第三幕 お花見
このお話は、百万文字到達記念です。
桜が咲き誇る。
通学している学校で、近所の公園で、いつも通る桜並木で。
鳴上市に流れる川沿いにも、菜の花と一緒に桜がきれいに咲き並ぶ名所がいくつもあった。
その川が流れ着く、鳴上の中央部に存在する双神湖の湖畔も例外ではない。著名なカメラマンが何人も撮影しに来るほど桜と湖のコントラストは美しかった。
そこに、さらさらと揺れる柔らかい金色の髪を入れてみたらどうだろうか?
空色の瞳を持った愛くるしい女の子が、その金色の髪をなびかせていたら?
白いワンピースを着て、天使のような満面の笑みを咲かせていたらいかがだろうか?
その笑顔を、陽の光でキラキラと反射する湖をバックに、「(きれいだね)」と振り返る姿を見せられたら?
尊死必至なのである。
「うっ」
碧色の瞳を持った十六歳の少女は、鉛玉で心臓を撃ち抜かれたかのように両手で胸を押さえ、背中から芝生の上に倒れ込んだ。
被害者は彼女一人だけに留まらない。
外に跳ねる短い髪にカチューシャを付けた、この小柄の女性も、女の子の笑顔に撃ち抜かれていた。一番重度に撃ち抜かれていた。この女性にとって女の子の笑顔は、大型ライフルの一撃に匹敵した。両手で胸を押さえたまま数メートル後方に吹っ飛び、芝生の上を縦に転がり続けた。仰向けで止まり、大の字になった彼女の顔には芝生の葉がつき、"二ヘラ"と笑みを浮かべていた。意識が遠のき、首が横に向くと鼻血が流れ出るのだった。
さらにもう一人。
この前髪パッツンの女性は一番軽傷かもしれない。先の二人と同じように胸を手で押さえているが、片膝を芝生に付くに留まっている。しかしその息は荒い。芝生を見つめて、肩で息をしている。彼女の髪は腰まで届くが、今日は、その髪を首筋の上でお団子にして上品な髪留めて纏めている為、髪先が芝生に付くことはなかった。
その三人を、苦笑いや冷めた目で見つめるのは三人の相棒。
この前髪パッツンの女性の従者、安藤紫鶴は立ったまま主に声を掛ける。目線を合わせず、その表情を覗き込まないのは、せめてもの気遣いだった。
「大丈夫ですか、晶さま」
「大丈夫、よ。はあはあ……これしきで倒れていたら……今日という日は耐えられない」
まるで手強い妖魔と相対しているかのセリフである。晶はなんとか顔を上げて、芝生に倒れ込んだ少女にに駆け寄る金色の女の子を見て、「くっ」とうめき声を上げて片目を瞑った。
紫鶴の苦笑いが消えることはなかった。
後ろに吹っ飛んでいた小柄な女性にも、ポケットティッシュを手に持ったパートナーが歩み寄る。
「生きてるかー、歩」
マンガのようなリアクションをした原村歩。彼女の相棒である陽森七重は、呆れた声を掛けながら歩のデコをぺちぺちと叩く。慣れたものである。
「う……ナナちゃん?」
「さっさと起きな」
「ナナちゃんがいるってことは、ここは現実? あたし、天国にいたかもしれない」
「何を言っている?」
「あのね、驚かないで聞いてほしんだけど」
「……」
「わたし、さっき天使を見たの」
「起きろ」
七重は歩の鼻にティッシュをあてがうのだった。
そして、最初に紹介した碧色の瞳を持った少女ーー月永優里菜ーーの顔を、金髪の少女が心配そうに覗き込んでいた。
(おねえちゃん?)「(だいじょうぶ?)」
優里菜は、肩に触れる小さな手の感触によって、意識を取り戻す。
「う……アイちゃん……っ」
クリっとした丸い空色の瞳と目が合う。
再び遠のきそうになった意識を、なんとか堪えて体に定着させる。
優里菜は上体を起こして、金髪の天使・愛紗の頭を撫でた。
「大丈夫だよ、ありがと」
愛紗が納得いっていない顔を横に傾ける。そして、優里菜の髪と背中についた汚れを見つけ、その小さな手で健気に払い取っていくのだった。
その一部始終を冷めた目で見ていたのは、久下広輝。
特に感想を述べること無く、横にいる凛とした女性に唯一の不満点を尋ねた。広輝の天術の師匠であり、広輝が頭の上がらない一人である星永円。彼女が今回の集まりを企画した張本人である。
「なんで男がオレ一人なんです?」
広輝が少しばかり視線を上に上げると、爆笑と苦笑いを足して二で割ったような、よくわからない表情をしていた。
その表情を、円がすっと消した。
「仕方ないだろ。隆也くんは、大樹くんだっけ? の初任務に指導役として同行中だし、玲菜さんと隆平さんは『若い人たちでどうぞ』だったし、他の月永の人間にも声はかけたけど、広輝や彼女たちと一緒って言ったら、あからさまに遠慮されたんだ」
"彼女たち"とは、陽本派に属する四人娘。晶、紫鶴、歩、七重のことである。
「月永と陽本の交流会も暗に兼ねたつもりだったんだが、残念だ」
円はお決まりの肩をすくませるポーズを取った。
「男手が、男手としてほしいなら、自分で勧誘して来い。ランチ持参でな」
「…………」
広輝は何も反論することができず、黙り込む。鳴上に一年所属していたとしても、広輝のこの性格である。仕事はともかく、プライベートに誘える交友関係など、広輝にありはしなかった。
「と、いうわけで、ひとまず拠点づくりだ。存分に働いてもらうぞ」
「ちょっとはみんなで協力しませんか?」
広輝は、車から何往復もして運んできたデイキャンプ用の道具を眺めながら言うのだった。
*
愛紗が手伝いを申し出てくれたお陰で、タープやテントの設営は全員で行うことになった。広輝と円の指示の下、慣れない手つきで骨組みを組み立てたり、ピグを叩き埋めたりする陽本の四人娘+優里菜。
なんとか組み立て終えると、愛紗と優里菜が髪をお下げでお揃いにすると、陽本の四人と共に遊び道具を持って芝生の海へと飛び出していった(←男子かっ)。
愛紗の愛らしさに釣られること無く、組み上がったタープの下で、ゆったりと椅子に座ってコーヒーを嗜むのは、広輝と円の岳隠コンビである。
バドミントンで遊ぶ愛紗たちを眺めながら交わす言葉は、愛紗には聞かせられない大人のお話。
「八坂病院では、なんて言われました?」
「岳隠でできなかった検査も含めて、再検査してみようってことになった」
それは愛紗と円が鳴上に来た理由の一つ。岳隠の病院ではできなかった愛紗の検査と診療。愛紗の容態を少しでも回復する手立ての可能性を期待してのことだった。
「カルテを共有してくれていたみたいで、ススッって話は進んだよ」
「そうですか」
広輝は、バドミントンのラケットを空振って、羽が頭に落着する愛紗を眺めながら、湯気とともに香り立つコーヒーを口に含む。
元気に遊ぶ愛紗は、普通の女の子に見える。しかし、その内側では、お互いを打ち消し合う性質を持った天力と魔力を内包していた。先天的に持つことはまず有り得ないその状態。人為的な介入によって生じてしまったその症状。
天力と魔力、人間の体との関係を鑑みた結果、岳隠の医者が導き出した診断は、余命一年というあまりにも短い生の終わりだった。
「やっぱり愛紗みたいな症例は聞いたこともないってさ。それが当然で良かったと言えば良かったが」
愛紗に行われた非道な実験。その被害者が存在しないことは、実験が行われていないことの証左……否、もしくは成功例が愛紗しかいないのか。
ともかく、愛紗と同じ症例がいないことは喜ばしいことではあるが、未知の症例ということは、そこに何一つ知見がないということ。愛紗に残された時間だけを鑑みた時、焦燥感を覚えてしまうのは仕方のないことだった。
「そうだ。面白い先生に会ったぞ。コウとユリのことも知っていた」
コーヒーをテーブルに置こうとした広輝の手が止まる。
「あー、上田先生ですか。あの人は……はい、なんというか、独特ですよね」
「はっはっは、そうだな」
「医者というか、研究者って感じで、魔術師とかソリアスと馬が合いそうです」
「ふふ、私も同じ感想だよ」
その上田という医師は、八坂病院では主に天子の診療を担当していた。優里菜が通院していた頃の担当医であり、広輝が病院に厄介になる際は、ほぼ確実に彼女が担当医だった。
そんな彼女は患者に寄り添いながらも、珍しい症状にはその目の奥の好奇心を隠しきれず、患者に引き笑いさせる名物医の一人でもある。
円が自分のカップを覗き込む。コーヒーがなくなったようだ。椅子から立ち上がり、マグカップにドリッパーを置き、フィルターをセット。先ほどミルで挽いた豆を入れ、ケトルでお湯を注ぐ。
コーヒーがドリップするのを椅子に座り直して、フリスビーで遊びだした愛紗たちを見守りながらじっくり待つのだった。
「そういえば、月花碧水の金額の件は言っていないよな?」
「そんな野暮なことはしませんよ」
「それを聞いて安心した」
それは広輝が優里菜に授与した双剣の話。星月流剣術の初伝を修めた者に、師匠が始めての刀を授ける岳隠の儀式ーーなのだが、優里菜の場合は一筋縄では行かなかった。
優里菜は創まりの三家のド直系。そこは円も変わらないのだが、優里菜が内包する天力量が桁違いだった。秋のギレーヌの事件を乗り越えた優里菜は、天力の蛇口が以前よりも開くようになっており、大量の天力を詠唱なしでも放出できるようになっていた。それが何を意味するかと言えば、生半可な双剣では、優里菜の天力に耐えきれずに瓦解してしまうということ。その為、双剣の元となる玉鋼から吟味する必要があったのだ。
広輝と円は、顔見知りの刀匠に相談して、材質、加工の方法などを決めていっていた。
「しかし、理介さんから見積もりもらった時は驚いたな」
「本当に。加工が難しいとはいえ、あんなに金額が跳ね上がるなんて思いもしませんでした」
「私もだよ」
一人前の天子の稼ぎが一般社会では高級取りに該当するとはいえ、出てきた見積を見た二人は目を擦って見直したくらいだ。
「けど、まあ、勝手に仕様変更して、勝手に金額を吊り上げてきた時は流石にどうかと思いましたど」
「ああ、やっぱり柄が革じゃないの理介さんのせいなのか」
「はい、そうです」
「昔からこだわりが強い人だが、困った人だ」
「…………そうですね」
江口理介ーー鍛冶師名:蔵元鉄次ーー。
彼は、広輝の師であり、円の婚約者だった星永慧輔の古くからの友人だった。
誰かが取り損ねたフリスビーが円たちの方に飛んできて、それを円が椅子から勢いよく立ち上がって格好良くキャッチ。不敵の笑みを浮かべて愛弟子に狙いを定めると、えげつない変化量を持った高速のフリスビーを投げ込んだ。
*
お昼ごはんは大きなレジャーシートを広げて、みんなで円になってお弁当を囲う。
この時間になるとお花見をする人たちも増え、この公園もだいぶ賑やかになっていた。
桜の花が舞い、春の香りに包まれて、水面がキラキラと輝く双神湖を眺めながらのお酒は中々の、いや、かなりの乙なものである……(おっと)。
広輝たちの荷物にお酒類は無い。お昼ごはんのお弁当は、優里菜と愛紗、それから晶と紫鶴が、侍女の力も借りながら、天宿の厨房を借りて作り上げたものである。手際よく料理していく優里菜を愛紗が目を輝かせて手伝う光景を、うらめしい目で見る晶と、やはり苦笑いを浮かべる紫鶴と侍女さんがいたとかいないとか。
レジャーシートの適当な場所に広輝が座ると、その右側に愛紗が座り、さらにその右側に優里菜が座る。愛紗の両側は、すぐに兄と姉で埋まった。
愛紗を甲斐甲斐しく世話する優里菜と、「(おいしいね!)」と満面の笑みで広輝を見上げる愛紗。「そうだな」と決して笑みを浮かべていないが、微笑みを零しそうな広輝。その三人の姿は親子のそれだった。
その微笑ましいはずの光景を、大人の理性と絶品弁当の美味でなんとか我慢するのは晶と歩。特に暴走しがちな歩の方は、陽本の四人娘のど真ん中に座った円と七重に脇を固められていた。
円のもう片方の隣には晶が座っている。その晶が重箱に入ったカマボコを箸で挟んで、口に運ぶ。少し恨めしそうに、円に遠回しの嫌味を含めながら言った。
「円さんはあちらに居なくてよろしいので?」
「ん? ああ。普段は私が側にいるから、こういう時はコウたちの側にいさせてやりたいんだ」
「こういう時だからこそ、仲を深められるのでは?」
「ふふ、そう邪険にしないでくれ。元々交流会のつもりだったし、私としては今もそれは変わらない」
円としては、先述の通り、陽本と月永の両方へ自分と愛紗の紹介のつもりでいた。合わせて、今後の生活や仕事のことを考え、雑談でも交わせられたらと。しかし、円の思っている以上に陽本と月永の確執が深く、見事に空振ってしまう結果となった。
ただし、晶たちのように残ってくれた面々もいた。確実に目的は別にあったが。
「コウとユリから君たちのことは少し聞いたが、やはり直接話してみるのが一番いいからな」
ピクリと晶の眉が動いた。
「……あの子たちが、私たちの何を知っているのでしょう」
晶は広輝と優里菜を好んではいない。愛紗がいるから、愛紗と交流する為に仕方なくここにいるのだった。
その理由を円の知るところではないが、円はあくまで交流を図る。
「君はあれだろ。前々回の天武演でコウと初戦で闘った」
「……お恥ずかしい。憶えていられたのですね」
「あの大会で、コウと戦えていたのは三人だけ。そのうちの一人だからな」
その三人以外は、瞬殺・秒殺。広輝は刀を抜いたが、実力差ではその必要すらなかったのが一目瞭然なほど。
そして、円が挙げた三人のうち二人は準決勝・決勝の対戦相手のことである。
円は「それに」と続けた。
「恥ずかしいなんて思う必要はない。見る人が見れば、あの時のコウの異様さはわかる。よくない風聞が聞こえていただろうに、そんなコウの前に、君は最初に立った。それは君が高潔な心を持っていたからだ。誇って良い」
[仲間殺しの堕天子]
それが当時の広輝の評価である。
内情を知らない者から見れば、自分が殺されるかもしれないという恐怖心が生じるというもの。大衆の前で、その命を散らす可能性だって否めなかった。事実として、過去の天武演において死亡例はある。
それでも[堕天子]の前に立った勇気。称賛に値するだろう。後の対戦者から見れば、不戦敗する理由を潰されることになったのだが。
「……恐れ入ります」
晶の胸がチクリと痛んだ。
「そういう誇り高いところ、コウもユリも評価していたぞ」
「…………え」
晶が目を大きく開いて見上げれば、にこりと笑う円の凛とした顔があった。
円が晶のその評定に満足すると、今度は晶の向こうにいる紫鶴に声を掛ける。
「紫鶴ちゃんには、コウがよく世話になっていると聞いた。本当にありがとう」
真剣に頭を下げる円。紫鶴は両手を顔の前で振って、大きく謙遜する。
「いえいえ。私は彼の足になっているだけです」
「そんなことはないだろう。タイミングの良い支援とか、任務ではコウの気が回らないところにも気づいてくれると聞いた。それに紫色の雷には一見の価値ありとな」
「……なんか恥ずかしいですね」
紫鶴は視線をそらして、頬を指で掻いた。
円がどんどん人を絆していく。
今度は歩と七重の番だと思われたが、愛紗たちをじっと見る歩が、先に円に問いかけた。
「円さんて、広輝くんのお姉さん的な感じの人って認識でいいすか?」
「はい、その認識で合ってますよ」
円は基本的に年功序列う為、一つ年上の歩にも敬語を使う。歩も普段は年功序列から入るのだが、円の性格や立ち振る舞いが、歩に敬語を使わせていた。
その為、お互いに敬語を使い合うようになっていた。
「広輝くんは、昔からあんな感じで冷静というか、落ち着いた感じだったんですか?」
「いいえ、全然全く。年相応の男の子でしたよ」
「ふーん……」
歩がまるで親子のような光景を訝しそうに眺め直すのを見て、円はすかさずフォローを入れる。
「えっと、歩さんもご存知だと思うのですが、あいつはーー」
「そうじゃなくて、あんなかわいい女の子を前にして鼻の下伸ばしたり、表情を崩さない男の子なんているんだなあって思ってるだけです」
この一年、歩が広輝を見てきた限り、広輝には下心が一切見えてこなかった。ちょっとは優里菜とお近づきになる為に、見えを張ったり、良いところを見せようとしたり、優しくしたり……そういった行動が。歩の中にある"普通の男の子"から広輝は外れすぎていた。
歩としては、創作活動を進めるにあたり、その辺がどうしても理解し難かった。けれど、円によって、その疑問は解消に向かう。
「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ。コウは、外に出す表現の仕方が捻くれてしまっただけで、感じていることは普通ですから」
「「「「????」」」」
歩だけではなく、陽本の四人が一斉に首を傾けた。
「小さい頃に培った感受性は、そう簡単に変わりはしないってことです。好みは大人になるにつれて変わっていきますが、あくまで"それまで"よりも好きになったものができただけなんです」
円の説明を聞いても、四人は眉を潜めるばかりで、とてもではないが飲み込めなかった。咀嚼したくても、ガリガリの真っ黒に焦げたブロック肉を噛むが如く、それはとても固くて苦くて、噛むのすら苦しんだ。
そんな中、一足先に咀嚼を諦めた歩が、違う答えを求めて動き出す。
歩は内緒話をするように口に手を当てて、立ち膝気味に円に顔を近づける。
円もそれに気づいて、耳を歩に寄せた
「それはつまりーー(広輝くんは、優里菜ちゃんもかわいいと思っていると?)」
円は、元の座り方に戻っていく歩を、目をパチクリさせながら見ていた。
まるで、小さな子供でも知っているような至極当たり前のことを、新発見のようにその真偽を尋ねられたような感じだった。
円の頭の中でいろんな出来事が駆け巡り、それらを省みた結果、歩たちに向けて浮かべる表情は笑顔だった。
「もちろんですよ」
円は、論より証拠だと、早速弟分に声をかけた。
「コウ!」
「はい」
広輝のその返事は見事な条件反射。手を止めるよりも、目を円に移すよりも、何よりも先に声が出ていた。ゆっくりと広輝の視線が愛紗から円へと移ってくる。
円と目が合うと、何かを悟ったかのように目を細めた。
円は端的に訊く。
「優里菜は、かわいいよな?」
ピクリと、優里菜の動きが止まる。「(あーん)」と開けている愛紗の口に、玉子焼きを運んでいる最中に。
「? はい、かわいいですが」
優里菜の箸から玉子焼きが落ちる。
「"美少女"に入るよな?」
「?? 優里菜が美少女じゃなければ、誰が"美少女"に成り得るんです? というか、なんですかその質問」
優里菜の動きが完全停止。ニヤけそうな、赤面しそうな表情がそのまま固まってしまった。
愛紗が膝に落ちた玉子焼きを自分で拾い、不思議そうに優里菜を見上げながら、その甘い玉子焼きをぱくりと口にする。
「いや、コウの好みは実は特殊なんじゃないかと、ちょっと心配になっただけだ。もしそうだったら、どうやって受け入れて、これから接していこうかな、とかな」
「どんな会話してるんですか…………歩さん? 変な性癖にして描こうとしてます?」
「失礼な! 王道の騎士物語だけど!?」
歩が抗議の声上げ、広輝が疑い、円がそれを面白おかしくいじくり回す。
そうやって、円と広輝が陽本の四人と会話を広げていく中で、歩は横目に優里菜を見る。
(あーあ、優里菜ちゃん石像になっちゃっているよ)
耳だけを真っ赤に染めるという器用なことをしながら。
愛紗が首を傾げて優里菜を見上げたり、優里菜の頬に両手を当てたりしているのが、またかわいかった。
*
「よーし、今日はこの辺でお開きにするか」
時刻は午後三時を回った。
春の暖かな陽気の中に涼やかな風が混じり始めていた。
円の掛け声で、名残惜しそうにする女性陣をよそに、広輝がゆっくりと片付けを始める。ゴミを集めてまわり、帰って洗う物を軽く拭いて袋に入れてから収納箱に詰めていく。椅子やテーブルをに手を付け始めた時には、愛紗が動き始めてくれた為、遅まきながら女性陣も片付けに参加する。
椅子が専用の袋に入れられ、テーブルも小さく折りたたまれて芝生の上に並ぶ。タープを固定していたピグが抜かれ、ポールが寝かされる。
だんだんと片付けられていく様子を、楽しかった時間の終わりを、少し離れた場所から見守る愛紗。
たくさん遊んで少し汚れのついた白いワンピース。右手にペンを持ち、肩に下げたスケッチブックの端を軽くにぎっている。柔らかそうな頬には上向きの唇が添えられている。楽しかった、充実していた、すごく満足した、愛紗はきっと言うだろう。
ただ、空と同じ色をしたその瞳には、ほんのり寂しさが隠されていた。
午後の日差しに照らされた広大な湖、きれいな湖から吹く清涼な風が、胸の隙間を吹き抜ける。
その時、トントンと肩を叩かれた。
愛紗は振り向いて、笑顔で見上げる。
「ちょっといいかな?」
七重がスマホを持っていた。
愛紗が取り敢えず頷くと、七重はテントを片付け終えたところの円を呼んできて、二人をとある桜の下に並べる。
その桜は、枝先を円の胸辺りまで垂れ下げ、手の届く場所で白桃色の花を咲かせていた。
見上げなくても桜を楽しめるのである。
「円さん、アイちゃんをだっこして、もうちょっと右に」
スマホの背中を向けてくる七重。愛紗と円は、お互いに見合ってからにこりと笑った。
愛紗が両手を広げて待ち、円にしっかりと抱きかかえられる。
七重がスマホを右手で片手持ちし、左手でカウントダウンしてくる。
"3、2、1ーー"
そして、満開の桜をフレームにして、双神湖とをバックに、二人に桜を添えて、パシャリと一枚。二人をズームアップしてもう一枚。笑顔咲く二人のこの瞬間を。
「もう一枚行きます! アイちゃん、桜に手を伸ばしてもらってもいい?」
七重の指示に従い、円は愛紗の手が届きそうな位置にずれる。
「そこ! いいですね」
再び左手でカウントダウンして、親子の写真をそこに納めるのだった。
「あー! ずるいずるい! わたしも!」
七重の眉間にシワが寄る。歩の登場に、思わず顔をスマホからそらして、小さく舌打ち。
歩の大声に気づいた晶が「抜け駆け禁止!」と金切り声を上げて、二人してダッシュしてくる。
七重は大きく諦めの溜め息をつくのだった。
そして、紫鶴が晶の後を追ってきて、優里菜も合流して写真を撮る。
最後に、荷物を全て運び終えた広輝が、愛紗に腕を引っ張られながら、桜の下にやってくるのだった。




