第三話 2VS2
「武闘演」→「天武演」へ名称を変更しました。(2023/12/4)
三つの会場に別れて行われた昇格試験三日目、二対二の試合。
初日と同じく、名の知れた名字を持つ天子が勝利する試合が多かった。
また、砂のグラウンドで行われた試験会場では、制限時間ギリギリまで長引く試合が多く、他会場から試験を終えた受験者や試験官がなだれ込んできて、最後の二試合の観客数は武鬪演さながらになっていた。
そしてこれから最大の注目カード[ 月永優里菜 & 藤森千花 VS 瀬戸光 & 櫻守大樹 ]が始まろうとしている。
槍を片手に持って控え場所で待つ光は、グラウンドを囲う土手上にいる人物をちら見してため息をついた。
「結局最後までいるのかよ」
「誰がですか」
光はその人物から見えないように方向を指差して大樹に教える。
「永瀬のドンとその取り巻き」
「運営委員長たちですよね。何か問題でも?」
大樹もちらりと確認したが、首を傾げる。昨日、試験が始まる前に受験者の前で言葉を述べてから、その三人はちょくちょく会場で見かけた。
白髭をきれいに整えた白髪の老人は運営委員長の永瀬義朋。近畿、中国、四国地方のまとめ役を担う天戸支部の前天守。息子に天守の座を譲り渡した後の今も、その権力は顕在である。
「やりにくいって話。大樹も陽本のトップが見てたらどう思う?」
「あー、そういう感じですか」
「そういうこと。全力でやる事には変わりないけどな」
自信満々の光とは反対に大樹の表情には緊張からか、少し陰りが見える。
「……」
「大丈夫だ。最後の方は様になってた。練習通りにやれば良い」
「はい」
二人は試験官に呼ばれ、試合場の内側へ。
反対側から優里菜と千花も真剣な顔で歩いてくる。腰には各々の得物を携え、意気は十分。所定の位置に付き、二人が抜刀する。
優里菜は茶色のグローブをした両手で"月花"と"碧水"を。
千花は姉の遺した刀、"紅雪"を。
「それでは昇格試験第二種目、二対二による戦闘試験を開始する」
優里菜と千花は横に並んだまま刀を構え、大樹は槍を構えた光から三歩下がって拳を構える。
「始め!」
開始の合図と同時に全員が天力を纏い、誰よりも早く光が動く。一足で距離を詰めて、優里菜と千花を纏めて槍で薙ぎ払って牽制。
二人が下がって躱すと、光は横薙ぎの遠心力を利用して、優里菜へ縦割りの強襲。優里菜が水守で防ぐ。光は跳び、二人の横を駆け抜けようとする千花の前に着地する。
「!」
「行かせないぜ」
ーー星月流[空破斬]+ 天術・氷雨ーー
千花は刀を振り、氷の斬撃と礫を同時に放つ。光は雷を宿した槍の一振りで防ぎ切る。
「躱したら大樹に行ってたか? 中々頭が回る……!」
ーー星月二刀流剣術・壱ノ型[飛蓮華]ーー
側面上空から双剣の連撃。
優里菜が不意を付いたと思った攻撃は跳んで躱され、空を切った。
光を抜いたどちらかが大樹の相手をする手はずだったが、戻って来た優里菜。千花がその横顔に訊く。
「段取り違いません?」
「ごめんね、私が見誤った。もう完了してる」
「え」
大樹の天力はすでに練り上がっていた。あとはその引き金を引くだけの状態である。
優里菜と千花の作戦は、どちらかが光を足止めすること。近接戦闘で大樹を倒して、その後に二人で光を倒すというもの。それは大樹の方が倒し易いからではなく、放って置いたら危険だからだ。優里菜は兄の隆也から大樹の白炎について聞いている。風凰のブレスを止めた炎を見ている。その最大火力は、水龍の牙を持ってしても止められないと判断した。だから天力を練り上げる前に退場願おうとしたのだ。
しかし、準備が終わっているのならば、光から離れた瞬間にその炎の餌食だ。
「大樹くんには警戒しすぎず注意。まずは光さんを倒すよ」
「はい」
「いいね。見せてみろよ、星月流!」
三人の天子による天術と武具を使った近接戦闘。近年稀に見る光景だった。
その戦いを大樹は天力を練り上げながらじっと見つめる。彼らの剣戟の間に入っていけない歯痒さを噛み殺しながら役割を全うする。
実は優里菜と千花が見た大樹の天力ははったりで、本当は大技を行使する為の天力が半分調ったところだ。これは大樹の特徴を知った光が、大樹を知っている優里菜が立ててくるだろう作戦の裏をかく為に、他の試合(試験)の見学そっちのけで大樹に教え込んだ見せ技だった。
加えて、優里菜たちを欺く為、詠唱無しで術の準備をしなければならない。こちらも大樹にとっては難易度が高い。
大樹の視線の先では、優里菜たちの戦い方が変わり始めていた。優里菜が千花に前衛を任せ、千花の隙きをカバーしている。大樹にも目をやり、注意しているサインを出し続けている。
千花は光の槍を一番に受けていることもあり、周りを構う余裕もなくなっていた。
「っ、舐めてるんです、か!」
「そんなつもり、全然ないんだけどな!」
刀と槍の一進一退の攻防、に見える。その渦中で千花は手加減されていることに憤る。
岳隠で身につく武術は剣術と体術。その仮想敵は悪霊であり妖魔であり、異能者である人である。あらゆる場面を想定と経験させておく為、岳隠では定期的に外部から人を招く。その中に槍の武芸者もいて、簡単な指南をし、木槍で試合を行う。
その指南と試合に千花も参加していた。
だから分かる。目の前の光が自らに最も恐ろしい攻撃を制限していることが。
「"突き"しないくせに」
「……へえ」
光が中段の構えから、右腕で槍をわずかに後ろに引いた。
「千花ちゃん!」
「っ!?」
千花の全力回避。槍の鋒が袖を掠める。優里菜の掛け声がなければ右腕が使い物にならなくなっていた。
光から距離を取る。間合いに入り込めそうだったところを最初からやり直しだ。
光がニヤリを笑い、声を張り上げる。
「畳み掛けるぜ!」
それは千花たちへの宣言にしてはわざとらしく仰々しい。
千花は構わず地面を蹴る。その時、優里菜の視界の片隅で赤い炎が燃え上がった。
「獅炎虎炎」
大樹から赤獅子が射出される。
その炎の威力は優里菜も知っている。
水守ではだめだ。
「水龍」
手を使わず、視点による急速な一点集中。
食いつかれる前に緊急射出。
獅子と龍、炎と水の衝突。大量の水蒸気が辺り一面に噴出する。
最初は拮抗していた二つの力だったが、天力を流し続けた優里菜が赤獅子を撃ち抜いた。視界の悪い中で次弾に備えるも、何もない。少し離れたところから剣戟の音が聞こえる。
千花と光の一対一の強さを考えた時、光に分があると優里菜は思う。それはきっと技量よりも経験値に起因する予感。
優里菜は水蒸気を双剣に収束させ、不測の事態をなくし、二人の差を縮めようと試みた。水蒸気が集まり、ホワイトアウトのように優里菜の視界は悪くなるが、その周りは逆だ。
千花たちの視界は晴れていく。
閃く雷槍と煌めく氷剣が見え始め、二人の戦いが激化すると思われた。
雷が千花の視界からすっと奥へ引く。
光が天力を消した感じはしない。光の出方を窺う構えを取ろうとした時、水蒸気が急速に晴れていく。いや、横に吸い込まれていく。
千花の正面には赤い影が姿を現す。
(そいうこと。それなら)
千花は腰を沈め、脚に、足の裏に天力を収束させた。
飛び掛かってくる炎の虎の脇を通るように地面を蹴った。
[飛電]の応用、空中にいる敵の脇を斬り抜ける。
千花は虎の形をした炎の体を斬り裂き、その先にいる術者に向かって次の技へと繋げる。
ーー星月一刀流剣術・壱ノ型[飛墜鷲]ーー
刀を振り上げ、落下の勢いを乗せて叩き斬る剣技。
大樹は両腕に白い炎を手甲のように巻き付けている。
問題ない、いける。躱されてもそのまま追撃すればいい。そう思った。
大樹が距離を詰めてきた。間合いの中に入り込む。
「!」
千花の両腕が下がる前に、その炎の右拳が彼女の腹を打ち抜く。
「がっ!」
大樹は千花が乗った右腕をそのまま振り抜いた。
千花は自分の辿った軌道を逆進する。
腹への強烈な衝撃で暗転した千花の視界。その暗幕が開くと、そこには斬ったはずの赤炎の虎。
(マジ?)
この虎は所詮炎。与えられた天力を消費しない限り獲物を追い続ける。千花の斬撃後、着地してすぐに反転し、まだ宙にいる千花に頭から食いついた。
「っああああ!」
「千花ちゃん!?」
発生させた水蒸気の水分を双剣に収束・凝縮させた優里菜が千花の救出に向かう。
「させないぜ」
阻む光。
優里菜は[月花輪]を繰り出すも、一刀目を掬い上げるような槍捌きに大きく弾き返される。後方によろめき、地面に手を付いてしまうほど体勢を崩された。
「くっ」
「それはカウンター用だろ、確か。焦ってる時ほど冷静にってな」
千花は大樹の炎で倒れる。
優里菜には大技さえ撃たせなければ良い。武術の腕は光が上。
状況は光たちの王手だ。
「まだやるかい?」
全試験を通して、黄色には状況把握と判断力も問われている。このまま一人で徹底抗戦して助かるはずのパートナーと自分の命を散らすのか、ギブアップして命を拾うのか。きっとギブアップした方が試験官への印象も良くなる。
敗北を認めることが、きっと正しい。
正しいはずだ。
優里菜の思考が"是"と結論づける。目的は"翠"への昇格。ここで頑なになって一人で勝利しても、昇格できなければ意味がない。
(だけどーー)
心は"ダメ"と叫んでいた。
たかが試験、されど試験。
負けたら守れない。
敗北は"守れなかった"。
無力を痛感した日々が優里菜の脳裏を過ぎっていく。
オリバーに拉致され、危うく広輝を失うところだった。
ギレーヌの陰謀によって、天魔力の塊である鳳凰と化した愛紗を、どうにか斃すことしか選択肢になかった。彼が守ってくれなかったら、愛紗は笑っていない。
その彼は、守れなかったから[堕天子]と成った。そんな彼の想像するだけで身が張り裂けそうな過去に対して、何も言えなかった。言葉が見つからなかった。みっともなく幼子のように涙を流し、言葉を持たない赤子のように抱きしめることしかできなかった。
もっと、ちゃんと、強かったらーー。
無様に拉致なんてされずに、彼を命の危機に晒さずに済んだのではないか。
愛紗を鳳凰なんてさせず、早くに救い出せたのではないか。
ちゃんとした言葉で、底に居た彼を掬い上げてあげられたのではないだろうか。
自分の不甲斐なさに悔しさが込み上げてくる。
優里菜のその怒りに似たその悔しさが碧眼に宿り、上体を起き上げる間際の鋭い眼光が光に突き刺さる。
「っ」
光の腹の底から駆け上がるように鳥肌が立った。冷や汗が光の背筋に伝い、息を呑む。一瞬だけ、気圧された。
光は槍を握り直す。優里菜は直立したままだが、終わりまで気を抜けない。一応、降伏勧告をした手前、返事を待った。
優里菜は光を見て思う。
(なんで光に勝てないんだろう)
もっと疾く鋭い攻撃を知っている。
もっと巧みな連撃を知っている。
もっと強烈な雷を知っている。
それに比べれば、光の攻撃など、体が追いつき、対応でき、防御可能。
加えて教わった双剣の使い方のイメージは円。相手の攻撃を受け流して捌ききるもの。
舞い踊るように剣を振るい、円を重ね、螺旋を描くように。
(できる、はずだ)
優里菜は長く息を吐いた。
そして広輝の詠唱を借りた。思い描いたイメージを体現する為に。
「空に浮かぶ雲のように、川を流れる水のように」
「?」
「私は剣を奉る舞い子にして、水を司る精霊の末裔」
呟くような小声。光は大技の詠唱を警戒したが、天力の上昇も収束もない。様子を見ることにした。
「 閃く雷鎗も、猛る業火も、纏めて鎮めん 」
(なんだ?)
天力が収束するのではなく、纏っていた天力が洗練されていく。
光が初めて見る現象。
「 流るること、流水のごとく 」
その天力は碧い水に変化した。碧く薄い水膜が優里菜を纏い覆っている。
優里菜は再び双剣を構え、天武演準優勝者の瀬戸光に対し、抗戦の回答を示した。
お読み頂きましてありがとうございました。
隔週と言いながら、月二回のペースになってしまいました。おそらく来月も同じ間隔になりそうです。
期間が空いてしまいますが、今後もお付き合い頂けましたら嬉しいです。
タイトル変更を少し考えてみましたが、しっくり来るものが浮かばず、この物語はまだまだ「いつか、君の隣へ」のままです。




