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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第十五話 堕つる天子[転]

ゴールデンウィークの連日投稿6/8日目。

毎話、午前9:00に投稿します。


※文量がいつもの倍近いです※

※グロ注意です※

 慧輔以外の他の三人はすぐに定まった。

 宮永(みやなが)(にしき)。今は不在にしている鷹之の実弟である。その実力は朱にも届くが、自由が効かなくなるという理由で蒼のままでいる変わり者。

 中沢(なかざわ)美琴(みこと)。天位:朱。気高い雰囲気の女性。高校卒業後、岳隠を離れて全国の天宿を渡り歩き、再び岳隠に戻ってきた。

 福田(ふくだ)徳裕(のりひろ)。持つ得物は刀ではなく槍。四国出身で星月流と同じように天子に受け継がれている武術、宝星流槍術を修めている。剣術を学ぶ為、五年前に岳隠に移籍した。

 三人とも一癖あるがその実力は折り紙付き。全員慧輔よりも十歳以上年上だが、慧輔を隊長として任務を遂行することに何も疑問を感じていない。慧輔の実力と覚悟を認めているからだ。

 錚々たる顔ぶれ。覚悟を負った四人の気迫は、気の知れた岳隠の者も寄せ付け難い。

 玄関を出たところで円が待っていた。

「慧輔さん」

 不安な表情。何が起こっているか分からないが、深刻な雰囲気だけが彼女らに伝わり、不安を増幅していた。 

 現場の様子は天守によって一切の情報がシャットアウトされている。天守たちの決断に異を唱えさせ、時間を浪費する可能性を忌避してのことだった。

 説明できない。天守の厳命もあるが、円はおそらく救う側。きっと全力で止めに来るだろう。

 だからと言って、婚約者を無視して行く事もできない。

 慧輔が言い淀んでいると、その背中を錦が叩く。

「先に乗っているぞ」

 美琴も徳裕も同じように背中を叩いて、慧輔の顔を見ること無く車へ向かう。

 意図はわかる。彼らの背中も言っている。


『しっかりしろよ』


 ブレる訳にはいかない。揺らぐ訳にはいかない。

 たとえ最愛の人が望まないことであっても。

「今は言えないが、帰ってきたら説明する」

 全てが終わった後、激怒されるだろう、引っ叩かれるだろう。この縁が破談になるかもしれない。それでもこれは、慧輔が(かた)をつけなければならない。そうでなければ、勇人たちも自分自身も納得できはしないのだから。

 嫌われるのは円にだけではない。幸穂にも千花にも、もちろん美宙にも、彼を慕う全ての人間に嫌われるだろう。

 慧輔はまっすぐに円の目を見て、一つのお願いをした。

 それは天宿に残る者にしかできないこと。

「だから、子どもたちを頼む」

 多くは言えない。嘘もつけない。

 この真っ直ぐな女性に、出来得る限りの誠実さで向かい合う。

 その真剣な表情に円は半分だけ納得する。何を言っても困らせるだけだと悟ったのだ。

「わかった。その代わりーー」

 仕方ないとばかりに眉を八の字にして、今日のメインイベントで釘を刺す。

 ある意味、その為の今日だから。

「ちゃんと帰ってきてよね。弟子の誕生日なんだから」

 円の言葉に裏表はない。ただただみんな無事に帰ってきてほしい、それだけだ。

 しかしその瞬間、慧輔の脳裏に広輝との思い出が去来する。

 慣れないながら剣術を教える日々、ある時初めて見せてくれた笑顔、誕生日には毎年プレゼントをくれた、悪ふざけが過ぎて一緒に円に叱られたこともあった、円と恋人になったことを喜んでくれつつ美宙への想いを自覚した真っ赤な顔は笑ってしまったが感慨深かった、特別であることを知って舞い上がっていたのでそれを嗜めると残念そうにした、中学生に上がり初伝を修めた時は一緒に喜びあった。感情の乏しかった一人の男の子が、一つ一つ成長していく度に良い顔になっていった。

 その成長は、愛弟子は、もうとっくに慧輔の誇りだった。

 それを今からーー

(顔に出すな顔に出すな顔に出すな顔に出すな顔に出すな……!!)

 歯を噛み砕きそうなくらい噛み締め、全てを押さえ付けた。

 脳内の視界が思い出から目の前の円に戻ると、一言にも満たない言葉を絞り出す。

「ーーああ」

 それだけを何とか答えたのだった。



  ***



 岳隠のような山間部は日が出ている時間が短い。日の出は遅く、日の入りは早い。

 曇天の今日は、雲の向こうの日が傾くと暗くなるまでが特に早い。

 その翳り始め。

 広輝の小さな体に覆い被さるように要の左胸を一本の刀が貫いていた。

 一刀流の護りの型、弐ノ型を掻い潜り、広輝()は両腕で刀を突き上げた。

「ごふっ」

 込み上げてきた血を広輝の体に掛からないように吐き出す。要のせめてもの気遣いだった。

 広輝()は鍔で支えていた要の体を押し、刀身を一気に引き抜いて距離を取る。

 要は自身の重みに耐えきれず、刀を地面に突き刺して膝をつく。

〘要兄!!〙

「やれやれ、こうなったか」

 要の傷は右胸だけに留まらなかった。

 右股はぱっくりと斬られ、彼の右の足跡は血に滲んでいる。左腕には防刃スーツの下まで届く無数の裂傷、すでに左手の感覚は無い。極めつけは左顔面の縦の斬り傷、眼ごと斬られていた。

 最初、要は慧輔たちが来るまでの時間稼ぎだと、広輝を殺さないようにある意味手加減していた。

 しかし、鬼の意識が広輝の体と溶け合うように馴染み始めると、鬼はその体に染み付いた動きも自分のものにしていく。そして、それだけではなかった。広輝の剣術は初伝級の腕前だったが、鬼はそれを取っ掛かりにして、目の前の達人級の剣術を見取り、要が手心を加えている間に剣術を上達させていった。

 要が広輝()の変化に気付いた時には、凌いでいる(・・・・・)場合ではなくなった。天術()も使い、全力で守り、全力で斬り伏せる算段をしなければないほどに。

 広輝()の広輝以上の身のこなしに、広輝以上となった剣術に、広輝には無い風の使い方を以て、要は翻弄され後手に回り、その実力を発揮する前に致命的な一撃を受けてしまった。

 血が流れ出る右胸に左手を当て、治癒を行う。少しでも延命し、後を託す為に。

 意識離れてゆく中、残った右眼で広輝()を見据える。

 憎しみ怒り睨むでもなく、悔しさに滲む涙の眼でもなく、鬼に真実を問う眼。

「冥土の土産に教えろーーお前、何者だ?」

 天子の中に居続けられ、身の回りの情報を吸収して急激に成長していく特性を持った妖魔ないし神性側の何か。それは要の知識には無い。

 鬼は今、嗤っていない。表情も無い。血が滴る刀を払うも拭きもせず、消え行く命をじっと見ている。

「さあな、俺も知りてえよ」

 鬼は答えなかった。答えられないのかもしれない。

 答えを得られず、要が舌打ちしようとした間際、再び血が込み上げ吐血した。

〘要兄……!〙

 広輝の声は届かない。広輝はただ広輝の身体の中から、赤雪の上に膝付く要を見ていることしか出来ない。吐血の音も鉄の味がするほど漂う血の臭いも全部感じられるのに。

 要は血の滲む呼吸を精一杯整え、言葉を絞り出す。

「広輝、よく聞け」

 それは弟分へ贈る言葉。自責の念に囚われるであろう広輝の心を少しでも軽くする為の。

 赤い視界がだんたんと灰白く霞んでいく。広輝の輪郭もあやふやになった。

「星の力は意志の力、つまり心だ」

〘要兄、要兄! 要兄!!〙

 必死に叫ぶ。泣き叫ぶ。けれどそれが声になることも、目から涙が流れることもない。

 ただじっと、要を見つめるだけ。

「心を、強く持て……ぐふっ」

〘あ、ーー要兄……!〙

「それと、あまり、自分を責めるなよ……お前は、悪くない……からな」

 突き立てた刀から手が離れ、要の身体は血の雪に沈んだ。

 傷の痛みも、雪の冷たさも、息苦しさも、全てが遠のいていく。

香桜(かお)茉桜(まお)……ごめんな)

 要が小学五年生の時に母が急死し、別居していた父に引き取られたが、暴言・暴力の日々だった。人外の異物を見る目とそれを排除しようとする恐怖からの抵抗(暴力)。要の心が限界を超え、プツリと何かが切れた。保育園児だった双子の妹たちを置いて父の元を飛び出す。いくつかの夜を越えても補導されることはなかった。数日後、荒んだ心とボロボロの衣服で偶然出会った人が鷲一(しゅういち)だった。要の少ない言葉に泰平と一緒になって耳を傾けてくれ、二人の妹と共に清天寮へ移れるように手を回してくれた。妹たちは要が助けを呼びに行ってくれたのだと思っているが、実は違う。それを告白する勇気もなく、鷲一から『わざわざ言う必要もない』と諭され、胸にしまった。

 その反動がシスコン呼ばわりされるまでになる、あの溺愛だった。

(今日の菓子、食いたかったな……)

 最期に最愛の二人の妹を思い浮かべ、赤雪の上で息を引き取った。

〘要兄? 要兄! ……うあああああああ!!!!〙

(あーうるせえうるせえ)

 頭の中に響く慟哭。耳元で絶叫されているような感覚だった。

 悲しみに沈む広輝をよそに鬼は倦怠感を覚えていた。

 勝利しても、達人クラスを相手にしていた代償は大きい。疲労した筋肉を天力で無理矢理動かし、広輝が持つ天力の大半を消費した。

(しっかし、何だこれ?)

 広輝の身体を使う中で覚えた違和感。しこりのように存在し、しこりにしては奇妙なくらいに大きい。

 鬼はこれのせいで、広輝の全部を引き出せていないように感じていた。

 "ザッ"と雪面を踏む音がした。広輝()を囲うように四方から。

〘うぐ、うあ……せん、せい……〙

「次から次へと……今イライラしてんだ。後にしろよ」

 広輝()は天力を纏う。

 四人の歩みは止まらない。臨戦態勢で近づいてくる。

「要……」

 地面に突き刺さった刀と血の雪海に沈む要の身体。

 傍らに佇む血濡れた刀を持つ広輝()

 どうやってそうなったかはともかく、現状を(もたら)した原因は明々白々。

 慧輔は親友の死を、今はぐっと飲み込む。涙も怒りも悔しさも今は後だ。

 慧輔が抜刀すると、三人もそれに続く。

 彼らの殺気を受け、鬼が嗤う。

「おいおい、まさか。殺しに来たのか? 助けに来たんじゃないのか?」

「ーーーー」

 無言。それが答え。

(見ろよ、コウキ! もうお前は要らねえってよ!)

〘…………〙

 広輝はもう諦めていた。要を殺めてしまった今、助けてもらう道理もないと。無気力に慧輔たちを眺める。

 広輝の微々たる抵抗すらもなくなったので、鬼は存分に使うことにした。[剣帝]相手に出し惜しみなどしていられない。

「あっはははは。いいねえ! ちょうどこの力を試したかったところだ」

「それは広輝の両親からのギフトだ。その体もだが、お前が使って良いものじゃない」

らしい(・・・)な」

 記憶の読み取り。鬼は広輝と同調していく過程で、記憶を見ることができるようになった。親兄弟の記憶、碧い瞳の女の子の記憶、あの緑鬼の記憶、今までの記憶。広輝が思い出を思い出せばそちらに引っ張られたが、ある程度には任意だった。

 その中で、しこりに近い部分にあった記憶。

「多分、制御できないから、簡単に死ぬなよ?」

「ぬかせ」

 背後から徳裕(のりひろ)の氷槍による薙ぎ払い。広輝()は飛び上がって躱す。

 樹木の幹に足を付け、瞬時に標的を見定める。

「いいねえ、不意打ち。容赦が無いから俺も遠慮無くやらせてもらう、ぜ!」

 重力を味方につけた高速の突進。天力を纏わせた刀で一刀両断するつもりだった。

 それを美琴(みこと)が、真正面から両刃の直刀で受け止め、斬り返す。

「だらあ!」

 その剛力に体ごとふっ飛ばされた。

(ちいっ! 記憶通りの怪力か!)

 美琴は天力のコントロールがずば抜けている。少しの天力で剛力も鉄壁の鎧も思うがまま。

 慧輔もまともに打ち合えない剣士だった。

 着地した所に雷刃が広輝()を襲う。

 転がって回避。起き上がろうとした所に追撃の雷の空破斬。眼前に微小の竜巻を起こし、これを防ぐ。

 (にしき)の連撃は続く。雷と竜巻の衝突で起こった僅かな眩きの間に広輝()の側面に移動。

 二本の小太刀を交差させ、広輝()の刀にわざと衝突し、鍔迫り合う。

「おい、そこに広輝は居るのか?」

 その答えで結論は変わらない。けれど過程は変わる。

 問答無用になるのか、贖罪の言葉をかけるのか。

 それが鬼には偽善に映った。

 ニヤリと笑みを浮かべ、錦たちが嫌そうな答えを返す。

「どっちがいい?」

 答える気がない。

 妖魔を討滅するように戦えば無情だと嘲笑い、言葉をかければ虚しいと嗤う。

 それが透けて見える。

「ーーちっ」

 錦は双刀に雷を纏わせ、広輝()はそれを察知し、双刀を押すように斬って離れる。

「次はお前か、剣帝!」

 慧輔はわざと広輝()の視界に入ってから、刀を交える。弟子に覚悟を伝える為である。

 二・三の刀で身体の主が広輝ではないのだと悟る。剣術のレベルが広輝よりも格段に上であり、広輝の意思が感じられない。

 慧輔に広輝が身体の中に居るか判別つかないが、せめてもの筋を通す。

「広輝、済まない。俺がお前を斬る」

〘! ……はい〙

 それだけで慧輔の誠実な覚悟が広輝に伝わった。

 もうどうしようもなく、手立ても無く、だからこそ覚悟を負ってきたのだと。

 広輝も自身の運命を受け入れた。

 だが、その広輝の思いは外に出ることはない。

 鬼がこれを引っ掻き回す。

「ぎゃはは! 絶望に絶望を重ねるか!」

「! 居るんだな?」

「もう無駄だぜ。今ので抗う気力もねえよ!」

 嘘である。もうとっくに抗う気力もなかった。

 要を斬った感覚も、眼を奪った衝撃も、胸を貫いた感触も、命を奪った実感も、今こうして戦っている経験も、全て実体験として広輝にある。

 今更どうして助けてと言えるのか。言えるはずもない。

「広輝! 抗え! まだ間に合う!」

「間に合わねえよ!」

「いいや、間に合う。みんなお前の帰りを待っているんだ!」

 幾度目かの剣戟、慧輔の"殺したくない"が、広輝()へチャンスを与える。

 広輝には不十分でも広輝()は十分な隙き。

 一気に天力を足へ注ぎ込む。

「お前が止めを刺したんだよ、先生ッ!」

 要を何度も斬った相手の左側へ抜ける[飛電]。その技で慧輔の左腕を斬り落とそうとしたが、氷槍に防がれる。

 直後に怒号。

「慧ぇ輔え!!」

「!?」

「殺らなきゃ殺られるぞ!」

「くっ……!」

 分かっている。美宙にあんな事を言ったが、慧輔もまだ一縷の望みを捨てきれていなかった。

 甘い理想。殺すしか無いと決めたはずなのに。

 今度こそ、その幻想を振り払おうと覚悟を押した時だった。

 美琴が炎を纏って声を張り上げる。

「広輝! 慧輔は勇人(はやと)殿の代理でここに居る!」

 徳裕が慧輔を叱った事も一つの事実だが、一側面でもある。

 助けることを完全に捨てた訳ではない。

 子供の為、子供の未来の為、大人が命を張る。

 若人の意思の為に年寄りが道を開く。

 いつの時代も不変だ。

 父の名が広輝を揺らす。

〘……え……?〙

「我が子を救えないのなら、せめて自分の手でと」

 美琴は天守から話を聞いただけで、心が泣いた。

 広輝がどれだけ愛されているか岳隠の者なら知っている。勇人がどれだけ広輝を愛しているか美琴は知っている。

「お前は! 父に! 師に! 子供・弟子(じぶん)を殺させたいのか!!?」

〘!?〙

 広輝()は達人相手に接近戦は分が悪いと見るや、試しに空破斬を美琴に放つも赤い炎に消えた。

 その過ちを錦は逃さない。雷の空破斬二連射。

「居るなら抗え! 戦え!」

 四方を囲われた広輝()は空中へ回避。

 錦は雷を纏うと樹木を蹴って渡り、よりさらに上に跳ぶ。

 錦の宮永家は、鷲一の永嶺家と並んで星永を支える一族である。それは月永に対する櫻守に近い。星永に連なることを誇りとし、護り手としての矜持と強い自覚を持つ。

 その中でも錦は、星永を支えることではなく、星の伝承者であることに強い誇りを持っていた。

 陽が出ていようと居なかろうと、月が在ろうと無かろうと、雲が空を塞ごうとも、星は何時だって(そら)に在り続ける。その何にも縛られない在り方がとても好きで誇りだった。

 だからムカついた。正当な星の継承者に星の在り方を学びながら、他人に身体を乗っ取られるそのだらしなさに。

「星の一人である意地、見せてみろやあああああ!!」

 雷を纏いし双刀を広輝に叩きつける。

 ーー星月二刀流剣術・壱ノ型 [飛墜鷹(ひついよう)]ーー

 広輝()は身体を反転し、二刀の雷撃を刀で受けるが、重力を味方につけた錦に勝てるはずもない。

 斬撃の傷は負わなかったが、勢い良く背中から地面に叩きつけられた。

 その衝撃はあたりの雪を吹き飛ばし、舞い上がらせる。雪の粉塵で視界が白く濁った。

 錦は着地し自分の悪手に気づく。音を立てないように慎重に双刀を構えた。他の三人も臨戦態勢で危険察知能力を最大にする。

 あれで無事だとは思えないが、広輝の力は風。空気の流れを感じ取り、攻撃してくる可能性があった。

 粉塵の中心から苦しそうな咳払いが聞こえた。

「がは、ごほっごほ……はーマジか。()じゃなかったら死んでたぞ」

 広輝()は健在。身体の支配は鬼に主導権がある。

 それもそのはずで、広輝は慧輔に斬られる事を受け入れたままなのだから。

〘…………〙

 美琴と錦の激は広輝の心を揺らした。

 子供を、弟子を殺させてしまう。それはとても申し訳なく思った。

 自分は星の教えを受けた一人である。それはとても誇りで、意地を見せる必要もあるとも思った。

〘だけど〙

 要を殺めた。

 美宙の制止を聞かず、一人で先行し、鬼の胸を突き刺し、天力を流し込んだ。悪霊を浄化するように、妖魔を討滅するように。結果、鬼は藍色に光る粒子と成り、広輝へと流れ込んだ。頭の中に響く気持ち悪い声、思うように動かなくなる体。鬼の生存しようとする強い意志と意味不明の恐怖に負け、体を明け渡してしまった。

 その結果が、今である。

 身勝手な独断専行が招いた事態。ここで消えてしまうのが妥当に思えた。

 その過ちに対する諦めの良さ。慧輔はよく知っていた。素直、潔いと言ってしまえば美徳に見える。

 しかし、生き延びなければならない状況において、それは圧倒的短所。汚点と言っても過言ではない。

 慧輔は師として導き方を考える。今までの年月で、広輝にショック療法が効きにくいことを知っている。美琴や錦が飛ばした檄は心の表面を震わせるに留まっている。心の内側からじわじわと自覚させる方法が必要だった。

 だから静かに語りかける。

「広輝、守るんだろう? 妹を、家族を」

 あの日、広輝は言った。決意した目で、守る為だと。

「護り続けるんだろう? その手で、その剣で」

 無償の愛情に気付いた広輝は誓った。暖かな心で、その剣に。

 それらは年月が経った今も決して消え失せていない。それを慧輔は知っている。

 白い粉塵がだんだんと薄くなっていき、ぼんやりと広輝の姿が見えた。

 広輝()が慧輔を見て「無駄だ」と言う。

 それでも慧輔は止めない。広輝が"弱くない"と信じているから。

「教えたよな? その誓いは、一刀流に託された思いそのままだと」

 星月流剣術には型に名がある。使い手に型が示すような志を持って欲しいという"願い"が。

「壱ノ型[暁星]・弐ノ型[残月]、どちらも共に明朝に残る星と月。即ち護り続けた証であり、尚も護り続ける意志」

 闇き夜を照らし、人々を安心させ、明け方まで守り続けられるような人になって欲しい。途中で倒れること無く、共に朝を迎えられるように強くなって欲しい。

 正しく広輝の目標であり、誓いが込められた名だった。

「だから無駄だって」

 鬼は美宙と戦った時よりも、要と戦った時よりも強く意識が体に染み込んでいると実感している。いまさら広輝が抗ったところで主導権は変わらない。鬼は諦めの悪い慧輔に教えてあげているつもりだった。

 慧輔は続ける。

「要はお前に何を伝えた、何を託した」

 護りに重きを置いた一刀流・弐ノ型[残月]。それを得意とする皆伝者がただで負けるはずがない。皆伝者は伝承者でもあるのだから。

 親友にして戦友の要がきっと、広輝の心に種を植えてくれているはず。

「起きろ広輝!」

 それを芽吹かせる。

風上の子(シルフィード)であることに誇りを持ち、久下であることを望むなら! 俺の弟子である証拠を見せてみろ!!」

〘……〙

 広輝の心に奥底から湧き上がるものがあった。久下広輝の根幹が熱く震えた。

 慧輔の弟子である証拠、それは星に連なる者であること。

 要の最期の言葉を思い出す。泣き叫ぶばかりで、ちゃんと聞けていなかったが、記憶に残っている。

『星の力は意志の力、つまり心だ。心を強く持て』

 風上(家族)との思い出は、自身の存在の証明だ。

 久下(家族)との生活は、何よりの宝物だ。

 岳隠で学んだことは、正しく生きる糧であり、それらを守る術。

 乗っ取られた体、奪われた主導権。取り返せるか? 否、「いまさら」は後だ。

「ムダムダ。こいつの心はとっくに折れーーっ?」

〘ーーーー〙

 確固たる意志をここに。

 茜色無き夕闇に広輝が抗う。

「てめえ、まだ……!」

 白い粉塵が晴れ、薄暗い林の中、左手で頭を押さえるその姿が慧輔たちの目にはっきりと映る。

「広輝!」

〘……僕の、僕の体だ! 返せ!〙

(クソガキがッッ!!!!)

 その心身の不釣り合いを慧輔たちは見逃さない。

「取り押さえる!」

 慧輔の合図で、手筈通り(・・・・)に動き始めた。

 美琴が閃光に似た強烈な炎の光で広輝()の視界を奪う。

 徳裕が氷槍の刃を半円に変えて広輝の背後から胴を捉え、そのまま押し倒し、そのまま氷で体を覆った。徳裕の天力が続く限り、広輝の天術では抜け出せない。

 双刀の峰が首後ろで交差し、地面に刺さる。怪しい動きをすれば錦の雷が首から体に走る。力みの自由すら無くなる。

 これは幾つか立てたプランの内の一つ。

「くそが」

 広輝()が慧輔を睨みつける。

 慧輔は告げる。

「さあ、広輝から出ていけ」

 刀を広輝()に付きつけた。

(……)

 体を覆う氷によって徐々に冷えていく体。徳裕の天術次第でいつでも広輝を殺害できる。

 錦が電流を広輝に走らせれば、会話すらままならなくすることもできる。

 明らかなチェックメイトだった。

「はっ……出てい、かなきゃ殺すかよ……っ!」

 悪態をつくも、今までより滑舌が悪い。頭痛を覚えるように顔も歪ませる。

「最終的には、な。だが、その前にあらゆる知を結集させ、お前を広輝から引き剥がす」

 覚悟はしてきた。

 弟子を、家族の一人を殺める覚悟を。

 だけど、そうならない一縷の望みができたのならその時は。

 これは慧輔ではなく、他三人の発案だった。慧輔が殺す覚悟を決めたからこそできる提案。

 広輝()は諦めたかのように力を抜き、瞼を閉じる。

「そうかよ」

 それで一段落だと思った。

 同居している広輝すら。

 鬼は牙を剥く。

 外へではなく内側に。

(お前も飲まれろ)

〘なにを!?〙

 それは広輝が知覚できない"しこり"。

 (かす)むような記憶の向こうにあるそれに、鬼が手を伸ばした。

 体内が爆発したような、激しい痛みが全身に奔る。

「がはっ!!」

 更に内側から膨張してくる力。

 制御も抑え込むことも不可能な力が膨れ上がる。

 その力には明確な拒絶があった。

 怒り、憎しみ、護らんとする意志。広輝の体に定着しつつあった鬼を引っ剥がそうとする強引な力。 

 その激烈の痛みは鬼だけでなく広輝にも及ぶ。

「がああああああ!!?」

〘あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〙

 喉が潰れる絶叫。目は見開き、白目は血走る。汗が噴出し、青筋が立つ。

「広輝!?」

 突然の異変。

 慧輔たちは見ていることしか出来なかった。

 突き立てた氷槍も、交差した双刀も、眼前に向けた刀も、役割を果たすことはなかった。

 尋常ならざる力が広輝の体の外へ噴出。広輝を抑え込む全てを吹き飛ばした。

 その中で広輝を拘束していなかった美琴は炎を纏い、逸早く次に備える。

「ちい!」

「くそ!」

「何なんだ!?」

 さすがの歴戦の天子たち。無事である。

 ここまでは。

「ーーは?」

 炎の鎧。濃密に収束されたそれはどんな攻撃も燃やし防ぐ、高潔の鎧、だった。

 美琴の胴は両断され、上体が雪が剥げた地面に滑り落ちる。

 切断面から血が噴き、灰白の空間に赤が広がっていく。

「美琴!」

 何が起こった?

 異常な力が吹き荒れる中心には、刀を振り抜いたと思しき広輝()がいる。色化した力に纏われる広輝()がいる。

 暴走? 何か違う。

 身体の外を揺らめく翠色の眩い力。

「いいぃぃく、ぜええぇええぇ!!」

 力に振り回されそうな肉体に、広輝()は嬉しそうだった。力の濁流に敢えて飲まれ、可能な限りのベクトルを標的に標準を合わせ、狂気で振り回され始める。

 その速度は目で追えきれない。

「ちい!」

 錦の危機察知能力が僅かに上回り躱すも、風圧に吹き飛ばされる。

「錦さん!」

「周りに構うな! 切り替えろ!」

 錦の言う通りだ。あれは"ヤバい"と見なくても解る。全力で迎撃する必要がある。

 慧輔よりも早く切り替えた徳裕が広輝()に飛び掛かる。広輝()は折れた樹木の下にいる。自分の速度を制御できずに樹木にぶつかって止まっていた。

「さよならだ」

 槍を逆手に持ち、多量の天力を注ぎ込む。鋒を絶対零度に凍結させ、標的に向かって全力で投擲(・・)


 ーー天槍術・氷天(ひてん)光路(こうろ)ーー

 

 徳裕の術技の中で最大攻撃力を持った天槍術。

 その槍が通った軌跡は氷の路と成り、槍が穿った物は全身を瞬く間に凍らせられ、突き刺さった場所から氷結の場が広がり、全ての命が停止する。

 空中の凍った水分が辺りの光を乱反射し、術の後は幻想的な氷の世界を生み出す。


 ーー決まれば。


 投擲の瞬間、広輝()は徳裕を見た。

「ぉおまえががが、なあああ!!」

 広輝()は荒ぶる力を、濁流の力を、右腕に、刀に集めた。

〘あががあががあああ、やめろおおあああっっ!?〙

 広輝の拒絶の痛みに襲われる中での叫びも虚しく、広輝()が放たれた槍に向かって力を放つ。

 広輝の持つ技の一つ、烈風の要領で。

 その翠色の力は氷槍を物ともせずに撃ち落とし、そのまま徳裕を飲み込む。荒狂った力の烈風の中は、狂える乱気流だった。銅が捻じれ、手足が有らぬ方を向き、関節という関節が外れ、首も後ろを向く。嵐が過ぎると、幼児に遊び尽くされた人形のような肉塊がボトンと、地面に落ちた。

 その開いたままの瞳が広輝()の方を見ていた。

〘っっ!!??〙

 その側に槍が落ちて、転がった。

 広輝()がニヤリと嗤う。

「貴っ様あああああ!!」

 雷を纏った錦が一直線に迫り、雷刀で斬りかかる。

 だがーー

「なに!?」

 翠の力を斬れない。

 広輝()を纏う力は達人の刀をも防いでしまう高密度の力だった。

 広輝()の笑みが深くなる。

 錦は攻撃の気配を察知すると、すぐに離れた。激情の中でも冷静な思考を持っていた。

 それでも広輝()は関係なく、刀を振ろうとする。距離を取るなら放てばいいだけ。

 そう油断した時、視界の端に何かが引っかかった。


 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型 [飛翔燕]ーー


 慧輔による視界の外からの斬り上げ。

 それを蹌踉めくように下がって躱すも、右腕が少し斬られた。

〘せん、せい……っぐがあああっ〙

「ちいいぃぃいいい、ててめえわわぁああ、あとだあああ!!」

 広輝()は力を全身から解き放つ。その高密度の力は結界のように慧輔たちを押し離した。

 慧輔が離れたのを確認すると、すぐに足へ力を集中。標的へ跳んだ。

〘もうやめろおおおお!!!!〙

 鬼の選択は突き。

 錦の心臓目掛けて、神速の刺突を叩き込む。

「やめねえええ!」

「ーー」

 大木を背にした錦は、避けなかった(・・・・・・)

「!?」

 広輝()の刀が錦の胸を貫き、大木に突き刺さった。

 その刀の刀身をガッチリと掴む。

「ぐっーー慧輔ええ!!」

 血を撒き散らし、名前を呼びながら、全霊の雷を刀伝えに広輝()へ流し込む。

 その意図を慧輔は瞬時に理解した。

 自分の命、この翠の力を纏った広輝の危険性、その他諸々、全部を天秤にかけ、錦は慧輔に託したのだ。

 今の慧輔に躊躇は無い。


 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型 奥義派生の()飛彗(ひすい)一閃(いっせん)]ーー


 剣帝だけのその技は錦諸共、大木を両断した。

 それだけだった。

「っぶ、ねええ!!」

 避けられたのは広輝の記憶。片手の指で足りるほどしか見たことのないその唯一技。

 けれどその軌道は、斬線は、広輝の脳裏に鮮烈に残っていた。

 鬼は錦が叫ぶと、すぐに刀から手を離し、回避行動に移っていた。

 広輝の刀は錦の胸に突き刺さったまま。

 全開の剣帝を前に、その刀を取る余裕はない。

 むしろその気迫に、怖気付いて全身の痛みを忘れそうですらあった。

 広輝に乗り移ってから刀を持っていることに慣れた体。武器無しに慧輔に対峙する選択は無い。

 鬼は逃げにまわった。撤退ではなく、武器を手に取れるまでの時間稼ぎ。

 それを黙って許す慧輔ではない。

 広輝()に迫る速度と天術で決定的瞬間を作り出す。

 慧輔の力は父親と同じ樹木。並び立つ木々の枝・幹はもちろん、地中の根をも操る。

 慧輔の天術が徐々に広輝()を追い詰めていく。

 戦況的に、時間的に。

 広輝()は行く手を阻む邪魔な樹木を暴力的な風で破壊し、地に落ちた数種の武器を思い出し、拾おうと試みるも失敗する。

 時間が経つほど目に見えて翠の力が減衰していく。

「こなくそ!」

 全身の痛みが引いていく代わりに慧輔への対抗できる時間が少なくなる。

 さらにーー

「っ、てめえいまさら邪魔すんな」

〘できるわけない! せめて、せめて先生は!!〙

「ひっこんでろ!」

〘もうやめろよ! 僕の体で!〙

「……広輝」

 広輝の抵抗を広輝()の独り言で慧輔は知る。

 自然と刀を握る力が強くなった。

 天力を刀に流し込み、追い込みの終わりとする。

 自属性に変質させずに天力のみを放つ空破斬。天子の中のでも研鑽を積んだ者ができる高等技。

「くっ」

 それを広輝()に躱させる。

 その先は樹木(天術)で造った高い壁にして行き場のない袋小路。

 残る道は後ろ、つまり刀を振り上げた慧輔の正面のみ。

「ーーーー」

 灰色の空を向く刀にありったけの天力を。

 刀身は慧輔の天力に包まれ、凝縮された天力は色化する。

 夜空に光る彗星の如く、青色を帯びて強く輝く白光。

 その光は天に伸びる。

 回避叶わない巨大な天力の長刀を、慧輔は振り下ろした。

〘これで……〙

(まだだ!!)

 鬼は内なる秘跡に手を伸ばし、長刀に手を翳す。

 二つの力が衝突。

 爆発が如き衝撃が起こり、空へ抜けた。慧輔の造った樹の壁の影響で力の大部分が上方へ逃げたのだ。その壁は粉々に砕け散ったが。

 再び白い粉塵が辺りを覆う。

 慧輔は粉塵の向こうからの襲撃に備える。

 もう周囲は薄暗く、日が落ちるのも時間の問題。

 今ので決着が付いていなければ、取り逃がしてしまう恐れがあった。

 粉塵が落ち着き始めた時、爆心地より少し離れた場所に、武器を持った人影を見つける。

 天力を纏うように翠の力を纏い、血濡れた直刀を持つ広輝()を。

 慧輔の選択は、後の先。広輝()が間合いに入った瞬間に一閃する。

 刀を鞘に納め、腰を落とす。

 抜刀術、居合の構え。

 白い霧が消えていく。

 仄暗い世界で互いの姿をはっきりと確認した。

 直後、一瞬だった。

 

 広輝()が目で追えぬ速さで駆け、それに慧輔は合わせる。


 ーー星月一刀流剣術・弐ノ型 奥義[蒼天(そうてん)残月(ざんげつ)]ーー


 反撃されたと感じる間もなく命を断つ、星月抜刀術の極技。

 その一刀に広輝()は直刀だけを手放した。


 ーー星月()刀流剣術・弐ノ型 [月花輪(げっかりん)]ーー

 

 慧輔の斬撃を受け流すはずだった直刀は真っ二つに切断される。

 代わりに持ち主は前方上空へ逃げる。

 殺しきれなかった慧輔の斬撃の威力は、体を回転させて逃がす。


 ーー星月二刀流剣術・壱ノ型 [飛蓮華(ひれんげ)]一刀版ーー


 広輝が"見た"記憶しかない二刀流の剣技。それを、他人の記憶から他人の体で再現する鬼の才覚は"鬼才"と呼ぶに相応しくーー。

 隠し持った双刀の片割れで慧輔の右腕を叩き斬る。

「らあ!」

「ぐ」

 蹌踉めく。

 腕が地面に落ちる前に再び、小太刀が閃く。

「剣帝! もらったああああああ!」

〘先生ええええええええ!!〙

「ーーすまん」

 慧輔の首が仄暗い灰色に飛んだ。

〘あ……ああ、ああああ……〙

 刀を掴んだままの右腕が地に落ち、体は血を吹いて倒れ、異様な滞空時間を経て首も土に濡れた。

 その様子を惨く残酷非情に、鬼は広輝にまざまざと見せつける。

〘ああああ!! 先生ええ!! ああああああ!!!!!〙

「くっ、くく、くははははははは!!」

 広輝の慟哭と鬼の歓喜が混ざり合い、灰色の彼方まで響き渡る。

 広輝()は狂喜に震える両手を見て、為したことを実感した。

「あの剣帝を、星永の英傑をこの手でっ(なんだ?)」

 全身に針を刺されているような痛みが走り、四肢に痺れを覚える。

 意識していないと体が倒れそうだった。

(さすがにガタが来たか)

 天力をほぼ使い果たし、両刃の剣である詳細不明の絶大な力を二度も使った。

 その反動は大きかった。

(おい、クソガキ)

〘…………〙

 いつの間にか広輝の絶叫は止まっていた。

 代わりに何も発しなくなっていた。リアクションもない。

(起きろ、じゃねえな。なんか反応しろ、おい!)


 けれど


〘………………〙

(ちっ、だめか。こいつの意識が死んだら俺はどうなる?)


 長い沈黙


〘………………〙

(ひとまず、夜を越せる場所探すか)


 鬼が森の中を歩いた数分後、


〘………………ない〙

(あん?)


 広輝の底に黒い炎が灯る。


〘お前を、絶対に、赦さない〙

 奥底から燃え上がる憎悪が広輝に動機を与えた。

 大事な人を、仲間を奪い尽くしたこの怨敵だけは生かしては置けない。

 激しくも幼い憎悪を鬼は真っ向から受け止める。

(はは、いいね。やってみろよ。岳隠には帰れないだろうがな)

 肉体の主導権は鬼側のまま。簡単に広輝にやられるとは思っていない。

 眠った時に広輝が身体を動かすことになっても、それはそれで一興だと思った。

「まあいい。仲良くやろうぜ」

〘ふざけるな〙

「くくく、いいね。今のお前の方が俺は好きだぜ」

『死ね』

「お? 今……へえ、失くしそうな時より、失った後の方が意思が強えじゃねか」

〘! ……っお前!〙

「あはは」

 鬼は嗤い、笑う。

 人間のその矛盾。助けてと懇願するよりも、させてなるものかと抗うよりも、赦さない・殺してやると憎んだ時の方が意思が強くなる。

 得てして多くの人間はそう出来ている。一切の余念が消えるからだ。さらに言えば、その方が思念も強く遺り、怨霊となっていく。

 叛骨精神満載の相棒ができ、これから退屈しなさそうなことを喜ぶ。

 今夜を生き残れれば。

「ーー見つけた」

 青いマフラーをした長いポニーテールの少女が広輝()を見据えていた。


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