのゲームを清算することによって
そのカードにリズが獲得した賞金をすべてうつしたのだ
名目は会社に上納するためのノルマ資金の回収だが
ボルンはその中から手数料と称して
マスターカードの権限で勝手に大幅な金額をさし引いていく
オリジンの通貨はゲーム内の仮想の通貨だけど
普通に現実でも使えるし換金もできる
貧乏な国では下手するとオリジンの仮想通貨の方が実際のお金より信用がある
「ちょっと・・!あんたね・・・」
隣のリコはそういって訴えたそうにするが
ここではこの男に強く言えない
「ん? なんだ? 下級人間の分際で会社に納める金にケチつけんのか?
お前らに社会的信用がないから
わざわざ俺がきて回収してやってんだぞ?
割を食う俺の小遣いくらい増えてもいいだろが
いいからとっととまた稼げよ
ここでしがみついて稼いでいけねえとお前らの人権はねえんだもんなあ
へへへ・・さて この金で俺は遊んでくるかなあ・・!」
そういって用が済んだのか チンピラ男ボルンは
会社に納めるための資金を回収して浮かれながら部屋をでていく
・・・
・・
(・・・)
男が出て扉が閉まったのをみると
「ガアン!」
隣のリコは足でガツンと勢いよく机を蹴りだした
「あのバカ 根こそぎもっていったらもう賞金リーグに参加できないっつうの
なんかいえよお! ストレスたまってんだろリズ
はあ やってらんねえなあ」
リコは普段はおとなしめだけど
こうやって別人みたいになって気性が荒くなる時がある
「今日はここまでか・・」
あきらめ気味の私はまたぼんやりと画面の方をみる
・・・・
ボルンによって私のゲームは勝手に清算されたので
画面のリズのアカウントは
仕事の賞金をかけたリーグではなく 待合室のフリーの部屋に移動していた
あの追放リーグからもさらに追い出されてしまった
(・・・)
どうにももうすることがない
ここに来てからこんなことが続いて変わることのない日々
変わることのない日々を過ごしていると
最近は反応も少なくなってきて
なんだか脳があまり働いていないような気がする
画面に映った淡い色の目
その目は電子の世界の先を毎日彷徨い続けていたが
私の日々は特に何も変わらなかった
少し座りなおして仮眠でも取ろうかなと
諦めてもう目を瞑りそうになった時だった
「ピコン」
そこに小さく音が鳴る
それは誰かは分からない
「 」
電子の世界の闇の奥底から波紋の音が伝っていって
静けさから私を呼んでいるような
「直接対戦要求?(ダイナミックエントリー)」
脳に微かにちりつくように気が付いた小さな閃光
リズの私のアカウントに対してそうアイコンが出て光っていた
羅列されてリズの目の前の画面にやがてチラチラと点滅して光り出す電子文字
・・・
なにかが始まる予感がしていた
意地っ張りで寂しがり屋で負けず嫌い
直感と戦闘本能がちょっぴり強めの女の子 そんなリズの
ハチャメチャで愉快で甘くて切ない運命の話
全てはここから
懸命に生きるリズたちの運命を少しだけ覗ける場所
騙されたと思って40話くらい読んでみたら
それはまあやっぱり騙されてるのかもしれない
思ってたのとはちょっと始めは違うかもしれない
でも全ては重なって繋がっていく
じんわりとした何かが駆けてきてそれに触れることができたら
その先も見届けてみたくなるかも