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いつか、君の隣へ  作者: U
間章1 萌芽、秘かな灯火

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第七幕 雨宿りの読書

 バケツを引っくり返したような豪雨だ。

 つい一時間前の晴れの天気が嘘のように黒く分厚い雲が空を覆い、天々照りの太陽が隠れてしまっている。

 今年の梅雨前線は未だ列島の遥か南。例年よりも遅い梅雨の代わりと言わんばかりに夕立に見舞われる回数が増えていた。

 二学期制の成上学園高校では一学期の中間考査が終わり、運動部を中心に夏の大会への準備や調整に多くの生徒が精を出している。その証明に一時間前までは運動部の掛け声、吹奏楽部の色々な音色、合唱部の歌声が広輝のいる教室まで届いてたのだが、今は豪雨と雷鳴によって掻き消されている。

 ホームルームが終わった頃から雲行きが怪しくなってきていて、スマートフォンですぐにゲリラ豪雨が来ることを確認した広輝は、この教室が吹奏楽部の練習場所になっていないことをいいことに、帰宅せずに自分の席で読書にふけることにして今に至っている。その広輝はここ数日は真夏日の連続だったこともあり、半袖ワイシャツで登校している。その為、その左手首には、しっかりと銀色の腕輪が見えるようになっていた。

 広輝が今読んでいる本には、本屋で付けてもらえる薄茶色のブックカバーがされていて、外からはどんな本を読んでいるかはわからない。純文学なのか、推理小説なのか、歴史小説かもしれない。

 その本を、右手で一ページめくった時、教室の前の扉が開いた。

 広輝がチラリと本から目を離してそちらにやると、目をパチクリさせる優里菜と目が合った。が、特にリアクションすることなく本へ視線を戻して続きを読み始める。それは優里菜が近づいてきても変わらなかった。

 優里菜が自分の席にあるバッグに手を伸ばしながら、何気なく広輝に問いかける。その声は心なしか元気がなかった。

「帰らないの?」

「……雨宿り」

「そっか」

 優里菜は豪雨とその真っ黒い雲を、少しの間見上げ続けた。

「私も、そうしようかな」

 独り言のように呟いた優里菜は再び広輝に視線を戻す。主にその手にある本に。

「なに読んでるの?」

「……参考書 (になるかもしれない)」

「参考書?」

 外の激しい雨音に埋もれそうな広輝の返答を聞き取った優里菜は、バッグから手を放して広輝の後ろに回り、体を屈めてその文庫本を覗き込む。それは息が広輝の耳にかかるほど近い。

「小説?」

「ーーーー」

 目を細めた広輝の顔がぐいっと離れ、不思議そうにする優里菜と近い距離でその碧い目と目が合う。

「…………」

「?」

 広輝は首を傾げる優里菜の表情にどことなく憂いを覚えた。そう言えば と、以前にも何回か見た覇気のない雰囲気を思い出し、広輝は何も言わずに読書に戻って同じ答えをもう一度言った。

「……参考書」

「ふーん?」

 優里菜は自分の席に座り、止まない雨をしばらく眺めると、外に目を向けたまま机の上に置いた両腕に顔を伏せてガラスが痛がる音を意味もなく聞いていた。


 やはり気になって、顔を反対側へ向け、どう見ても文庫サイズの小説だった"参考書"なる本をじっと見始めた。

「……」

「……」(小説が参考書?)

「…………」

「…………」(小説でも書いてるのかな?)

「……………………」

「……………………」(そういえば、いつもパソコン開いてるなあ)

「……一巻目、気になるならどうぞ」

 集中できなくなった広輝が、リュックサックから今日読み終えたばかりの読み終えたばかりの本を取り出して優里菜に差し出す。その本にも読んでいる本と同じく薄茶色のブックカバーがしてあった。

「え、あ、うん。ありがと」

 優里菜の視線がなくなると、広輝はすっと読書へと戻る。そうして優里菜の方を見向きもしなくなった。

 優里菜は渡された本を一旦開かずにカバーの外から眺め、意図せず広輝の行きつけの本屋を見つけてしまった。その奥にはイラストが描かれているような見えそうで見えない表紙とタイトル。

 何気なく親指が引っかかった最初の方のページを開けた。

(!?)

 飛び込んできたのは、カラーで描かれた長い髪をなびかせる金髪金眼の胸の大きな貴族風のお嬢様。中世ヨーロッパを思わせる屋敷の庭園で、水色と白色のドレスを着こなし、こちらに華やかな笑顔を向けている。

(参考書? これが??)

 慌ててタイトルを確認した。


 〈 幻界英雄譚 〜キミと僕のエクスタシー〜 〉


「…………」

 優里菜は面食らうと同時に理解する。これがライトノベルと呼ばれる種類の小説だと。

 あまりにも広輝のイメージからかけ離れていて動揺真っ最中だが、なによりそのサブタイトルが、ラブコメちっくなハプニングやトラブルを思わせて、優里菜的には不穏だ。これを、口元も眉も一つ動かさずに読み進める広輝の神経たるや。

 しかしながら、その本を手に取ってしまった手前、食わず嫌いは良くないと、優里菜は少し震える指で数枚のイラストのページを飛ばしてめくり、本文から読んでいった。


 ================================


 首都にある国立魔法学院に通う金髪碧眼のヒロインが、長期休暇で馬車で帰る途中、自領地にて屋敷近くの道端に倒れている主人公を拾い、屋敷で介抱することになる。翌朝に目覚めた主人公には記憶がなく、自分の名前すら覚えていなかった。彼の黒髪黒瞳、東洋風な顔立ちなどの身体的特徴から、屋敷の中にあった父の東洋のコレクションを見せてみるが、どれもピンとこないらしい。ヒロインの父である侯爵が主人公の身元を調査し、そして記憶が戻るまでという条件でしばらく屋敷で預かることになった。

 執事長から直々に仕事を教わりながら、ヒロインの身の回りの世話や屋敷内の仕事を手伝う内に、ハプニングにも遭いながら気心がしれていく。

 一週間ほど経った時、荷物持ちという体裁で街へヒロインと出かけ、その帰り道に魔獣に襲われる。護衛が応戦するも数が多くて対処しきれず、ヒロインも魔法で応戦。しかし数的不利を覆すに至らず、護衛の一人がやられてしまう。ヒロインに魔獣が迫ると、主人公が倒れた護衛の剣を手に取り、その魔獣を食い止める。だが、そこに新手の魔獣が空からヒロインに迫り、今度こそ駄目だと思った時、主人公の体が反応する。主人公が応戦していた魔獣も、ヒロインに爪を突き立てようとした魔獣も一刀両断。別人の動きで、全魔獣を斬り倒しきると、糸が切れたように倒れた。

 屋敷に運ばれた主人公は夜まで眠り続け、深夜に目を覚ます。側の椅子でうたた寝してるヒロインを起こさないよう、そっと部屋を出た。


「おやおや、寝ていなくて大丈夫なのですか」

「やっと尻尾を出したな」

「口が汚いですよ、それになんのお話でしょうか」

「とぼけてもムダだ。なんであの場にいた」

「はて。それより連日夜に徘徊していては、盗人やスパイだと疑ってしまいますよ。見回りは私に任せてお部屋に戻りなさい。それとも夢遊病ですかな」

「……まあ、そんなものだ」

「それはいけない。手違いでお嬢様をキズ物にされてはたまったものではありません」

「教義では、御子は処女童貞じゃないといけないんだったか?」

「……誰の差し金か、その汚い口から吐いてもらいましょうか」


 執事長と主人公による真夜中の剣戟、しかしそれはすぐに終わりを迎えた。主人公の手によって。


「報告もなく、不定期に使用人が入れ替わっている。気付いていたそうだ」

「……ぼんくら侯爵だと、思っていたのに」

「思わされていたんだろう。お前の中身が違うのにも気付いていたぞ。多分、アリサもな」

「なん、だと……?」

「じゃあな、幻神教」


 翌朝、執事長が突然失踪して屋敷は騒然とするが、侯爵と給仕(メイド)長に手腕よって日常へと戻っていく。アリサも驚いていたが、どこか察した様子で寂しそうに目を伏せていた。

 そして主人公は、身体強化の魔法を使ってアリサを守ったことで魔法の才覚を見出され、侯爵が後見人になることでアリサと同じ魔法学院への編入試験を特別に受けさせてもらうことになり、その準備に励んでいく。


 ================================



 一冊読み終えた時、既に雨は上がりきっており、西の空がオレンジ色に変わっていた。

 読んだことのなかったライトノベルをどこか軽く見ていた優里菜だったが、確かな読了感に包まれていた。

 あとがきも読み切り、本を閉じて背もたれに体を預ける。貸してくれた広輝に感想を言おうと隣を見た。



 ーーいない。



 代わりにノートをちぎった端切れに書き置きがされていた。


『声をかけても気づかないから先に帰る。本はまた今度返してくれればいい』


 慌てて連絡を取ろうとスマートフォンを手に取ると、同じメッセージがちゃんと入っていた。

 想像以上に物語に没頭していたのだと、申し訳無さと恥ずかしさを感じつつも後悔は小さい。

 広輝が参考書だと言っていたことも忘れ、純粋に続きを読みたいと思った優里菜だった。



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