【第一章】第十部分
「唾が付いたあ。このボクが病原菌でケガレてしまったあ!ひゃああ~!」
鳴志司はあからさまに狼狽して、ゆめを突き放した。
「あたしの飛沫って、そんなに汚いっけ?あたしは常時この唾を飲み込んでいて、これで口内から直腸まで殺菌、いや浄化されてるんだからねっ。これも大いなる魔法力なのよ!」
唾は体内ではどんなに進んでも大腸止まりである。さらに魔法でもなんでもなく、人間の生理現象である。
「ううう。ボクの優雅な朝がこんなことに。」
すっかり意気消沈した鳴志司を見て、美形だけど変人だとゆめは思った。しかし真面目なつかさに比べて新鮮だった。
ゆめは妄想ではなく、思考を続けた。
「あたしは、べたな助けは親切さを試しただけなのよね。これだけでヒトを好きになるとか、ありえないわ。何か、あたしの心にグサリとささるようなものはないのかなあ。とにかく、まずは立たないと。」
いきなり起き上がったゆめは、頭がクラクラした。
「きゃああ。立ちくらみしたわ。」
ゆめと鳴志司のおでこがゴッツンこ。
これもベタな行動であるが、故意ではない。
「な、なんなの、この映像!?」
ゆめに鳴志司の妄想が流れ込んできた。あたまごっつんして魔力が発動したのである。魔法は学校での日常的な活動には禁止されている。生徒手帳には魔力封鎖シールドという全身から流れる魔力に蓋をする機能が付帯されている。しかし、あまりに咄嗟のことで、魔力の蓋が開いてしまったらしい。
暗いので夜の映像らしい。女子の背中が見える。背中越しにこちらを窺っていることがわかる。鳴志司のことを気にしているようだ。直感的に見覚えのある魔法使いだとわかった。