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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第二十一話 隠していたこと

 桑次郎の指示の下、復讐者たちは件の森を目指し、その奥地にある古びた丸太小屋に集結する。

 集まった十五人の中には、岳隠の最高戦力の一人である鷹之を筆頭に星永直系の円がいる。申し分ないメンバーが揃った。

 小屋の中は桑次郎たちが中を整えたのか、綺麗に掃除され、隙間風が入らないように内側から板が張られていた。大きな石油ストーブと赤いポリタンクに入った灯油の予備まであり、暖が取れるようになっていた。

 集まった面々を前に桑次郎が高らかに宣言する。

「さて、場と機は調えた。後は好きに復讐してくれ。集団で襲いかかるもよし、一対一(サシ)でやり合うもよし。但し、奴だけが来るとは限らないからな。遭遇した敵は各人て対処してくれ」

 暗に「早い者勝ち」を匂わせた。

 この復讐を止める為に天守が広輝に援軍を貸すことは予想できる。

 復讐側は手練れを含めても人数は十五人しかいない。包囲され数で押されれば、何も果たせず負けが見える。それをさせない為の場所()競争(ルール)だった。

 それぞれの復讐を思い描き、各々が静かに憎悪を燃やす中、円はこの小屋の中を隅々まで見渡し、ここに居るはずだった少女の場所を訊く。

「桑次郎、愛紗(アイ)はどこだ」

 愛紗が今までどんな扱いを受けてきたかは既に聞いている。その愛紗に再び同じような扱いはしてはならない。

 天魔力は不要、事を果たすのなら自分の力だけで。円の譲れない一線だった。

 桑次郎は面倒くさそうな視線を円に向ける。

「コウの断罪には賛成だが、アイは解放してもらう」

「……知らねえ」

「は?」

 目を細め、本気の殺気を向けてくる円に、桑次郎は慌てて弁明する。

「いや、マジで知らねえんだって」

 普段の言動から、桑次郎に信用は無い。

 力づくでも聞き出そうとしそうな円。

 茉桜が半ば呆れながら桑次郎に助け舟を出した。

「マド姉、本当だよ。わたしたち反省部屋出てから一回もアイちゃん見てないから」

 それでは事象が合致しない。

 広輝への復讐に天魔力を利用する為に愛紗を攫ったと思っていた。もし反省部屋の見張りを倒して千花たちを解放した者と愛紗の誘拐犯が違うのなら、事件が二件起こっていることになる。

「そう言えばお前たちを出したのは誰なんだ」

「言えない」

 千花が凍った声で即答した。

「新参者には言えない決まりになってるから」

 寝返っただけでは明かせないらしい。

 円もそれに文句を言うことはない。内偵の可能性を危惧してだろうとすぐに理解した。

 本当に桑次郎たちが関与していないのなら、それはそれで天守たちが解決するだろう。

愛紗(アイ)が無事ならそれでいい。もし巻き込んでいるならコウの次はお前だぞ、桑次郎」

「へいへい」

 聞いているのか良くわからない返事。この桑次郎の態度は、星永の教育もあって真面目な者が多い岳隠の面々とは性が合わなかった。

 その桑次郎は円との対話を終え、最大戦力を煽りに行く。時間が経ち、冷静になられたら困るからだ。

「しっかし、あんたがこっちに来るとは思わなかったぜ。鷹之さん」

 怖い顔で入り口近くの壁に寄りかかっていた鷹之に飄々と近づいた。

「てっきりーーっが!」

黙れ(・・)

 鷹之が桑次郎の首を潰しそうな力で掴み握る。

「あ、がっあ」

 桑次郎がその手を外そうと足掻くもびくともしない。

 その視線だけで人を射殺せそうな憤怒の眼が桑次郎を射抜く。

「お前らの術式のせいで、さっきから()の遺体が脳裏から離れねえんだ」

 桑次郎の懸念は杞憂でしか無かった。鷹之の心は轟轟と煮え滾っている。

 錦の遺体と対面した時、悲しかったがすぐに割り切った。任務上の死だからだ。それまで自分たちの身に降りかからなかっただけで、良くも悪くもそれは誰にも起こり得る。静かに見送った。

 そして一騒動の後、天守たちと共に別人のように変わってしまった広輝の口から真実を聞いた。彼の言葉は熱を持たない。事実を淡々と述べ、それはまるで他人事のようだった。

 錦たちを圧倒した力は何かと訊いても『わからない』。

 乗っ取った鬼固有の力なのかと訊いても『わからない』。

 精霊の力なのかと訊いても『わからない』。

 怒りが込み上がってきた。()はそんな訳もわからない力に殺されたのかと。この無感情の天子を生み出すために死んだのかと。

 感情のままに広輝と立ち会った。せめて錦が死んだ価値が小さな少年にあるのか確かめたかったから。

 ーー結果は非情だった。

 事件前よりも格段に剣の腕は上がっていた。状況判断も良くなった。けれど、その剣からは何も伝わって来ない。彼らの命の上に立っている自覚も、彼らの思いに報いようとする意思も、これからどうして行こうとしているのかも、何もかも。

 そういう意味では、剣の腕は落ちても前の方が遥かに良かった。

 この広輝と胴を真っ二つにされた弟の遺体が無意識に天秤に乗った。その傾きを知る前に目を背けるも、錦が心に落ちてきた。

 広輝を思えば、彼の絶望も理解できる。無力感、罪悪感、虚無感、喪失感、それら全てから来る自殺願望。きっと鷹之が感じている以上の、子供の身にはあまりにも酷な感情が渦巻いているに違いない。

 そんな広輝に追い打ちを掛けるような真似はできなかった。

 行き場の無い怒りと悲しみを鷹之は自らの内に封殺していた。

 それをまんまと暴かれた。

 今は気を抜けば暴れ出しそうな身体を残った理性で抑えている。

「俺をこれ以上苛つかせるな」

 命の保証は無い、そう言っていた。

 手を離すと、桑次郎がその場に崩れ落ち、苦しそうに咳き込んだ。心配し、駆け寄る者はいない。

 鷹之は共犯者(同士)を一瞥し忠告した。

「お前らに言っておく。順番は守るが、割り込むなら奴諸共ぶった斬る」

 誰も臆しはしない。その気持ちは同じだから。

「邪魔はするなよ」

 そう言い残し、一人先に小屋を出た。



  ***



 優里菜は焦っていた。とてもとても焦っていた。

 準備に取り掛かる広輝の背中を追う。

 先程、天守・星永泰平の下、作戦が練られ、大多数の賛同を得て決定した。

 予告通り、四分の三は常道の捜索隊になった。彼はとっくに音信不通であり、容疑が深まる。既に岳隠を離れているのか、見物で近くに身を潜めているか不明。

 秀平を隊長とし、すぐに幾つもの班を構成し、捜索を開始した。

 残りのメンバーは、鷲一を隊長として愛紗の救出隊を構成、広輝もその一員である。

 その中で優里菜の扱いはというとーー

「待って、広輝くん」

「月永を岳隠のゴタゴタに巻き込む訳にはいかない」

 即帰宅命令だった。

 優里菜も事情を理解しているだろうに食い下がってきた、広輝に。

「でも!」

 天守直々の命令の為、広輝が何を言おうとも覆ることもないだろう。

 優里菜が理解よりも納得して動くタイプなことを思い出し、こんなにも関与したい理由を推測してみる。

 千花たちの件、常道の件、どちらも知ったとは言え部外者には変わりない。岳隠だけで解決したい理由も納得してくれているはず。

 なので、残りは一つ。

「愛紗は任せてくれ」

「せめてバックアップに!」

 全く聞かない。意地でも帰らない気迫を感じた。

 広輝も広輝で戦いの準備がある。これ以上は時間を掛けられないと、有無を言わさず突き放すが、違和感のある返答が飛んできた。

「決まったことだ。諦めて帰れ」

「ムリなの!」

「……………………ムリ?」

 何かニュアンスが違う。

 納得できないから帰れないとか、意地でも自分が愛紗を助けるんだという感じではない。

 何か、こう、自分が被るだろう災いから避難するような。

 何とも言えない広輝の視線が優里菜に向かい、優里菜がはっとして顔を逸らした。

「…………」

「…………」

 優里菜の顔には冷や汗がたらたらと流れる。

 たった数秒の沈黙が優里菜には数分に思え、微妙に痛い視線に耐えかね、ついに観念して顔を赤くしながら重い口を開く。

「…………なの」

「? なんだって?」

 しかし声が小さすぎて聞き取れない。

 広輝は右耳に手を当てて優里菜に向けた。おちょくる意味は全く無く、次は聞き逃さないようにと、あくまで真面目に。

 その耳に、顔を真っ赤にして怒り恥ずかし、コンプレックスを白状した。

「方向音痴なの!!」

 その叫びに似た声量の告白は、首も傾けてしまうくらいに耳キーンだった。広輝は、脳みそを貫通してその左耳から飛び出た四文字熟語の理解に少しだけ時間を要する。

 明かされたコンプレックスの方向音痴は、度を越えていた。地図やナビアプリがあっても迷うレベルで、中学の修学旅行でも班から離れてしまい、親友の沙紀を大いに困らせた。

 今回の最大の難関は、途中で乗り換えたナビが利かない巨大な駅。正に魔境にして迷宮。人混みの中、どれだけ広輝を見失わないように必死だったか。絶対に一人で乗り換えられないと確信した。

 震える両手はズボンを握り、真っ赤な顔を伏せ、羞恥に耐えながら、見捨てないでと言わんばかりに、涙の懇願だった。

「……だから、一人じゃ、帰れない……です」

「……マジで?」

 広輝はそう聞き返しつつ、思い返してみれば納得する場面は幾つもあった。

 任務に限らず現地集合は一度も無く、分担作業にはいつもどこか不安げな表情を見せた。

 歩く時は一歩下がって付いてきたが、あれは位の高い者を先に行かせようという配慮ではなく、道が分からないから先に行かせていたのか。

 妙に納得した。


 桑次郎や常道と言えど、清天寮や一般客もいる天々館は襲わないだろうから、どちらかに待機してもらうように提案してあげようと思う広輝だった。



  ***



 場所とルールを定めても、闇雲に動かれては各個撃破される可能性がある。グループで戦う者、個人で戦う者を確認すると、ある程度の初期位置を決めた。異論、文句は出たものの、彼らも悪霊浄化、妖魔狩りの天子である。作戦の必要性は理解してくれたようで、円のリーダーシップもあり、なんとか形になった。鷹之は取り付く島もないので放置。

 復讐者(協力者)たちへの説明を終えた桑次郎は小屋を出る。

 丸太小屋の裏手には、小さなプレハブほどの大きさの小屋があり、その中には枯れた古井戸が一つぽつんと残っている。

 その井戸に桑次郎が飛び込んだ。着地点の見えないおよそ二十メートルの落下。天力があっても着地に失敗すれば骨折しかねない。

 タマヒュンと地面の見えない怖さに打ち勝ち、無事に着地を成功させると、井戸の内壁を探る。

 この井戸の底には横穴があり、三十秒ほど闇の中を歩いた先に、その向こうに桑次郎の目的の人物が陣取っている。

 錆びついた蝶番を鳴らし、湿った木製の扉を押し開くと、呆れた声が桑次郎を出迎える。

「またそちらから来ましたか」

「部外者も居たからな」

 八畳ほどの小さな部屋を白乳色の筒に覆われた非常用のランタンが明るくしている。

 どうやって作ったのか、壁や天井、床には石レンガが施され、床はその上からフローリングマットが敷かれていた。

 片隅にはパイプベッドが置かれ、その上に愛紗が眠らされている。

 その傍の作業台には使用済みの注射器が並べられ、彼が愛紗に何をしたのかを物語っていた。

 そして中央のテーブルには魔法陣が描かれた羊皮紙と四本の採血管、二つの藍白色の宝石があった。

 濃赤の血が入ったままの採血管と卓球用のボールくらいの赤い宝玉、その意味を桑次郎はわからない。なんとなくテーブルを見ていると彼が、いつものように説明し(教え)始める。

「血液には、天力や魔力が多く含まれているんですよ」

 桑次郎は彼の講釈に興味がない。

 右から左へと聞き流す。

「[移管]という技術を知っていますか?」

「知らねえ」

 適当に流す。

 桑次郎は来いと言われたから来ただけだ。

 正直、もうすぐ始まるであろう祭りを見に早く地上に上がりたかった。

「そうですか。移管魔術はよく使われるのですが……天術も不可能ではありませんが、あまり使われないですからね」

 仕方ないですねえ、と残念そうにため息をつく。

 一向に話が進みそうにないので、桑次郎が先を促した。

「その[移管]がどうしたよ」

「よく使われる用途は、魔力を別の入れ物に保存することです。先の呪符にもこの移管魔術が使われています」

 血と宝玉、移管。

 桑次郎にも察しが付いた。

「……まさか」

 彼は満足そうに微笑むと、宝玉を二つ手に取り、桑一郎に差し出す。

「使い方はお任せします。トリガーは君の天力、解呪は呪符と同じ、"急々如律令"ですーーいえ、短くしましょうか」

 彼の手の中の宝玉が淡く輝いた。

「"ダテン"と」

 ここで悪どい笑みを浮かべれば、趣味の悪い奴だと共感もするが、彼は最初から最後までいつも善人面である。

 気味の悪い奴だと、不気味に思いながら、桑次郎は宝石を受け取った。


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