第十四話 堕つる天子[承]
ゴールデンウィークの連日投稿5/8日目。
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美宙の緊迫した連絡を受け、岳隠はエース級二名を派遣した。
一人は星永慧輔。言わずと知れた星永次期当主であり、広輝の剣の師匠。話を聞いて、いの一番に応援を申し出た。
もう一人は芹沢要。長めの髪を整髪剤でガチガチに整え、長い襟足はゴムで纏めておしゃれをしつつも戦いの邪魔にならないように両立していた。普通に笑えば八重歯が特徴的な気のいい青年なのだが、風貌はヤンキーそのものであり、彼を知らない人間は自然と距離を取る。勝気かつ気の短いのもあって、トラブルに巻き込まれるのもしばしばだった。そんな彼も、同い年の慧輔のせいで目立って来なかったが、若手の中で慧輔に次ぐ実力者である。また、連綿なる血筋の慧輔と違って清天寮側の天子の為、岳隠の後輩たちの指標にもなっていた。成年する前に蒼へ昇格しており、一刀流・弐ノ型を修めている。
閑散とした森の入り口に車を停め、降りて捜索の準備を始めた。
二人は耐刃性の優れた黒スーツの上から耐魔力のコーティングが施された黒いロングコートを羽織る。このコスチュームは慧輔が成人後に一人で始めたものだった。これからは大人として、星永の次期当主として、自覚と誇りを持って任務に当たるという天子としての覚悟の現れだった。その姿が格好良く、あまりにも決まっていた為、真似する者が増え、今では少年天子の憧れの服装となり、二十代の青年の正装になっている。
コートのベルトに刀を据えて準備完了。
「さてはて、おてんば娘とわんぱく小僧はどこにいるのやら」
「美宙の"予感"が杞憂に終わってくれればいいが」
どこか楽観している要に対し、慧輔は悪めの状況を想像する。
二人はどちらともなく歩き出した。周囲に気を張り、五感を研ぎ澄まし、急襲にも備えつつ二人を捜す。
広輝を見失って以降の美宙の連絡は無く、こちらからの通信にも応答がない。どうしても悪い方の状況を想像してしまう。
だからか、目的の人物を一人見つけた時、二人はほっと胸を撫で下ろした。
美宙は大木を背に洗い呼吸を整えている。ところどころ衣服が斬られているが、幸いにして傷は見当たらない。
慧輔が美宙に状況を問う。
「何があった。広輝は?」
「慧兄に要兄、ツートップが来てくれるなんて助かる」
強力な助っ人に美宙も心強く思う。一人では太刀打ちできなくなりそうだったから。
一人から開放されて少し心が緩んだ美宙に、慧輔は重ねて状況を問う。美宙に傷がない以上、状況把握が先だった。
「美宙」
「あ、うん。えっとーー」
暗に指摘され、美宙も優先順位を入れ替える。慧輔たちに説明しようとした矢先、見つかってしまった。
その距離、およそ十メートル。天力を纏えば一息に詰めることができる距離。
慧輔も要もまだ知らない。美宙しか知らない。
その真剣そうな表情で刀を持つ広輝が、広輝ではないことを。
美宙は見つかったから身構えた。要は見つけたから安心した。
「広輝! お前も無事か」
美宙よりも早く要が動く。美宙の時と同じく、ただ心配して広輝に近づいた。
それを美宙がすぐに止める。
「ダメ! それはコウちゃんじゃない!」
「ーーは?」
遅かった。
邪悪な笑みを浮かべた広輝が、要を袈裟斬りにした。コートも耐刃スーツをも越えて、広輝の刀が要の体を斬った。
要には何が起きたか理解不能。
背中から倒れゆく中、弟分の名前を呼ぶ。
「ーーコウ、キ……?」
「要!」
「要兄!」
真っ白な雪面に赤い斑点が生まれ、染み込んでいく。
「ははは! 殺しちゃったなあ!!」
広輝の体を奪った何かが、広輝の声で喜びの声を上げた。
「もう後戻りできねえぞ! これでこれは俺のものだ!」
まるで今までとは違ったかのように。
耳障りな歓喜の声に、慧輔はほぼ全てを察した。
「美宙、そういうことか?」
「うん、何かに乗っ取られてる」
腰を落とし、左手で鯉口を切り、右手を柄に。
星月一刀流剣術・弐ノ型、抜刀術の構え。広輝が慧輔たちに何かしようした瞬間に、その白刃が煌めく。
広輝の中の何かが、慧輔たちにも刀を向けると思ったからだ。
しかし、それは慧輔の想定よりもずっと冷静だった。
([火剣]の次は[剣帝]か。逃げ一択だ)
慧輔たちに体を向けたまま後ろへ数歩下がっていき、慧輔の一歩の間合いから脱すると、背を向けて森の中へ消えた。
慧輔は構えを解き、駆け出しそうな美宙を留まらせる。
「止めないと」
「いや、一旦退く」
「どうして!? コウちゃんをあのままにしておけない!」
あのままでは何をしでかすか分からない。本当に広輝の意識も消えてしまうかも知れない。
すぐにでも拘束しなければと美宙は思っていた。
その気持ちは慧輔も理解していた。それでも慧輔は、すでにケジメの付け方を考え始めていた。
「する訳がない。だから許可を取りに一旦戻る」
「何の?」
「ーー要も弔わなくてはならないし」
美宙の質問に慧輔は答えなかった。
もう一つのやるべきことを言って、わかり易く話を逸らす。
「……死んでねえ」
美宙の疑問の視線は、要の死んでない宣言にすぐに消えた。
「早いとこ、治癒頼むわ」
防刃スーツのおかげか、美宙の制止が要を一歩留まらせたのか、傷は内臓には達していなかった。
慧輔が要に駆け寄り、仰向けの要に両手を翳す。要の天力に同調し、自己治癒を加速させる。
その治癒の間に美宙は二人に把握している限りを報告した。
討滅するはずだった小鬼たちはおらず、いたのはそれよりも大きな小鬼。それを広輝が一人で追い、自分がそれを見失ったこと。次に広輝を見た時は、広輝の体を前述の小鬼と思われる意識が主導権争いをしていたこと。そして今は、いくら声をかけても内側からのアクションはなく、広輝は主導権を奪われていること。
美宙が全部話し終える間に要の治癒は完了していた。体も十分に動くことを確認し終わっている。
要は罪悪感と責任感を負った美宙の険しい顔と考え込んでいる慧輔の難しい顔を見て、次を提案した。
「美宙、慧輔と一緒に帰って全部説明して来い」
「嫌よ。あたしがコウちゃんを助ける」
「そんなに追い詰められてか?」
「!」
痛いところを突かれた。
いつもの実力差なら美宙が広輝に追い詰められる事はありえない。無力化も可能だったはずだ。けれど広輝に傷はなく、美宙は息が上がるほど逃げることを迫られていた。
最初は美宙も広輝を傷つけることを躊躇っていたが、すぐにそんな場合ではなくなった。斬るつもりで牽制しなければ、美宙が斬られていた。
それは広輝の中の何かが、広輝よりも広輝の体を上手に使い、[火剣]の名を持つ美宙と同じかそれ以上の力を持つ証拠だった。
「でも、あいつがコウちゃんの体を使って誰かを傷つけちゃうかも」
「食い止めるのは俺でもできる。事態を一番詳しく報告してやれるのはお前だろ」
慧輔が鮮烈すぎるせいもあり、要に渾名はない。だが、美宙よりも実力は数段上である。
美宙には襲いかかり、慧輔の剣気を恐れて逃げたのなら、要はその役目を担えると判断した。
「要」
「慧輔、きちんと筋を通して来いよ」
「分かってる」
広輝をここに留めておく必要がある。それは慧輔も理解している。ただ慧輔の思惑を理解している要がやろうとしていることは広輝を殺すよりも難しいかもしれない。
予防線を張ろうとした慧輔に要は『問題ない』と返した。
親友にして戦友。お互いの考えそうなことはすぐに分かった。
「んじゃ、それぞれ役割を果たそうぜ」
***
慧輔から逃げた鬼は木の幹を背にして座って休憩していた。
上がりきった呼吸を少しずつ整えていく。
慧輔たちの前では、息が上がっていることを隠す為に無理やり呼吸を落ち着かせていた。
(天子と言えガキの体。使い方には慣れた。ここらで身を隠して、その後で奴を捜すか)
顔にはびっしりと汗が滲み出ていて、周囲の冷気が心地良く感じるほど広輝の体温は上昇している。熱がこもった体から出ていく白い息が、いつの間にか止んだ曇天に消えていった。
心臓の脈動と自分の洗呼吸以外に音のしない淋しい空間の中、頭の中に咽び泣く声がサイレンのように鳴り響く。
(あーうるせえうるせえ)
鬼が体の主導権を握った後も、広輝の抵抗は続いていた。体を取り戻す為じゃなく、美宙を傷付けまいとするその一心で。
けれどそれも要を斬った直後に終わった。抵抗が終わったのではなく、抵抗が意味を成さないほど鬼が広輝の体を支配しきった。
「つーか、暑いんだよ。どんだけ着込んでんだ、てめえ」
鬼は無造作にマフラーを解き捨てる。
〘みい姉からもらったマフラー!〙
「るっせえな、動き回ってあちいんだよ」
衣服も上から一枚、二枚と投げ捨てるように脱ぎ去る。それでもまだ薄生地の服が三枚あった。
冷たい空気が急速に広輝の体を冷ましていく。
「ふん、要だったか? あいつを殺してからグズグズしていたくせにマフラーに反応するなんて、ずいぶん現金じゃないか、なあ?」
〘……〙
心に釘が打ち込まれる。
慧輔の親友を"斬った"、"殺した"。その感触は広輝にも残っている。痛みよりも理解不能の表情で倒れゆく姿も、鼻の奥に残る血の臭いも。
広輝は心の隅で操られている自分の体を第三者のように感じている訳ではなかった。目も耳も鼻も口も触覚もそのまま。意識の最前線で自分の体が全く言うことを聞かない。言いたくもないことを口走り、悲しいのに涙も流せず、大切な人たちに刀を向けた。
罪悪感も重くのしかかっていた。
そこに殺したと思っていた要が姿を現す。
「誰を殺したって?」
「!?」
〘要兄!〙
鬼はすぐに立ち上がる。
要の足跡は正面から堂々と歩いてきた事を示していた。
声をかけられるまで全く気づかなかった。
不慣れな様子で抜刀し、要に向けた。
要のコートにはさっきの斬撃の後がちゃんと残っている。天子の治癒は知っているが、鬼は仕留めたと思っていた。
「あれでなんで生きてやがる」
「あ? 俺を殺したきゃ、もっとちゃんと踏み込め、斬る瞬間にもっとちゃんと握れ、腕だけじゃなくて全身を使え、それと天力をもっと収束させろ」
鬼の斬撃がいかに甘いものだったかと並べる。それは鬼へのダメ出しの為ではない。要自身が広輝の体を使っているのが、広輝ではない別の何かであることを知っていると鬼へ知らしめる為。
「広輝は出来る。出来ないお前は、身のこなしは広輝以上かも知れないが、剣術も天術も広輝未満だ」
それと中に居るだろう広輝への叱咤。
「それとな……広輝てめえ、いつまでそんな奴に好き勝手させるつもりだ! さっさと取り返せ!」
兄貴分らしいいつもの強烈な激。
ここで止まっていたら格好良く決まっていた。
「じゃねえと、いつまで経っても香桜と茉桜の手作り菓子が食えねえじゃねえか!!」
この男、重度のシスコンである。その溺愛ぶりは周りが妹たちに同情するほど。思春期の双子の妹たちに幼少期と同じような接し方をするものだから、かなり鬱陶しがられている。
今日は広輝の誕生日会なので、他の天子の誕生日の時と同じように二人も菓子作りに参加しているはず。要は何が何でも食すと決めていた。
その要の我欲を鬼は鼻で笑い、自業自得だと得意げに言う。
「はっ! 無駄無駄。恨むなら自分を恨め」
「どういう意味だ」
「お前を斬った時、こいつの抵抗が一切なくなった。その瞬間に全部もらったんだ。今はただ見てるだけしか出来ねえよ」
要の頭がすっと冷める。
鬼は要を落ち込ませようと言っただけかもしれないが、それは広輝がそこに居るのだという自白。
「ーーほう。なるほどなるほど。自分のケツを自分で拭けるってことだな」
まだ芽はある。
要は広輝を取り戻せると思っていない。自分にできることは、慧輔が来るまでに可能な限り、その根性を叩き直すこと。
慧輔が鬼にしたように、体を沈め、左手で鞘を握り、右手を柄に添える。
「そこに居るならよく見てその身に刻め。お前の苦手な弐ノ型[残月]……とことん稽古つけてやる」
***
慧輔と美宙だけが帰還した天宿に異様な雰囲気が漂う。
二人の只事ならない雰囲気に一緒にいるはずの要と広輝がいない。不測の事態が起きていることは明らかだった。
その不穏な空気は清天寮にも伝わる。小学生たちも大人の緊迫した空気を察し、不安が広がった。それは幸穂や千花も例外ではない。真白や紅実、円が子どもたちの対応に当たった。無用な噂や誤情報で不安を広げない為に一時的に天宿の入出を制限。誕生日会の準備を進めさせたりして不安から意識を逸らさせた。
一方、天守の部屋では難しい判断を迫られていた。
部屋には慧輔と美宙から報告を受けた天守と鷲一、知恵を借りるべく講師に来ていた常通、誕生日会に呼ばれていた勇人と美幸の計七人が険しい顔で口を開けずにいた。
状況的に小鬼に体を乗っ取られた広輝をどう止めるのか。今の広輝(鬼)の力は美宙に匹敵もしくはそれ以上であり、気軽に拘束などと言える実力ではなかった。たとえ生かして捕らえることができても、他の誰かに乗り移られたら状況は悪化する。魔たる鬼が天子の広輝にどうやって乗り移ったかも分かっていないのだ。
広輝以外の安全を取るならば方法は一つだったが、それはあまりにも重い手段だった。
決断する者も、実行する者も、遺される者にとっても。
圧し潰されるような重苦しい沈黙が天守の部屋に落ちている。
誰も、どんな手段も浮かばない。
皆、頭では分かっている。それしか無いのだと。
窒息しそうな空気の中、勇人が口を開く。一番のベターは、広輝の身内がそれを言い出すことだったから。
「天守、広輝を止めます。この手に掛けてでも」
「勇人さん! それは……!」
異を唱えたのは美幸。姉の忘れ形見を、我が子を失いたくない。
そんなこと勇人も同じだ。美幸の思いも重々に理解している。
だからこそ、勇人は妻に理解を求めた。
「最悪は! ここに慧輔も美宙ちゃんも居なかった場合だった。鬼が広輝の体を使って二人を手に掛けていたら」
事態はもっと深刻だったはずである。こうやって悩む時間すらなかったはずだ。
力ずくで、勇人と美幸の意見を聞くまでもなく、天守は決断しなくてはならなかった。
こうして話す場を設けてもらっただけでも、ありがたく思わなくてはいけないかもしれない。
美幸は泣き崩れた。
「なんで、またコウちゃんなの……」
突然の家族の死。あの車の中で広輝は眠っていた。事故の瞬間の記憶もない。広輝の感覚では車の中で寝て、目覚めたら病院のベッドの上で全てを失っていた。
殻に籠もってしまった心を一人の女の子に救われ、傷ついた心を岳隠の皆と少しずつ少しずつ取り戻して来た。事故前と遜色ない元気な笑顔を見せるようになってくれた。
それなのにーー。
実った果実を無惨に刈り取られるようだった。
勇人は膝を折り、諭すように美幸を説得する。
「助けられるものなら俺だって助けたい。代われるものなら代わってやりたい」
勇人の声も震え始め、喉の奥がズキズキと痛み始める。
笑えなくなってしまった子だったが、妹を守るその一心で剣を学び始めた。慧輔の下で徐々にいい顔をするようになって来ると、慧輔に広輝を取られたようで悔しくて体術を教え始める。次第に笑顔も見え始め、男の成長が見て取れると娘とはまた違った喜びを覚え、感慨に耽ったものだった。
張り裂けそうな心を、手を血が滲むほどに握りしめることで抑え込む。涙声になっている時じゃない。
「だが、天子の体を乗っ取る妖魔など聞いたことがない。天力で浄化できるかも分からない」
充血した目を一人の有識者へ向けた。
「そうですよね、葦北先生」
陰陽師ながら、西方魔術にも天術にも通じた賢人。今、彼以上に知識を持ち得る者はいない。
その常道が申し訳無さそうに肯定する。
「ええ、残念ですが」
人を乗っ取る妖魔は存在するが、天子に乗り移った妖魔はいない。正確には、魔力を浄化する天力を持つ天子の体を乗っ取り続けた事例はない。たとえ乗り移ったとしても、天子の天力に浄化されるか、妖魔が耐えきれずに自分から出ていくのだ。この長時間、鬼が広輝の身体に居続けられること自体が異常だった。
「もしも仮にその妖魔が天属性ならば、私の魔力を彼に流し込めば、もしかしたら妖魔を追い出せるかも知れません」
「それならーー」
一縷の希望が見えたと思い、美幸がはっと顔を上げるが、すぐに希望ではないと知る。
「しかし、彼の体が私の魔力に耐えられないでしょう。体の内側から灼かれるようなものです」
「っ」
天子に少量の魔力、人・魔術師に少量の天力が触れても特に反応は起こらない。しかし、一定量を越えれば灼けるような拒絶反応を起こし、激痛と火傷のような跡を残す。天子の中に居ても問題ない鬼を追い出すほどの魔力を広輝に注ぎ込めば、広輝の体が耐えきれないことは想像に難くなかった。
方法は無い。分かっていたことだ。
だから勇人は覚悟を決めたのだ。
立ち上がり、天守に頭を下げる。助ける術が無いのならせめて自分の手で。
「天守、俺に行かせてください。息子の不始末、親の俺が付けます」
「ならん」
しかし天守は許可しない。
「子はいつもいつまでも子だ。その瞬間に思い留まる可能性が一番あるのがお前だ」
建前はそうだった。本音は『子殺しなどさせてなるものか』である。
勇人も引き下がれない。
「しかし、これを他の誰にも任せられることではーー」
「勇人さん」
天守に詰め寄ろうとした勇人へ、慧輔が意を決して切り出した。
右手を胸に当て、力強く。勇人と同じ覚悟で。
「その役目、どうか俺に、私に任せて頂けないでしょうか」
「慧兄!?」
横に居た美宙が目を剥いた。広輝を助ける方法が全く出てこない以上、勇人がそれを言い出しても仕方ないと思っていた。けれど、慧輔は最後まで足掻いてくれると思っていたのだ。広輝は慧輔の唯一の弟子。何があっても助けると言ってくれると信じていた、期待していた。
驚いて言葉に詰まった美宙をよそに慧輔は続ける。
「広輝は家族を守る為に剣を手に取りました、家族を守り続ける為に力を付けて来ました。その広輝に家族へ剣を向けさせるのは師として忍びなく」
剣術を教わる前に、慧輔に示した決意と誓い。それは今も変わりない。乗っ取られていようが、操られていようが、広輝が家族に剣を向けた事実を作りたくなかった。
「お世話になった貴方方への不義は百も承知です。しかし、剣の師として、あいつがこれ以上誰かを傷付けないようにーー」
「慧兄までなんで!? おかしいでしょ! なんで助けようとしてくれないの!?」
慧輔にぶつかるように美宙が詰め寄った。裏切られたかのような勢いだった。
美宙の感情に当てられ、慧輔の語気も強くなる。
「勇人さんが言った通りだ。助けられるものなら助けたい。その術があるなら今すぐに教えてほしい。全部やってやる」
その言葉に嘘偽りは一つも無い。
「俺に乗り移らせるか? 方法は? 可能ならそれで構わない。けど、今度は俺を誰が殺す?」
「!」
広輝は既に手に負えない。それを星永慧輔という特上の肉体をあの鬼与えたらどうなるか。今より悲惨になるのは間違いなさそうだった。
加えて、鬼を追い払う方法がなければ誰かが死ぬことには変わりない。それを今度は誰が負うのか。
堂々巡りだった。
「仮に広輝を助ける術を手に入れたとして、それまでに広輝が誰かを殺したらどうする。傷付けたらどうする。誰が責任を取れる?」
「それは……」
答えなんてあるはずも無い。
どうしようも無い少女の願いが大人の論理の前に屈した。
気落ちする美宙を見て、慧輔も感情的になったしまったことを反省する。
そしてきっと美宙と同じ思いだろうことを、悲しく尋ねた。
「それに美宙、広輝に誰かを殺させたいか?」
「?!」
「たとえ救えたとしても、誰かを手に掛けた後では手遅れなんだ。あいつは誰よりも傷付けたことに傷付く。それはお前も知っているだろう」
知っている。そんなの誰よりも知っている。だから美宙は慧輔を頼ろうとしていたのだ。誰よりも強く、誰よりも早く、誰よりも難題を解決してきた[剣帝]の手腕を。
その剣帝が広輝の救出を諦めている。
「ーーっ」
美宙は部屋を飛び出した。
「美宙!」
慧輔の呼び掛けにも止まること無く、走り去っていった。
もっと言い方があったのではないか。広輝が美宙をどう思い、その美宙が広輝をどう思っているかも知っている。そんな妹分に対して気を遣うことができなかったのか。
慧輔の頭の中がぐるぐると混乱しそうだった。
迷い出しそうな背中に勇人が声をかける。
「慧輔」
「はい」
勇人には一切の不安を与えてはならない。美宙のことは一旦置いて、無理矢理切り換えた。
振り返り、勇人をまっすぐに見つめ返す。
「お前に任せる」
「ーーはい。確かに承りました」
慧輔は騎士の如く、片膝を付き、頭を下げる。
その役目を確かに賜った。
勇人は悲しみに暮れる美幸に手を貸し、広輝の事を慧輔たちに託して部屋を後にした。
慧輔は改まって天守の前まで移動する。今後の事を話し合う為だ。
すると、天守の横にずっと控えていた鷲一が一枚の用紙を慧輔に見せる。
「今天宿に居る中から覚悟ができるだろう者を六名選んだ」
その中には鷲一の名もあり、何の覚悟かは言われなくとも理解した。
慧輔の目がリストの最後まで行くと、天守が指令を下す。
「お前が戦いやすい順番をつけろ。三人が決まるまで儂らが説得する。四人小隊で向かえ」
「了解しました」
今までのどんな任務よりも辛く苦しい任務が始まった。




