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いつか、君の隣へ  作者: U
第三章 欺瞞、憎しみの行方

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第五話 氷の少女

 広輝は円への文句を考えながら玄関を出た。日の明るさに目が眩み、とっさに腕で目を覆う。

 外は雲ひとつ無い快晴の太陽はもちろんだが、支部の外郭を囲う石塀に沿って積まれた雪が日光を強く照り返していた。雪面がほんのり溶けた水っ気で一層眩しくなっている。

 真上と正面全域から照らされるような感覚だった。目を細めることでなんとか周囲を確認できるようになると、広輝は道場に向かって歩き出した。

 スパルタに遭っているだろう優里菜の様子を確認することと円に一言言う為である。二人一部屋になってしまったとは言え、誤解()の広がり様は目に余るものがあった。おそらく円はそこまで問題視していないだろうが。

 併設されている道場は支部の正面玄関を出て左手に見え、その大きさは体育館さながらである。また正面玄関から正門、道場前は駐車場にもなっていて、今も雪かきされて端の方以外は駐車できるようになっている。もっともそんな広い駐車場にも車は五台しか止まっていない。

 なので、運動(戦い)にはもってこいの場所でもあった。

 広輝は、瓦屋根を蹴った音と首筋に走った悪寒を感じ取り、前方へ跳んで躱す。

 広輝のいた場所に振り下ろされた氷の一刀が空を斬る。

「避けないでよ、それでしか償え無いんだから」

 着地した少女が、手にした氷刀よりも冷え切った視線を広輝へ送る。

「……久しぶりだな、千花(ちか)

「死ね」

 上空から広輝を斬りつけようとしたのは藤森(ふじもり)千花(ちか)。広輝の妹分であり、氷の天子であり、堕天子の被害者の遺族である。

 長い髪のポニーテール姿は彼女の姉を彷彿させた。普通にしていれば可愛らしそうな少女だが、広輝を見る眼は、冷たく、暗く、憎しみで満ちている。

 彼女の手には、刀身を分厚い氷で覆った氷刀が握られていた。

 その氷刀を軽く振って(くう)を斬る。千花の前にキラキラと光る粒がいくつも現れた。

氷雨(アイスバレット)

 キラキラと光っていたのは凝結した氷の粒。千花はそれを銃弾に変形させ、広輝へ向けて撃ち放った。

「っ、風守(かざもり)

 その弾丸は広輝の天術に防がれ、弾かれ、地面へと散らばっていく。

 千花は構わず氷刀を振り続け、次々と弾丸を作り続けては撃っていった。数、威力は本物には届かずともそれは氷のガトリングガン。(ひょう)の嵐が広輝を襲う。

 広輝は風守を張ったままその場から動かない。

 氷の弾丸が残っている中、千花は無表情で氷刀の先を地面へつけた。

氷荊の園(アイスガーデン)

 その詠唱を合図に空中にあった氷の弾丸が勢いを無くし落下する。地面に残ったのは氷の弾丸でできた氷の道。それが氷刀の剣先が触れた場所から棘のように次々と変化していった。まるで湖が裂けてできる氷の山脈のように。

 (とげ)と言うには大きすぎるそれは地面から生えた巨大な氷柱。千花の天術はすぐに広輝の周りに散らばった氷にまで影響を及ぼす。

 広輝はすぐにその場を飛び退いた。その直後、氷の(とげ)が風守を突き破り、アイアンメイデンのように広輝が居た場所を串刺す。

 千花の攻撃はまだ終わらなかった。

 広輝の足が地面に付く前にもう一つの天術を発動させた。

氷の槍(アイスランス)

 (とげ)がその形を崩し、溶けて、一塊となる。そして一本の槍となり、広輝を貫く。

「嵐」

 着地が間に合わないと感じた広輝は、身体能力強化の[嵐]を発動。右脚を振って体を反転し、左手で氷の槍の側面を押す。

 間一髪だが何とか回避することに成功した。

 次に来たのは斬撃。放たれた氷の斬撃。

 空破斬だ。

 広輝は左腕を横薙ぎに振って、いつもなら太刀の斬撃と合わせて使う天術を手刀で発動。

「烈風」

 一つしか無かった氷の斬撃は烈風の前に崩れ去る。

 その向こうに千花の姿がない。

 捜す目より先に直感が千花の場所を伝えた。

 氷の槍の向こうで体を沈め、刀を構える少女が一人。

 広輝は全力で上に跳んだ。[嵐]の天力を脚に集めて、天宿よりも道場よりも高く。

 ーー星月一刀流剣術・壱ノ型[飛電]ーーー

 その術は、自らの体を大きく沈め、相手に消えたと思わせる圧倒的初速を繰り出し、相手の横腹を斬りながら相手の後ろへと駆け抜ける術。だから広輝は上へ飛んだ。氷の槍を潜って来るだろうと。

 しかし千花は[飛電]の初速を利用し、氷の槍をも足場とし、広輝に迫った。後ろへ抜けられるほどの跳躍力なくても彼には届く。氷刀が広輝の膝を捉える。

烈風の騎槍(ゲイル・ランス)

 広輝は右手で貫通力のある天術で千花の氷刀を撃ち落とす。刀は風の槍と共に地面へと落下していく。刀だけが。

 千花は広輝の天術発動を見切り、刀から手を離していた。代わりに両手を広輝に向ける。落下し始めた体を整え、正確に広輝へ標準を合わせた。

氷の粒子(アイスダスト)

 非常に細かな氷が幾千と広輝に向かって放たれた。

 広輝は風守の発動は間に合わず、体を天力で覆う。千花の氷の粒子(アイス・ダスト)に飲まれた瞬間は大してダメージはなかった。冷気に包まれた感覚だったが、変化はすぐに訪れる。

 服が、皮膚が凍り始めた。全身で氷の粒子(アイス・ダスト)を浴びてしまった為に、体の端々が同時に凍り始めてしまっている。体を思い通りに動かせなくなっていく。

 広輝はすでに落下の途中にある。このままでは受け身が取れず、アスファルトに激突する。天力で身体強化しているが、怪我は免れない。

 だから広輝は、力技に出た。

 ーー天術・嵐鎧(らんがい)ーー

 体の一肢一肢を暴風で覆い、全身を鎧のように風で纏う攻防一体の天術である。多くの天力を必要とするので広輝はあまり使用しないが、体を侵してくる氷を撥ね返すために今はその暴風をも生む天力量が必要だった。

 一瞬にして肌の三分の一ほどを覆っていた薄氷が内側から生み出た暴風によって剥ぎ落とされ、広輝の周囲に散らばり舞う。

 体の自由を取り戻した広輝は無事に着地し、その上から陽の光を受けた細氷がキラキラと舞い落ちる。

「…………」

 先に着地した千花が黙ってその様子を窺っていた。右手にはすでに刀が握られており、広輝が佇まいを直すと、再び刀身を分厚い氷で覆い氷刀とした。

「だから言ったろ。見知った顔だろうと、太刀を持っていなかろうと、あのオリバー・エクスフォードに勝った堕天子を甘く見るなって」

 金属バットを担いだ男が正門の向こうからやってくる。

 百八十に届きそうな背丈に、如何にも不良を彷彿させる襟足の長い金髪と派手なピアスに、両手にはジャラジャラとブレスレットとミサンガをいくつも付け、派手な革ジャンにダメージジーンズ。岳隠には似つかない風貌だが、彼も岳隠の天子であり、広輝とも面識があった。

桑次郎(そうじろう)さん……」

 広輝の桑次郎に対する印象は決して良いものではない。それは桑次郎も同じ。

「久しぶりだなあ、広輝。よく帰って来れたもんだ。お誕生日に彼女に『よしよし怖かったでちゅね〜、君は悪くないよ』って慰めてもらいにでも来たかあ?」

「違います。あれは彼女(そういうの)じゃなくて、鳴上に押し付けられた指導相手(パートナー)です。双剣に適正があったんですが、オレの教えられる範疇を超えたので円さんを頼りました。後、部屋の件は手違いです。主には円さんのせいです」

 広輝は桑次郎の煽りに神経を逆撫でされるところもあったが、間髪入れずに一息に説明していく。誤解の解消が優先度を上回った。なんとなく冷たい視線が和らいだのは広輝の気のせいか。

「それを誰が信じるよ?」

「事実なので事実として認識してもらいたんですが」

「そうじゃなくてよお、[堕天子]なんぞの言葉を誰が信じるって話だ」

「…………」

 胸を締め付けられる。無関係な者に[堕天子]呼ばわりされたところで、どうということはなかった。しかしここは岳隠。家族同然の仲間、兄弟のように遊び過ごした人がたくさんいる場所。

 知っていたり、勘付いた人たちが広輝を忌み嫌っていることは理解している。目の前の千花がそうであるように。

 知っていてもなお、広輝のことを思慮してくれる人がいることも分かっている。円や天守たちがそうであるように。

 そして知らぬ子どもたちが今もなお、広輝を慕ってくれていることを体感している。先程そうであったように。

 広輝は憎しみを向けられることは覚悟していた。そのつもりで決めたのだから、受け止めようと思っていた。

 けれど、それでも大切に思ってくれている人、慕ってくれている子どもたちをありがたく思うと同時に心苦しく思っていた。自分にそんな資格などあるはずも無い、と。

「本当だろうが嘘だろうが、取り敢えずお前はここで死ね」

 桑次郎は当時、岳隠には所属していなかった。事件後、広輝が送致された更生施設で出会い、広輝の経緯を知って嫌悪の対象となった。彼は品性高潔には程遠いが、仲間への情は人一倍大きいのだ。

「行くぜ、千花」

「ーー」

 桑次郎が左手を千花の肩に置こうとしたが、千花はすっと避ける。

「おいおい」

 千花は広輝に狙いを付けたまま、桑次郎に目を合わせない。

「あなたとは目的が一緒なだけ」

 千花の無愛想ぶりに苦笑いを浮かべると、桑次郎も戦いに意識を切り替えた。

「あいよっと……おらああ!」

 金属バットを振り上げて広輝へと詰め寄る。その走法には、岳隠の武術のかけらもない。ただ悠然と走り、振り上げ叩きつけた。ただし金属バッドはトゲ付きの大きな棍棒へと変貌している。広輝には余裕で躱されるが、叩きつけたアスファルトが凹み割れた。桑次郎の戦い方に繊細さはない。隙きがあろうが、攻撃を受けようが、力ある一撃を振り回す。彼の先輩たちの戦い方を踏襲していた。

 鉄の棍棒の柄を両手で握ると、棍棒を更に大きくして広輝めがけて振り上げる。

「うら!!」

 これも広輝は難なく躱す。桑次郎も避けられることは百も承知。むしろそれが狙い。桑次郎は反撃が無い(・・・・・)ことを知っている。ワンアクションを広輝に取らせることが目的だった。

「風守」

「その程度!」

 桑次郎の陰から距離を詰めていた千花が広輝の風守を縦に一閃。風の守りが斬り裂かれた。続けざまにそのままVの字を書くように斬り上げた。間合いは詰められていない状態での斬撃。広輝は自分もよく繰り出す連撃だけに予測可能だった。足が斬線に残らないように強めに地面を蹴って氷の空破斬を避ける。その先では再び桑次郎が大きな棍棒を振り下ろしていた。

「おらあ!」

「っ!」

 脳天直撃コースの棍棒。それを広輝は天力を纏った右手を合わせて、コースをずらして地面へと受け流す。棍棒は広輝ではなく、アスファルトをかち割った。

 足場を崩された広輝に小さな隙きが生まれ、千花はそれを逃さない。

 刺突の構え。最速最短の攻撃。心臓へ狙いを定める。

(お姉ちゃんの仇ーー)

 柄を掴む力が一層強まる。

 千花が憎悪を持って、前方へ力を向けた時だった。

「何事だ」

 その一声が全てを止める。

 千花は刀を広輝に向け、桑次郎は棍棒を地面につけ、広輝は千花の攻撃に身構えたまま。

 支部の玄関には天守、そして鷹之(たかゆき)が厳しい顔で控えていた。

 道場からも円と優里菜が顔を出す。

 広輝は心配そうな優里菜を横目に確認すると、事態を収拾し始めた。近くで知ることになったとしても、今は少しだけ先延ばしにする。

「手合わせしていただけです」

「手合わせ、だと?」

「はい」

 広輝は左手で汚れを落とすように服を払うと、その手で道場の方を指をさす。

「道場は使っているので、手早くここを使わせてもらいました」

 広輝の弁が取り繕いに過ぎないことを一人を除いた全員が理解していたが、それを今ここで正す者は一人もいなかった。

「…………場所を考えなさい」

「ふん」

 戦いの空気が薄まると、千花は刀身の氷を解いて鞘へ刀を納める。これ以上、誰に何かする訳でも何を言うでも無く、背を向けた。

「待て、千花」

「殺人鬼の肩を持つ人の言うことなんか聞きませんよ」

 千花は泰平の制止にも耳を貸さず、正門を潜って出ていってしまった。

 その背中を見届け、泰平が溜め息をつく。その時までの辛抱とは分かっていても心労は絶えない。そして、(そそのか)したであろう男を呼び出す。

「桑次郎、天守室に来なさい。直した後でな」

「げ」

 泰平の命令に難色を示した桑次郎に対し、鷹之が続きを引き継ぐ。

「無理なら修繕費をお前の報酬から天引きさせてもらう」

「うえ、マジっすか」

 アスファルトの補修材料など普通は備蓄などは無いのだが、岳隠にはあったりする。保管場所は天々館の倉庫だが。鷹之の言った修繕費も専門業者に依頼した場合の金額である。まだ天位:白の桑次郎には痛い出費だった。

 桑次郎が自分で直す素振りをし始めると、泰平はもう一人の当事者へと視線を向ける。

 広輝は少し俯いてじっとしていた。叱られて沙汰を待つ子供のようにも見えた。

「広輝、お前も来なさい」

「はい」

 短く答えた。

 それを聞くと泰平は支部の中へと戻って行く。

 その背中に付いていく前に広輝は一つ用件を済ませる。

「円さん」

「ん?」

優里菜(そいつ)の案内をお願いできますか。清天寮(せいてんりょう)の」

 円は横の不安げな優里菜を見て、広輝がこの少女を岳隠に連れてきたもう一つの理由を理解した。

「わかった。こってり絞られてこい」

「ありがとうございます」

「あ、待って」

 礼を言ってすぐに背を向けてしまった広輝を優里菜が追いかける。気づいていたから。どこにも痕跡を残していなくても、何でもないような顔をしていても、その痩せ我慢は見逃さない。

 優里菜は広輝の右手首を握った。

 しかし、強く振り解かれてしまう。怒っているような、痛みに耐えているような、苦しい表情(かお)をした広輝に。

「ーーえ」

 手袋で隠れていた傷から、振りほどいた勢いに乗って小さな血の滴が飛ぶ。

 その一部が優里菜の頬と道着に赤い点を付け、残りは溶けた雪に濡れたアスファルトに落ちた。

「ご……っ……自分でやる」

 呆然とする優里菜に慌てて謝ろうとした広輝だったが、何かに思い止まり右手を隠すように背を向けた。

 いつもの優里菜なら食い下がってでも治癒するところだったが、今日はそれを言い出せない雰囲気があった。優里菜の優しさが本当に迷惑になってしまうような。

 広輝は優里菜に背を向け、支部へと歩いていく。右手に左手を重ねながら。

 玄関では鷹之が腕を組んで玄関にもたれ掛かっていた。厳しい視線を主に桑次郎へ向けている。監視だった。

 鷹之に小さく会釈して横を通り過ぎようとした時、拳骨が一つ落ちてきた。

()っ」

「天守はきっと、お叱りにならないだろうからその代わりだ」

 拳の重さの割に鷹之の声に怒気はない。諍いの背景を知っているからか、仕方ないと思いつつも大人として叱らなければならない。そんな様子だった。

「……はい。ありがとうございます」

「『ごめんなさい』だ。礼を言うところじゃない」

 改めた鷹之の声には半ば呆れも含まれていた。叱られて礼を言う広輝を変な奴だとは思わない。怒られている理由を理解し、自覚があるからこそ、謝罪をすっ飛ばしてそれが出てくるのだ。

「はい、『すみませんでした』。それからやっぱり『ありがとうございます』」

 寂しそうに表情を崩す広輝を見て、鷹之は形容し難い感情を覚えた。悲しいような申し訳ないような、自分の力不足を思い出させるような。色んな感情を含んでいた。それらを飲み込み、鷹行は中へ押し込むように広輝の背中を叩く。

「ーー行け、天守がお待ちだ。それとさっさと治せ、子どもたちが心配する」

「はい」

 遠ざかっていく広輝の気配を感じながら置かれている環境を思う。

 顔見知りの居ない故郷に天位:蒼の肩書と堕天子の異名。誰も普通の子供としては扱ってくれないだろう。任務では訳ありの天子、それ以外では生意気なガキ。せめて一人の人間として接してくれる者がいてくれればと思った。

 そういう意味では広輝が連れてきた少女は一縷の望みがあるかもしれないと思った。少なくとも連れてきても良いと思う程度には広輝は彼女を信用している。

 その少女は桑次郎に絡まれているが。

「……桑次郎」

「へい!」

 鋭い怒気が桑次郎に突き刺さり、その場で背筋がピンと伸びる。彼は怒られる、と身構えた。

 しかしその見事な"気を付け"に鷹行は呆れる。あれは自覚があるやつだ。

「真面目にやれ真面目に」

「……うっす」

 彼の覚悟とは裏腹に注意だけで済んで強張った体が緩む。その隙に優里菜は円によって道場に避難し、道場の扉が閉まるまで振り返ることはなかった。

 さっきよりも厳しい視線を受け、桑次郎は逃げられないことを悟る。トゲ付き棍棒を金属バットに戻し、ようやく自分で凹ませたアスファルトの調べ始めたのだった。


  ***

 

 道場に戻ると、円は水道に付けられた給湯器からお湯を出し、タオルを濡らして絞る。そして優里菜の頬をそっと拭う。血の跡が消えるまで。

「あいつはまともに相手にしなくていい」

 円の目が冷たく、その声も冷淡だ。

 "あいつ"が優里菜の心配を振りほどいた広輝ではなく、桑次郎のことを指しているのは明白だった。

「ありがとうございます……あの人も岳隠の人なんですか?」

「そうだ」

 同じ天宿の天子だが、円と桑一郎は折り合いが良くなかった。

 あの見た目、言葉遣い、生活態度、どれもこれも円(岳隠)の教育方針とは相容れない大人の姿であり、円らは子供たちへの影響を憂慮している。また桑次郎も自分のスタイルを曲げるつもりは無く、よく衝突していた。

「東北の生まれみたいだが、出所後にここ配属になった」

「……前科持ち、なんですね」

「ん? いや、違……くはないか。ただ出所っていうのは少年院ではなくて訓練所という名の更生施設のことだ」

 訓練所は、素行の悪い天子を集めて管理・更生させる為の施設であり、ある種のセーフティーネットである。無論、訓練所という名の通り厳しい訓練も十二分に可能な施設であり、(くれない)クラスの訓練も行われる。

「三、四年前に力に目覚めた後、訓練という名目で送られたらしいが、実質性格の更生が主目的だったみたいだ。見た目の通り、不良やってたらしいからな」

 円も直接本人から聞いたわけで無く、人づての情報だった。源子が天子として覚醒しても訓練所へ直行というわけではない。多くは彼らの状況を鑑みて、住所に近い近場の天宿や源子の面倒に秀でた岳隠に配属させられたりするので、訓練所へ直行ということは、そういうことである。

 円はタオルの血をお湯で洗い流すと、タオルハンガーへ掛けた。

「コウともその時に会ったらしい」

「え。広輝くんも訓練所に居たんですか」

 玲菜から[堕天子]の顛末は聞いていたが、事の衝撃が大きすぎて事件後はあまり憶えていなかった。

「……君も知っているだろう。コウが堕天子と呼ばれているのを」

「……はい」

「それだけのことを起こしてしまった。何も無しにそれまで通りとはいかないさ」

「……」

 更生施設での経緯があるからこそ今の生活ができている。理解はしても、やはり広輝の堕天子のことを思うと優里菜は気持ちに影ができた。

 円はそんな優里菜の頭を撫で、気持ちを切り替えられるように努めて明るく言った。

「さて、汗を流してご飯にしよう。岳隠のご飯も美味いぞ」

 体を伸ばしながらシャワー室へ向かう円の白い背中。

 優里菜はその後をすぐには追えなかった。あの不良男が笑いながら言っていた言葉が頭の中をぐるぐると回っていたから。

『堕天子の味方したら殺されるから気をつけな』『味方しても裏切られるけどな』

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告?です。 最後の『裏切られけどな』がおそらく『る』が抜けてると思います。
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