第二十話 種明かし
「武闘演」→「天武演」へ名称を変更しました。(2023/12/4)
天守の招集により、岳隠支部に居た高校生以上の天子が大広間へ集結していた。
総勢四十名の集合は、広輝の緊張を一層が高めたが、それと同じくらい戸惑いも覚えた。広輝は、堕天子の自分が居れば剣呑な雰囲気に包まれると思い、上座の脇で覚悟して皆の集結を待っていたが、全員が揃っても平穏のままなのである。
そればかりか、広輝の隣に居る優里菜を見るなりコソコソと浮つく話をし始める始末。
『あの可愛い女の子だれ?』『コウの彼女?』『違うって聞いたけと怪しいな』『同じ部屋に泊まったらしいぜ』『見て、あの子碧眼よ』『ってことは?』『そういうことでしょ?』『あの子が"碧い瞳の女の子"か』
会話の全部は聞こえてこないが、端々は聞こえてくる。
優里菜は段々と居た堪れなくなり、広輝はその想定外の空気にひたすら訳が分からなくなっていた。
ちなみに桑次郎に啖呵を切った幹春は別室で待機させられている。
「待たせたな」
午前十一時ジャスト、天守と鷲一が入室。上座に立つと早速話を始める。
「皆に伝わっている通り、事態は少々深刻である。故に単刀直入に種明かしから始める」
(……種明かし?)
広輝の疑問符が追加される。
ニヤニヤしている者がいるが、そこに悪意を感じない。
自分だけが蚊帳の外の感覚である。何を隠されているのか、その原因に検討もつかない。
「広輝」
「はい」
天守に呼ばれ、反射的に背筋を伸ばす。真剣な表情の天守の目を見る。
そして耳を疑う事実が天守から放たれた。
「ここにおる者は、お主に起きたことを全部知っておる」
「………………………………は?」
素っ頓狂な声。今の広輝となってから、こんなに間抜けたことは無かった。
優里菜も目を見張って驚いていた。
天守は開き直っているのか、悪びれた様子はない。
「さすがに大人は騙しきれんかった。追及されて儂がゲロった」
「え、いや、な……はい?」
美宙を失った千花の喪失感を憎しみで埋めた。
それが赦されない方法だからこそ、天守を含めた僅かな人との秘密にしたのだ。
真実が千花に伝わり、再びあの虚ろの人形に戻らないように。
それを天守も承知したはずだったにも関わらず……
「しかし子供らに話せる内容ではなかったからの、中学を卒業した者に限って全員に話した」
広輝は振り向いた。
ここに集まった面々の顔を見る。
半笑いの者、困ったような顔の者、まだ複雑な顔の者、様々だった。
だけど等しく、千花たちのような憎しみを感じない。
一番前にいた香桜が代弁する。
「全部が全部とは言わないけど、演技よ。演技」
広輝と天守たちの約束を守る為、自失呆然の千花を回復させる手段が浮かばなかった為、彼女らは広輝の意思に続いた。
「でも、一昨日も言った通り、全部を許したわけじゃないからね」
広輝に奪われたという感情は完全に拭いきれず、演技を忘れることもあったが、幹春が言っていた通り、昨日までを笑い合っていた広輝が仲間であることも変わりない。故に、責めた後に罪悪感に苛まれることもあった。
けれど、彼女たちも広輝の気持ちがわからない訳ではない。
彼の失意と絶望、だからこその決意と覚悟に寄り添った。自らに折り合いをつけ、一歩前に歩み出したのだ。
天守もまた、その過程を辿った一人。
「あの日あの時、儂も冷静ではなかった。やりきれない感情に蓋をして判断を下したつもりだったが、己を律しきれておらんかった。だから広輝の案に乗った」
天守とて一人の人間。ようやく出来た一人息子を失った悲しみは深かった。
戦いで親を亡くした、友人を失った、任務で岳隠の天子を見送った。いつか自分にも起こりうることかもしれないと理解していた。
それでも[剣帝]とまで称された自慢の息子が、ここで死ぬとは想像できなかった。弟子を殺してしまった息子を励ます言葉を頭の隅で考えてすらいてしまった。
円たちと同じように『どうして』が心を埋め尽くした。
冷静を装って、内実、心は激しく揺れ動いていた。
天守が広輝に頭を下げる。
「済まなかった。辛い思いをさせた」
「……………」
いつもなら天守に頭を下上げさせるところも、それをしない。それほど広輝の心は混乱していた。
奪われた悲しみの深さと憎しみの熱さは広輝も知っている。
「けど……けど、知ったからって赦せるかどうかは別でしょ?」
仲間の懐と言葉を広輝は信じ切れない。
優里菜に話をした時と同じ。赦されるはずがないと広輝は心に刻み込むように思っている。
淡い希望など持たない方がマシだ。嘘なら嘘だと言ってほしい。
そう顔に書いてあった。
「自惚れるなよ」
一人の男性が前に香桜の前に出る。天守に目配せした後、広輝の正面に立つ。広輝よりも頭一つ以上背が高く、服の上からも隆々とした筋肉が見て取れる。
見下ろされる側は、その圧で怖気づいてしまいそうだ。
「自惚れてなんてーー」
「いいや自惚れている。傲慢だ」
言い終わると広輝の胸ぐらを掴む。
「秀さん!?」
香桜の驚く声もお構いなしに、秀は広輝にどやしつける。
「俺たちはそんなに弱くない! お前には気を遣わなければならないほど俺たちが弱く見えるってのか!?」
広輝にそんなつもりは一切なかった。むしろ逆に、感情をそのままぶつけてくれれば良いと思っていた。けれどそれは逆に言えば、憎み、恨み、嫌い続けなければ自己を保てない者だと見ている証拠でもあった。
どこまでも仲間が広輝にあまく見られている。
それが秀や香桜たちの癇に障った。
「天守の命令だったから何も言わなかったし、千花たちにも話さなかった。一理あると思っちまったからな」
秀もまた慧輔や要を慕い、目標としていた一人。あの時死亡した美琴の親戚で、星永の傍系でもある。当時、高校生だった秀も衝撃に揺れ、広輝の発言に激怒もした。広輝が居なくなった後に天守から聞いた真実は、彼らの訃報と同じくらい衝撃だった。広輝が体験したことを想像し、自分を強く殴った。
やがて日常を取り戻したように見える千花たちを見て、一時は正解だったとも思った。しかし、広輝が戻って来て、彼女たちが鍛錬に励むその根源を突きつけられることになる。心の中で鳴りを潜めていた憎悪が一気に燃え上がり、仇討ちを為そうとしたのだ。
秀たちは、ここでようやく自分たちの選択が間違いだったことに気付き、後悔に暮れた。
「だが、今は違う。もう違う」
幹春が放った言葉は、岳隠みんなに響いていた。
『腹割って、全部吐き出して、そっからじゃねえのかよ』
本当にその通りだと思ったのだ。
故に秀も開け明かす。
「これは誰も言わないだろうから、俺が言ってやる。あれの結果はな……ここにお前がいるか、美宙がいるかの違いでしか無いんだよ」
広輝にとって聞き捨てならない台詞だった。
あの日、あの時美宙に従っていたら、広輝ではなく美宙に最初に乗り移っていたら……違っていたはずだと本気で思っていた。
「そんなことーー」
「美宙の指示に従ってたら何か変わったか? 応援を呼んだとしても小鬼程度、その間にお前たちで討滅を試みたはずだ。それから、もし最初に美宙が乗っ取られたら死んだのはお前だ。その後はそのまま美宙を乗っ取ったまま、ここか知らないどっかであれ以上の惨劇を繰り返しただろうさ」
広輝が反論しようとした所に秀は被せるように言って広輝の言葉を封殺した。
所詮、タラレバの話にしかならない。
覆水盆に返らず。起こってしまったことに対して、どれだけ後悔したところで結果は変わりはしない。
広輝が思うような結果になったかもしれないし、秀の言う通りなのかもしれない。
広輝が頑なになれば平行線を辿りそうだったが、共通の最悪の仮定を提示し、終点を見る。
「最悪の事態は、清天寮が襲われていたことだろうよ」
鬼に乗っ取られた広輝や美宙がその姿で、鬼の思うままにされていたかと思うとゾッとした。
広輝の絶望なんて生温い、凄惨な血の惨劇が広がっていたに違いない。
「だからもう、お前だけで抱え込むな」
秀は広輝の胸元から手を離し、真剣な顔で宣言する。
「俺たちは乗り越えるって決ているんだ。お前と一緒にな」
「……」
「もう一回訊くぞ。俺たちはそんなに弱いか?」
「いいえ」
広輝は首を振る。秀の宣言は胸に来るものがあった。何も考えず、思っていることに素直に返事をしていた。
「よし」
秀は満足そうな笑顔を見せると元いた位置に戻っていく。
自らの考えが覆されたに等しい広輝の顔は呆気に取られたまま。
広輝が飲み込みやすいように香桜が秀の説明に補足する。
「誰かのミスで誰かが死ぬなんて日常茶飯事なの、コウだって知ってるでしょ?」
天子の任務は死と隣合わせ。天位が上がっていくほど難度も上がり、油断が文字通りの命取りだった。殉職も珍しくなく、各天宿では定期的に葬儀が行われていて、岳隠も例外ではない。
そういう意味で、天子協会の仕事を生業としている者にとって、仲間の死は悲しいが珍しくはない。
「ヘラヘラしているなら追い出すけど、もう十分に反省しているじゃない。だからそこまで強くなったんでしょ?」
あの日から、たった二年で色を蒼まで変えてみせた。実力と実績が必要な天子協会の旧い規定の中で、それは並大抵の努力ではなかったはずだ。
[堕天子]などと呼ばれながらも、実績を重ねた。忌み嫌れもしただろう、嫌がらせも衝突もあったはずだ。それでも周りが止めるほどの鍛錬を積み重ね、中学三年生で天武演を制してみせた。
武術に秀でる岳隠の天子でも、天武演は簡単に勝ち抜ける舞台ではない。この舞台は、支部同士における次代の勢力争いの縮図でもある為、各支部、各天宿が実力者を選出してくる。
俗に言う[天才]が出てくる舞台だ。生まれつき天力に秀でている彼らの天術を掻い潜るのは一筋縄ではない。
ただでさえ、普通の天子よりも天力に劣る広輝が天武演で優勝することがどれだけ大変か、どれだけの研鑽が必要だったのか、岳隠の天子たちは知っている。
「そろそろ明日を見ても良い頃よ」
「ーーーー」
二度目、二度目だ。
かつて傍にいる少女に言われ、救われた言葉。
あの時は失った家族のことばかりを考えていた広輝に一縷の希望を優里菜はくれた。
そして今は、犯した罪、奪い失った命、その代償ばかりを考えている広輝に救いの手を差し伸べてくれている。
香桜とて、要の喪失をまだ乗り越えられた訳ではない。桑次郎たちの術式によって燻る憎しみが増幅され、理性を奪われかけた。
"それでも"、一歩を踏み出すことにしたのだ。
天守の横に控えていた鷲一も孫弟子にアドバイスを贈る。きっと慧輔も言うはずのことを。
「お前に足りないのは、逝ってしまった者たちの命を、想いを背負うことだ」
失ったものをただ失ったと嘆くのではなく、彼らの想いを胸に一歩明日へ踏み出すこと。
その鷲一のアドバイスは広輝の記憶に引っかかる。誰かに言われた言葉を思い出した。
『美宙たちはあなたに殺されたのではありません。あなたを守って逝ったのです。何故それを、あなたが分からないのですか!』
その声だけでその人が眩しいくらいの正義感と誇り高さを持っていることが窺えた。同時にそれを体現するような鮮烈で美しい炎と肌を焦がす灼熱も思い出す。
けれど、いつ誰に言われたかは思い出せない。広輝は堕天子となったあの日からおよそ二年間の記憶が曖昧だった。自分のことながら伝記を読んでいる感覚ですらある。体験したことは事実として知っているが、あまりにも実感が乏しい。
強くなろうと常に戦闘技術と戦術を考えていた弊害か、二度と判断を間違えないように感情を殺して状況を俯瞰しようと努め続けた結果か、それは広輝自身も分からない。その呪縛のような霞が晴れたのは、高校受験を控えた冬の日、隠れてついて行った神堕としの帰り道。円の運転する車中でラジオから流れた一曲が広輝をこの世界に連れ戻した。ずれていたピントが段々と合っていくような感覚、または白黒だった世界が少しだけ色づいていくような感覚だった。
そんな曖昧な記憶と鷲一のアドバイスがリンクし、当時に言われて届かなかった言葉が今は胸に響いた。
彼らの懐の深さ、心の強さと優しさ、どれもが広輝の想像の遥か上。広輝に向けるその心の在り方は、仲間の愛情に他ならなかった。
広輝の心に沁みて沁みて沁みていく。一面の氷雪が暖かな陽に溶け、氷の下のひび割れた荒野が豊かな土壌に変わっていくかのように。
肩を震わせ、両手を握り締め、顔を伏せ、感情の芽吹きに耐える。耐えていなければ、今まであった罪悪感や後悔と再び芽吹き始めた感情のゴチャ混ぜにどうにかなりそうだった。
(よかったね)
その一部始終を広輝の傍で見ていた優里菜が嬉しそうに微笑みを浮かべている。
昨夜聞いたばかりの壮絶な事件は優里菜の想像を遥かに超えていた。広輝の立場を想像するだけで言葉が無い。地獄という表現も生温く思う。
玲菜から伝え聞いた内容は千花の為の欺瞞。千花はそれを信じていて、全国にそのまま広がったのだから広輝や天守たちの工作は成功した。しかし、ここに居る者は疑問を持ち、真実を知り、広輝と共に歩むことを選んでくれた。
広輝を想う人がこんなにも居たのだと嬉しく思った。
天守が顔を伏せる広輝の肩に手を置く。
「お主の守りたいものを守り抜け。それが慧輔たちへの手向けになる」
これで広輝への種明かしを終えた。そして、岳隠の天子たちの方に向き直り、本題に入る。
「さて、広輝には悪いが、次の話をさせてもらう。先にも言った通り、少し深刻なのでな」
懐からある物を取り出し、皆に見えるように掲げた。
「お主ら、ミサンガを切れ」
岳隠の者ならほぼ全員が持っており、身にも付けている葦北常道が編んだミサンガ。
この時はまだ、誰も天守の意図が分からなかった。
その為、天守が明かした情報をにわかには信じられなかった。
「真偽は不明だが、タレコミがあった。先の桑次郎たちの術式はそのミサンガを身につけている者に対して、より効果を発揮するらしい」
広間がざわつく。
それが示す事実は一つしか無い。
しかし今まで彼からそれを想像できない。
たくさんの事を教わった。いろんなイベントも一緒に過ごした。その中で彼から学び習ったものは勉学だけではない。人としての道徳・倫理と言った人間たらしめてくれる五徳も、異能を持つ者としての心構えも、彼から教わった事だった。
いついかなる思い出にも、どの光景にもあの柔和な笑顔しか無い。
信じたくない思いを、天守の星永泰平が名前を告げることで両断する。
「つまり、この事態の裏に常道殿がいるらしい」
泰平も完全にその情報を信じた訳ではない。
しかし先程の術式は泰平と鷲一は耐えられたが、同じ域にある鷹之が苦しんでいた。違いはミサンガを付けていたかどうか。
「ここにいる大半は常道殿の確保に動いてもらう。真偽を確かめなければならぬのでな」
暗い顔をする者が多い中、香桜がはっと顔を上げた。
思い当たる節があった。妹の茉桜はミサンガを気に入っていて、常道から何本も貰っていた。自分でも編むようになり、左手に常道のミサンガを、右手に自分のミサンガをしている。加えて、ミサンガや授業の内容について良く常道に聞きに行っていた。
もしもの仮定でしか無いが、材料・編み方に術式に反応する仕掛けがあったとしたら。月一の訪問の度に徐々に徐々に侵食され言っていったとしたら。
「じゃあ茉桜が変わっちゃったのは」
「かもしれぬ。重ねて言うが、真偽はまだわからん」
疑いが疑いでしか無く、常道が潔白を証明できるのならそれはそれでいい。
常道には然るべき謝罪をする。許されるかは彼次第。
けれど泰平は知っている。
火のないところに煙は立たないことを。
「但し、事実ならば、彼と言えども落とし前は付けさせてもらう」




