第十五話 目的
「それで、動けるのは優里菜と天宿にいなかった人だけ、と」
クルスが発動させた魔術によって、天宿にいた天子は大半の天力を失った。
自分の意思での消費ではなく、強制的に奪われたことで、極度の脱力状態へと陥っていた。屋上にいた大悟や一樹、隆也はもちろん、一樹が別働隊として会議室に残っていた隆平たちも例外ではない。
自分の意思での放出と意図しない外からの吸引による天力の消費による身体に及ぼす影響の違いについて、因果関係は不明だった。
そして、その場にいた天子の中で唯一優里菜だけ動けるのも謎だった。優里菜も疲れを感じてはいたが、プールに入った後のような脱力感のみ。もう一眠りすると見事に回復していた(訳が分からない)。
目を覚ました優里菜は自身の体調を確認すると、玲菜が特別に借りた会議室を訪れた。手伝えることがあればと思ってのことだった。
そこでは不満げな玲菜を前に、クルスやイレーネの素性を怪しく思ったことや廃病院での出来事を広輝は淡々と報告していた。七重と歩が広輝の説明を補足したり、玲菜が広輝だけの説明では信憑性に欠けた時に、真偽の程を確認していた。大樹も側の席に座っていたが、ほとんどが顔に出ていたので玲菜から説明を求められなかった。
現在の時刻は二十一時過ぎ。夕方から今まで、ずっと慌ただしい。今は情報を整理する為に落ち着いた会議室に居るが、外では非番の天子も総出で事態にあたっていた。
玲菜も昼過ぎまでは自宅でのんびりと過ごしていた。しかし急報を受けて、朗らかな一日が一変。天宿に急行したが、到着した時にはギレーヌたちの姿はなかった。救急と応援を要請し、天宿で陣頭指揮を取り、状況把握。
一段落つくと、お見舞いと事情聴取を兼ねて八坂病院へと向かった。
十九時ごろ、隆也の事情聴取中に広輝たちが天宿に帰還したと連絡を受けたので、病院に呼びつけて今に至る。
「そうみたいですね」
玲菜の冷めた視線を受けつつ、広輝は悪びれもなく同意する。
「挙げ句に[杯]まで盗られると」
「ごめんなさい」
「あーごめんね。優里菜は責めて無いわよ。むしろ皆を助けてくれたみいたいだし」
屋上にいた他の三人からも何とか事情を聞けていた。
優里菜が尋常ではない量の天力を解放すると、碧の宝玉がその天力量に耐えきれず破損。クルスが咄嗟に宝玉を上空へ投げ、宝玉に内包しされていた天力と集まってくる天力が行き場をなくして暴発した。優里菜たちを屋上の隅へと吹き飛ばし、大悟は屋上の入り口に衝突し、ほか三人はパラペット(屋上の端の立ち上がり部)に引っかかり、地面への落下を免れる。
爆発の風が止んでも天力の収奪は止まらなかった。大悟の推測では、屋上に描かれた魔法陣は天子から天力を抜き取る魔術で、宝玉などに集める魔術は別らしい。
まだ辛うじて意識のあった大悟が最後に見たのは、抜き取る魔術を止めるクルスと優里菜の首元から杯を取り上げるギレーヌだったと言う。
その為、優里菜がいなければ死人が出ていて、最悪全滅していた。そういう訳で玲菜は優里菜を責めていない。
広輝は情報漏洩を心配したのだろう、迅速に事を進めたかったのだろう。しかしながら、もっとやりようはあったのではないのかと、玲菜の言いたげな視線が一人に注がれる。
「最初は純粋に力を借りようと思っただけですよ。本当に」
「ふーん」
「発信機の履歴も、皆さんを説得する為に使うつもりでしたから」
「へー」
玲菜は納得しない。
「廃病院に行くのも勝弘さんに伝えてありましたーー」
「ほー」
「ので、然るべき手順は踏んでいます。問題が有ると判断なされるのなら、組織の構造にメスを入れられてはどうかと具申します」
前々から玲菜は思っていたが、広輝の敬語と言葉の選択がとても高校生らしくない。特に大人と話す時は社会人のそれだ。二十代と遜色ない。どこで「具申」なんて言葉を覚えてきたのか。
「……サラリーマン系のマンガでも読んでる?」
「読んだことはあります」
「そう」
玲菜は広輝に反省を促そうにも、言いたいことを全部理解した上で自責ではなく、あくまで職務の問題、構造の問題だと指摘し返してくる。永劫に平行線を辿りそうだった為、ここで止めた。
「ところで、[杯]を持ち去った理由に心当たりはありますか」
「……広輝くん、よくそんなすぐに切り替えができるわね。おばさんびっくりよ」
広輝のふてぶてしさに呆れ返る。
屋上の魔法陣は、クルスを頻繁に天宿に招き入れなければ、描かれることはなかった。魔術師と協力したことで事件の解明が進んだのが事実だとしても、天宿に彼を入れる必要はあったのか。天宿ではなく、別の場所で会議など行うことはできなかったのか。それを考えると、クルスと親密にしていた広輝がいたから天宿に入れていたとも解釈できなくもない。つまり、広輝が監視する代わりにクルスは天宿に入れていたのだ。明確にクルスの監視の命令が下っていなかったとしても、クルスに魔法陣を描かせるだけの時間を与えた、広輝の責任は追求されるだろう。
「僕や陽本の判断、行動に対して責任を追求したいのなら全部解決してからにしてください。今はこれ以上何か起こる前に二人を止めることが先決ではないですか」
「わかってるわ!」
玲菜は思わず声を荒げた。広輝以外の驚いた表情で、自分が思った以上に大きい声を出してしまったことに気付く。すぐに自省し、疲れを思い出したように背もたれに体を預けた。
「……そんなポンポン切り替えできないだけよ」
溜め息混じりに心情を吐露する。
歯車が一つ狂えば、家族を失っていた事実。それは四ヶ月前の分かっていたとしても防げなかったオリバーとは違い、分かっていれば防げた事態。クルスを疑い、魔術協会の支部へ行っていれば違っていたはずだ。
油断。
事件の解決ばかりを先行し、途中から現れた助っ人の浅い所しか疑わず、実際に協力してもらっていることに安堵してしまった。鳴上支部の失態である。
「すみません」
広輝も玲菜の心情と玲菜を急かしていたことに気付き、改めて自身の焦燥を自覚する。それから、いつもの暗示を唱えた。
(冷静に、冷徹に、冷酷に。そして冷血に)
頭に上った血を体に返していく。視野を狭めてはならない。視点をより高くし、俯瞰に努める。情報を取り逃がさない為に。
「…………」
玲菜から視線を逸らし、拳を握りしめる広輝に玲菜は違和感を覚える。それを聞こうと思ったが、広輝に言われた通り、今は優先すべきことがあったので、そちらを先にした。
敵に追いつかなければならない。
「ーー[杯]はね、鍵なのよ」
「鍵……精霊界の?」
四ヶ月前の事件により、碧の秘宝[ウンディーネの杯]が指輪であることは陽本にも明るみになった。箝口令が敷かれ、外へ漏らすことは禁止されている。しかし武器化できることは、明かされておらず、広輝は天守直々に口止めされていた。
また、優里菜からの報告により、ゲーベルが優里菜に語ったことも共有されていた。ただし、あの碧の球体が精霊界の扉であることの真偽は不明で、どうやって出現して消えたのかも不明扱いとなっている。
それらの情報から[杯]が精霊界への扉への鍵になりえるかもしれいないことも、鳴上の天子は知っていた。
けれど、玲菜の心当たりは別にあった。
「いいえ。私が知っているのは別の封印の鍵よ」
「私、初耳なんだけど」
「まだ言うつもりなかったもの」
玲菜たちは優里菜が[杯]に選ばれていると知り、自分たちが持っているよりも優里菜が持っていた方が有用だとして、娘に[杯]を渡した。[杯]が鍵であることを言わずに。それは、万一の可能性を考えてのことだった。優里菜が囚われ、[杯]の秘密がバレてしまえば、鳴上の地が危険にさらされるから。
それ故に、優里菜には月永としての覚悟ができてから教えるつもりでいた。
「もしも彼女たちが知っているのなら、向かう先は風凰神社よ」
「なるほど、だから陽本だけでは解印できないのか……あ」
「七ちゃん?」
風凰神社というキーワードで、最初に線が繋がったのは陽森七重だったが、手遅れながら口を手で塞ぐ。
それは陽本の中でも、陽本の血統にのみに教え伝えられる事だったから。
月永も同様であり、神社の封印について外の天子は知ることはない。更にもう一つの情報防壁として、鍵については陽本と月永の両直系だけの口伝だった。
だから陽本の分家筋である七重は封印について知っていても、解印については知らなかったのだ。
「気にしなくていいわ。私から言うつもりだったから」
青い顔になりつつあった七重だったが、玲菜の言葉に胸を撫で下ろす。
そして促されるように、七重は二つの神社について話し始めた。
「西の風凰神社、東の鳴神神社。この二社四宮には守護職に選ばれた天子が常駐している」
「そう言えば、居るねえ。ただの伝統かと思って気にしてなかったけど」
お盆に二度開かれる花火大会や年末年始に合わせて屋台が両神社に並ぶが、その運営と管理を鳴上支部の天子たちが担っていた。歩は訳あって年始にしか顔を出さないが、守護職の存在は知っていた。誰も彼も、鳴上の中では手練に入る天子たちだ。
「守護職には陽本と月永の血族からのみ選ばれる。風凰神社には陽本が、鳴神神社には月永が」
「そんな決まりあったんだ。それでそれで?」
歩は面白そうな設定にメモ帳とペンを取り出したが、玲菜に強く釘を差される。
「歩ちゃん、記録禁止」
「あ、はい」
くたびれたメモ帳に走り出しそうだったインクの剥がれたペンがピタリと止まった。
七重も歩を見ており、一向に続きを話し出さなかった。歩が渋々メモ帳を仕舞うと、ようやく話を再開した。
「その守護職は何を護っているのか……」
七重が「それは」と続けようとしたのだが、問いかけと勘違いした優里菜が思いついたことを口にする。
「神様、ですか?」
七重は首を振る。
「人々を。祀られるのではなく、封印された神が二度と外へ出ないように」
祀られた神を護るのでない。その神から人々を護るのだ。
神。天子協会の中では、二つの解釈がある。その二つが人々に害を為そうした時、天会は[神堕とし]の任務を下す。
「その神はどちらですか? 妖魔が肥大化したか、もしくは」
「ええ。荒御魂よ」
広輝は玲菜の答えに眉を顰める。万が一対峙するのなら、妖魔の方が心置き無く戦えた。
「その名に相応しく、風凰神社には風神が、鳴神神社には雷神が封印されているわ」
「風凰神社に限定した理由は?」
「解印の仕方ね。風凰神社は陽本の天子と月永の鍵が必要なの」
陽本の管理下にある風凰神社であっても、陽本の意思だけでは風神を降臨させることはできない。
「私たちのご先祖様は、お互いに争ったとしても、自棄になって強力な力を持ち出さないようにしたのね」
両家の争いに神の力を持ち出そうとしても、相手方に有る鍵、しかもどんな形かもわからない鍵を必要とする。お互いに使おうとも使えない力だった。
少し話が逸れるが、対外的には作用した。鳴上には、強大な力があると。下手に手を出せば、滅ぼされる力があると。
実際には、拗れた関係と解印の方法によって使おうにも使えないのだが。
ーー閑話休題ーー
「もしかして、そこまで分かっているならもう」
「ええ。両神社の警備を入れ替えているわ。今一番まずいのはそれだから」
広輝の予想通り、既に玲菜は対策を打っていた。鍵を持って風凰神社に行っても陽本の天子はいない。天宿では優里菜が宝玉を破壊したことで、陽本の天力も無い。辿り着いたとしても、本殿へは行けない。風神再臨への対処は完了していた。
玲菜にとってもこれは賭けだった。
そもそも本当に風神を狙っているのかもわからない。このまま再び行方をくらますかもしれない。玲菜には分からなかった。けれど、最悪[杯]を奪われたとしても、風神の降臨だけは防がなければならない。
「大丈夫なんですか。そんなことして」
玲菜は月永直系だが、当主の継承権を放棄している。直系という立場はあっても、ほぼ一介の天子と同等だった。故に、ただの蒼の天子が勝手に守護天子の配置を変えたりしたら、問題が起こりそうだった。
当然、玲菜も自覚しているので、その根回しもばっちりだった。
「陽本の重役とは話を付けてるわ。被害が月永に傾きそうだから快く承諾してくれたわよ」
玲菜が語る陽本の返答の様子に、皆、何とも言えない顔になった。
「そうだ。勝弘さんはどこにいるの? いなかったんだけど」
「僕は知りません。七重さん知っていますか?」
広輝は勝弘に発信機の指示を受けて以来、直接会っておらず、電話とメールでの連絡で完了していた。
広輝に振られた七重が視線を泳がせ、言い難そうに陽本代表の所在を言った。
「……ホッカイドウ」
「北海道? 今!?」
「若様がやらかしたらしく……頭を抱えていらっしゃいました」
「あー」
勝炎を知る全員が遠い目をした。
この大事な局面に不在であることを責めるどころか、逆に同情の念が生まれる。
息子である勝炎の尻拭いに出かけたのであろうことが容易に想像できた。
メモ帳への記録を禁じられた歩は、勝弘がいないことを含めて、神社の設定と出来事の経緯を脳内ノートに必死に書き留めていたが、一連の出来事が上手く嵌まらないことに気付く。
「んー、何かピースが嵌まりませんね」
「歩ちゃん、どういう意味?」
「えっと、あの人たちが杯を盗んだ理由はわかりました。封印を解く方法もわかりました。でも、回収した魔力とか作った天魔力?とか、どこに関係するのかなーって」
全員がはっと息を呑む。
事の始まりは、吸魔事件である。
アジア各国で魔力を集め、愛紗へと注入し、天魔力を生成しようとしていた。
それがどうして[杯]に行き着くのか。わざわざ海を渡り、魔術師が目立つ国に入国し、東へ東へ逃げたかと思えば、東北の魔術協会に行った後、そのまま北上せずに鳴上に戻ってきている。
「わたし、散りばめられたピースは最後にピタッと嵌めたいんですよ。現実とマンガは違うと言われるとそれまでなんですけど……」
玲菜は机に両肘を置き、口元を両手で隠すと、記憶の糸をたどる。
魔力、天魔力、神、封印……玲菜の中で一本の線に繋がりそうだった。
「……」
「玲菜さん?」
「お母さん?」
あれは、父と母から鳴上の地について話を聞かされた時のこと。
教えてもらったことを記憶の底から掘り起こす。
「そういえば、父さんが言っていたような気がする。『封印された神は、天力でも魔力でもない力だ』って」
それこそ最後のピースとなりそうな事柄。身を乗り出す広輝たちを玲菜は片手を出して止める。
「待って、待ってね。もうちょっと思い出す」
お伽噺は簡単だ。
荒れ狂う風神と雷神を、月永と星永と櫻守、そして陽本が封印し、この地を守った。それから天会を組織していくことになるが、今はそこじゃない。
教わった始まりの物語を思い出す。母が残した鳴上の伝承を。
風神と雷神はそもそも何だったか。広輝たちには荒御魂と言ったが、それは正体を隠す為の方便だったはず。
『天力でも魔力でもない力』。そう、力だ。エネルギーだ。それが風神となり、雷神となり、戦ったのは何故だ。
それを揮う者がいたからだ。
それを母は何と言っていた?
「依り代……」
「え?」
ポツリと口に出した声が聞き取れず、優里菜が聞き返すと、玲菜はその一文を唱えた。
「『神如き力を揮う為に、神を依り代に宿し、神の力を揮った』」
全員が検索をかける。依り代に成りそうなものを。
「依り代…‥愛紗!」
天子でありながら魔力を注入され続けている愛紗。
天力でも魔力でもない、天魔力が愛紗の中で生まれていたら。生まれていなくとも天魔力に耐えうる身体にされているのなら。
ギレーヌたちは闇雲に逃げていたのではなく、鳴上の地を目指していた?
全てのピースが合致した時、扉を叩くようなノックが響いた。
「失礼します! 玲菜様!」
返事を待たずに入ってきたのは、若い男の天子だった。
「どうしたの?」
「ギレーヌ・ライン、クルス・マルティネス両名が、風凰神社・秋宮に現れました!」
推測はもう確信の域に変わる。
「了解。そこに女の子はいる?」
「え、あ、はい。少女を連れていると連絡がありました」
青年は慌てて情報を付け足す。怒られると思ったのか、青年の声は上ずった。
「確定ね。貴方は引き続き、各所との連絡をお願い」
「了解しました」
安堵した青年が退室すると、玲菜は決意を固めて立ち上がる。
「みんな、行くわよ」
*****
鳴神市南西部。
風凰神社・秋宮の境内。
下弦の月に照らされた拝殿前の広場には、ローブを羽織った魔術師二人と一人の少女が佇んでいた。
「天術士なんて、所詮こんなものよね」
ギレーヌは周囲に倒れる天子たちを見下ろし、吐き捨てる。
玲菜の指示により、鳴神神社から風凰神社の警戒にあたっていた月永の守護天子。ギレーヌとクルスの前に敗れ去った。
「行くわよ」
ギレーヌは右手で愛紗の手を引き、拝殿前の石の階段を上る。賽銭箱の横を過ぎ、拝殿の木の段を三つ上った。左手で引き戸に触れ、部外者の侵入を防ぐ結界に気付く。
「ふん」
小賢しいことを、と言っているようだった。
ギレーヌでなければ意味を為しただろう。しかし、結界のエキスパートである彼女の前では紙切れ同然だった。
大悟の岩の檻を解いたように、術式を解析し、術式を解く。
木の戸を開き、靴を履いたまま中へと足を踏み入れる。
特別なものは何もなかった。日本の建物らしく、木目の床と障子がずらりと並ぶ。ゆったりとした空間には置物一つなかった。
ギレーヌたちは靴を鳴らして拝殿を縦断する。拝殿の入り口と違い、反対側の襖には結界はなかった。
ギレーヌが襖を開けると、本殿が姿を見せた。
「…………?」
「……他の神社と様子が違うな」
クルスが事前に日本の神社について調べた限りでは、本殿の最奥に祭壇があり、御神体が祀られている事が多いはずだった。
しかし、ここは拝殿を更に広くし、中央に意味深な台座が在るだけだった。
視たところ結界の類もない。
罠の気配さえも。
これでは祭殿よりも儀式場に近かった。
「……いいわ。さっさと用を済ませてしまいましょう」
「わかった」
クルスは、ギレーヌが優里菜から奪った杯を取り出して台座に安置し、五歩下がる。
そしてギレーヌは、愛紗から手を離し、懐から赤橙色の宝石を取り出す。クルスと同じ距離から、台座へ向かって優しく放り、台座の直上に来たとき、宝石の中の天力を解放した。
「解放」
宝石は宙に留まり、照明で照らすかのように台座に向かって天力を放射する。
すると、陽本の天力を受けた台座に幾何学的な紋様が光り走り、杯も碧く耀く。台座は杯の場所から碧く変色し、碧色が床に辿り着くとそこから一気に床一面に魔法陣が現出した。
「!」
「まずっ」
ギレーヌとクルスはこの本殿自体が天術による封印術式だと悟り、魔術師の自分たちが居ることがまずいのではと肝を冷やす。
床一面に広がった魔法陣は、台座ごと右に九十度回転した。
そして、今度は魔法陣が台座に収まるように消え、台座から碧色の光が天に突き抜けた。台座と杯から光が消え、宝石も天力が尽きて台座の上に転がった。
「今ので……いいの、か?」
「多分ね」
失敗を覚悟したが、解印の第一段階は無事に終えたようだった。
ギレーヌは冷や汗を拭い、台座の上の杯と宝石を回収し、杯を再びクルスに渡す。
「次は冬宮。風神を降臨させるわよ」




