第十八話 翌朝
夜が明けると、昨日とは打って変わって雪でも降りそうな曇天模様。
冷え込みも一層ひどく、夜明け前の気温はマイナス十度に届きそうだった。
広輝と優里菜は朝一番に朝食を終えると、荷物をすべて持ってチェックアウトを済ませる。
その際に、香桜から可愛らしい小袋に入ったクッキーを受け取った。
「これは?」
「早く仕舞って。茉桜とかに見つかったらややこしいんだから」
岳隠の伝統。どんな行事よりも誕生日を大事にする、その一環だった。
ただ、今の広輝を取り巻く状況から、大っぴらに祝うことは叶わない。彼女の言う通り、今なお広輝に恨みを募らせる者には大反対されること間違いなしである。ちなみに香桜の双子の妹、茉桜は昨日の襲撃メンバーの一人で、天守によって反省部屋に放り込まれ、そろそろ釈放される予定である。その為、彼女らに見つかることはないが、心良く思わないのは彼女らだけではない。故に、こんな風にこっそりと伝えるように知恵を回していた。
広輝は、とてもではないが、受け取れなかった。返そうとする仕草をすると香桜に釘を差されるように念を押される。
「返さないでよ? 一応、私だけからじゃないからね」
「ありがとう、ございます」
「うん、よろしい」
数秒の逡巡の末、割れないようにリュックサックに仕舞うと香桜は満足そうに頷くのだった。
受付後ろにある控室の電話が鳴り、香桜が受付から外れると、広輝たちは天々館を後にする。
ちなみに優里菜も同じものを貰った。
その後、二人は天々館を出て天宿に向かう。
夜明け直前まで晴れていたことで放射冷却で気温が一気に下がった所に、日を遮るように分厚い雲。
八時前でも昨日の明朝と同じくらい寒かった。
その為、優里菜の耳が真っ赤に染まる。耳あて付きのニット帽を被る広輝を羨ましそうに見ると、自分よりも完全防寒しているはずなのに、身体を縮こませている。本当に寒いのが苦手なんだなとしみじみ思った。
天宿に着くと、厳しい顔の円に呼び止められ、天守の部屋に連れて行かれた。
何やら、天宿がざわざわしている。何かあったのだと優里菜にも分かった。
天守の部屋に入ると、濃紺の法衣に身を包んだ鷲一による挨拶抜きの尋問がすぐに始まる。
「単刀直入に訊く。昨夜、どこにいた」
疑われているのか、ただの確認なのか。六:四で疑われていると広輝は感じた。
「ずっと天々館の205号室に居ました。証人は優里菜です」
「ーーはい」
突然振られたので反応が少し遅れて優里菜は力強く答え、それに円が驚いて割って入った。
「待て、同じ部屋に居たのか? 夜に?」
「はい、円さんのせいで」
張本人が何を言っているのかと目を細めて円を見るが、円は円でそんな濡れ衣を着せられているのか分からなかった。
「は? いや、二部屋用意してただろう?」
「……一部屋でしたけど?」
「んん?? え、じゃあ、お前たち同じ部屋に泊まってたのか?」
「だから円さんの仕業ですよね」
「いやいや、さすがに恋人でもない男女を一緒の部屋にしないぞ、私も」
「香桜さんが確認してくれましたが、変更の履歴は無かったようでしたよ」
「まじでか?」
「はい」
優里菜も含め、三者三様に首を傾げた。
「今はそれは置いておけ」
普段なら面白そうな話なので、黙って様子見するところだったが、天守が話を戻す。
鷲一が引き続き疑念の目を二人に向けていた。
「二人が共犯という可能性は?」
「ちょっと待ってください。まず何があったんですか」
鷲一は天守と顔を見合わせ、分かっていることを広旗たちに伝え始めた。
「昨日、反省部屋の連中が消えた」
「え? 本当ですか? ……いや、本当だから今なんですね」
「理解が早くて助かる。見張りは眠らされていた。犯行時間は三時時から六時までの間だ」
鷲一の話では、六時からの見張り役が反省部屋に赴くと前の見張り役が倒れており、事態に気づく。それから今まで周辺の捜索を行っているが、発見には至っていなかった。
今の容疑者像は岳隠の反省部屋を知っている者で、見張り役を気絶させられる手練、かつアリバイが無い者である。
それでも優里菜とセットで広輝が疑われているのなら分からなくも無かったが、まだ疑うには弱い。
彼らが自らの意思で姿を隠したのか拉致されたのか広輝が尋ねようとした時、もう一つ聞き捨てならない情報が出てきた。
「それから愛紗も消息不明だ」
「はい?」
「え」
一瞬の硬直。
頭のスイッチが切り替わった。
「じゃあ、なんですか。愛紗が消息不明だから、オレたちが疑われているんですか?」
清天寮に侵入し、愛紗をさっと連れ出す。
それは確かに、広輝や優里菜なら何の抵抗もさせずに愛紗を連れ出せるだろう。
しかし、安全な場所へ逃がすならまだしも、拉致は話は別だ。
「天守、千花たちだろうと愛紗に危害を与えるのなら、オレは全力で取り返しに行きますよ」
他の子供に手を出さず、愛紗だけを連れ去る理由は一つしか考えられない。
愛紗だけが宿す天魔力。悪用される訳には行かない。
その思いは優里菜も同じ。スイッチが入ったのは広輝だけではない。
「すみません。アイちゃんを捜しに行きたいので情報を頂けませんか。時間が惜しいです」
親が子を思うが如き鬼気迫る雰囲気に、天守が納得したように溜め息を付いた。
「ほれみろ、この子たちじゃないだろう?」
「俺もそうじゃないかと思ってましたよ?」
「変わり身が早いなあ。しかしこれで、次の話ができる」
天守が言うには、地下の反省部屋には争った形跡は無く、外で誰かが見張り役を気絶させて扉を開けた後、自らの意思で出ていったのではないかとのこと。
岳隠の反省部屋は、第二次世界大戦の折に造られた防空壕をリフォームの末に造られた。当初は倉庫か何かに利用しようとリフォームしたが、スペースを使い切れなかったので余ったスペースがいくつかの畳部屋になり、反省部屋としてあてがわれている。
見張り役はまだ起きておらず、襲われた状況は不明。ひとまず鷹之を頭にして彼らの捜索を始めいて、色々調べていると『どうせ堕天子の仕業では?』と声が上がってきたらしい。
それは理路整然と広輝たちを疑っているのではなく、感情的な決めつけだった。
自業自得だが、これには広輝も少しげんなりした。
ちなみに天々館に情報を流したタイミングは、広輝たちがチェックアウトしている時みたいだった。朝のバタバタしている時に混乱させたくないという配慮だった。
「疑う訳ではないが、昨夜何をしていたか教えてくれないか?」
今度は穏やかに鷲一に訊かれるも、広輝には『優里菜に話をして寝た』以外に話すことがない。
どうやって話したものかと両腕を組んだ時、代わりに優里菜が説明し始めた。
「円さんとはお風呂で会いましたよね?」
「ああ」
円は別れ際のことを思い出し、少し気まずくなるも、優里菜は関係なく続けた。
「広輝くんは私が部屋に戻るまで広縁で、ずうっとあの調子でぼーっとしていたので、何もしてないと思います」
「言い方」
あの襲撃の後、広輝に覇気がなくなったのは天守たちも知っている。その説明だけで納得するのでそれ以上の説明は必要なかった。
ただ、ストレートな物言いに広輝は苦笑した。
「それから……零時過ぎまで、堕天子のお話を聞いていました」
「!」
「ふむ」
「……そうか」
「…………」
円は少し驚いたように、鷲一と天守は意味有りげな視線を広輝に向け、再び優里菜に目を戻す。
彼らはどこまで広輝が優里菜に話したかは分からない。しかし、その上で昨日と変わらずに広輝の隣に居る事に感心し、居てくれる事に安心した。
「その後は布団に入りましたけど、もしも広輝くんが外に出たのならさすがに気付くと思います」
「? そうか?」
円は少しの布擦れや物音で優里菜が起きれると思わなかったが、優里菜が広輝を指差して補足する。
「こんなに着込むんですよ? 気づかないはずがないです(たぶん)」
肌着の上からインナーを上下、薄いシャツを着たらカイロを張り、厚めのポロシャツを着て厚い靴下とズボンを履き、パーカーを羽織ってさらにウェアを重ねて完了。
物音一つ立てずに身支度を整えられる筈もない。
それだけで円が納得しそうだったのに優里菜はこれ以上無い止めを刺す。
「それにこの広輝くんが極寒の中、外に出ると思いますか?」
可能か不可能かではなく広輝個人に視点を当てた指摘に、ある意味意表を突かれた円たち。それは広輝も例外ではない
「すごいな優里菜。多分、オレが一番納得した」
どうやって客観的に天守らを納得させようか頭を捻っていた広輝にとって目から鱗。
寒がりの広輝が夜明け前を使うはずがない。
「確かにオレがやるなら、五十歩百歩だったとしても夜明け前じゃなくて少しでも気温が高い深夜……二十三時から二時くらいを狙いますね。もし見つかっても、追っ手は撒きやすいですし、増援が調うにも時間がかかる」
「ふむ。これで良いか、鷲一」
「はい」
鷲一個人は広輝たちを犯人と思ってはいなかった。ただ、彼らを犯人だと感情的に決めつけている者たちに説明できる材料が欲しかったのだ。決めつけで勝手に動かれては色々面倒だった。
そこに、扉がノックされた。
「失礼しますね」
濃い紫色の法衣を着た常道が笠を胸に抱いて入室してくる。
外出の出で立ちだ。
「もうそんな時間でしたか」
天守は立ち上がり、机の前に出る。
「今月もありがとうございました」
「いえ、久し振りの顔も見られて楽しかったですよ。しかし、お手伝いできず申し訳ありません」
「いいえ、そちらは儂らで何とかしますので大丈夫です。お見送りができませんが」
「構いませんよ。それではまた来月よろしくお願いします」
「はい」
天守と常道との間で何十回と繰り返されている挨拶。慣れたものである。
退出の間際、現状を理解している常道は広輝に話しかけた。
今 を解決するアドバイスではなく、広輝自身を定めるアドバイス。
「広輝くん。あなたはあなたが信じた道をお行きなさい。さすればそれが」
「僕の信念になる。ですね」
以前にも言われた言葉を広輝は憶えていた。
常道は満足そうに微笑むと、毒を混ぜて気を引き締めさせる。
「はい。貫き通している間はその信念に嘘偽りなく、濁ることはありません。それがたとえ悪であったとしても」
息を呑んだのは優里菜だった。
善なることを正義とし、貫くことはまだ易しいのかもしれない。悪、悪いことだと承知の上で心に背きながら貫く茨の道に比べたら。
「他人に誇れずとも胸を張りなさい。大事なものを守る為ならば」
「はい」
広輝は力強く頷いた。




