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いつか、君の隣へ  作者: U
第四章 伝統、行き着く先

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第一話 昇格試験

「武闘演」→「天武演」へ名称を変更しました。(2023/12/4)

 七月末日。

 連日、むせ返るような酷暑が続いている。

 その真夏の暑さから避難するように森の中に建てられた大きな宿舎が山陰地方にあった。

 普段この宿舎は、コテージとして一般開放されており、大学や高校の長期合宿にも使われることもある。近くにトレッキングコースや森林浴用の散歩コースが整備されていたり、大きな運動場も併設されていて避暑地にはぴったりだった。また、近くに一風変わったゴルフ場もあって、変な物好きな小金持ちの利用も多い。

 そんな書き入れ時のはずの七月末週から八月初週は毎年休業期間となっていた。

 理由は、毎年ここで下級天子の昇格試験に使われる為であり、今年も多くの若い天子が集まっていた。

 初日の筆記試験を終え、二日目の今日は一対一の試合を行い、個人戦の能力を測られた。

 この二日目の試験後は、受験者だけでなく試験官の中でも一人の天子で話題が持ち切りだった。


 水龍(アクア・ドラゴン)

 

 対戦相手を一撃で葬り去った(死んでない)天術の威力はとても下級天子の出力ではなく、見ていた全員が絶句した。

 そしてほとんどの受験者に、絶対に当たりたくない相手として認識させた。今日の試験前まで"堕ちた月"だと彼女が聞こえるように揶揄した天子も、直接彼女に嫌味を言った横柄で不遜だった天子も、二度としまいと固く誓う。

 その天術にちなみ、付けられた渾名が水龍(アクア・ドラゴン)であり、その天子こそ天子協会・五大支部の一つ、鳴上支部を担う月永が長女、月永優里菜である。

 その報告を、優里菜は電話で指導役である久下広輝にしていた。

『……ふっ』

「うう、笑うことないじゃん」

 昇格試験当初、優里菜はあの(・・)月永の娘と呼ばれ、容姿も相まって注目を集めていた。しかし今は[水龍(アクア・ドラゴン)]と囁かれて畏怖される存在へと変わっている。

 優里菜も、何も最初から天術・水龍の牙(アクア・アグナ)を撃とうとした訳ではない。最初は双剣術を軸に戦っていたが、それでは勝てないと天術メインに切り替えたものの、生半可な術は躱され、防がれた為、最終手段を使うに至った。

 優里菜は不本意な二つ名を持つ広輝の気持ちが実感で分かるようになった。

水龍の牙(それ)、人に使ったことなかっただろ』

 バカにされたような気がしたので、ふてくされ気味に答えた。

「……あるよ」

『え、誰に』

「オリバー・エクスフォード」

『格上じゃないか』

 あの雷鬼を人間にカテゴリして良いものか、甚だ疑問に思う広輝だった。同時に彼にしか打ったことがないのなら、自分の天術の威力を錯覚していてもおかしくないとも思った。

 それを肯定する言葉が優里菜から漏れた。

「そんなにすごい術かなあ」

 同じ受験者が聞いていたら、ズッコケてツッコミを入れたくて仕方がなくなるだろうクエスチョンである。

『技の威力だけなら天武演でのトップレベル。それから"紅"の人たちと渡り合えるぐらいの威力はあるだろうな』

「そんなに!?」

 優里菜は勢い余って電話を落としそうになる。広輝が過大評価しているように思えてならない。

「でも広輝くんには通じないよね」

『全力で躱すからな。真正面からぶつかりたくない』

「そうなんだ」

『そうなんだ。しかも連発できるようになってるんだろ?』

「うん、威力落ちるけど」

『なおさら』

 あの術を一介の天子が打ったのなら天力をごっそりと持っていかれ、二回打てれば良い方。ここぞという時に打つ必殺技として持つ天術に等しい。それを連発なのだから月永の天力量には恐れ入る。

 ただし、広範囲に影響を及ぼす術でもあるので、味方が近くにいる時はバンバン打てる術でもない。

『明日からは油断せずにいくように。内容によっては大技だけの天力バカだと判断されて、昇格見送りになるからな』

 白から黄になるには、ただ実力を示せばよかった。上の指示にはきちんと従う従順性も求められたが、さして問題にならない。

 しかし、黄から翠への昇格は周りを見る視野と状況の判断力が求められた。それは翠からは指導役抜きで任務を受けることができる為、一人で物事を判断できるようにならなければならないからだ。一つ例えると、敵わないからと言って屋内で大技を使い、建物ごと破壊していては依頼主の意向に反してしまう。つまり、満額回収できない。

 二日目は受験者の実力考査なので、優里菜の大技もあまり問題ではないが、協調性と連携性を見られる三日目、視野と判断力を問われる四日目には痛手になる。

「……うん」

 自覚があるのか、優里菜の声に元気がなくなった。

『……この一年、しっかりやってきたんだ。自分に制限かけずに、優里菜が一番やりやすいようにやればいい。実力はちゃんとついてるから』

「うん」

『それと』

「うん?」

『異名は、定着したら覆すのはかなり難しい。[堕天子]みたいに。だからその[アクア・ドラゴン]をどうにかしたいなら、昇格試験中に月永優里菜はそれだけじゃないんだ、ってところを存分に見せる必要がある』

「……」

 とても含蓄のあるアドバイスだった。

 今年の二月、広輝や岳隠の面々が堕天子と呼ばれるようになった事件の裏側を隠さなくなり、堕天子の真実も岳隠を中心に少しずつ広まりつつある。だが、広輝に付いた渾名は剥がれもしないし、変わることもない。[堕天子]は[堕天子]のままだった。

『相手が誰であろうと、今のスタイルで、今の実力を示すんだ。少なくとも、オレのパートナーは大技だけの天力バカでは決してないのだから』

「うん」

 気を取り直した返事。

 広輝は一息つき、長くなった電話を終わりにする。

『それじゃあな。明日も頑張れ』

「うん。ありがとう」

 名残惜しさも余韻も感じる間もなく、通話が終わった。

 広輝なりに励ましてくれたんだと思うと、心が温まり、頬が上がった。

 このまま戻ると変に追求されそうなので、優里菜は頬を両手で揉み回してこのニヤケ顔から普段の顔に戻した。

 思い出すとまた頬が上がったので、そこだけ記憶に蓋をした。

 宿舎の共同スペースは複数のテーブルを囲うようにソファやソツール、椅子が置かれ、自販機や給茶機も置かれ、コミュニケーションを取りやすくなっている。

 午後九時前、その共用スペースは多くの天子で思い思いの時間を過ごしてた。

 そこに件の優里菜が姿を現せば、注目の的となる。案の定、ざわりと一つの波が四隅にまで伝播した。

 [アクア・ドラゴン]の月永(・・)優里菜。興味と畏怖の視線が優里菜に向いた。

 すぐに会話を再開するグループ、優里菜について話し始めるグループ、見続ける者、様々だった。

 優里菜は、気にしていない雰囲気を出しながら、二人の元に戻る。会話が持たなかったようで、それぞれスマホを触っていた。

 一人は優里菜と同じ鳴上支部に所属する櫻守大樹。高校生になり、成長期に入ったらしく成長著しく、百六十後半だった身長が、あっという間に百七十センチを越えた。

 スマートフォンを仕舞い、嬉しそうに優里菜を迎える。

「おかえりなさい」

「コウ兄はなんか言ってました?」

 もう一人、スマートフォンから目を離さずに優里菜に尋ねる少女は、岳隠支部に所属する藤森千花である。再会した時は、こんなに刺々しておらず、優里菜に対して気を使う素振りもあった。しかし今はご覧の有様。彼女の態度は、礼儀に厳しい岳隠の天子には見えない。優里菜の双剣の師、星永円がいたら彼女を叱っているに違いない。

 それもこれも、全ては優里菜の天術・水龍の牙(アクア・アグナ)の餌食になったからだった。

 千花は優里菜に対して優位に立ち回っていたが、決定打に欠けた。制限時間も差し迫り、引き分けから勝ちを掴み取る為、無理をして距離を詰めようとしたら水龍に喰われた。あんなことをされたら、『手加減されていた』『最初から千花に勝ち目はなかった』と試験官の目に映ったかもしれない。故に不機嫌だった。

 優里菜は二人の近くの椅子に座り、千花に答える。

「自分の成りたい方に向かってやればいいって言われた」

 やりたいようにではなく、成りたい方に。

 千花はスマートフォンから目を離さずに指摘する。優里菜はその姿が、再開したばかりの広輝に似ているような気がして、懐かしくなった。

「ふーん。でも、そんな未達の剣術で戦うからそうなるんですよ」

「お前!」

 身を乗り出す勢いで講義する大樹に、千花はようやくスマートフォンから目を離して睨み返す。

「何よ、事実じゃない」

「言い方があるだろ!」

「いいよ、大樹くん。広輝くんにも同じこと言われたから」

 大樹だけでなく千花までも眉をピクリとさせた。

「ふん、マド姉とコウ兄に半年近くも指導受けてて、あの程度の剣術しか身についてないなんて、センスないんじゃないですか」

 優里菜は苦笑する。けれどその中には、嫌味を言われている感覚よりも、年下の駄々を聞いている感覚に近く、微笑ましく思う笑みもあった。

 反対に大樹は怒りから一転、疲れを見せる。

「お前は嫌味しか言えないのかよ」

「あんたも血統に酔ってないで努力したらどうなの。力バカじゃない」

「あん、ちかr……あんたって何だ。年上だぞ!」

「年上らしい振る舞いと実力があれば、敬語使うこともやぶさかじゃないわ」

「……岳隠ってこんなんばっかかよ」

 大樹が深いため息をつく。もちろん全員が全員そうではないと知っている。鳴上に一時移籍している円が、鳴上の風紀粛正に一役買っているから。

 だが、目の前の少女は……まるで広輝を相手に話している感じがして、疲労が増した。

「ため息つきたいの、こっちなんだけど」

「はあ?」

「"月"と"櫻"。どんなものかと思ってたんだけど、話に聞いていた通りなんだもの」

「……話って?」

 絶対にいい話ではない。分かってはいたが、外に出たことがない大樹は、他者の評価が気になった。

 千花は興味で、大樹が覚悟できているのかどうか、チラリと横目見る。覚悟ができていようが、できていまいが、容赦なく言うのだが。

「ーー血に物を言わせる"力"の権化」

 大樹と優里菜は息を呑んだ。大樹よりも優里菜の方が深刻に。

 ここまで言われて、何も言い返さない二人。その姿は千花をイライラさせ、言うつもりはなかったが、さらに余計な一言を付け加えてしまった。

「"堕ちた月"、"枯れた櫻"って言われたって仕方な――」

 眉を下げる二人に、千花は自分の言い過ぎに気づく。

 二人は知らないわけじゃない、気づいていないわけじゃない。知って、気づいているからこそ言い返さないのだ。

 千花は素直に謝った。

「ごめんなさい」

「ううん」

 がやがやと騒がしい共同スペースに、彼女らの周りにだけ気まずい空気が漂った。

 それを振り払うように大樹が話題を変える。

「というか、なんでお前は受験できてるんだ? 中三なんだろ」

 それは優里菜も思っていた。試験官が何も言わないので、なにか事情があるのかと思い、特に尋ねなかった。

 堕天子の事件を最後の一押しとなり、天子協会の仕事を任せられる条件が[中学校を卒業した者]となった。同時に白から黄色への昇格も中学卒業後になっているはずだった。

「詳しくは知らないけど、規定が変わったって天守が言ってた。昇格しても仕事はできないけど、昇格試験は受けてもいいいって」

「だからなんだ」

 優里菜は周囲を見渡し、昨年との違いに納得する。

 明らかに高校一年生に見えない者が数人いたが、廣岩(ひろいわ)(かい)という身近な例がいる為、彼らも高校生なのだと言い聞かせていた。

「でも、合格しても実績積まないと黄になれないらしいです」

 天子協会は昇格に当たり、実力と実績の両方を考査する。この試験に合格していれば、高校生に上がり次第実績を積めば黄になれるということだ。

「岳隠は千花ちゃん一人なの?」

「はい。本当はわたしの他に三人受ける予定だったんですけど、次回に持ち越しになりました」

幹春(みきはる)くんも?」

 優里菜は半年前に手合わせした感じから、十分に黄色に昇格できる実力があるように思えた。向上心も人一倍だったので、てっきり来ていると思っていた。

 千花は呆れたように答える。

幹春(ミキ)は補習です。本当は受ける予定だったんですけど、うちの方針は学業優先なので」

 赤点を回避すれば良いと、昇格試験対策に明け暮れてテスト勉強をしなかった結果が赤点のオンパレード。寮母の紅実(くみ)に角を生やさせ、真白(ましろ)による有無を言わさぬ生活指導が入り、幹春は今もヒイヒイ言いながら勉強に勤しんでいる。

 三人の内もう二人について大樹が続けて尋ねた。

「もう二人もか?」

「違う、けど……」

 千花は意味有りげに大樹ではなく、優里菜をじっと見る。

「オフレコで、間違っても本人たちに言わないでくださいね」

「え、うん」

「受験する予定だったのは、香桜(かお)姉と茉桜(まお)姉。だけど優里菜さんも受験するって聞いて、茉桜姉が受験を取りやめました」

「私?」

 千花は頷いて続ける。

「『まだ顔を合わせられない』って。香桜姉は茉桜姉が受けないなら自分もって」

 芹沢香桜と茉桜。二人は双子であり、堕天子の件で兄を失っている。半年前の事件の時、香桜はその悲しみに耐え抜き広輝に協力を、茉桜はその憎しみを持って千花に協力した。二人は直接対峙し、香桜が茉桜を常道の感情操作から解放、事なきを得ているが、桜の心の整理がまだついていなかった。茉桜は常道を父のように慕っていた。首謀者と推定され、死亡した彼を。また、事件のことを酷く後悔し、迷惑をかけた面々に一通りの謝罪をして回った後、部屋から出てくるのにも時間を要した。そんな彼女にとって、憎悪の対象とし続けた広輝と、巻き込んでしまった部外者の優里菜に会うことは、まだハードルが高すぎた。

「そっか……」

 寂しそうに優里菜は眉を下げた。

 隣の大樹も半年前の事件と堕天子の真実を聞いていた。広輝の地獄を追体験し、一つの、一人を想うが故の嘘を発端とした事件のあらましを神妙に伝え聞いた。色々思うところがあり、広輝の言い方はともかく言動には腑に落ちるものがあった。だからといって、彼に対する態度が変わることはないが。

 なので、皮肉も嫌味もなく、優しさからそれが口から出た。

「お前は大丈夫なのか」

 あくまで千花を慮ってのことだったが、千花には皮肉に聞こえてしまったらしい。

 気まずそうに視線を逸した。

「わかってるわよ。わたしだって……わたしが一番悪いんだって」

「そうは言ってない」

 訂正しようとする大樹よりも早く、千花が次を続ける。

「でも立ち止まったって、後ろを見続けたって何も変わらない。これは、わたしが迷惑かけちゃった人たちがわたしに望んでいることじゃない。ありがたいことにね」

 千花は視線を大樹たちに戻す。力強く。

「だから今度は、後悔しない為に力をつけるって決めたの」

 復讐の為ではなく、仇討の為ではなく、初心を貫き通す為に。

 共同スペースの壁に掛けられた時計が、夜十時を報せる鐘を鳴らす。

 部屋に戻る者がちらほら出始めると、優里菜も立ち上がり、区切りをつけた。

「明日はペア戦。誰がペアになるかはわからないけれど、頑張ろうね」


えー、今月の上旬から急にややこしい仕事が舞い込み、長期に渡り忙しくなりそうな為、隔週くらいで投稿できたらと思っています。


これから冬に突入するというのに真夏の物語ですが、今章もお付き合い頂けましたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! 隔週...逆に考えれば2週間に1回ぐらいは読めるんですね!? お忙しい中大変だと思いますが、気長にいくらでも待つので次話の更新もお願いします。 頑張ってく…
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