第十六話 堕つる天子[結]
ゴールデンウィークの連日投稿7/8日目。
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※グロ注意です※
清天寮の中庭に面した座敷では、誕生日会の準備が粛々と進んでいた。
岳隠は年内のどんな行事よりも、子供たちの誕生日会を大事にしている。
多くの天子が辛い体験をしてここに来た。その為、自覚の有無の違いはあっても『自分なんか居ない方が良い』と心に秘めている子が多い。
だから一人ひとり、精一杯祝うのだ。『生まれてきてありがとう』を伝えるため、『生まれてきて良かったんだ』と、『ここに居て良いんだ』と思ってくれるように。
テーブルにいつもよりも豪華な料理が並んでいく。
けれど、肝心の主役がまだ帰って来ていなかった。
妙な違和感が清天寮を漂う中、座敷の端で壁に寄りかかり、両腕を組んで佇む円がいる。まるで子供たちを監督しているように見え、そのせいか、普段は隙きあればサボろうとする子も真面目に準備を手伝っていた。
しかしながら、その実、心ここにあらずだった。
「マド姉」
「うん?」
長い髪をおさげにした千花が違和感を口にした。
「コウ兄たちまだ帰って来てないの?」
日が暮れ、外はもう暗い。
天位:白の任務がこんなに遅くなることはなかった。
それから、千花の問に円は引っかかった。
美宙は帰って来ているはず。天宿を飛び出て行ったが、落ち着いたら帰ってくるものだと思っていた。
千花は察しのいい子だ。下手な嘘はすぐ見破られるが、今は彼女を欺ける良い方便は思い浮かばなかった。
「そう、だな。雪のせいかもな」
「ふーん」
ありきたりな答えしか考えつかなかった。雪が交通を妨げることはそれなりによくある。その答えにさして不思議ではないが、千花は円が話せないことまで察すると、納得しきらない様子で準備に戻っていった。
下手を打ったと反省した。けれどそれよりも言いようのない胸騒ぎと不安が円にあった。
円はただ祈り、待つことしか出来ない。
(無事に帰ってきてよ、みんな)
***
雪がなければ、天宿から車で二十分。歩けば二時間近くかかる。
それが今回の任務の場所。
そこに向かって最短の距離を駆け行く。
岳隠の地獄の特訓、高湿度で草木生い茂る[森林編]も、雪山のサバイバル[白銀編]も、闇夜の戦闘[暗黒編]も乗り越えた美宙にとって、薄暗い雪山を全速力で走り抜けることは造作もない。
誰も広輝を助けてくれないのなら自分でやるしか無い。その一心で走り行く。
再び戻ってきた戦地で始めに見つけた痕跡は脱ぎ捨てられた上着と青いマフラー。
美宙はマフラーを手に取り、首に巻いた。
(確かに、チクチクするわね)
自分の作った物に苦笑する。次に編み物をプレゼントする時はもっと上手く作ろうと思った。
その少し和んだ心もすぐに凍り付く。
黒いコートを着たの遺体を見つけた。
要だ。
彼の血で辺りの雪が朱黒く染まっている。
ハンマーで殴られたような衝撃と内臓すべてを吐き出してしまいそうな嘔吐感。
唐突に慧輔の言葉が脳裏を過ぎる。
『誰かを手に掛けた後では手遅れなんだ』
手遅れーー。最悪の想像が美宙の脳裏を過ぎる。
要の遺体の前で動けずにいると、さらに奥から爆音が届いた。
それは戦いの音。
まだ戦っている。
美宙は震える脚を叱咤し、走り出した。
雪国の夜は真っ暗ではない。雪が微光を反射し、さむざむとした夜に仄かに暖かな明かりをくれる。
故に視界が閉ざされておらず、すぐに色々見つかった。
天術によって原型を留めない木々たち。その傍らに斃れる仲間たち。と、その異臭。
木の影から血が流れていると思ったら、こぼれている内蔵で、美琴の遺体。
四肢が有らぬ方を向いて斃れる徳裕。
胴を真っ二つにされ、横たわる大木に上半身を刀で張り付けにされた錦。
「ーーっあ、ぶえ」
耐えきれずに胃の中の物を全て吐き出す。収まらない吐き気は胃をも吐き出させそうだ。
ふらつく体で奥へと進んでいく。まだ二人を見つけていない。
爆心地に近づいているはずなのに戦いの音がしない。
それがとても恐かった。
耳にも届かないほど遠くに行っていることを祈った。届かぬ願いだと直感しながら。
「…………………………ーーーーーーーーぁ」
最初に見つけたのは顔、首だった。
岳隠の絶対強者、次代を担う英傑。
広輝の師匠であり、岳隠みんなの憧れ。
円の婚約者で、次の満開の桜と一緒に式を挙げる。
そうなるはずの星永慧輔の。
「慧、兄……」
様々な感情と思いが去来し駆け巡った。
兄弟子として慕い、色々なことを教えてもらった。たくさんの行事を、日々を一緒に笑いあった。
いつも、いつだって見守ってくれていた。
「うあ、あぁ、ああぁぁ……」
要に始まった遺体の連続、殺害された"死"を目の当たりにした衝撃が、喪失の悲しみをどこかへ遠ざけてくれていた。
けれど、僅かな時を置いて見つけたそれは、美宙に感情を思い出させる。
雪の剥げた固い地面に膝が落ち、両手を付く。涙が溢れ、冷えた土を濡らした。
そのまま悲嘆に暮れそうになった。
「ーーーー」
一人、足りないことに思い至る。
慧輔と会うと、必ず傍らに居た彼の愛弟子を。一緒に学び、遊び、鍛え、過ごしてきた年下の男の子。
ここに来た目的も一緒に思い出すと、涙を拭き、もう一度立ち上がる。
「ちゃんと弔うから、少し待ってて」
そうして再び捜し始め、今までで一番簡単に文字通りの足取りを掴んだ。
爆心地から離れれば、雪が積もっており足跡が残る。隠蔽もせず、一直線に続いていた。いつもより歩幅が狭いのが気になるが。
慎重に足跡を追うと、笑い声が聞こえた。
捜していた広輝の声。広輝がしない笑い声。
木の太枝の上に上がり、木々を渡って声の方へ向かうと、トボトボと林の外へ向かう広輝を発見した。
「ーー見つけた」
マフラーを解いて左手に持つと、左腰の刀を抜いた。
その抜刀音に広輝が気づく。
「!?」
体を機敏に動かし、首と視線を目一杯動かして音源を探すも広輝は美宙を見つけられない。
美宙は飛び降りると自分の存在を同時に知らせた。
「こっちよ!」
「火剣、か!?」
美宙は広輝が振り向くタイミングでマフラーを投げつけ、視界を塞いだ。
そして、落下する勢いも利用して、広輝の左肩に刀を突き刺し、そのまま押し倒す。
「ぐあっ、おまえ、この体が誰のかーー」
「出て行け」
「!?」
「コウちゃんから! 出て行けええ!!」
刀から天力を流し込んだ。
「あがああああ!」
他人への同調無き天力の流し込みは、反発を起こし、激痛が生む。大の大人が悲鳴を上げて、のた打ち回るほどの痛み。
その体は美宙と彼女の刀で地面に押さえ付けられ、逃げられない。
広輝はマフラーを剥ぎ捨て、自分に馬乗りになる美宙を睨みつけた。
「てめっ、コイツま、殺っす、気か!? ぐぬぐぅぁ……がっ!!」
「あんただけよ! あんたが出ていけば止める!」
「が、ぐ……コイツ、だって感覚、あんのに……!!」
鬼は広輝にも意識があると知れば、美宙は止まるだろうと思って自白した。
美宙は鬼を止めようとしても、広輝を傷つけようとはしなかったから。
しかしーー
「! そう。まだ居るのね」
今は逆効果だった。
「コウ! さっさと弾き出しなさい! こんなのに好きにさせるな! これ以上誰も殺させるな! ユキちゃんを、護れ!!」
鬼と共に激痛の対処に意識の大半を持って行かれていた広輝の眼に火が灯る。鬼への憎しみも相俟って、それは強固な意志となった。
激痛の中で怨敵を定める。
〘ががあああがが、出て行け出て行け、ばがあが、ばががががっ、ぃ出てっぃ行けえええ!〙
鬼は癒着のように体に貼り付き始めた意識が剥がれていくのを感じた。
「てめえ、ら、っこの! あがががが!!」
馬乗りの美宙を殴りたくとも激痛が許さない。広輝が赦さない。
広輝を感じ取った美宙が出力を上げた。
〘ぐがっ!? っ出て行け出て行け、出て行けえええ!!〙
更なる痛みを堪え耐え、広輝は鬼の剥がし出しに専念する。
五感の感覚が薄れ、内なる心で一杯になる。
「くそ、くそっ、ぐぞがああああ!!」
鬼は広輝に乗り移った時点で男から与えられた特殊な体を失っている。
ここから出されたら鬼がどうなるか不明。美宙へ乗り移れるのか、消え去るのか、霊のように漂うのか。
分からないから広輝の体へ固執していた。
「さっさと出なさい。次は目の前にあるでしょう」
「てめ、まさか、がぐ!」
思い掛け無い提案に耳を疑うも、迷っている余地は無さそうだった。
意識が剥がれそうなこともそうだが、その前に痛みで意識が飛びそうだった。
鬼の今唯一上回っていること。今を続けられたらまずいことを広輝と美宙が知らないこと。
「さあ、さっさと出て行きなさい!」
美宙は更に出力を上げる。
「コウちゃんから……あたしのコウちゃんからさっさと出て行けええ!!」
「があああああああああ!!」
〘うあああああああああ!!〙
ぷつりと広輝の意識が途切れた。
***
どれだけ時間が経ったか。
凍えそうな雪夜に広輝は目を覚ました。
上体を起こし周りを見渡すも、薄暗い視界に木々と積もった雪が映るだけ。
頭がぼやけていて意識がはっきりとしない所に、冷たい風が吹き抜けた。
「ーーっくしょん! 痛った!」
左肩に刺された痛みが走る。
見ると出血は止まっているが、血で真っ赤に染まっていた。
「ーーぁ」
犯した罪を思い出した。
要を斬り、美琴を両断し、徳裕を狂嵐で飲み込み、錦を突き刺し、慧輔の首を落としたことを。
罪悪感に苛まれ、絶望に穿たれる。
その前に後ろから声を掛けられた。
「起きた?」
それが誰だかすぐに分かった。
ほっとして、心高鳴る好きな人の声。
間違うはずなかった。
「みい姉!」
飛び上がるように立ち上がると、足元に刀が突き刺さった。
「え」
美宙が投げたのだ。
額に脂汗を浮かべ、苦しそうな表情で広輝に訴える。
「それであたしを刺しなさい。それで全部が終わる」
広輝は、意味が分からなかった。同時に何かに気づきそうだったが、気づきたくなくて蓋をした。
ただその可能性を信じたくなくて、思考を止めた。
「ーーなんで」
「時間が無いの!!」
その戸惑う広輝を美宙は急がせる。
内なる闘争の分が悪い。
「お願い、コウちゃん。あたしに誰も殺させないで」
悲しみを帯びるその微笑みの訴えは、蓋を無理矢理開けた。
気づき、信じたくなくて、呆然とする。
自由に動く自分の体が何よりの証拠だというのに。
「みい、姉?」
そうやって無駄に時間を浪費する間に、彼女の中の形勢が逆転する。
「あ、ぐ……まだ、出て……くうう」
美宙の抗いも虚しく、意識が交代した。
「しぶてえな。さすが火剣といったところか」
「お前は……」
その口調、その仕草、広輝は知っている。
こいつのせいでみんなが死んでしまったのだから。
「お前は!!」
「よう。さっきぶり」
悪びれもなく、美宙の体を使っている。
憎き怨敵が。憎悪が燃え上がる。
殴り飛ばそうと拳を振り上げそうになったが、止まった。
その肉体が美宙だったから。
「どうして、そこに居る……?」
元々、自分の中に居た鬼。
それが何故。
「体を借りた礼だ。好きな奴の体で殺してやるよ」
美宙は答えず、一気に距離を詰める。
広輝の反応が遅れる。
「!?」
美宙は広輝の足元に突き刺さった刀を引き抜き、振り上げる。首めがけて振り下ろそうとして止まった。体が停止した。
「てめ、また『何もできないなら逃げなさい。ここから早く!』」
鬼ではなく切羽詰まった美宙の言葉。
「っ!」
広輝は美宙に背を向けた。
対策を立てる為の撤退ではない。
何も出来ないから、逃げ出した。
殺されるのが恐ろしくて逃げ出した。
刀を向ける美宙が怖くて逃げ出した。
怨敵を前にして、好きな人を助けるどころか守ってもらって、雪の夜を逃げた。
鬼に酷使された体は限界だった。すぐに息切れを起こし、体がだるく、走ることも苦しくなった。天力で体を動かそうとしても天力が残り少ない。使い果たせば、動けなくなる。
限界の体をさらに酷使して走った。氷点下の冷気が涼しく感じるほど体が熱い。体から湯気が出ていた。
一旦、息を整える為に足を止める。倒れ込みそうな体を両膝に手を置いて耐える。
後ろに美宙は見えない。
ひとまずの安息だと、気を抜いた所に犯した罪が目に映る。
刀を握った腕、血を垂れ流す体と無造作に転がる首。
慧輔の遺体だった。
「ーーうぷ」
死体の気持ち悪さではなく、心穿つ罪悪感に耐えきれず、胃の中の物を吐き出した。
広輝に亡くした命が重くのしかかり、そのまま膝が折れてしまいそうだ。
「鬼ごっこは終わりか?」
「っ!」
振り向きもせず、広輝は走り出した。
慧輔の遺体を横切り、自ら地獄へ向かうように。自分の罪を遡るように。
広輝が斬った遺体が、嫌でも目に入ってきた。
心を斬り裂かれる。貫かれる。押し潰される。
鬼への復讐心が消えていく、小さくなっていく、吹けばきそうな程に縮こまる。
ここで死んでしまった方が良いと思った。
足が止まる。
絶望と罪悪感で止まる。
(そうだ、死のう)
それは決定だ。
抗い、諦め、また抗い、絶望し、憎しみを宿した。
だけど、もういい。
もう……。
「ここで良いのか、死に場所は?」
「うん。お前の死に場所でもある」
せめて鬼を道連れにする。
要の血雪に突き刺さった刀を引き抜き、美宙に対峙した。
刀を担ぐ美宙は美宙ではない。彼女はそんな持ち方をしない。
「お、いいねえ、その顔。やっぱりお前の方がーーうっせえな、今良いところだろ」
広輝は刀を構える。
要は、同じことができれば良いのだから。
戦闘準備が整ったと見るや、美宙は早速襲いかかってきた。
「想い人の成長、特等席で見せてやるよ!!」
体は限界のはず、天力も無いに等しい。
反対に、目が冴えていた。脳がクリアだった。
美宙の初太刀を最小限の動きで躱す。
「ーーあん?」
美宙は二回、三回と本気の斬撃を繰り出すも、広輝はそれを見切り、受け流し・避ける。
慌てる様子無く、冷静に。
「らあああ!!」
剣の素質は美宙の方が上。乗り移って間もない鬼もそう感じた。広輝の中で成長させた自らの剣術を、火剣の体で行使する。間違いなく上等な剣術のはず。
それを、それをーー。
「てめえ! なんでそれを!」
天力を纏いもせず、天術を行使せず、体術だけで躱し、剣術だけで往なし、時に反撃してくる。
鬼にも覚えがある。この戦い方、体捌き。
さんざん時間を稼がれた、広輝の最初の敵が始めしていたこと。
〘弐ノ型[残月]……〙
鬼の皮肉が本当になって、美宙の眼に映った。代わりに広輝の眼に光がなかった。
美宙は要を数度斬った術に移る。
距離を取り、その左脇を一気に斬り抜ける。
ーー星月一刀流剣術・壱ノ型[飛電]ーー
ーー星月一刀流剣術・弐ノ型[旋廻輪]ーー
美宙の斬撃を刀と全身を使って受け流し、身体の回転の勢いを乗せて後ろに回った美宙を斬りつけた。
美宙は刀で受け、難を逃れる。
(ちい! なんでだ)
鬼が気付くことは無い。要に飛電が何度も決まった理由が、広輝の持つ一蹴りの加速力とトップスピードのおかげであることに。
その後も何度剣戟を繰り返しても美宙の刀が広輝に届くことはなかった。
体力も天力も底をつきそうなはずの広輝に鬼は不気味さを覚え、僅かな隙きを見せる。
広輝が待ちに待った瞬間。
(今!)
鋒を左の肩口に向け、突き出した。
「やっぱりか!」
それを待っていたかのように美宙は躱す。
広輝はずっと受けの姿勢だった。反撃はしても決定打を繰り出そうとはしなかった。
鬼も広輝の狙いが先の美宙と同じではないかと疑っていた。
「次で終わりだ!」
このままでは勝負がつかない。広輝が動き続けられるなら逆に分が悪い。
言葉通り、次で決められなければ鬼は戦線離脱を決めた。
天術を使わければ追いつけないスピードで、広輝の周りを縦横無尽に駆け回る。
広輝が目で追えなくなった時、足音が消えた。
広輝の後方上空からの串刺し。平面の攻撃が往なされるのなら、受け流しきれないほどの威力で攻撃すればいい。気づかなければ尚良し。
同時に広輝が美宙に気付いた。
目が合う。
刀を逆手に持ち、広輝の脳天に狙いを定めた。
広輝の刀が美宙に向かない。
鬼はニヤリと嗤う。
「『コウキ! ちゃんと護れ!!』」
一種の条件反射。
叱られた記憶で萎縮するように、怒りに過敏に反応するように、広輝は指示に従った。
美宙の手に刀はない。それどころか攻撃の意思を感じない。
迫りくる美宙の顔はどこまでも優しく微笑んでいた。
そして、広輝の持つ刀に美宙の胸が突き刺さり、二人はそのまま地面に倒れ込んだ。
「……………………え。は?」
状況を飲み込めない。
何で雪の上に倒れ、何で美宙の胸に要の刀が突き刺さり、何で苦しそうに吐血して横たわっている?
呆然とする広輝に、美宙が柄を掴んで頼み事をする。
「コウちゃん、天力を流し込んで」
と。
「みい姉……?」
「今、アイツはあたしの中にいる。あたしが方をつける。だから」
「でも……」
「今しかないの! あたしに誰も殺させないで……コウ!」
美宙の下の雪が血で滲む。
〘てめえ、まさか最初から〙
(力は使い所よ。今度は逃さない)
悲劇はこれで終わらせる。
けれど、一人では終わらせられない。
協力が必要だった。
「お願い、コウ」
「ーーーー」
それで本当に終わるのか広輝には分からない。
その刀を抜いて、全力で治癒すれば美宙が助かるのではないかとすら思う。
広輝はゆっくりと柄を両手で掴む。
「コウ」
じっと美宙に見つめられた。
試しに引き抜こうとして諌められたのだ。
「……っぅう」
広輝は天力を、収束させる。
残り少ない天力をただ流し込んでも、きっと足りない。
「ありがとう、コウ」
"ちゃん"付けはしない。
覚悟を決めたくれた男性へ認めた証。
「ごめんなさい」
収束が完了。
(てめえ本当に!)
「やって」
「――……う、うあああああああああ!」
「くぅ、これはーーっ!!」
〘あがっ!! ぐっ、ああああ!!〙
広輝の収束された天力は、鬼の魂をすぐに剥がし飛ばし、美宙から離れていく。
それを美宙は逃さない。
激痛の電流迸る心象風景の中で、鬼の魂を燃やし尽くす。
〘くそっ!! お前ら、お前らあああああああ!!〙
広輝の流し込みが終わると、強張った美宙の身体もストンと力が抜けた。
「みい姉?」
「……よくやったわね、コウ」
それは鬼が居なくなった報告であり、別離の始まり。
「これ、抜いてくれない?」
「え」
その刀を抜いてしまったら出血が加速する。そのくらい広輝も知っていた。
「もう、助からない。せめて好きな人の腕の中で眠らせて」
「! ……はい」
広輝は意を決し、柄を掴み引き抜く。
「ぐっ!」
すぐに刀を置き、美宙を抱きかかえた。
案の定、出血は加速し、血は広輝の身体をも濡らしていく。
「ありがとう、コウ」
「みい姉、なんで……」
「ん? んー、やっぱり好きな人には生きていてほしいじゃない」
「それは、僕だって」
「そうね、それはごめんね」
顔に落ちてくる温かな涙。自分のせいなのがとても申し訳なかった。
ぼやけて霞みゆく広輝の顔。遠のく音。
美宙は広輝の頬に手を伸ばし、一層愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「好きよ、広輝」
「……」
広輝は上手にリアクションできなかった。嬉しい言葉のはずなのに、今はとても悲しかった。
そんな広輝に美宙は最期のわがままを。
「だから、笑って。貴方の泣いた顔を見ながら逝きたくはないわ」
「うぅ……」
「お願い、広輝」
好きな人の最期の願い。
広輝は不器用に、必死に、苦し紛れの笑顔を作った。
「僕も、僕もみい姉の、美宙さんこと、好き、です」
「ーーありがとう」
美宙の目が少し大きく、白い頬が少し赤らんだ気がした。
「……千花を、よろしくね」
「はい……っ!」
美宙の手が広輝の腕から滑り落ちる。
その微笑みも消える。
全身から力が抜け、広輝の腕に重く伸し掛かった。
「あ、あ、ああ……」
無理やり作った笑顔は消え失せ、悲嘆一色へ変わる。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
誰も居なくなった真冬の夜に、慟哭が響き落ちた。




