第二十一話 救う方法
クルスとの戦いを終えて、風凰神社の拝殿があった場所に優里菜が戻ると、そこには妙な光景があった。
鳳凰と広輝が戦い、それを他の天子は参戦せずに見守っている。広輝一人に鳳凰を任せるには相手が強大過ぎるのではと首を傾げる。
優里菜は説明を求めて玲菜に声をかけた。
「お母さん」
「あら、お帰りなさい。ちゃんと終わったの?」
玲菜は優里菜の姿には何も言わず、もう一方の戦況を確認した。
「うん。それよりこの状況は?」
「広輝くんがあの子を戻す方法を模索してる。私たちはあれが逃げないようにすることとーー」
鳳凰の広範囲攻撃が玲菜たちにも降りかかる。各自、防御用天術を展開し、これを防いだ。
「死なないように身を守ることね」
よく見れば、広輝は戦っているよりも攻撃を受けるばかり。広輝からの攻撃は鳳凰がここから逃げないようにしているだけだった。
「戻すってどうやって? 天魔力を使い切らせるってこと?」
「うーん、今のところそうみたいね」
「それなら私達も協力して」
「ダメですよ。あいつ、こっちの攻撃も打ち消しますから」
「そんな……」
大樹ですら呆れていた。同時に広輝の行動に納得もできなかった。広輝は敵ならば問答無用に戦い、斬り払う冷酷な男だと思っていたからだ。それが、今は助けようとしている。街に被害を出すかもしれないのに。
「でもこのままじゃ、ジリ貧だよね」
二者の戦いを見て、歩が言う。広輝は自身の天力量が少ないと公言している。対して、鳳凰の方に天魔力の消耗は一切見えない。
天魔力を使い果たさせることが無謀に近いことはこの場の誰もが理解していた。
だから、広輝が倒れた後を玲菜たちは考えていた。広輝の思惑がどうであれ、街を守ることが最優先だからだ。そういう意味で、広輝の戦いは良い時間稼ぎになっていた。
「……」
優里菜はじっと広輝を目で追う。鳳凰に攻撃を誘い、その風を往なし、躱し、ひたすらに防御に徹する。その表情は厳しそうで、焦りが見えた。
それはとても"らしくない"だった。
優里菜から見た久下広輝という人間は、もっと冷静で、色んな事を思考し、状況を俯瞰しながら目的に一直線に進んでいく。それなのに今は、目の前の大きなものに翻弄され、感情的に動き、後先を考えていないように見える。
だから、"らしくない"。
「大いなる水流をここに」
優里菜は大きな水玉を作る。
「優里菜?」
「広輝くんの考えを聞く。だからこれで愛紗ちゃんの動きを止める。広輝くんはこれを止められない」
優里菜は簡潔に玲菜へ目的を伝えた。
歩の言う通り、このままではジリ貧である。状況を変える必要があった。
当てずっぽうの独りの戦いよりも、皆で目的を持った共同作戦を。
「 汝、我が命に従いて、大いなる神獣へと昇華する。天を翔け、水を支配し、神々なる身体を与えられた神獣よ 」
やはり、天力の放出量が増大していた。あの異空間だけの事象ではなかった。これなら詠唱も術名だけで可能の域に達していそうだった。
但し、今はいつもと違うことをするので略しはしなかった。
「 その巨躯な体を持って、風の神獣を封ぜよーー水龍 」
今回のその神体は、天に昇ることなく直接水玉から御い出た。
広輝の横を過ぎ去り、鳳凰の体へ絡みつく。
「ヒャア!?」
鳳凰は体を捩り藻掻くも、水龍は解けない。段々と強くなる締め付けに、たまらず全方位へ目いっぱいの力を風に乗せて解放した。
「キピャアアアアア!!」
鳳凰の近くにいた広輝はその場に留まることが出来ず、玲菜たちの側まで後退させられた。
鳳凰の力の解放により、水龍は消え去っている。広輝は再び鳳凰の元へ戻ろうとしたが、玲菜に止められる。
「待ちなさい」
「ーー」
「私が少し抑えるわ。聞き出しなさい」
玲菜は広輝より前に出ると、十二個の水玉を鳳凰の周りに展開する。
ーー天術・星々の雫ーー
多くの水玉を自在に操り、相手をその数と連携で翻弄し、仕留める。それが月永玲菜の戦い方。本来ならばもっと多くの水玉を使い熟せるが、術の強度を高める為に数を限定した。
「結界」
十二個の水玉を頂点とした結界が鳳凰を閉じ込める。
鳳凰は翼を広げるも結界か邪魔で満足に広げきれない。
玲菜の店術で封じ込めに成功したかに見えたが、鳳凰が力強く地面を蹴って内側から体当たりを敢行。一度目でヒビが入り、二度目で破れた。
窮屈な籠から解放され、翼を大きく広げて高い鳴き声を上げる。
「っ。これならどう?」
左耳を左手で、右耳を右肩で塞ぎながら、玲菜は次に移った。
「連結」
結界は破られても、各頂点の水玉は失われていない。たとえ失われてもすぐに補充する。
玲菜は十二個の点を水の膜ではなく、線で結ぶ。広がった翼と身体の間を、脚と脚の間を、鳳凰が満足に動けないように強固に結ぶ。今度は"閉じ込め"ではなく、"拘束" 。鳳凰の行動を制限した。
鳳凰に攻撃を加えることも出来たが、それをすれば広輝が鳳凰を解放する為に動くと読んだ玲菜の作戦だった。
その予想通り、広輝は玲菜の後ろから動かない。鳳凰から目を離しはしないが。
「優里菜!」
玲菜が合図を送ると、優里菜は意を決して広輝に問いかける。
「広輝くん。広輝くんは何をしたいの?」
広輝は鳳凰から目すら逸らさず、優里菜に答える。
「愛紗に誰も殺させない」
広輝は鳳凰をあくまで愛紗だと見ていた。
そして愛紗のことしか頭にない。
「……どうやって?」
だから、優里菜が怒っていることにも気づかない。
「オレが全部受け切る」
無謀に思える方法を淡々と言う。もしも反対の立場だったら、広輝は冷たく、強く抗議したことだろう。
(ああ、やっぱりーー)
"らしくない" 。
優里菜はバケツ一杯分の水をぶちまけた。広輝の頭の上から。
普段の優里菜からは考えられない行動に、大樹と歩が目を見開いて驚き、七重は苦笑い。
ずぶ濡れになった広輝がようやく、優里菜へ振り向いた。
「……何をする」
「少しは頭、冷えた?」
真剣な碧い瞳に見つめられ、広輝は自分を省みる。
自分は十分に冷静だと思っていた。愛紗を助けるために必死だったが、思考は鈍っていないと思っていた。実際に鳳凰の攻撃に対処し、直撃することなく生き残っている。
けれど、優里菜から言われた。嘘をつかない優里菜に。
広輝は改めて現況を確認した。
鳳凰は玲菜が抑えている。
大樹たちは物言いたそうに広輝を見ている。
そして、傷つき、服を汚した優里菜が訴えてくる。
広輝はここで、ようやく優里菜がいる事に気づいた。
「……クルスは?」
「大丈夫、だと思う」
「そうか」
広輝は深呼吸を一つ置いて、場を俯瞰する。自分の視野が狭く、低くなっていたことを自覚した。
「広輝、どうしてあの子にそこまで入れ込む?」
七重が訊いた。それはこの場の誰もが疑問に思っていたことでもあった。何かに同調・共感することなく、出来ることと出来ないことを冷静に線引し、出来ないことはしない。ベストが出来ないならベターを遂行する。それが皆の広輝への評価だった。
『鳳凰の力を使い果たさせる』は、ベストだが不可能に思える。広輝の判断とは思えなかったのだ。
広輝は少し間を置いて、答える。考えを整理する為の時間だった。
「愛紗はきっと、悲しみの中にいます」
どう言えば伝わるのか、考えながら言葉を選ぶ。
「僕は岳隠でそういう子をたくさん見てきました。天子に生まれて来てしまったが故に捨てられ、傷ついて、悲しみの中にいる子供たちを」
両親が一般人であっても、極稀に天子は生まれる事があった。その子が能力を発現させ、それを知った時、多くの親はその事実を受け入れ難く、拒絶する事が多い。
岳隠支部はその受け皿となっていた。
「けど、その子たちがまた笑うところも見てきました。これからを明るく過ごしているところを」
まるで、家族を亡くした自分を見ているようだった。
心を閉ざし、空虚ばかり見る子。他人を拒絶し、関わろうとしない子。精一杯の笑顔を、殴られない為に作っている子。そのパターンは色々だったけれど、どの子も傷ついて、悲しみに暮れていた。
そんな子たちが、また笑顔になる。偽りの貼り付けたような笑顔ではなく、心からの笑顔。
「愛紗にもそうなってほしい」
愛紗の目は空虚の目だった。生きることに光はなく、ただ応対することで生を繋いでいた。
もう、そんな子を見るのは嫌だった。叶うことならもう一度、笑顔を取り戻してほしい。それが今の広輝の願い。
「でも今、誰かを殺してしまったら罪の意識で本当の笑顔にはなれない」
なれるはずがない。これは広輝の確信だった。
「だから、傷つけさせてはダメなんだ」
力を込めて、心を込めて、言った。広輝が鳴上に来てから一番熱が籠もった言葉だったかもしれない。
「だから、助けたい」
冷静沈着の広輝の心からの吐露。
その熱は四人の心にきちんと届いた。久下広輝という人間を理解できずとも、今の彼の気持ちだけははっきりと。
それはとても堕天子の言葉とは思えなかったが、歩だけが妙に納得していた。
「広輝くんが[堕天子]をやってる理由が少し見えた気がするよ」
広輝の心の内を理解したところで、悲痛の叫びが届く。
「ねえ! まだ!? そろそろ限界よ!」
鳳凰が水のラインを破壊し、玲菜がそれを修復しているが、鳳凰が玲菜の天術に慣れ始めていた。
広輝の冷静さを取り戻し、四人が広輝に協力する気にはなったが、具体的な方法はまだなかった。
広輝が太刀を納めると七重が話を進めた。
「助けるのは良いが、方法はどうする?」
「ケンタウロスのように斬っちまえば?」
広輝の絶技を目の当たりにしていた大樹からすれば、あれが全てを解決する方法に思えてならなかった。それほど脳裏に焼き付いていた。
「それは最後の賭けだ。鳳凰自体が愛紗だから、それで倒せたとしても愛紗が死んでしまうかもしれない」
「やはり天魔力を全て消費か?」
五人は鳳凰を見つめ直す。
「いつになるか分からないし、手遅れになりそう」
七重が広輝がやろうとしていたことを言っては見たが、鳳凰を見た歩が感想を述べた。
必死な玲菜を横目に五人は腕を組んで考え込む。
その時優里菜が「あ!」とある術を思い出す。
「あの開発途中の天術やろうよ。全てを無力化する術」
広輝以外は優里菜の言っている意味がわからず、首を傾げた。
「あ、もしかして『ゼロ・ウィンド』? 病院でやろうとした」
「はい。でも、知っての通り一度も成功していません」
ギレーヌの結界を消そうとして、歩の前でも一度披露したが失敗に終わっていた。
そんな成功の兆しすら無い不完全な術が有効打になるとは思えない。広輝は他の方法を考えようとするが、優里菜が発破をかける。
「それは天力だけでやろうとしたからじゃない? 全てを零にするなら魔力には天力を、天力には魔力を」
「オレに魔力を使えと?」
不可能に思えた。天子が多くの魔力を纏えば拒絶反応を示す。そもそも天子には魔力を扱えなかった。病院の時も魔力を含んだ空気を集めたが、その風を広輝は扱えていなかった。あの時の風は全て広輝の天力。
優里菜も天子が魔力を使えないことは承知している。優里菜の提案は別のところにあった。
「ううん。使うのは天魔力。ここにある愛紗ちゃんの天魔力」
優里菜は両腕を広げて、天魔力が満ち溢れていることを広輝に教える。
鳳凰が纏い、生み出した風に乗っていたのは天魔力。天力でも魔力でもない力。
その力の残滓が風凰神社に残っていた。
「…………」
この力は、天子である愛紗が使っている(使わされている)。ならば広輝にも使えるかもしれないが、すぐにできると広輝は思わなかった。今までも術技は何度も何度も練習して、身につけてきた。やったこともないことをすぐに出来るほど天才肌と自惚れも出来ない。
そんな広輝の躊躇を察してか、優里菜が追い込んで逃げ場をなくす。
「助けないなら、やるしかないよね?」
「ーー意外とドSだな」
「いつものお返し」
きっと鍛錬メニューのことを言っている。広輝は苦笑いを浮かべた。
「チャンスはそんなに上げられないわよ」
鳳凰を抑えきれなくなった玲菜が後退し、鳳凰が嬉しそうに翼を目いっぱいに広げている。
「わかりました」
広輝は翠の鳳凰を見据え、改めて覚悟を決めた。
絶対に助けると。




