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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第二十四話 ここから

 優里菜と円の戦いに決着が付いた時、森の入口ではまだ鷲一と鷹之の戦いが続いていた。

 突風と迅雷の交錯と衝突が続き、その戦闘は地形をも変えそうである。

 積もった雪はとっくに剥げ、砂利も吹き飛ばされ、土が露わになっていた。

 乗ってきた車は戦いの最中にふっ飛ばされ、一台は車輪が天井を向き、一台はブロントガラスが粉砕されボンネットがへしゃげていた。

 何度目かもわからない鍔迫り合い。いい加減、鷹之は森の中の状況が気になり出し始めていた。

「そろそろ"当たり"を教えてくれても良いんじゃねえか!? ワシ野郎天守代理!」

「お、ストレス発散できたか?」

「ぶった斬るぞ、てめえ!」

 交差させていた双刀を押し開き、同時に雷の空破斬を放つ。

 それを鷲一は後退しながら、風の渦を纏った刀で絡め取り、地面へ風ごと受け流す。

 そして余裕たっぷりにやれやれと溜め息をつく勢いで、怒り状態の鷹之を諫める。

「そんなんだから俺に一撃も入れられないんだ」

「茶化すな!」

 多少、小ばかにニュアンスはあったが、天守補佐たる鷹之がここまで諫言を聞き入れなくなっている。鷲一は素直に術者に感心した。

 それでも感情と理性を分離して、やるべきことをやったことは、伊達に天守補佐と二刀流師範を務めていないと思わせる。

 また、怒りに昂っていながら、他へ気を回す余白が出てきている。頃合いである。

 鷲一は出所不明だが、本当っぽい情報を鷹之にも明かした。

「ミサンガ」

「ああ?」

「ミサンガを切れ、それで落ち着く」

 鷹之の中で、色々な情報が符合していく。(まとい)を解き、臨戦状態も解いた。

「……はあ、そいうことかよ。さっさと言えよ」

「外しても意味ないぞ、切れ」

 鷹之は鷲一の言う通りに左手首とミサンガの間に小太刀を差し入れ、ミサンガを切断した。

 すーっと怒りが引いていく。何故こんなにも怒っていたかすらもわからなくなっていく。

 鷹之の中でだいたいの情報整理は既に終わっている。その上で自分がしていたことを振り返り、穴があったら入りたくなった。

 オールバックの髪が崩れるくらい小太刀を持ったまま掻きむしる。

「ああくそ。補佐も師範も返上だな」

「待て待て。そんなことされたら運営に支障が出る」

「……」

 鷹之は掻きむしるのを止め、ため息を付いて小太刀を鞘に納める。

 周りを見渡せばひどい有様。鷲一たちが乗ってきた車も廃車確定だ。

 刀を鞘に納めた鷲一に尋ねる。

「しかし、ここまで戦う必要あったのか?」

「天守の命令だ。その仕掛けがあろうと無かろうと鬱憤は確かに有っただろうから、晴らしておいた方が良い、と」

「それで『ストレス発散』か」

「そういうことだ」

 あの術式は"感情を増幅"させると桑一郎は言っていた。それがそのままの意味ならば、鷹之の怒りも、他の面々の感情も確かに有ったのだろう。今まで心の内に潜め、隠し、気づかないようにしてきた感情、または気づいていて乗り越えようとしていた感情。もしくは、乗り越えた・乗り越えていたと思った感情。その理解っていても納得しきれなかった思いが。

 決して無かったものでは無いのだ。

「鷲一と天守は気づいていてしてなかったのか?」

「いや全く」

 気づいていたのならもっと早くから動けていた。

「天守の心の内は分からぬが、広輝がミサンガをしないと決めたのだ。同じ欺瞞を負う身として、同様の"罰"を受けようと俺は決めた」

 果たしてそれが償いに値する罰になっているのかと聞かれれば、きっと否だろう。それでも、あの時まで身に着けていたみんなと同じ物を"身に着けない"。広輝なりのけじめの一つを鷲一も行うことで、欺瞞の共犯者でいようとしたのだ。

 尤も、今となってはそれも償いをしているつもりになっていただけだと思っている。

「……そうか」

 鷹之は少しだけ安心し、森の方を向く。

 鷲一たちの作戦通りにいっていなければ力尽くで仲間を、家族を鎮めなければならない。

 その中でも、ある一つの組み合わせが特に気がかりだった。

 何故ならーー

「なあ、天守代理。本当に円に月永の嬢ちゃんを当てたのか?」

「お前がよこした情報通りの配置ならな」

 鷹之が諜報し、情報を天宿に流していたからに他ならない。あの状態でも、何をしなければ無いのかを明確に理解し、感情とは反する理性でやってのけていた。強靭な理性とストレス耐性である。

「意図は分かるが、酷だろう。こちらの都合過ぎる」

「円は皆を愛しているからな。傷一つ付けたなら、死ぬまで後悔してしまう」

 円の愛情の深さは、見ていれば自ずと分かった。そしてあの事件から、婚約者(慧輔)を亡くしてから一層深くなり、慈しむようになっていた。

 そんな彼女の相手は、円よりも同等以上である鷲一と、岳隠以外の者にしか務まらない。

 そうやって白羽の矢が立ったのが、優里菜だった。

 その優里菜が番狂わせを起こしているなどつゆ知らず、二人は森の中へ入っていった。



  ***



 その双子の姉妹の対戦カードは、実力が伯仲しており、全く終わる気配が無い。

 姉の香桜は火球を数個作り出し、弾丸のように放つ。最大五個。

 妹は茉桜は刀に炎の鞭を纏わせて扱う。敵の接近を防ぐ。

 二人とも一刀流の初伝から中伝の間の遣い手だが、お互いに接近できずに天術勝負になっていた。

 乾燥した冬、燃えやすい木々。二人ともそこには気を使ってはいても、雪がなければ即火事である。

 先に姉が業を切らす。

「ええい、いい加減にしなさい!」

 (しな)やかに伸びてくるその鞭の軌道に火球を設置して防ぐ。

「あの兄貴が茉桜のそんな姿、望んでるはず無いでしょう!」

 茉桜は無言で、鞭を振るう。

 天守から、茉桜たちの感情を発散させてから種明かしをするように言われていたが、もう限界だった。

「ミサンガ、そのミサンガ切りなさい!」

 茉桜の鞭が止まる。

「なに言ってるの?」

 茉桜は常道を慕っていた。

 授業が終わった後も良く質問し、ミサンガ作りも直々に教わっていた。

 彼女は彼に、清天寮以前には決して受けることのなかった父性を求めていたように香桜には見えていた。

 そんな妹には、常道からの贈り物が怪しいというのは酷なことだろう。

 けれど、事実なのだから仕方がない。

「私もそれ外したらスッキリしたからね。茉桜も自分がおかしいって気付くはずよ」

 香桜自身が実体験している。

 術式が稼働していた時、心の奥底から全てを埋め尽くそうと憎悪が湧き上がってきた。割り切ったはずの怨念。してはならないと押さえつけても、それに際限が無かった。

 優里菜が怒り、幹春が叫んだ。湧き上がるものに変化はなかったが、二人の思いは理性を、自分が望んでいることに味方してくれた。

 そして桑一郎たちが去った後も、しこりのように残っていた塊がミサンガを外すと嘘のように小さくなっていたのだ。

「嘘だったらもう私の言うこと信じなくていい。だからお願い。切って!」

 茉桜は血を分けた姉と恩師の間で揺れた。

 両手首に幾重にも付けたミサンガ。常道に教わり、()にも付けて貰いたかったミサンガ。

 そっと手を伸ばす。

 突如として、フラッシュバックが起こった。

 脳裏に要の遺体が、布団に顔に白い布を被せられた要の姿が蘇った。

「っ! でも! でも! 兄さんは!」

 斬殺されていた。

 胸を貫かれ、体中に走る斬り傷と顔に眼球をも斬り裂いた痕。

 あんな姿を見せられた後で、真実を聞かされたところで何も変わらなかった。

 『だからどうした』と。

 あの頃は要とのコミュニケーションも疎ましく思い始めていたが、失ってその存在の大きさに気付いた。大切な兄妹だったのだと思い知った。

 幼い頃の記憶はすでに朧気だが、あの暗い空気と空腹感を憶えている。

 あそこから救い出してくれたのが、周りの大人でも、児童相談所でもなく、要なのだと後で知った。

 この岳隠で長く過ごしても、大人の男性の怒鳴り声には人より敏感で、気を張っていても身が竦む。

 だから、もう一人の自分(双子の姉)が向こう側にいる理由がさっぱり分からなかった。

「兄貴が望むことが何なのかなんて訊かないわ」

 香桜は茉桜の気持ちが痛いほど理解できる。自分だってそうだったのだから。

 ほんのちょっとの違い。双子だけれど、姉という立場が茉桜よりもちょっとだけ広く、周りを見る視野をくれた。

 円も苦しい、鷹之だって天守だって苦しい。それでも三人は愛した人たちに胸を張れるように生きていた。愛した人たちが、残った彼らを誇れるように。

「私が言いたいのは、兄貴に胸を張れるように、兄貴が褒めてくれる妹でいようってことよ」

「…………」

 香桜の言葉も茉桜にちゃんと届いている。同意だって出来た。

 心の奥から出てくるのは「それでも」なのだ。

 この感情を茉桜は抑えられない。

 その感情のままに天力を振るう。刀に天力を注ぎ込み、大きな炎の鞭を闇雲に振り回す。

「うあ、ああああああ!」

「茉桜!」

 香桜は覚悟を決める。近づけないなんて言ってられなくなった。

 無造作に振り回される鞭の軌道は、先程までよりも逆に読み難くなっている。自分の身だけを守るように火球を配置し、鞭打を掻い潜って距離を詰めていく。

 炎の鞭が木に当たるとすぐに火が点いた。叩きつけられた木は焼き切られ、雪の上に倒れる。

 不味いことを承知で距離を更に詰めると、狙っていた一撃が香桜に迫った。

 香桜は抜刀し、鞭を巻き付けさせると、刀を思いっきり投げ捨てる。

「せい、や!」

「!?」

 炎の鞭ごと刀が茉桜の手から離れ、彼方へ飛んでいく。

 茉桜が驚いている間に、香桜はその手首を掴む。

「これで、逃げられないわよ!」

 茉桜の懐に入り込み、久下勇人仕込みの綺麗な一本背負いを決めた。

「あぐっ」

 受け身を取った逆の手首も香桜はすかさず掴む。

 ミサンガを手のひらに収めて。

「止めっ」

 茉桜の制止を待たず、香桜は妹のミサンガを一つ残らず燃やし崩した。

「ーーぁ……ぁ」

 香桜は動揺する茉桜の手首から手を離し、一歩下がって茉桜の様子を伺った。実体験通りなら、暗い感情が引いていき、理性の割合が大きくなっていくはず。

「ーーーー」

 茉桜は空を見つめたまま呆然とした状態になった。

 ミサンガを燃やされたショックなのか、感情の揺れ戻しが起こっているのか、それは分からない。

 香桜はじっと茉桜のリアクションを待った。

 横目に辺りの様子を窺うとバチバチと木が燃えていたが、まだ火事にはなりそうにない。もうしばらく放っておいても大丈夫そうだ。

 そしてーー

「…………ぅ、っぁ」

 何による涙かは分からない。

 涙が湧き出し、すぐに涙袋が一杯になる。

 唇を震わせ、震える自分の両手を見つめた。

 頭を抱えるようにその両手で目を隠すと、声を上げて涙を流した。

「あああああ!」

 茉桜の側に腰を下ろすと、香桜は妹の髪を優しく撫でた。

 その声と涙が止まるまで何度も、何度も。



  ***



 広輝は更生所にいた時、特殊任務執行部隊、通称"紅"の隊員と手合わせをしたことがあった。

 彼女は"紅"になりたてだと言っていたが、その実力はその名に恥じぬものだった。

 同じ風の能力。真似できることがあれば吸収させてもらうつもりでいたが、その戦い方はまるで参考にならなかった。

 暴力。圧倒的な暴力だった。

 源子であるにもかかわらず、圧倒的な天力を保有した彼女は、その天力を十全に活かして戦う。

 天力で暴風を生むと、自分の体に纏い、四肢に巻き付かせた。そして、ケンカで磨き上げられたセンスのまま殴りかかってきた。

 彼女には剣術も天術も効かない。どんなに隙きを突いても、収束させた天術を行使しようとも、纏った暴風に全て弾かれた。

 濃密な天力を含んだ嵐に包まれた四肢の一撃一撃はあらゆる物を破壊し、あらゆる天術を殴り飛ばす。

 故に彼女の二つ名は、その天術の名がそのまま用いられている。

 [嵐鎧(らんがい)]と。

 彼女の戦い方は参考にならなかったが、天術は限りなく真似た。

 オリジナルには届かないが、習得に成功し、その修得の過程で生まれた天術が[疾風]とその天術の中間[嵐]の纏になった。

 広輝は今、巨大な氷の中に居る。

 千花が広輝を葬る為に考えて鍛え上げた天術。

 憎悪がその源になってはいるが、洗練され、研ぎ澄まされたこの天術は美しかった。

 この氷に閉じ込められたならば、きっとあらゆる生命が活動を停止していくだろう。

 それは広輝も例外ではない。息もできない。

 何もしなければ体温を完全に奪われて凍り死ぬか、閉じ込められたまま窒息して死ぬか。

 体内に残った少ない酸素とそれに比例する少ない残り時間。意識を失う手前まで天力の収束に専念した。

 絶技を放つことができるくらいに収束に収束を重ね、身体の芯から爆発させるようにその天術を発動させた。

 ーー天術・嵐鎧ーー

 初動はびくともしない。

 しかし、全てを解放するが如く、歯を食いしばり、全身に力を入れ、氷の内側から撥ね退ける。

 氷が鳴った。

 ピシリ、と。

 その軋む音が断続的になっていき、その間隔も短くなると、ついに氷に亀裂が走る。

 そこからは早かった。

 氷全体に何本もの亀裂が走っていき、透明だった氷も曇りガラスのように白く変わっていく。

 外部から補強の天力が注がれるが、瓦解の前兆は止まらない。

 大きな氷の全体が一様に白く濁ると、無数の亀裂に従って瓦解し、大小入り混じった氷塊が音を立てて崩れ落ちた。

 その中央に深呼吸を繰り返す広輝の姿があった。

「……なんで、なんでよ!」

 千花の渾身の天術だった。

 剣術では勝利できたとしても殺しはできないと悟り、屠る為の天術を編み出して、その手順も考え、ほぼ順序通りに最後まで終えた。

 そこまでしても尚、生きている。

 これ以上無いくらいに全力を出し尽くし、一度は殺したとすら思ったのに、生き残っている。

「なんで死んでくれないのよ!!」

 悲痛な叫び。どこか身を裂いている気さえする。

 『もう終わらせて』と訴えているようだった。

 広輝は千花に答える為に、息を吸って一歩近づくもそこに止まる。

「っ、来ないで!」

 千花の拒絶。まだ戦いの意思がありそうだ。

 広輝を睨むその目に憎しみはある。加えて今は、それと同じくらい怯えもあった。

 何に怯えているのか、広輝には分からない。

「お姉ちゃんを殺したんだから、いい加減死んでよ! コウ兄!」

 広輝の顔が苦しそうに変わる。

 親しかった妹分からの暴言はいつだって胸を刺されるように痛い。

 ただ、千花は広輝を兄と呼んだ。少しは憎しみを吐き出させることができたのかもしれない。

 千花がポケットからあの宝石を取り出し、解呪を唱える。桑次郎に言われた通りに。

「"ダテン"」

 天魔力ではなく、天力の増幅(ブースト)。桑次郎が言ったことは正しかったようだ。

 しかし他人の天力。治癒のように使用者に調整されていない為、始めに拒絶反応と嫌悪感が起こる。

「あ、ぐ」

 それに耐え抜いた後に力を得られるが、その耐える時間を広輝は与えなかった。

 千花の千花による復讐は受け止める。けれど、他人の力による復讐は受けない。千花が望んだとしても。

 解け出した凍土を蹴り、一瞬で千花の元へ。千花の手首を捻り、橙色の宝石を落とさせた。

「あ」

「切るぞ」

「え」

 千花のミサンガに指をかけ、一息に切断した。

 桃色と空色のミサンガがゆっくりと落ちていく。

 千花はその様子を落ちきるまで見届け、貰った大事な物を切った広輝を睨みつける。

「これが何だって、言うの……よ」

 千花もまた、円や鷹之、茉桜と同じように、理性と感情の天秤が激しく揺れ動いていき、内省に至る。

 あの時から今までの行動、行為を省み、放置していた疑問、疑念が大きくなってくる。

 そして、何故あの明朗快活だった広輝がこんなになるまで人が変わっているのか。

 千花は広輝の手を振り払い、その手をもう片方の手で包み、抱え込むように胸に置いて、思いを叫んだ。

 背中を丸めて俯き、ミサンガが落ちた真っ白な地面を見ながら。

「ーーっ、だからなによ! 何も、何も変わらない!」

 千花は聡い。枷が外され、広輝の欺瞞によって隠された情報以外だけで、きっと真実の近くまで察しが付いている。

 やってきたことを理解しているから、後に引けなくなっているだけだ。

 広輝は太刀を納め、語りかけるように真実を吐き出し始めた。

「千花、話がある」

 今まで以上の拒絶が待っていたとしても、ここから再び始めなければならない。

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