第六話 清天寮
優里菜は円と一緒に天々館で昼食を済ませ、もう一度岳隠支部を訪れた。
円の案内で、一旦正門から外に出て石屏に沿って左におよそ五十メートル。天宿の大きな木造の門とは違い、学校で見慣れた横引きの門扉が現れた。石屏には[清天寮]と書かれた年季の入った札がかかっている。
車一台が通れるくらい開いた門を通ると、天宿や道場とは違う現代風の建物があった。同じ敷地内で違和感がないようだろうか、天宿や道場と色は合わせている。
この三階建ての[清天寮]こそが岳隠支部の福祉施設の一つであり、国内で最も大きな養護施設でもある。
その玄関から元気な男の子の声が聞こえてきた。
「行ってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
男の子はエプロンを着た施設の女性職員に元気よく手を振り、職員も笑顔で手を振り返す。男の子が手を振った反対の手は女性に大切に握られ、女性はお礼を述べて深くお辞儀をする。
男の子と手を握っている女性が親子なのだとひと目でわかった。
親子が職員に別れを告げて、停めてある車へ向かおうとすると男の子が円を見つける。
「あ! まどかお姉ちゃん!」
「よっ」
円は軽く手を挙げて男の子に応える。
「お母さんとお出かけか、涼馬」
「うん。おとまり!」
「そうか。気をつけて行ってこい」
「はーい。またあしたねー!」
男の子は、久しぶりの親子水入らずの時間が楽しみで仕方がないようである。隣の母親は円にも丁寧に頭を下げ、涼馬を連れて親子は車へと向かっていった。
女性職員はここに来るはずだった広輝について尋ねる。
「円ちゃん、コウちゃんは?」
「天守か鷲一さんに絞られてますよ。千花と手合わせしちゃったから。駐車場で」
「あらまあ。愛紗ちゃん楽しみにしてたのに」
「また後で会わせますよ」
円と親しげに話すその女性は、髪を後ろで一纏めにした色白の細目美人。背丈は円より少しだけ低いだけだが、ほっそりとした体型のせいか円より一回り以上小さく見える。
「真白さん、面会室一部屋借りていいですか?」
「いいけど、何するの?」
「概要説明」
円は親指で後ろに控えていた優里菜を指し、暗に優里菜を紹介する。優里菜もそれを悟ってか、真白に名前を言った。
「つ、月永優里菜です。よろしくお願いします」
「あら可愛い。小鳥遊真白です。こちらこそよろしくです」
***
六畳ほどの面会室に入ってテーブルに着くと、円は開口一番に優里菜に忠告した。
「先に言っとく。真白さんに結婚と年齢の話はするな、鬼を見たくなければな」
円の顔は本気だ。まるで骨身に染みた過ちの教訓を伝えるがごとく。
優里菜もすぐに理解した。妙齢の女性にその手の話がタブーに近いことを優里菜も心得ている。
「わかりました。今が大事な時期なんですね」
「いや、私が小さい時からここの先生をやってるから……」
「小さい時って……」
そこまで言って優里菜は、円の背後に鬼を見つけた。お茶を持ってきてくれたようだ。
「まーどーかーちゃん?」
「はいぃ!」
もしも『椅子の座り方』という本があったなら、掲載されるくらいきれいな姿勢がそこにあった。
「全くもう。変なこと教えないでよね」
真白は淹れたての温かいお茶が入った湯呑を優里菜、そして円の前に置く。左手に白と桃色のミサンガが覗いた。
円は失態をごまかすように真白のお茶を口に運ぶ。
「いいんです。ここのみんながわたしの子供ですから。それに四十のおばさんなんて誰も貰ってくれませんよ」
真白へ「いただきます」を言って、お茶に伸ばそうとした優里菜の手が止まる。
「よ、よん? 三十ではなく?」
「あらありがとう♪」
真白のその返しは玲菜と瓜二つ。
年齢不相応の外見をしている存在が身近に居る優里菜にとって、ある意味それが優里菜を納得させる要因になった。
少し上機嫌のまま真白は部屋を退出していく。彼女の気配がなくなるのを確認し、円が仕切り直しと言わんばかりに音を立てて湯呑をテーブルに置いた。
「玄関ですれ違った男の子、涼馬はなんでここにいると思う?」
優里菜は湯呑をカイロ代わりに両手で持って考える。事前情報からすると子供が清天寮にいる理由は一つしかなかったが、彼には母親が居た。里親の可能性も考え、一つ確認することにした。
「孤児院ですよね、ここ」
「一昔前はそうだったが、今は児童養護施設の面もある」
「すみません。違いがわからないです」
「ここに居るのは孤児だけじゃないってことさ。訳あって親と一緒に住めない子供もここに居る」
経済的理由、親戚・隣人を頼ることのできない親たちの病気・負傷、そして虐待。事情は違えど、親と住めなくなった子供たちを清天寮は預かっていた。
「それじゃあ涼馬くんも?」
「そうだ」
優里菜には疑問が過ぎる。円は『親と住めなくなった』と言ったが、彼らの関係は良好に見えた。とても一緒に住めなさそうには思えなかった。
その疑問に至るのは円の想定済み。さらなる質問を優里菜に与えた。
「普通の一般人が自分の子供に変な能力があったら、どう思うと思う?」
「えっと……」
優里菜はすぐに想像を始めた。一般人の間に生まれた天子をどう思うか。それは逆に言えば天子の間に生まれた一般人。
……優里菜個人の感情とすれば『それがどうした』だった。なぜなら、隆平と玲菜は隆也を愛した。自分も兄を慕った。そこに家族であること以上の理由は必要ない。
けれど、すぐに周囲の反応が浮かび上がってきた。優里菜がそれを思い出す前に円から優里菜の想像以上の答えが示された。
「気持ち悪いだ」
「ーーえ」
「もちろんそう思わずに愛し続けられる人もいる。けど、一度でも思ってしまったら真実を知るまで止まらない」
分からない。優里菜には解らなかった。天子であろうがなかろうが清天寮のような施設が存在する理由は知っている。しかし、嫌い・邪魔などではなく、自分の子供を気持ち悪いなどと思う理由が優里菜には解らなかった。
円は悲しそうに続ける。
「彼ら彼女らには、人の皮を被った何かにしか見えなくなるんだ」
火を出し、水を操り、金物を変形させる。それは漫画やアニメなどの非現実でのこと。現実で見せられたらそれは、化け物に映る。たとえ我が子であったとしても。もしくは我が子であるが故に。
「人間の子供のように泣き笑い、自分たちを慕ってくる何か」
それは一つの恐怖だった。理解不能の力がいつ自分に牙を向くかわからない。カウンセリングの中で親たちは拳銃を、ナイフを、包丁を持った何かを相手にしているようだったと言う。
「気持ち悪さに未知の恐怖が加わって……それが親の許容量を超えた時、排除が始まる」
「排除……」
「悲しいが、遠ざける・無視はまだいいんだ。最低限の衣食住は与えられる内は。でもーー」
円は言い辛そうにそれを言った。
「最悪、死を願われてしまう」
「……」
それが直接的であれ、間接的な方法であれ、その天子たちは実の親の凶刃にかかる。子供を殺めるという意識の他に、人ではない何かをこの世から排除すると言った自己正当化された誤った正義感によって。
『非道い』と優里菜は言い切ることはできなかった。仮に自分が同じ立場だったら変わらず愛情を注ぐことができたのか。天力や魔力などと言った異能を知らずに、極々普通に生まれ育ち、幸せの末に生まれた子供がその手から突然火を出したとして、果たして自分はその子を受け入れることができるのか。その親たちと同じにならないと言い切れるのか。
優里菜はその悲劇に心を痛めることしかできなかった。
「というのが最悪の過程と結果で、さっきも言った通りどんな力を持っていようと愛情を注ぐ人たちもいる。けど、限界がある。その力が常識の枠外が故に、我が子と頭では理解していても心のどこかで我が子が他人とは違うと思っている。小さな歪がだんだん大きくなって、いずれ"気持ち悪い"に至る。愛情を注いでいるこれは人間なのだろうか、とな」
その疑問を自力で払拭するのは非情に困難だった。一度でも持ってしまったその問いは、時が経てば経つほどに顕在化し、周りに知られることを恐れる。知られれば子供がイジメに遭い、大人へ伝われば地域ぐるみの排斥に遭うのは想像に難くなかった。
「それで、子供を縁も所縁もない土地に捨てたり、子供を残して蒸発なんてこともある」
円の言葉に一切の嘘はなかった。全て彼女が見聞きしたことであり、清天寮に在籍した天子の経緯でもあるからだ。
「その他ケースは色々あるが、涼馬の母親は愛情を注ごうと一人で頑張った人だ」
彼は五歳で能力を発現した。その力を見た父親は自分の子ではないと母親の不義を糾弾したが、DNA鑑定の結果は白。間違いなく父親の息子だったが、その力を忌み嫌いまたは恐れ、一方的に離婚を突きつけ姿を消した。
その後、母親は息子の力のことを誰にも話せず、一人で抱え込み、段々と精神を病んでいった。
「涼馬は運が良かった。ひい祖母さん、母親のお祖母さんがこちら側のことを知っていたんだ。疲れ切った娘を見てお祖母さんが一時的に涼馬を預かって、同居していたひい祖母さんがたまたま涼馬の力を目にした。母親から絶対に使ってはいけないと言う言いつけを破った涼馬を、な。それでひい祖母さんが天子協会と連絡を取って、母親を説得して涼馬はここで預かることになった」
小学校に上がるタイミングで彼は清天寮へ移り、親子は離れ離れにはなったが、最悪の事態は免れることとなった。
「良かった、と思ったか?」
「良く、なかったんですか?」
「言い方が悪かった。良かっただけでは無いんだ」
円は続ける。天子を保護して終わりではないのだと。
「ギリギリのタイミングだった。母親も優しい人だったからのケアも必要になるんだ」
彼女は涼馬を愛しながらも恐怖を抱えていた。誰にも話せず、一人で頑張り続けた彼女の精神は限界だった。そんな彼女に真実を話すと次の問題が生じてしまうのだ。
「こちら側のことを知って事情を理解すると、罪悪感に苛まれるから。涼馬は間違いなく我が子だったのに、と」
「……」
愛していたからこそ、彼女が優しければ優しいだけ、我が子に恐怖したこと、息子を疑ったこと、涼馬にしてきたことに苦しむ。
実際、真実を知った彼女は安心と罪悪感で泣き崩れ、涙が枯れた後は自らを責め続けた。母親失格だと、もうあの子の傍にいる資格など無いと。
涼馬が小学校に上がるタイミングで清天寮に入ってからおよそ二年。母親の心も整理され、親子で会う機会も増えていっていた。
「鳴上ではあまり聞かないか。こういう話」
「はい」
鳴上に幼い源子はいない。小さくても中学生以上の天子が陽本派として所属していた。血統主義の月永が彼らを引き取ることは稀だった。
「名家に生まれたら生まれたで大変なことがあるかもしれないが、少なくとも天子であっても排除されない環境ってところは恵まれている。君も、私も」
創まりの三家である月永は天子であることが当然であり、その三家に並ぶ陽本が所属する鳴上では、そこに疑いも持つことはない。そういう環境故に、源子の状況を想像もすることはなかった。
「コウもそういうところを君に見てほしかったんだろう」
「広輝くんも、その一人なんですか?」
「いや、コウは違うぞ? コウは……まあ、似たようなものだが。両親はこちらの事情を知っているから、涼馬たちとは違う」
「その両親は今の、ですか」
優里菜は広輝の母親が天宿の侍女だったことは玲菜から聞いていた。けれど父親はどうなのだろうか。もしかしてと思ったがそれは杞憂に終わる。
円の中でも優里菜の質問で枷が一つ外れた。
「なんだ、そこまで知っているのか。答えは全員だ」
と言ったところで、円があることに気づく。
「ってあれ? もしかして君[碧い瞳の女の子]か」
「? はい」
「あーそうなんだけどそうじゃなくて、事故の後、病院でコウを元気付けた子だな?」
「たぶん、そうです」
「なるほどなるほど。そういうことか」
円は色々納得したように何度もうなずく。
反対に優里菜は首を傾げる。
「覚悟しとくといい。君はここでは結構な有名人だ」
「え。」
「[碧い瞳の女の子]の話は皆知っているからな」
毎日会いに来てくれた女の子がいた。事故の後から岳隠に来るまでの経緯を話す時、広輝は必ずそうやって[碧い瞳の女の子]の話をしていた。名も知らないその少女に再会したら言いそびれた「ありがとう」を絶対に言うんだと。
始めは小学生の恋愛話かとニヤニヤしながら聞いていた者も、広輝の真剣さに、そういう次元の話ではないと茶化すことはなかった。
***
清天寮は三階建。一階が職員の部屋やみんなの食堂、レクリエーションルームなどの共有スペースが揃い、二・三階が子供たちの部屋が並んでいる。
優里菜は円から清天寮と預かっている天子のバックグラウンドの説明を受けた後、まず一階を見せてもらっていた。
優里菜の左手には、彼女との再会を待ち望んていた愛紗の可愛い右手が握られている。面会室の前でずっと待っていたらしき愛紗とあつい抱擁を交わし、愛紗は円と一緒に清天寮を紹介することになった。
「ここがレクリエーションルームだ」
最初に優里菜が通された部屋には、壁にずらりと並んだ棚には幼児向けのおもちゃから高学年向けの物まで揃っていて、小学校低学年くらいの子供たちが思い思いに遊んでいた。
絨毯の上でボードゲームで盛り上がったり、テーブルで絵を描いたり絵本を広げて読んでいたり。
すると、ボードゲームをしていた一人が円たちに気づく
「まどか姉ちゃんだ!」
「よっ」
「昨日ぶり!」
「また来たの?」
「また来たぞ」
「となりの人だれー?」
「だれー?」
「アイちゃんその人は?」
うーん、マシンガン。子供たちの言葉の連射に中々リアクションも挟めない。
そしてその子供たちも真白と同じように十人十色のミサンガを手首に巻いていた。
子供たちが円たちに詰め寄る中、愛紗が"バーン"と効果音でも付きそうな勢いでそのページを子供たちへ見せる。
「(ゆりな おねえちゃん)!」
「「「「!」」」」
「コウ兄のカノジョだ!」
子供たちのテンションが爆上がりである。絵本を読んでいた子も本から目を離す。
期待を込めたたくさんのキラキラした目を向けられた優里菜は、笑顔でそれに応える。
「違うよ」
「え、みんな言ってーー」
「違うよ」
「でもでもーー」
「ち が う、んだよ」
「あ、はい」
その笑顔で有無を言わさぬ迫力に子供たちも何かを察する。似たような笑顔を真白に見たことがあったから。それ以上の追求を止めて無理やり納得するのだった。
***
食堂から人の気配がしたので、そちらを覗いてみた。
中には四人から六人用のテーブルがずらりと並び、その一つでエプロンと手拭いを頭に巻いた女子たちが何かを作っていた。
ボールの中にあるクリーム色の生地に薄力粉をふるってかけていた。
その様子を見守っていた女性が円たちに気づいた。
「あら円、どうしたーー」
女性ははっとした様子でテーブルを離れ、急ぎ足で円に接近する。女子たちに聞こえないように小声で円に尋ねた。
「(コウの奴いないわよね)」
「(今はいないです)」
「そ」
女性は胸を撫で下ろし、声のボリュームを元に戻す。
「で。そちらのカワイ子ちゃんはどなた?」
円は自分で紹介するのではなく、目で優里菜自身に挨拶を促した。
「初めまして。月永優里菜です」
「安室紅実よ。ここで寮母をさせてもらっているわ」
キリッとした目尻が特徴的だが、少し丸みを帯びた頬の輪郭にに可愛らしさが見える。おっとりとした真白とは反対の印象を受けた。
「真白さんと同じ……?」
「そ。それからあの人の姪にあたるわ……間違っても同年代じゃないからね」
念を押すかのように、若作りじゃなくて若いのよ、と目が言っていた。
しかしその迫力じみた訴えも、料理中の女子に台無しにされる。
「そんな遠回しに言わないで『ピチピチの二十六才! 彼氏募集中(☆(ゝω・)vキャピ)♪』って言えばいいのに」
「ねー」
「香桜、茉桜!」
紅実の叱責も何のその。同じ顔の二人は「怒ったー」と茶々を入れる始末。紅実は、しっかりはしているけれど、隙きがあるようだ。
香桜は昨日、天々館で優里菜たちを出迎えた女性である。優里菜と目が合うと小さく手を振った。その手にはやはりミサンガが見える。岳隠ではミサンガが流行りのようだった。
そしてその横でいつの間にか移動していた愛紗が別の女子からゴムベラを借りてボールの中をかき混ぜていた。
「まったく……そうだ、千花知らない? 一緒にクッキー作る予定だったんだけど」
「見てないですね」
「お昼ご飯は食べてたのに。どこ行ったんだ?」
「見かけたら声かけときますよ」
「よろしく」
円に一つ頼み事をすると紅実はクッキーづくりに戻る。
その背中に円が一つ聞く。
「琳は居ますか?」
その名前に紅実は足を止めて怪訝な顔で振り向いた。
「部屋に居ると思うけど、何するつもり?」
「何もしませんよ。こういうのは積み重ねらしいですから。な?」
「……え?」
優里菜は何のことか分からず戸惑うも、円の意味深な笑みは変わらない。
訝しむ紅美は少し優里菜を見続けると「なるほど」と言って今度こそクッキーづくりに戻っていた。
何が「なるほど」なのかさっぱり分からず、円に訊いても「後で教える」とはぐらかされてしまう。
その後、愛紗がプレーンの生地をラップに包むところまで手伝うのを見守って三人は食堂を後にした。
***
二階に上がると長めの髪をツンツンにセットした中学生男子に遭遇した。
円を見るなりみるみる表情が険しくなっていった。
「ちっ」
「いきなり舌打ちとはご挨拶だな、幹春」
「幹春だ。女みてえに略すな。それととっとと消えろ。莫迦野郎の味方する奴なんか二度と来んな」
威勢あり、棘ありの罵詈雑言を円は気にも留めずにやれやれと肩をすくめる。
「ふっ……三年前に来た当初は素直だったんだが、今はこの通り反抗期なんだ。生暖かく流してくれ」
「はあ」
「……」
優里菜は"莫迦野郎"が誰のことを指しているかをすぐに察したが、それよりも開口一番の罵倒に呆気にとられて反応が追いついていなかった。
その横で愛紗は悲しそうな顔になる。優里菜と繋いだ手をぎゅっと少し力が入った。
「……誰だよ、そいつ」
優里菜と愛紗の存在にようやく気づいた幹春。威勢が弱まる。
「私の客だ。天守の知り合いの娘で、ここ案内をしている」
「天守の知り合いだあ? じゃあ良いとこの奴かよ」
幹春は何かを内に押し込むように口を閉じる。何かが不都合のようだ。
しかしすぐに考えを切り替え、優里菜に天位を訊いた。
「お前、何色だーー」
幹春の頭上に神速のチョップが炸裂する。それは反射も許さない意識外からの裁き。
「痛った! 何しやがる!」
「私に汚い言葉を使うのは一千歩譲って良しとしよう。しかし、外の人間に礼節を損なうことは許さん。それとミキよりも一つ年上だ」
年功序列。年上には敬意を払え、年下には気を配れ。それが清天寮ないし岳隠のルールでもあった。
その為、優里菜の年を教えることで幹春に年上への対応を促していた。
「おま……あなたは何色ですか」
無礼の兆候すら見逃さず、円の手刀がキラリと光る。
「黄色です」
「いつ昇格した……したのでしょうか」
「去年の夏です」
最初の威勢はどこへやら。
優里菜はだんだんと微笑ましく思えてきていたのだが、突如として風向きが変わる。
「勝負だ」
「?」
「ミキ!」
「俺が翠クラスだってことわからせてやる! お前が証人だ」
幹春は勢いよくミサンガをした右手で円を指差す。
円は咎めるのを一旦横に置き、彼の手に右手を重ねて、その失礼な手をゆっくりと下げさせる。
「……礼節の件は後にして、それは多分無理だな」
「なんでわかんだよ!」
「午前中にしこたま扱いたからな、私が。今勝ったところで、勝ちの証明にはならないぞ」
実力の話ではなく、公平性の問題。弱った上級者に勝利したところでそれはただのハンデ戦でしかない。幹春も円の遠慮の無さを知っている。
「ちっ。なら明日だ! 逃げるなよ!」
「逃げるなって、この子はまだ承服してないぞ」
円はため息混じりに優里菜に明日の予定を尋ねた。
「ちなみに明日の予定は?」
「たぶん、今日と同じです。確認してみないとですけど」
「ふむ。なら九時に道場で。それでいいか?」
「はい。でも良いんでしょうか」
広輝に確認を取らずにという意味だったが、円は違う意味に捉える。
「問題ないさ。それに色んな人の剣が君の経験にもなる」
「わかりました」
優里菜の意図しない回答ではあったが、その経験は広輝が優里菜をここに連れてきた目的と合致していた為、優里菜は勝負を了承した。
「つk……優里菜と言います。明日はよろしくお願いします」
幹春の言動から名字を伏せて優里菜は右手を差し出したが、幹春はそれを取ることはなかった。
「っ。首を洗って待ってろ。叩きのめしてやる!」
捨て台詞を吐いて二人に背を向けた。それが彼の致命傷となった。
「痛っっっっ! てぇぇ……」
「四月から高校生なんだ。礼節を弁えるように」
キラリと煌めく手刀の下で、叫ぶことすらままならなり、その場に頭を抱えて踞る。
優里菜の横で、愛紗が息を呑んで両手で自分の頭を抑えていた。




