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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第二十二話 欺瞞の末路

 優里菜の処遇について、広輝は天守の泰平へ提案すると、泰平はどこかへ電話し始める。それがすぐに鳴上支部の天守、月永大悟だと気付く。

 会話の流れが変な方向に行き始めると、広輝も負けじと優里菜の母・玲菜に連絡。父親の隆平にしなかったのはただの話し易さだった。優里菜を岳隠に連れて行く話をした時の隆平の渋い顔は記憶に新しい。

 電話の向こうの玲菜は至って冷静で、ふんふんと頷きながら時々ずずーと紅茶だか緑茶を飲む余裕すらある。

 広輝は違和感を覚えつつ事態を話し終え、状況を理解した玲菜が出した結論は、『こき使ってちょうだいな』だった。慌てて危険性を伝えて撤回を求めても、『そうは言ったって、相手は岳隠の人たちばかりでしょ? 大丈夫大丈夫、死にやしないわよ。あ、遭難には注意してあげて』と言われ、電話を切られた。

 唖然として天子協会の専用端末と見合った後、天守同士の話が終わったらしき泰平を見ると、力強くグーサインされた。

 どっちの意味なのか分からず怪訝な顔をしていると、泰平が鷲一に優里菜を隊員に加えるよう指示を出す。

 月永の危機管理に愕然とする広輝と、巨大迷宮一人旅の心配がなくなった優里菜の安堵の表情がはっきりと明暗を分けていた。

 その後の準備・移動は迅速になされ、あれよあれよと言う間に雪がぱらぱらと舞う森に到着した。


 時刻は十三時。

 作戦の最優先事項は愛紗の捜索と救出。次点に、唯一の中学生である千花に広輝の口から真実を伝えること。広輝を狙ってくるだろう仲間は、適宜相応の者が相手をし、説得とミサンガの破壊によって彼らの中の憎しみを緩和することになった。ただし、鷹之と円が聞く耳を持たない場合はほぼ勝ち目が無いので、発見次第即逃げるか、鷲一の所に連れて行く手筈となった。

 広輝の鼓動が強く、早くなる。

 この森があの現場だから、だけではなかった。

 憤怒の形相の鷹之が森の手前で待ち構えている。両手には抜刀済みの小太刀を握り、臨戦態勢だった。

「広輝。その服の意味、分かってんだろうな」

 その威圧だけで足が竦み、二三歩下がりそうになる。ぐっと息を止めて耐え、広輝は堂々と鷹之に答えた。

「ーーはい。僕なりにけじめを付けに来ました」

 広輝は覚悟を決め、そこから逃げられないように服装で示していた。

 黒のスーツに黒ロングコート、腰のベルトを使って太刀を佩いた姿。あの日、慧輔たちが着ていた正装だ。

 まだまだ少年の広輝には不釣り合いな格好。着られている印象が強く、正直合っていない。

 香桜たちは半笑い、優里菜にも微妙な顔をされた。けれど、その意味は理解していた。

 鷹之もまた広輝の覚悟を受け容れる。

「いいだろう、太刀を抜ーー」

「まさか出迎えてくれるとは思わなかったぞ、鷹之」

 鷲一が腰に据えた刀を抜きながら、皆の前に出る。

「どけ、ワシ野郎。用があるのは広輝だけだ」

 鷲一と鷹之は星永を支える一族同士なこともあり、子供の時からの付き合いで、四歳年上の鷲一が兄のような立場だった。鷹之が反抗期真っ盛りの時期に鷲一は周りと比べてもいち早く大人になっていた。

 そんな大人の鷲一は、その反抗期に鷹之から一字使い"ワシ野郎"と呼ばれた。もちろん貶しの意味で。それは鷹之の周りにも伝播し、鷲一は跳ねっ返り全員から"ワシ野郎"と呼ばれるようになっていた。

 遠い過去、懐かしい記憶。

 鷲一はおかしくて、声を上げて笑う。

「あっはっは。そんな雑念増し増しのお前なぞ、コウの足元にも及ばんぞ」

「黙れ、退()け、ワシ野郎」

 一筋、二筋と、身体に、双刀に雷が奔る。

 天力を纏っている証拠。すぐにでも鷹之から戦闘に入りそうだった。

 しかしその火蓋を切ったのは鷲一。

 礼儀を重んじる岳隠。同等の立場だろうと、敵だろうと関係ない。それを欠くことは許さない。

(にしき)の墓前に立てるように顔を洗って出直して来い、タカッ小僧!」

 力強い風を纏ったその刹那、鷹之の眼前に移動。遠慮なく刀を振り下ろす。

 鷹之は右の小太刀で地面に受け流し、左の刀で反撃に出る。その間に受け流された風の塊が地面の雪を吹き飛し、撒き散る余波が木々を揺らす。ただの斬撃に見えた鷲一の一撃の重さを物語る。その衝撃を物ともせず攻防は続く。

 鷹之の小太刀を鷲一は体を回転させて避け、繰り出す"旋回輪"。を、読んた鷹之は一歩引いて躱し、すぐに反撃に出る。

 瞬きする間もない、一瞬の攻防。全てを認識できた者が何人いただろうか。

 広輝とオリバーの戦闘とは違う、達人同士による風と雷がぶつかり合う戦闘が始まった。

 援護する余地も無い。速すぎて、衝突の衝撃波が強すぎて。

 次元の違う戦いに、恐怖よりも興味が勝ち、見惚れた。二人の戦いの全てを視認できるわけではない、糧に出来るわけではない。ただただ、力と技の迫力に圧倒された。

「行くぞ」

 誰かが言った。

 はっとし、目的と作戦を思い出す。戦いに巻き込まれないように迂回して森に入っていった。



  ***



 胸が、苦しい。

 何度来ても慣れない。

 鬼に身体を乗っ取られ、仲間(家族)を殺害した場所。

 三年前のちょうど今日、あの日も灰色の曇から雪が舞い落ちてきていた。凍った雪面を撫でた風が肌を刺す。

 木の配置、影、雪の積もり方、凍り方、現場と似た光景があるだけで誰かの死体がフラッシュバックした。

 広輝自身、それを顔には出していないと思っている。今は愛紗の救出が優先で、感傷を引き摺っている場合ではない。いつもの冷徹・冷酷な堕天子でいることが出来ていると思っている。

 鳴上の人間ならばそれで騙せていただろうが、ここは幼き広輝を知る岳隠。広輝が本調子でないことはお見通しだった。

 ただ、あからさまに気を遣う事もなく、作戦を忠実に進める。

 待ち受けていた仲間()をほぼ予定通りに順番に相手をし、茉桜の相手を香桜が引き受けると、広輝と優里菜の二人だけになった。

 次に千花が現れれば、優里菜を一人先に行かせることになるが、明かされた方向音痴(コンプレックス)

 広輝は自分の感傷を忘れて頭を悩ませる。一人で冬の森で遭難しないだろうか。玲菜にも釘を差されている。だからと言って、二対一で千花と対峙するのもおかしく、そばで待機していてもらうのも違う。

 愛紗を救う、千花と話す、両方達成したいところだが、二次災害(遭難)を招く可能性がある。頭が痛かった。

 その優里菜は広輝が今悩んでいる内容が自分のこととはつゆ知らず、彼が落ち込んだら自分が発破をかけなければと気合を入れていた。

 道なき道の固い雪を踏みしめて進むと開けた場所に出た。

 そこは人工的に木々が薙ぎ倒され、空を隠すものがなくなった場所。

 広輝が慧輔を斬った場所。

 そこに愛刀二本腰に差し、腕を組んだ円が待っていた。

 冷たい視線が二人を捉える。

「コウ、何の真似だ」

 冷え切った声。朝までとは全然違った。

 円が服装のことを言っているのは明らかだ。

「僕なりのけじめです」

「どんなけじめだ。逆撫でしているようにしか見えないぞ」

「愛紗を救い、千花に真実を伝えることで、あの事件に一区切り置かせてもらい、先生たちの意思を継ぐ。その覚悟です」

 烏滸(おこ)がましいことは重々承知の上だ。慧輔の、要の、彼らの代わりなど出来るはずもない。

 それでも岳隠の天子だったから、星月流の遣い手だから、星の教えを受けた一人の天子だから。

 蔑ろにしてた皆伝者にして伝承者としての役割と務めを果たしていくと決めたのだ。

 この変化を、いつもの円だったらきっと喜んで背中を押してくれただろう。

 けれど今はーー

「お前が、継ぐ? 慧輔さんの意思を? お前が?」

 悲壮感、喪失感、他の者に比べたら小さかった憎しみをも増幅された今は、大切な人を奪った仇がその人の代わりをすると言っているようにしか聞こえない。

「大概にしろよ、コウ!」

 円が抜刀と同時に闘気を爆発。

 その顔は怒りに染まっていたが、目だけはどこか泣きそうなくらい悲しそうだった。

 円のその感情から引くことはできない。広輝は太刀に手を掛けたが、優里菜が広輝の前に出る。

「優里菜?」

 振り向かない。広輝の前に通せん棒のように右腕がある。

「行って。円さんは私に任せて」

「いや、だが」

「いいから」

 作戦通り(・・・・)ではあるが、簡単に優里菜に従える訳もない。

 円の実力は、広輝が一番良く知っている。

 二刀流の動きを理解する為にその基礎を円に学んだ。風の天術を円に倣った。試合の数は数え切れず、広輝が円から辛うじて一本取れるようになったのは昨年の今頃。

 優里菜が技量・経験で円を上回るものはない。唯一上回る能力は未だ底の見えない天力量だけ。

「舐められたものだな。昨日のだけでは実力差を理解できなかったか」

「いいえ」

「勝てると思うから前に出るのだろう?」

「いいえ」

「なら何故、愛紗(アイ)を救いに行かない! 何故私の邪魔をする!?」

 泣いているような怒号。円も心の整理ができていないのかもしれない。

 そう、琳が言っていたように『ぐちゃぐちゃ』。

 優里菜は、あらかじめ右手の人指し指に嵌めていたウンディーネの杯を外す。

(顕現ーー水鮮花)

 碧い光の中に出現したその双剣を手に握り、さらに二歩進む。

 碧き水精の瞳で、しっかりと円を見据える。

「勝てずとも、負ける気がしません。濁った目の貴女には」

「っ!?」

 覚悟を持った背中。

 広輝はその覚悟を信じ、優里菜に任せることに決めた。円が優里菜を殺すことはないという信用に近い期待と、最悪、作戦が終了した後に自分が受け止めれば良いという打算も含めて。

「円さんは、強いぞ」

「知ってるよ。でも任せて」

 優里菜は言う。

 だらしない円の姿を見て、自分たちを揶揄する名を使い、同等なのだと比較する。

「"堕ちた星"には"堕ちた月"がちょうど良い」

 円の表情が一変する。

 優里菜の煽りは、見事に円の気に触れたらしい。

「行って」

「任せた」

 広輝は一旦森に戻り、迂回して桑次郎たちの拠点だという丸太小屋を目指す。

 愛紗に、愛紗の天魔力で、誰かを殺させるわけにはいかない。



  ***



 茉桜は円に愛紗の場所を知らないと言ったが、あれは嘘。昨日、広輝を襲撃したメンバーは、協力者の存在と共に地下室の場所を全員知っている。広輝に何があったか知らないが、愛紗に執心であることを円から聞いた。それならば、広輝を(おび)き寄せる人質(えさ)として使えばいいと彼から提案があり、それに乗っかった。

 その目論見は成功しているが、千花は何か腑に落ちていなかった。

 千花の配置はメンバーの中で一番丸太小屋に近い場所。翻せば一番の奥。千花を倒せば晴れて愛紗を取り戻せるという算段である。

 だから一番最後に丸太小屋を出た。

 灰色の雲に向かって吐いた息は白く染まり、すぐに宙に消える。

 千花は、刀に左手を添えて、強くなったと自負する。この三年で剣術も天術も格段に上達したと確信している。中高生の中で一対一で自分に勝てる者が岳隠から居なくなったから。

 実際、同年代の天子と比べても千花の実力は一つ二つ抜きん出ていた。

 それでも仇を討てない。

 何度となく復讐を為そうとしてきたが、阻まれてきた。

 急速に力をつけた千花よりも更に早く・強く力を身に付けた仇本人によって。

「…………」

 広輝は、天力が少なく、剣術の才能も見られず、平凡な源子そのものだった。そんな彼に陰口を囁く者も少なからずいた。星永慧輔の弟子なのに、と。

 慧輔が広輝に才を見て弟子にしたのではないことを二人に近しい者は知っていたが、人の感情(嫉妬)はどうにもならない。慧輔が他に弟子を取らなかったことも拍車をかけた。

 そんな期待外れの弟子が事件を機に、瞬く間に黄・翠・蒼と昇格し、一刀流壱ノ型の中伝を、奥伝をも授かった。

 まるで、師や仲間を喰らって糧にでもしたかのように。

 [堕天子]と呼ばれるには十分だった。


   『本当に?』


 昨夜から、碧眼の女性(優里菜)に言われたことが嫌にチラついた。

 憎しみが深くなろうとすると必ず聞こえてきた。


   『広輝くんの真実を知ってからでも遅くはないんじゃないかな』


 知らない。そんなの知らない。

 誰も教えてくれなかったから。

 広輝が美宙()を殺した事実だけで十分だったから。

(真実が何だってのよ)

 真実が何であれ、失われた人は帰って来ない。

 そんなものがあったところで、今度はそれを隠した大人の欺瞞に怒りが湧くだけだ。

 知る必要はない。

 そう結論づけた時、小屋の扉が開き、中から桑次郎が出てきた。

 結構前に小屋を出て行ったはずの彼が小屋から出てくるということは、結論は一つ。 

「何してたの?」

 端的に聞いた。地下室に居たに違いないのだから。

「あん? まだこんなところにいんのか。先取られるぜ」

「心配無用よ。あいつと一番縁深いのは私。どんなに傷ついてでも私の前に現れるわ」

「なんだそりゃ。鷹之にも円にも殺れねえってか」

「……鷹之さんがいるから天守か鷲一さんが来ているはず、マド姉は半端だから殺しはしないと思う」

 質問に答えない桑次郎に若干イラつきながらも丁寧に推測を述べた。

「わたしの質問に答えて。何をしていたの?」

 桑次郎は面倒くさそうにポケットから一つの宝石を取り出して、千花に投げ渡す。

「……ほらよ」

「ーーこれは?」

増幅器(ブースター)だとよ。解呪は"ダテン"。危なくなったら使えってよ」

「まさか、愛紗(アイ)ちゃんの」

「いんや、ただの天力らしい」

「……ふーん」

 正直、疑いの方が強かった。

 桑一郎の言葉は常に半信半疑で、愛紗を攫うという彼の提案の意図がよく分からなかった。

 広輝は愛紗を攫わずとも、千花たちの前には十中八九現れる。こういう舞台さえ準備すれば、愛紗は不要に思えた。

 しかし今はその疑問を捨て置く。目の前の復讐が優先。

 この宝石が力になるのなら使わせてもらう。

 千花が宝石をポケットに入れるのを確認すると、桑次郎は千花に背を向ける。

「俺ぁ、祠の前で待つわ」

 そこは桑次郎の予定の場所ではなかった。しかも小屋から結構離れていた。

「あんなところ居たって誰も行かないわよ」

「知ってっか? 祠とか地蔵ってのは何かがあったから其処にあんだぜ」

 桑次郎がそんなこと知っていたはずも無い。恐らく常道の入れ知恵だろう。

 千花は桑次郎から視線を切り、自分の配置へ移動する。

 最後尾になったのは円の誘導。千花と広輝を戦わせないようにしたかったのだろう。

 だけど、その場所を指定されても特に焦りはしなかった。

 今日は必ず会える気がしていたから。

 今日は広輝が美宙を殺した日。あの青いマフラーを朱黒く染めた日。

 どんなに援軍があろうと、広輝の邪魔をしようとも、一番強く、長く、彼を憎んだ人間の前に現れる。

 そうに決まっている。

(ほら来た)

 奇襲はしない。

 機は熟した。舞台も整った。小細工は必要ない。堕天子が地獄に帰る日だ。

 上から下まで真っ黒な広輝の正面に、千花はゆっくりと姿を晒した。

「それで慧兄(けいにい)の代わりとでも言うつもり?」

「違う。星を継ぐ一人になる、そのオレなりの覚悟だ」

「烏滸がましいを通り越して侮辱ね」

 刀を鞘から抜き、正眼の構えを取る。

 正々堂々と引導を渡すのだ。

 しかし、広輝はその太刀を抜かない。戦う気配すらない。

「……刀を使わなくても私に勝てるってこと?」

「違う。真実を伝えに来た。三年前の今日、ここで何があったのか」

 それはさっき不要だと結論づけた。

 それなのにこの期に及んで、話し合いに持ち込もうとする仇。

 その身勝手さに千花は激昂した。

「いまさら……いまさら聞く耳持たないわよ!」

 天力を纏い、固い雪を蹴った。

 今までと同じく殺気の無い広輝に、叩きつけるように刀を振り下ろす。

 その憎しみを宿した刀を広輝は抜刀して受け止めた。

「どんな言い訳(・・・)並べたって、あんたがお姉ちゃんを殺したことに変わりないんでしょ!?」

 距離を取る広輝に千花は、その場で刀を斬り上げる。


 ーー天術・氷の茨(アイススオン)ーー


 氷の斬線から三本の茨が出現、蔓のように広輝に向かって伸び、鞭のように連続で叩きつけた。

 それを広輝は、三本まとめて斬り落とす。

 茨の向こうに千花はいない。

 広輝の頭上から声と無数の氷塊が降ってくる。

「大人しく懺悔しながら死ね! 地獄に堕ちろ!」


 ーー天術・氷雨(アイスバレット) バージョン[機関砲(ガトリング)]ーー


 文字通りの氷の弾丸が弾幕となって広輝に降り注いだ。


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