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いつか、君の隣へ  作者: U
第四章 伝統、行き着く先

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第五話 あやまる

 三日目の試験を終えた千花は、シャツと下着を脱いで医務室のベッドの上でうつ伏せになり、体に残った火傷を短い茶色の髪の治癒術士に治療してもらっていた。

「はい、終わり。お疲れ様」

「ありがとう[おかん]」

「どういたしまして」

 見事に痕になることなく千花の体から火傷が消えていた。

 千花はベッドから起き上がり、衣服を身に着けていく。

 その間、付き添っていた優里菜が白衣を着た[おかん]こと武蔵野麻美子と話に花を咲かせる。

「今までお見かけしなかったのでびっくりしました」

「ずっと医務室に詰めていたから、無理もないわ」

「紅の方は大丈夫なんですか」

 紅ーー正式名称は特殊任務執行部隊。彼女はその副長を務める女傑。こんな下級天子の試験でスタッフをしていることが驚きだった。

「大丈夫よ。それにこの仕事は毎回やってるもの。みんな知って勝手たるよ」

「え、そうだったんですか。それじゃあ去年も」

「居たわよ」

「すみません。ご挨拶もせずに」

 優里菜は目を伏せ、軽く頭を下げる。

 昨年の四月末、優里菜はオリバー・エクスフォードに拉致され、その居場所を見つけ出してくれたのが麻美子と他二人の特務隊の隊員だった。

 一年前の試験では恩人がすぐ側に居たことに気づかずに試験を終えてしまった。

「いいのいいの、そんなの気にしなくて。試験に集中してもらった方が嬉しいわ」

「ありがとうございます」

「それに、今回も順調のようで何よりだわ」

「順調、なんでしょうか」

 昨日も今日も力技で勝利を収めた感じが否めない。翠に昇格する要件を満たしているように思えなかった。

「[水龍(アクア・ドラゴン)]が落ちるのならみんな落ちるわよ。失礼、[水龍の巫女(ドラゴン・メイデン)]だったわね」

「あはは……」

 光との戦いを経て、優里菜の呼び名が改まっていた。優里菜の双剣術は剣舞に例えられ、その剣舞が神楽のようだとなり、優里菜は神楽を奉納する巫女に形容され、それまでの呼び名と合わさって[水龍の巫女(ドラゴン・メイデン)]となっていた。

 優里菜としては[ドラゴン]が取れてくれた方が「アクア・メイデン」になるので、いかつい名が取れて嬉しかった。そうならなかったのは、それだけ一昨日のの印象が強く残りすぎているせいだ。

 そのドラゴンの被害者である千花は今日の戦いを思い出す。

 炎が消えて周囲を見ると、大樹が千花そっちのけで見惚れていた。

 千花もその視線の先から目が離せなくなった。

 異質だった。

 二刀流師範の鷹之でも円でもない。広輝でも美宙でも慧輔でも、もちろん自分とも違う戦い方。

 強いとか弱いとか、そんなんではなく、ただただ魅せられた。魅了された。

 戦いのはずなのに、剣術のはずなのに、美しかった。"巫女"の名に相応しく神に奉納する神楽のような、そんな舞だった。

 それは強さの概念で表すことができないような。

 千花にじっと見られていることに気づいた優里菜が首を傾げる。

「? なに?」

「なんかむかつきます」

「なんで?」

 優里菜に心当たりがまったく無く困惑した。

「ふふ、姉妹みたいね、あなたたち」

 千花には聞き捨てならない形容だ。自分の姉は後にも先にも一人だけだ。

「わたしの姉はこの人じゃない!」

「知ってるわよ? でも……」

 麻美子の視線が千花と優里菜の間を二回往復する。

「じゃじゃ馬の妹と見守る姉ってところかしら」

「~~~~!!」

 親戚の子供を見守るような麻美子の笑み。何を言っても無駄だ。千花はたまらず地団駄を踏んだ。

 そこに医務室の扉をノックする音。

「どうぞ〜」

 麻美子はパタパタとスリッパの音を立ててカーテンを潜って来客を出迎える。

「あら、ちょうど今終わったところよ」

 今まで話していた二人の方に視線をやるとカーテンが開き、優里菜と千花も来客と対面した。

「よう」

「こんばんは、光さん」

「何か用事ですか」

 普通の態度の優里菜に対して千花の機嫌は良くない。試合には勝ったが、勝負に負けた。その二人に対して悔しさがまだ残っていた。

 ツンケンな態度に光は多少困惑しつつ、一歩下がったところにいた大樹の背中を押した。

「そうだけど、俺よりもまずはこっちだ。何の用事か知らないが」

 なにやら元気のない大樹が優里菜と千花の前に出される。

 少しの間のあと逸していた視線を千花に移し、開きにくそうな口を開く。

「……えっと、ケガは大丈夫か?」

「え、わたし?」

 千花は、大樹の用事は優里菜だと思っていた。

 まだ知り合って三日の二人は、優里菜がいなければ会話の間も持たない。加えて千花も大樹もお互いをそれほどよく思っていない。

 そんな彼女にわざわざ医務室にまで来て、神妙な顔までして何の用事なのか。

 大樹は今日やられた相手ではあるが、一対一で戦えば間違いなく勝てる。侮る訳ではないが、その自信も確信も千花にはある。

 その相手に一杯食わされたことも悔しいが、心配されることがもっと悔しい。

 だから皮肉な言い方をしてしまう。

「……おかげさまで。それなりに時間かかったけど」

「っ」

 この時の大樹は、初めて傷付けたことに心を痛めていた。

 これまでの訓練でも人に向かって天術は何度も撃った。父や隆也には、全力で撃っても問題なかったから。

 それ故か、天子相手なら、敵ではないのなら、自分の炎が痕になる傷を負わせることになる、という想像に至っていなかった。

 試合とはいえ、その千花に向かって全力の炎。肌を焼き、火傷を負わせた。彼女は"敵"ではない。ともすれば"仲間"である。

 守る為の炎で仲間を傷付けた。

 罪悪感の底に沈みそうだった。

 だから大樹にとって、謝ることは自然なことだった。

「すまかった。やりすぎた」

「「「………………」」」

 しかしそれは、的外れな行為。

 千花は顔を真っ赤にして烈火の如く怒りを爆発させる。

「バカにしないで!!」

「?!」

「わたしは! 謝られるほど落ちぶれていないし弱くない! あんたがしているのは、戦った相手に対する最大の侮辱よ!!」

「ーーーー」

 大樹は情けなく口を開けて、瞬きを繰り返す。千花の憤怒の理由に気付けない。

 どうして侮辱になるのかわからない大樹の顔に千花の苛立ちが溜まっていく。また噴火しそうだった。

 麻美子が小さく咳払いし、不本意な二つ名である[おかん]を発揮していく。

「大樹くん。あなたは彼女に対してどいうつもりで攻撃しましたか?」

 諭すように導く。

「俺は、ただ勝ちたい一心で」

「そうでしょう? 彼女たちに対してそれだけの火力で攻撃しなければ、勝てないと思っていた」

 大樹は頷いた。

「それを貴方は"謝罪"することで自ら否定してしまいました。櫻守大樹にとって藤森千花は"強敵"ではない。全力を出したら傷付けてしまうほど弱い相手だった、と。あなたは言ってしまったのです」

「俺はそんなこと……」

「言っていないですか。でも、あなたの思いはどうあれ、その言葉の意味を汲み取るのはあなたではなく、その言葉を受け取った人です」

「…………」

「厳しいことを重ねてしまいますが、その"強敵"の中には少なからず、彼女に対しての"敬意"があったはずです」

 日常的に武術を嗜む岳隠では、自然と相手を敬うことを身に着けていく。それに疑問にすら思わない者もいる。

 それでも思春期・反抗期に入った天子の中には、技体の"強さ"こそ全てと考える子も出てくる。総じて武術に秀でる子どもたちだ。しかし、その彼らは心技体揃った師範らに何度も叩きのめされて、歯を食いしばりながら体で覚えていく。

 幸いにして大樹はそこまでする必要はない。一歩だけそうになっただけ。自覚すれば十分だ。

 一人では強くなれないこと。相手がいてこその強さであること。支えてくれる誰かがいるから自分が在ること。何の為に強さなのか。

「意図せずとも否定してしまいました。その程度の相手だったと」

 大樹は自分で言った台詞を思い出した。

『なんで本気でやらない! 相手に失礼だろ!』

 それは昨年の春、優里菜が広輝と初めて手合わせし、半分の力も出していなかった広輝に対して言った台詞だった。

「……」

 大樹は千花の傷を気遣うだけでよかった。なんなら年下のくせに偉そうな態度を取る彼女に一杯食わせたことを皮肉っても問題なさそうだった。

 麻美子に諭され、千花の苛立ちが理解できた。

 改めて千花に頭を下げる。

「悪かった」

「…………なにが?」

 千花が仏頂面で訊き、大樹が答える。

「お前の強さを否定したこと」

「…………」

 ここが許すタイミング。わかってはいるが、溜飲が下がらない為、沈黙が続く。

 麻美子の目が千花に向き、優里菜からも「千花ちゃん」と促される。

 千花は溜まった鬱憤を吐き出すように長く息を吐いた。

「わかったわよ」

 周りも一段落と安堵の表情を浮かべたのも束の間、千花の皮肉が続く。

「何も失ったことのない、甘ったれのお坊ちゃまが自己満足に謝りにきたと思っておくわ」

  "何も失ったことのない"、"自己満足"が大樹の心に突き刺さる。

「千花?」

「何よ。一言多いって言いたいの? それくらい言わせてよ」

「理解している人に対して、必要以上の叱責は無意味どころか害悪よ」

 「害悪」認定されたことに抗議しようとした時、麻美子が千花に言わせずに厳しい声色で言う。これは大樹を諭した時とは違う、お叱りだ。

「それとも、そういう教育を岳隠でしているの?」

 麻美子のこの言葉はそういう「教育を受けてきたのか」だけではなく、千花が子どもたちにそう「教えているのか」と尋ねていた。

 千花も今や中学三年生。清天寮の中では最高学年であり、年下の模範となるべき寮生だからだ。

 頑なな態度を取れば、自分だけではなく岳隠全体を悪者になる。

 素直に謝った。

「ごめんなさい」

「相手が違う」

 一段と厳しい麻美子の叱責。傍の優里菜と光の背筋も伸びる。

 千花は大樹の方に向き直り、渋々感を残しながら謝った。

「……ごめんなさい」

「俺も悪かった」

 一件落着。これでこの話は終わるはずだった。

「よし、握手」

「「え?」」

「仲直りの握手」

 麻美子からの指令。有無を言わせぬ雰囲気がある。

 しかし二人揃って躊躇する。

「え、いや」

「本当に?」

 思春期の二人。握手が嫌というよりも、異性に触れること自体に恥ずかしさの抵抗がある。

 気心知れた相手でもなく、ハードルが高かった。

 そんな彼らをお構いなしに、麻美子はせっつく。やらないと終わらないとばかりに。

「ほら早く」

 大樹と千花は、口を"〜"字に結んでいそいそと右手を差し出し、麻美子たちはそれを強引に結んだりはせずにただ見守った。

「……」

「……」

 思っいたよりも小さくて柔らかくも硬い手を、思ったよりも大きく熱い手を、握ったのか握っていないのかわからない力加減で手の平を合わせ、相手の体温()を感じ取った。

 満足そうに麻美子が手を叩く。

「はい、これでこの話はお終いね」

 千花と大樹が気まずそうに手を離すと、代わって光が自分の用件を切り出した。

「さて、終わったようだし、次いいか。優里菜」

「あ、はい。なんでしょうか」

 至って普通に、無防備に聞き返したものだから、光の告白を受け止め切れない。

「惚れた。付き合ってほしい」

「…………ほえ?」

 脳の処理が追いつかず変な声が出た。

 半分口を開けている優里菜に光は畳み掛ける。

「さっきの試合で見せた舞に魅せられた。戦いながらも心を持っていかれた」

 戦っている時、あの優里菜を気味が悪いと称した。

 しかしそれは相対する敵として。そこから一歩退けば、彼女は碧く美しい剣舞を舞う一人の巫女。

「お前のことが好きになった。月永優里菜」

 戦いを終え、戦いを振り返れば、その時気づかなかったことに気づいていく。

 光の闘争心が反応しないはずだった。目と心を奪われていたのだから。

 思ったが吉日。

 こうして優里菜の下に馳せ参じていた。

「好きだ。付き合ってくれ」

「……」

 意を決した真剣な眼差し。

 優里菜は目を逸らさず、正面から受け止めた。

 そんな二人より外界は、無言なものの色々騒がしい。

(あらあらあらあら)

 麻美子は口を両手で押さえて目を輝かせ、大樹は目と口を大きく開けて驚愕したまま固まって、千花は押し黙っていた。

「ごめんなさい」

 優里菜は光に向かって丁寧に頭を下げ、そのまま理由を述べた。

「好きな人がいます。だから光さんの気持ちに応えることができません」

 正直に、嘘偽りの無く。

「そう、か」

 残念そうな声。優里菜が頭を上げると、案の定悲しそうな光の顔。

 ズキリと、優里菜の心も痛んだ。

「その人とは付き合っているのか」

「いえ、まだそんな……」

 関係ではない。告白もしていなければ、できそうもない。もしも彼に思いを伝えたら、遠くに行ってしまいそうだ。そのままでのようにはいられないだけでなく、開いている心の扉が閉まってしまいそうな気がしているのだ。

 周りからは二の足を踏んでいるように見えても、優里菜は優里菜なりにその訳がなんなのか見定めようとしていた。

 反対に目の前の彼は、杞憂よりも当たって砕けろらしい。

 特定の恋人が居ないと知るや否や、ぱあっと表情が明るくなった。

「そうか! ならまだ希望はあるな」

「!?」

「今日はこれで失礼する。応えてくれてありがとう。優里菜」

「はい……」

 医務室から光が出ていく。その背中には失恋した哀愁が一切無い。

 はっきりと断ったはず。なんで諦めないのか優里菜にはまだ理解できなかった。

「あれは根性ありそうね。覚悟しといたほうよさそうよ」

 麻美子が楽しそうに言うのだった。


明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


クリスマスが明けてから体調を崩してしまい、

更新が遅くなってしまいました。


皆様も体調にお気をつけてお過ごしください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 明けましておめでとうございます! そして、更新ありがとうございます。 大樹が、あの大樹がフラれただと!?(すっとぼけ) いやーとても意外だったので驚きましたww 優里菜はモテますね笑…
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