第二十七話 晴れゆく空に
鷹之に全ての攻撃が弾かれると、黒い物体が再び一つに収束した。
今度は外殻を強固な鉄へと変え、星月流総師範、天位:黒である泰平の剣すら通さない。
天力を使い果たして気絶した広輝を鷲一が回収。倒木を適当に縦斬りにし、雪を利用してほぼ水平にすると、その上に広輝を寝かした。
一同が介したところで、次の方針が天守の口から伝えられようとしているが、優里菜は訊かずにはいられないことがあった。
「あの、なぜ天守がここに?」
「些事だ。今は捨て置け」
呆気なく捨てられた。
天宿の様子や常道はどうなっているのか気になっているが、天守が大丈夫というのだから大丈夫なのだろうと優里菜は今は飲み込むことにした。
「結論から言っていく。疑問は時間があったら聞く」
加えて泰平の態度が、事態が深刻で時間もないことを示していた。
「あれ、ダイダラボッチを再び封印する」
「ダッ!?」
その名に優里菜と千花は目を見開いて驚き、千花は自分の口を慌てて塞ぐ。
ダイダラボッチ。全国各地に様々な伝承にて伝わる巨人であり、山を作り、川を作り、湖を作ったともされている。言うなれば、今の国土を造り出した巨人。
その巨人が黒い塊の正体。ならば、これから行うことは間違いなく[神堕とし]だった。
「鷲一、鷹之、円、千花の四人を魔法陣の柱とし、中央で儂が封印術を実行する」
四人の頭の中に即座にイメージが描かれた。
要は、かつて月永がオリバーに行使した相乗天術の封印術版である。
歴史ある名家三人と天力量が多い千花ならば可能と判断した。優里菜ではなく千花を選んだ理由は、月永をこの封印に関わらせないという泰平なりの配慮だった。
「それからこの封印術には精霊の力が必要だ。鷲一、広輝を叩き起こしてこれを飲ませろ」
「は」
鷲一は泰平から蓬色に鈍色を混ぜたような妖しげな丸薬を受け取った。
すかさず優里菜が声を上げた。
「ま、待ってください!」
「疑問は後で聞く」
「違います」
息を呑んで腹を括る。
まっすぐその碧眼で泰平に訴えた。
「私ではダメですか」
精霊の力が何たるかを優里菜は知らないが、その碧い瞳は水精の血筋である証である。
広輝もまた精霊の血筋であることにも驚いたが、今はその詳細よりも天力を使い果たして倒れている広輝に無理をさせたくなかった。次にはもっと驚くことを聞くことになったが、動揺してはいられなかった。
「ダメだ。風精の子供の広輝と末裔の君では、発現させた力の強度が恐らく違う」
「今 は、力尽きている広輝くんよりも私の方が確実だと思います」
お互いに譲らず、視線がぶつかり合う。
泰平は天守として絶対命令を下す為、相当な圧を持った態度を取っている。逆らう気持ちさえ失せるそのプレッシャーに優里菜は真っ向から向かい合って意見していた。
さすがは月永だと普段なら褒めるところかもしれない。
だが今は、時が違う。
黒い塊が急激に姿を変えた。
ダイダラボッチ。その名に相応しく、その一歩が地を揺らし、木々よりも遥かに大きく、強固な黒い鉄を纏った巨人に成った。
「鷲一、鷹之、円、抑えろ。広輝は儂が起こす」
「は」「了解」「……了解です」
鷲一は丸薬を泰平に返し、二人と共に黒鉄の巨人に立ち向かった。
泰平は優里菜に対峙したまま。
それが意味するところは、優里菜と広輝の間で判断が揺れている証拠。
優里菜は泰平に証拠を提示していく。
「これでもダメですか」
天宿で桑次郎に激怒した時のことを思い出し、湧出する感情とそれに引きずられて噴出した力の出し方を思い出す。
あの時は自分の天力が色化していた自覚はなかった。その力任せの放出は収束もあったものではない。広輝に意見を求めたらきっと『無駄遣いだ』と返されるに違いない。
けれど今はそれが必要に思えた。圧倒的な天力が。
優里菜はありったけの天力を全身から放出した。
その碧色の輝きを前にして、泰平は首を振る。
「それは天力。精霊の力ではない」
優里菜はすぐに事由を変える。
「ご存知でしょうが、私の碧眼は精霊の血が色濃く現れている証です。ウンディーネの杯を顕現できていることもその証です」
それは事実。
優里菜の実力に関係なく、隔世遺伝の証拠だった。
泰平の頭に、幼少時の優里菜の身体のことが過ぎったが、色化を自分の意思でできるほど身体が天力に追いついている。泰平もまた、天守として腹を括り、覚悟を問う。
「精霊の力とは調律の力。天も魔もなく、聖も邪もなく、喜怒哀楽、怨念憎悪もなく、嵐に荒れた水面を凪のように鎮める。君にそれができるか」
「やってみせます」
優里菜は断言した。
「……封印に協力すれば、封印を管理する義務を追う。それは君の子供、孫、末代にまで及ぶ」
封印はただ封印すれば良い訳ではない。
今回のように悪しき者に悪用されないように、封印が解けないように管理していく必要がある。
その封印の核の役を負ったのならば、子孫がその役目を負う。天子協会の仕来りでもあった。
「君は自分の子供の一人にそれを負わせる覚悟はあるか」
「広輝くんがやっても同じですよね?」
「広輝はどこに骨を埋めようとさして問題ない。だが、君は月永だ。意味は解るな?」
優里菜は正確にその意味を理解した。即答せず、一度瞼を閉じて、この先の五十年を想像する。
そしてその一シーンに子供に岳隠を託す絵を思い浮かべ、そこにあった願いと感情を体感した。
目を開き、再び泰平の目を見て、はっきりと答える。
「はい」
「相分かった。これを飲んで、己の力に耐えよ。儂が合図したら近くに来なさい」
「はい! ありがとうございま」
「死ぬほど苦いらしい。少し大きいが、噛まずに一息で飲み込みなさい」
「は、い……」
認められて嬉しかったのも束の間、受け取った団子のような丸薬を見つめて、やけに苦い唾を飲み込むのだった。
「千花、合図したら彼女を儂のところに連れて、その後位置に付きなさい」
「了解です」
泰平は反転し、黒鉄の巨人へ相対する。「おええ」という到底女の子に似合わない嗚咽のようなうめき声に苦笑いを浮かべながら。
達人三人の攻撃でバランスを崩した巨人が片膝をつく。それだけで地響きを起こし、地面が跳ねるように揺れるのだからその質量は尋常ではない。
巨人の鉄の外皮がボロボロに剥がれ落ちていた。
鷲一ら三人が小休止を兼ねて泰平に並んだ。
「さて、お主ら。核はどこじゃ?」
「……命令通り、抑えてただけなので」
天守の無慈悲な成果要求に、円は息を整えながら自分たちの非を否定する。
「命令以上の成果を出してはくれんのか?」
「力を出し切る機を待っていました。相手が相手なので」
鷹之はあくまで肩慣らしだと笑う。その言葉通り、疲弊している様子はない。
「言うたな? できなければ言い訳じゃぞ?」
「我ら両型を修めた皆伝者。できないとお思いで?」
自信満々に鷲一は逆に天守に問いかけた。
円は汗を拭いながら、自分の立ち位置に笑うしかない。この怪物を相手にしながら自分だけが疲れているという事実に。次の号令はきっと全力戦闘。地獄の特訓メニューを思い出した。
泰平が鷲一の回答に満足そうに笑うと、自分の刀を抜刀。
膝をついたまま右腕を引いた巨人を制圧する号令を発した。
「良かろう。では、征くぞ」
まず刀を鞘に納めていた鷲一が飛び出す。
巨人の大振りな拳。眼に頼りすぎれば、その大きさに惑わされて、遅いと錯覚する。
そんな愚かな失敗をこの達人は侵さない。
鷲一は腕の外側から全力の抜刀術を繰り出した。
ーー星月一刀流剣術・弐ノ型 奥義[蒼天残月]ーー
その斬撃は右腕を両断。刀に乗せていた空破斬が巨人の胸部をも傷つけた。
続いて二刀流の二人。
「円!」
「はい!」
鷹之の合図で円も跳ぶ。
鷹之は巨人の左側に、円は腕を斬られた右側に。
込められるだけの天力を込めて、全力で、全身全霊で奥義を放つ。
ーー星月二刀流剣術・壱ノ型 奥義[天星辰羅]ーー
夜空に輝く満天の星の如き無数の斬撃。
雷刃と風刃の閃きは巨人の全身に及び、斬撃の衝突が火花を散らして、強い光を眩かせていく。
十字に強烈な光りを最後に、斬撃が止む。
全身を斬り刻まれ、半固体、半液体となった黒いそれが不気味に中に留まっていた。巨人の輪郭をぼやかしたかのようだ。
泰平が手で刀を握り、左足を後ろへ一歩、重心を落とす。刀の鋒を鬼に向けたまま、柄を右耳の横へ。
ーー霞の構えーー
狙いは巨人の胸。その奥にある核。
「粗暴な男だが岳隠の者。返してもらうぞ」
ーー星月一刀流剣術・壱ノ型 奥義派生の技[飛彗一閃]ーー
泰平の息子、星永慧輔が星月流剣術の真髄を基にして編み出した極技。
それを泰平は修得していた。彼の生きた証を一つでも多く残し、偉大な男は確かに居たのだと後世に伝える為に。
「天に還りなさい」
刀を鞘に納め、鍔が鞘に合わさる。
藍白色の核が真っ二つに割れると宙に浮いていた黒いそれが液状へと変化し、桶から水を落としたように地面へ一斉に落下。
急速に森へと広がろうとしていた。
ーー天術・飛花落葉ーー
地面が盛り上がり、木の根が土から生え出てくる。
季節外れの緑色の蔓も現れ、液状の魔力を堰き止めるように綺麗な円を描いた。
そして、泰平の空いっぱいに色とりどり花びらが咲き、緑葉から紅葉までもが芽吹く。
花吹雪、落葉吹雪。真冬の雪林に生命の証が舞い降りる。
黒い液体の魔力の、ダイダラボッチの上に包み込むように花びらと葉が積もっていった。
黒色を彩色が覆い隠すと、泰平の足首ほどでかさの上昇がなくなる。
大きな浅池ができあがると、人が一人浮かび上がった。
桑次郎だった。
「鷲一」
「はっ」
鷲一は花と葉が底まで沈んだ浅池から桑次郎を抱き上げ、根と蔓の園の外へと運び出す。
泰平が封印の合図を出した。
「千花!」
「はい! ……行けますか?」
「大、丈夫」
優里菜は千花の肩を借りて、円の中央を目指す。
泰平の言う通り、あの丸薬は死ぬほど苦かった。舌に触れないように喉に直接放り込むように飲み込んだのに一瞬で苦味が脳天を直撃した。今まで経験したこともなく、一生をかけても経験しないだろうというほど苦かった。
その直後から身体に変化が起こった。
発熱したように身体が熱く、脳みそが沸騰した。
全身から汗が吹き出し、音が遠のく。隣の千花の声が辛うじて聞こえる程度。
嗅覚と味覚が消え去り、丸薬の苦味も感じなくなった。
苦しくて苦しくて、身体が暴れ出しそうだった。
花びらと葉の池に足を踏み入れ、何度か足を滑らしそうになりながらも、泰平の隣に到着した。
優里菜を送り届けた千花は他の三人と同じように配置につく。泰平が丁寧に木の根で四人が立つ場所を作っていた為、その場所はすぐに分かった。
「儂の術にその力を合わせなさい。要領は治癒と同じじゃ」
「はい」
四人が配置につくと、泰平は神を封ずる詠唱を唱え始めた。
「 全にして一、一にして全 」
花びらと葉、根と蔓が光り出す。
「 太極両義より生じて森羅万象の礎となりし、四象の精霊よ 」
一部の黄色の花と葉、青色の花と葉、赤色の花と葉、緑色の花と葉が纏まり線になって、円上にいる四人を結び、強く輝く。
「 風の眷属たる星が願い奉る。我に、水の末裔たる月に、汝らの眷属たる我らにその力を与え給え 」
その言葉に応えるように泰平と優里菜を中心にして、渦を巻くように空気が集まってきた。
泰平は続ける。
「 四象より八卦を生じ、さらに六十四卦を生ずる 」
四人を結んだ線に加えてもう一つの菱形が生じ、二重の八芒星が描かれた。
一斉に四人が膝を付き、胸を押さえる。天力をごっそりと持っていかれていた。
「 森羅万象の全てを以て、調和を乱し虚無を齎す闇き神を、ここに封印せん 」
泰平は優里菜に目配せをする。
優里菜は苦しそうな表情のままだが、その碧眼は覚悟を決めていた。
泰平が頷き、優里菜は泰平に合わせて両手を池底へ沈めた。
「 四大封印 」
身体の内底から沸き上がる青の力を放出する。
泰平の天力とを伝い、黒い魔力へ水精の力が伝播していった。
色とりどりになった浅池が青色の光に染まり、青に満たされていく。
その力に逆流するように声が優里菜に伝わってきた。
「〘ヤメテヤメテヤメテ!!〙」
「〘マタカマタナノカ!!〙」
悲痛と怒り。
今まで聞き取れなかった内容がはっきりと聞き取れた。
「〘ニンゲンシネマレビトシネニンゲンシネマレビトシネ〙」
「〘マタトジコメルノマタトジコメルノマタトジコメルノ!!〙」
「〘クライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダクライヤダ〙」
「〘ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ〙」
怨念と怨嗟。子供の懇願。
どうしてダイダラボッチからそんな声が聞こえるのか優里菜は分からない。
だけど、その奥にある願いをしっかりと感じ取った。
『助けて』と、叫ぶその願いを。
魔力が染み込んだ花びらと葉が地面に溶け込んでいっている。
泰平はこのままこの地に封印するつもりだ。
そして桑次郎が壊した祠と同じような碑を造って未来永劫管理して管理していくのだ。
この切実な願いを闇い封印に閉じ込めて。
「ーーーー」
止めだ。
解放しなければ。
精霊の力は調律の力。
天力は浄化の力。
水は哀しみを司る。ならばきっと、それを清め流すこともできる。
幸いにして魔力の状態は液体。親和性がきっとある。
(できる)
優里菜は自分に言い聞かせるように直感を信じた。
青色の力を泰平の封印術から黒い魔力のダイダラボッチだけに。
泰平は異変を原因と一緒に察知する。
「何をしておる!?」
「彼らを、彼女たちを闇から解放します」
「何をーー」
優里菜は外からの情報を全てシャットアウト。
内側の会話に集中すると、高熱を出した時のような倦怠感と辛さがどこかへ消えていた。
「(大丈夫、大丈夫だよ)」
「〘シネシネシネシネシネシネ! マレビトシネエエエ!〙」
「〘トジコメルナ! ワタシタチヲトジコメナイデ!〙」
「(うん、ごめんね。もうしないよ)」
「〘クライヤダクライヤダクライヤダクライクライクライ〙」
「〘ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダアアア!〙」
「(怖かったね。暗かったね。大丈夫、もう大丈夫だよ)」
・
・
・
封印術が始まった時からその青色は美しかった。
どこまでも澄み渡り、神々しさを纏い、天上の麗しさを覚えるくらい貴かった。
天上に住まう神々が人間を見下ろすように、導かなければならないから下等の命を管理しているかのように。
冷水のように冷たく、残酷のように冷徹だった青色の様相が変わっていく。
怨念も憎しみも、怒りも悲しみも抱いて受け止めて、一緒に哀しみに暮れて流れていく。
長い、永かった闇が明ける。
冬の終わりを告げる雪解けの水が、春に命を芽吹かせる糧となり、桜の花びらを運び、新緑の中をせせらぐ水に変わるように。
温かく、慈しみ、ふんわりと優しく包み込む青。
その青は地面の中へも浸透し、土に溶けた魔力にも染み透る。
やがてダイダラボッチから敵意がなくなっていることに皆が気づく。
青色が碧色へと変わる。
春の息吹を告げる、命の暖かさを持った冷たくも新しき風のように。
「(さあ、還る時間だよ。みんなのところにお行き)」
碧の天力が黒の魔力を浄化する。
真っ黒な魔力から光を帯びる滴が次々と浮かび上がっていく。その滴は黒から濃藍色、瑠璃色、群青へと表情を変え、やがて弾けて無害で透明な魔力へ還る。まるでそれは、宵闇から醒める空のようだった。
徐々に浅池から黒が消えてゆく。残るのは碧色に抱かれた彩り豊かな葉と花びらだった。
岳隠の五人はその奇跡に見惚れた。
放っておけば人里に、家族に危害が及ぶ。だから倒さなければ、封印しなければならないと、敵として相対したダイダラボッチ。
それを優里菜は、彼に、彼らに寄り添った。危険だからと拒絶せず、敵意に敵意を返さず、その心を感じ、望みを果たした。
魔力が空気に溶け、魂が空へと還っていく。
彼らの魂を導くように、灰色の雲間から光が漏れ、天使の梯子が天から地に伸びる。
その梯子の中をたんぽぽの種のように舞い上がり、きらきらと光るものがあった。
彼らの天への還り道。
一同は空を仰ぎ、彼らを見守る。それが一連の事件の終わりを告げているようだったから。
最後の光が見えなくなりそうになった時、まるで彼らを連れて行くかのように緑色の風が彼らを包み込んで、空へと消えた。
***
「そう決着しますか」
事の成り行きを透視の陰陽道で覗き見をしていた常道が興味深そうに頷く。
予想していたどの結末とも違っただけに関心はより深かった。
水の精霊の末裔、月永による調律と浄化。証が現れている彼女を天守が封印に使うところまでは予想の範疇だったが、ダイダラボッチの浄化は予想外だった。
そして彼女を連れてきたのは広輝。彼一人が里帰りしていればこの結果はなかった。
「精霊の力、実に興味深い」
魔力とも天力とも違う第三の力。調律の力とは泰平から聞いていたが、実際にどのようなことができるのかまでは教えてもらえなかった。もしくは泰平も知らないのかもしれない。
常道の興味はもう一つ。
それは今回、浄化を為した末裔ではなく、より精霊に近い少年だった。
「やはり彼は面白い」
「"彼"って誰のことかしら」
視界の端に刀の鋒が見える。
警戒用の術式が検知しなかった。
常道は彼女とその方法に興味が湧いた。
「……聞き覚えのある声ですね」
「答えなさい」
白刃が首に触れる。
常道は、まず彼女の疑問に答えてあげることにした。
「もちろん広輝君ですよ。現代に置いて最も精霊に近い存在。人間であり人間でない、半精霊の風精の子供。どうすればその力を引き出してくれるのかと色々苦慮しましたが、いつの間にか引き出せるようになっていたんですね」
優里菜がダイダラボッチの魔力を調律・浄化したが、最後に天に還れるように後押ししたのは緑色の風だった。
嬉しそうに話す常道とは反対に、女性は苦渋の表情を浮かべていた。
確信してしまったのだ。
「ーーやっぱり貴方だったんですね、葦北常道」
「どれのことですか?」
常道は恍けていない。
彼女が何を指しているか分からなかったのだ。
心当たりが多すぎて。
「七年前の緑の鬼も、三年前の乗っ取る鬼も、千花たちを唆したのも、あの封印を壊すように仕向けたのも、全部、全部……!」
「ええ、そうですよ」
常道は悪びれもなく肯定した。
「だって、伝承でしか知り得ない精霊が、その子供とは言え目の前に居るんですよ? その力の真実をみたいじゃないですか」
まるで罪の意識がない。それが悪いことだとは認識していない。
仕方がなかった、他に方法がないのだから仕方がなかった。
知識探求の為なら何でもしていい。何も問題はない。
その思考回路は正しく世界の敵、あの一派の思想信条だった。
「信じたくなかった。けどやっぱり……強行派、だったんですね」
「はい、そうですが?」
特段、隠していたつもりは常道にはない。言わなかっただけで、訊かれなかっただけで。
陰陽師は京都を守護することを旨とする。そこには陰陽道の探求はあっても、外から知識を得る習慣も発想もなかった。
退屈だった。面白くなかった。
そんな折に起きた天魔大戦。
西洋の魔術師と天子の存在は知っていた。けれど、なぜ戦争に発展するのかわからなかった。
陰陽師が守護職を奪われ、天子と確執を持っているように、魔術師も天子に奪われてたのか。利権戦争か、侵略戦争なのか。
陰陽師は大戦と一切の関わりを断つことを決め、常道にも情報が入らなくなった。
もっと知りたい、もっと識りたい、外の世界を見てみたい。
少しでも外界を知ろうと神主や法曹の講師になり、全国を歩き渡っても、閉じた世界を打破できなかった。
常道の知識欲は今にも溢れそうだった。
そして大戦が終結する。ソリアス[神秘の解明者たち]の仲介によって。
震えた。自分の欲を満たしてくれる場所がそこにあった。
常道は講師を務めながら、ソリアスへの接触を図った。本家に知られないよう極秘に調査を進め、多くの天子と魔術師と接触を図り、数年という時を使い、ようやく彼らに接触できた。
強硬派一味に。
常道は共感と興奮を持って、強硬派の肩書を得た。
裏切られた、と思うのは彼女と岳隠の面々だが、常道には裏切った感覚すらない。
彼女は屈辱に耐え、最後の質問をした。
「もう一つ教えてくれません? 乗っ取る鬼が誰だったのか」
「ああ、貴女でしたか。なぜ生きて……いえこの感じは魔力?」
「…………」
「まあ、いいでしょう。あれは本当に偶然、たまたま見つけたんです、死に際の彼を。久々に心から震えましたね」
「誰なの」
「ーー"天津"、ですよ」
彼女の想像以上の大物だった。天位:黒ですら謁見が難しい彼ら。
本部に詰める天津一族。
天子や魔術師には血統を重視する主義が存在する。強い力を持った夫婦から生まれた子供が両親よりも強い力を持つことが多いからだ。
その最たる例が月永である。しかしその三家すら届かない天上の一族。
それが天津家である。
彼女は驚きはしたが、納得した。
多才かつ才深き彼らなら、目で技を盗み、他人の身体で実現することもきっとできる。
「教えてくれて感謝します。それでは、さようなら」
「私を殺せるとで、もっ!???」
常道の首が飛んだ。
常道は急速に遠のく意識の中、自分の首を斬った猫の仮面を付けた赤髪の女性を見つけた。
「な、ぜ」
その二文字を最後に、首が雪の上を転がり、残った体が倒れ、首から血を垂れ流す。
血から湯気が立ち、鉄臭い異臭が鼻をついた。
「転位なんかさせるもんですか」
近づいてくる岳隠の天子の気配を背に、彼女はこの場を去るのだった。




