第五話 遭遇
優里菜の案内で、扉がひしゃげた倉庫から細い石の階段を降り、地下の研究室跡に入る。
ランプはあるが、それを灯す道具が見当たらないため、二人は専用端末の照明を頼りに調べていく。
優里菜は地下に下りる前、知り得たことを広輝に報告していた。案の定、その報告の通り、床の魔法陣以外何も見当たらなかった。
反対側の扉、優里菜が落ちた通路の先も調べたが、結局、地上に上る階段があるだけだった。
もしかしたら隠し扉などあるかもしれないが、広輝も優里菜もそういった訓練は受けておらず、発見できなかった。
「本当に何もなさそうだな」
研究室跡に戻り、部屋の隅々まで写真で撮影。天会への報告用だった。
「そうだね。手掛かりになりそうなの、魔法陣だけだね」
優里菜も広輝と手分けして撮影していく。
「後のことは天守に指示を仰ぐ。さすがに専門外だ」
「了解です」
広輝は自分で天守の指示を仰ぐと言ったが、今の鳴上支部に魔術に精通した天子がいるのか甚だ疑問だった。もしくは蛇の道は蛇で、魔術師と協力関係があれば好ましい。少なくとも岳隠支部はそうしていた気がする。
あらかた撮影し終わり、降りてきた階段を上る。
地上に戻って外に出ると、大剣を背負った大男が人形の残骸のそばに立っていた。
広輝と優里菜はとっさに身構える。広輝は鳴上支部の天子の一人かとも思ったが、優里菜の様子からすぐにその選択肢を捨てた。
男は服の上からでもわかるほど隆起した筋肉。肌は色黒、黒髪を角刈りにしてサングラス。世間のヤクザの風貌そのままだった。
「これはお前たちが、いや、お前がやったのか?」
大男が中鬼の首を蹴り上げ、広輝たちの前に落とす。
広輝は人形に一度、目をやってから「そうだ」と答える。
この男と戦うのはマズイと広輝の直感が告げていた。だから広輝は太刀に手を伸ばさない。必要以上に戦いの口実を作らせてはいけない。だが、訊いておくべきことは訊いておかなくてはならない。
「これは、貴方のものか?」
「違う。俺は戦いを誰かに任せるようなことはしない」
広輝は男が嘘をついていないと判断した。理由は男の背に背負った大剣とそれを扱ってきただろう体格、人形をぞんざいに扱うことから。
「そうですか。それでは僕たちはこれで」
関係ない者がこんな忘れさられた場所に来るはずがない。しかし今、この男とは事を構えるべきではない。もしかしたら広輝一人なら逃げ切れるかもしれないが、優里菜がいる。逃げ一択だった。
優里菜にも広輝の緊張が伝わっていた。自分が下手に口を出すべきではないと、一切口を挟まない。広輝がここを去るというのなら従うまでだ。
しかし――
「まあ待て」
「「!?」」
その一言と同時に放たれる敵意。背をむけることができない。
「お前たちが仕事をしたように、俺も仕事をしなくてはならない」
男は右手で背負った大剣を抜く。
「今のオーダーは『侵入者の排除』」
男の敵意が明確な殺気となって主に広輝に向けられる。
広輝は太刀を抜刀。臨戦態勢に移行した。
「ほう、小僧にしては中々いい殺気だ」
男が不敵に笑う。調度いい獲物を見つけた顔だった。男は優里菜に視線を移す。
「小娘、邪魔はするなよ?」
明確な殺気が優里菜を襲う。
優里菜が経験したことのない人間の殺意。しかもそれは言葉だけではなく「確実に殺す」という意志。
加えて、初めて浴びる本物の殺気が最上級のもの。優里菜の全身が震え上がり、立っているのがやっとだった。
「ぁ、ぅぁ……」
まともに声も出せない。全身から汗が吹き出し、膝が抜けて崩れ落ちそうだ。
広輝が男と優里菜の間を太刀で裂く。男の注意を優里菜から逸らした。
「興味があるのはオレだろ」
戦闘になるのなら、敵であるのなら敬意は不要。広輝は戦う覚悟を決めた。
優里菜は男からの殺気がなくなり、呼吸を取り戻している。
「下がっていろ」
「はい……」
優里菜は広輝の指示におとなしく従った。広輝の邪魔にしかならないと思ったのだ。
優里菜が十分な距離をとると、男が問う。
「小僧、名は?」
「……久下、広輝」
名乗らないという選択肢もあったが、広輝は答えていた。
答えれば男も名乗るだろうという計算もあったが、それよりもこれから剣を交える武人に対しての剣士としての礼儀が自然と答えさせていた。
「オリバーだ。楽しませてくれ! 久下広輝!」
広輝の予想通り男は名乗り、同時に距離を詰めてきた。
オリバーは右腕だけで大剣を叩きつけるように振り下ろす。
広輝は優里菜がオリバーの攻撃の射線に入らないよう跳んで躱す。そして大剣を振り下ろした隙をついて、右手で太刀を薙ぐ。
しかし、オリバーは大剣でこれを弾く。
広輝はこの攻撃には意表を突かれ、手から太刀が溢れる。
「くっ」
片手で大剣を振り下ろし、その手だけでこんなに早く大剣を捌けるとは思わなかったのだ。両手で握っていても落とさなかったどうか。
一瞬、サングラスの向こうのオリバーの紫眼と目があった。
広輝の背筋に恐怖が駆け上がる。
広輝は反射的に後ろへ飛ぶ。
太刀はオリバーの側に落ちる。取るにはオリバーの懐に飛び込まなけれならない。
広輝がオリバーの間合いに入ることを躊躇すると、オリバーが初撃と同じように大剣を掲げて迫る。
広輝はこれをオリバーの脇を転がるように避け、そのまま太刀を回収。太刀を中段に構える。
オリバーは広輝を追撃することをせず、大剣を肩に乗せて軽いため息をついた。
「この程度ではないだろう。もっと本気を出せ」
広輝の頬に汗が伝う。広輝が考えているのは、どうすれば無事に帰れるか、だった。
オリバーの素性に心当たりがあり、当たっていればこれ以上戦いたくなかった。
「本気を出したら見逃してくれるのか?」
「いいや、楽しむ」
オリバーは断言してみせる。バトルジャンキーを隠さない。
「しかしどうすれば本気を出す? 小娘がこの場からいなくなればいいのか? 小娘を人質にとればいいのか?」
オリバーはきっと本気で考えている。広輝に全力を出させる方法を。
「残念だが、知り合ってまだ一週間も経ってない。だから情も湧いていない」
「ほう…………ん? 小僧、久下広輝と言ったな」
オリバーには広輝の言葉が嘘か本当か分からなかったが、本当なら日本にもクレイジーな小僧がいたものだと感心し、「クレイジーな小僧」で依頼主から聞いた情報を思い出す。
『あの堕天子が鳴上に来るようじゃ』
「そうか、貴様があの堕天子か」
広輝は少し顔を歪める。「あの堕天子」ということは、内容も知っている可能性があるからだ。
「そういうお前こそ何でここにいる? [雷鬼]オリバー・エクスフォード」
「ほう」
オリバーの口元がニヤリと上がる。
ソリアス元強硬派代表の息子、少年時に親元を離れた後は傭兵稼業で名を挙げ、天子・魔術師両方からその戦闘力を恐れられた。雷を纏って戦う姿が悪魔や鬼に例えられ、いつしか[雷鬼]として呼ばれるようになった。
その特徴は、二メートルの巨躯に大剣を携え、エクスフォード家特有の肌黒黒髪紫眼で、戦闘を何よりも好むこと。
「決めた。貴様だ、久下広輝」
オリバーが左手で広輝を指差す。
「お前と戦う極上の場を用意する。そこで存分にやり合うとしよう」
「丁重にお断りしたいが」
こんなのと戦ったら身が持たない。最悪死ぬと広輝は思っていた。
「その時は貴様自身が[堕天子]であると証明することになるだろう」
「…………」
だが、オリバーは広輝自身がそれを許さない状況を作るという。何にしても厄介なことになったのは間違いない。
オリバーは大剣を納める。
「侵入者は既にいなかったと、契約主には伝えておこう」
オリバーは殺意も敵意も、戦いの雰囲気すら消し、広輝の背後へ立ち去ろうとする。
「何をしでかすつもりだ」
オリバーが広輝の横を通り過ぎようとした時、広輝が訊く。オリバーは契約主、おそらく人形を作った魔術師の命令を受けてここに来た。
そして戦いの場を用意するということは、広輝と戦う機会が訪れるだろうことを知っているということ。
「さあな。俺も全部は聞いていない。だが、碧の秘宝は大事にしておくことだ」
「碧の、秘宝?」
オリバーは「俺も何のことかは知らない」と言い残し、去っていった。
碧の秘宝。オリバーは、広輝がそれを何のことか分かる者に報告することを見越して言っているはずだ。
ともかく、広輝は今回のことを天守に報告すると、一旦帰還せよとの命令を受け、優里菜とこの工場跡を離れるのだった。




