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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第十四話 化けの皮

 優里菜との会話を終え、クルスがエレベーターに向かい始めた時、天宿に二人の天子が帰ってきた。

 優里菜が先に二人に気づいて声をかける。

「お疲れさまです」

 挨拶された紫鶴は、最初はにこやかに挨拶を返したが、側にいた魔術師を確認し、表情が険しくなった。

「あ、お疲れ様です優里菜様……」

「クルス・マルティネス……」

 それは紫鶴の隣にいた晶も同じだが、晶の方が紫鶴よりも一層険しい。

 優里菜とのリアクションの差にクルスは辟易とした。

「広輝がいないだけで、そんな露骨になるのか? というか、広輝はどこだ? お前と一緒に出かけたんじゃなかったか」

「七重さんと歩さんが代わってくれたから、広輝は二人と一緒よ。今、どこにいるかまでは知らないけれど」

 クルスと紫鶴の会話の傍ら、優里菜は何が起きているのか分からない。視線が両者を行き来し、その剣呑な雰囲気に戸惑うばかりだった。

 紫鶴と晶の戦闘態勢に対しても。

「そうか……それで? 何でそんなに纏ってるんだ?」

 紫鶴は引き続きクルスと言葉を交わす。いきなり戦闘に入ったりはしなかった。

「クルス、貴方に容疑が掛かったわ」

「そんなの最初からだろ?」

 魔術師ということで、完全な信用が持たれているとはクルスは思っていない。それは協力し続け、事件が解決するまで続くことだと覚悟していた。

「いいえ。今は正式に容疑が掛けられているわ」

「何のだよ。散々協力してるだろう? 天術士ってのは恩を仇で返すのか?」

 クルスの口調も段々と荒くなっている。

 紫鶴は売り言葉に買い言葉にならないように、冷静に入手した情報をクルスに伝えていく。

「今現在、魔術協会と連絡が取れないわ。完全に音信不通状態」

「そうなのか? 前行った時はたくさん居たけどな」

 クルスはあくまで知らぬ存ぜぬだ。

「それから、イレーネ・グラウンに接触を図ったわ」

 これは、ついさっき入手した情報。広輝が紫鶴に伝えた情報だ。

「あいつの場所がわかったのか? 愛紗の親族捜しで転々としてるだろうに」

 まだシラを切るクルス。

 紫鶴は、天会がクルスの素性を知っていると明かす。

 明確に敵だと認識したことを理解させる為の情報を。

「言い方を変えましょう。イレーネ・グラウンことギレーヌ・ラインと接触したわ」

「! ……まさか、その接触した天術士ってのは」

「ええ。広輝たちよ」

「はあ、そうかよ。もう少し持つと思ったんだが」

 クルスは大きく溜め息をついた。

 それは認めたも同義だった。

 ギレーヌ・ラインの関係者だと。一連の事件に関与していると。

「クルス、さん?」

 情報を持たない優里菜は、この場で一人置いてけぼりになっていた。

 紫鶴の追求とクルスの諦めの溜め息。指し示す事は一つだが、それをすぐに飲み込み、割り切った行動を起こせずにいた。

 その優里菜に構うものなどなく、状況は進む。

「で、どうやってギレーヌの場所がわかった? 闇雲に探したって見つからないはずだ。ギレーヌは結界のスペシャリストだからな」

 紫鶴は自分の首の後ろに向かって指を指す。

 クルスは紫鶴のジェスチャーに従って、フードの中を探るが何も出てこない。

「? ……なにもないぞ」

「ええ、そうでしょうね。今は今日行った集落に落ちているわ。貴方が描いた魔法陣がある家ね」

 クルスは自分に何かが仕掛けられていたことに気づいた。仕掛けた人物にも見当がついた。そんな隙きを与えたのは一人しかいない。

「……結局、最初から演技だった訳か。あいつも!」

 クルスの人相が変わる。

 仮面を取ったと言われても信じるくらい整った顔立ちが醜悪に歪む。

「いいえ。広輝は言っていたわ。『信用する為の発信機だった』ってね」

「はっ、物は言いようだな。[仲間殺しの堕天子]には常套手段ってか、味方を騙すってのは!」

 クルスの言葉に乗る感情の根幹は怒りではない。心に宿る憎しみや恨み、天子への憎悪だった。

「クルス・マルティネス。本名かわからないけど、拘束させてもらうわ」

 紫鶴の重心が下がる。それは天力を纏った天子が接近戦を臨む合図だ。

 その姿勢をクルスは嫌というほど見てきている。

「やれるものならやってーー!?」

 クルスも戦闘態勢に入ろうとしたが、体が動かない。

「痛い目に遭いたくなければ、大人しくして頂戴」

 ーー天術・影縫いーー

 自分の影で敵の影を突き刺し、敵を動けなくする術。またの名を影縛りと呼ぶ。

 紫鶴の隣で、天力を纏うだけに見えた晶。ずっと口を閉じて、大方を紫鶴に任せていたかに見えたが、その実、紫鶴がクルスの注意をそらし、晶が影を徐々に伸ばしていた。

 クルスが動けなくなると、次に紫鶴が距離を詰める。直接雷を流し込み、でクルスの体を麻痺させる。

(deceler)速[(ation)!!」

 クルスは魔術を展開し、魔法陣が体の前に出現した。彼の懐に入りそうだった紫鶴の動きが著しく減速した。

 減速の魔術が効いている間に、晶の影から逃れる為の別の魔術を展開する。

(acceler)(ation)!」

 淡い光がクルスを包む。 

(acceler)(ation)& 二重(double)衝撃(impact)!!」

 クルスの左手の先で魔術が発動、その衝撃でクルスが吹き飛ぶ。自身にかけた加速の魔術がその速度を上げた。

 壁に激突しそうな勢いは晶の影縫いを無理やり引き剥がす。影の針が外れる直前、減速の魔術を発動し、壁との衝突する速度を緩めた。完全に速度を殺しきれず、受け身も満足に取れずに壁にぶつかるも、背中から当たることでダメージを最小限に抑えた。床に着地する前に再び加速の魔術を発動し、晶から離れるように壁を蹴る。晶の影は厄介だ。もっと強く体を縛られたら次は無い。紫鶴にかけた魔術もそろそろ切れる。

 正体がバレた今、この場に留まる理由はない。着地と同時に脱出を図った。

「くっ!?」

 しかし、突然体が重くなった。立ち上がることが難しい。

「遅いですよ」

 減速の魔術が解けた紫鶴が文句を言った相手は、階段で降りてきた隆也。その言葉の裏には安堵が隠れていた。

「無茶言うな。今さっきの情報だけで即決できるか」

「これだから月永は」

「逆の立場で、それができてから言ってほしいものだな」

「できるから私たちが先にいるんですが?」

「そ、その辺で……」

 クルスが隆也の重力で動けないからか、軽く口喧嘩を始めそうな二人を優里菜が間に入る。隆也と紫鶴は口を噤んだ。

「愚かな」

「何がだ」

 重力の中で膝をついたままのクルスが隆也を睨みつける。

「陽本の謀略に気付きもせず、のうのうと協力していることだ」

「謀略……?」

「互いに拮抗していた戦力に、堕天子という紅クラスの手駒が手に入った。月を完全に貶め、陽が空に昇るのも時間の問題だろう」

 隆也はクルスが動揺を誘おうとしているようにしか見えなかった。重力はそのままに、視線を陽本の二人にスライドする。

「だ、そうだが?」

「そんな妄言、信じるんですか?」

「いや。ただ本当だったら困るからリアクションを見させてもらった」

「貴方から信用が無いのは重々承知していますが、こんな時まで止めてほしいですね」

「紫鶴」

「! すみません」

 再び口論に熱が入りそうだった紫鶴は、今度は晶に諌められる。

 晶も隆也には視線で牽制し、隆也は若干不服そうに視線を二人から外した。

 すると、エレベーターが一階に到着。中から一樹を始めとした調査チームの数人が出てきた。

 一樹は状況を一瞥し、状況を把握した。

「なるほど。広輝の報告は正しかったようだな」

 一樹はクルスの前に回り、クルスに言い渡す。

「クルス・マルティネス。話を聞かせてもらうぞ」

 しかし、その勝った気でいる一樹たちを見て、クルスは不敵に笑う。そしてーー

「ふ……強制転移(transfer)

 クルスは誰もいない空間を直視し、得意の魔術を詠唱し、発動する。

 本来ならばもっと丁寧に行う必要がある魔術だが、重力結界で満足に体を動かせない今は多少の無理は必要だった。

「は?」

 重力結界の中からクルスが消えた。隆也は結界を一度も緩めてはいない。

 クルスは隆也の結界から逃れていた。

「多勢に無勢。四面楚歌というやつか」

 エレベーターから出てきた天子の人数を確認し、まともに戦っては勝てないと判断を下す。

 クルスの今の最終目的はこの場からの脱出だが、敵が一人だと油断している天子を前に欲を出す。

「しかしこれだけの天術士がいるんだ。さぞかし天力は集まろう」

「大人しくしてなさい。もう逃げられないのだから」

 晶が再びクルスの影を刺し、体を縫い付けた。

「っ……それは魔術を知らぬ者の言葉だ。堕天子なら、俺を戦闘不能にまで持っていったはずだ」

 クルスは鳴上の天子の甘さと油断を指摘し、天子のリアクションすら待たず、再び魔術を発動する。

 今度は魔法陣を展開させ、予め設置した魔法陣まで転移していった。

転移(transfer)

 クルスは的に囲まれた状況から、あっさりと脱出してのけた。

 それはまさしく、ギレーヌ・ラインが魔術協会と天子協会から逃れた手管だった。


  ***


 クルスが転移した先は天宿の屋上。

 天宿に出入りできていたので、空いた時間で構築した魔法陣があった。その魔法陣は天子に見つからないように発動の瞬間まで見えないような工夫を施してある。

 タイミングを合わせて発動する手筈だったが、敵であるとバレた今となっては、今この時が発動させる最後のタイミングだった。

 描いた魔法陣の中心に向かおうとした時、後ろから渋い声を掛けられた。

「クルスか」

「っ!」

 飛び退き、後ろの人物から距離を取る。

 広輝から一樹に報告があったということは、鳴上の天子全員が知っていてもおかしくない。

「どうした、そんな怖い顔をしおって。下が騒がしいようじゃが、また月永と陽本の諍いか?」

 屋上にいたのは天守・月永大悟一人で、他には誰もいなかった。

 クルスを前にしても、その表情には緊張感がない。まるで彼が敵だと知らないようだった。

 知らないのであれば、クルスにとって都合がいい。急いで場を取り繕いだ。

「ええ、そんなところです。タカヤとシヅルたちの口論がきっかけで、ちょっと」

「むう、そうか。火種はともかく、周りも止めずに乗っかるのはどうにかせんとの……」

 大悟は腕を組んで、悩むような仕草を見せた。

「ところでクルス」

「はいーーっ!?」

 クルスの頭上から岩の檻が落下し、彼を閉じ込めた。

 一瞬だった。

 クルスが日の陰りを感じた直後には、檻は床に衝突していた。クルスは落下の衝撃と音に顔を腕で覆った。

 風圧がなくなり、腕を下ろすとクルスは岩の檻の中。

 檻の外では、大悟が悠然とクルスを観察している。

 これを誰がやったかが明白だった。

 クルスは隆也の重力結界から抜けたように、焦点を檻の外へ合わせ、魔法陣無しの転移を敢行する。魔法陣無しの転移魔術は自由が利く代わりに多くの魔力を必要とし、さらには失敗する可能性もあったので、クルスとしてはあまりやりたくはないが、背に腹は変えられなかった。。

強制転移(transfer)……!?」

「魔力のパスは外へ繋げぬよ」

 しかし、大悟の檻は魔術への対策がなされていて、外への脱出はできなかった。

「それと、隆也と陽本の娘たちは『混ぜるな、危険』じゃ。揉めそうになったら止めた方が良いことを皆知っておる」

「ーー狸じじい」

 クルスが取り繕った話は、すぐに嘘だとばれていたということ。

「はっはっは、狸はお互い様じゃろうて。しかし日本語をよく知っておるの」

 猫被らなくなったクルスの表情は一転する。

 その敵意で大悟を睨みつけつつ、焦りも覚えていた。欲を出してしまったが故の失態。天宿からの脱出すら難しくなってしまった。傷を追ってでも捕虜は避けなければならない。

 大悟と対峙しながら、クルスは頭の中で思案を巡らせていると、建物の外側から天子の増援が続いた。

「おじい様!」

「来ておったのか」

 まずは優里菜が屋上に着地し、次に一樹が続く。

「天守、お手数を」

「構わんよ」

「ふう。何とか来れたか」

「隆也もか」

 最後に隆也が到着した。

 大悟が岩の檻を落としたことで、上の階で何かがあったことを悟った。戦闘経験の多い一樹が屋上だと勘づくと、優里菜が外に出て覚悟を決め、助走をつけて跳んだ。

 一階にいた天子の中でも、十階の建物の屋上まで跳ぼうと試みたのはこの三人だけだった。天子が天術で身体能力を向上できると言っても、やはり限度がある。およそ三十メートルのここまで一跳(ひとっと)びできる天子は少なかった。

 優里菜も一度のジャンプだけでは足りず、手を足元に向けて足元に水守を展開・踏み台にして、もう一回ジャンプした。それを計二回行い、屋上に辿り着く。この荒業は、結界を空間に固定し、ジャンプに耐えられるだけの強度であり、きちんと踏み台にできないと、地面まで落下する。練習も無しに試みることではなかった。隆也はシンプルに、ジャンプと自身の重力((マイナス))でここまで来ていた。

 そして一樹は、文字通りの一跳(ひとっと)びである。

 他のメンバーはエレベーター、もしくは階段を駆け上がっている。

「さて、クルス。『広輝なら戦闘不能まで持っていく』だったな」

 一樹が一歩前に出る。大悟は一樹を止めない。

 クルスは万事休すだった。

 しかし、クルスが転移した魔法陣が再び光を発した。

「……一度合流しようと思って来たのだけど、修羅場のようね」

 現れたのは愛紗を抱えたギレーヌだった。

「ギレーヌ……すまん」

「気にしなくていいわ。貴方には同じような所を何度も助けられたから」

 ギレーヌは愛紗を左腕と肩に抱え直し、右手で大悟の檻に触れる。

「……へえ。いい結界ね」

 次の刹那、大悟の檻が崩れた。石柱が折れるとか、衝撃で破壊されるではなく、小石に分解されるかのようにボロボロと。

「何をした?」

 大悟が目を細める。歴戦の大悟が、今まで一度もされたことのない事だった。

「術式を解いただけよ。天術士(貴方たち)は術式なんて意識しないでしょうけど」 

 魔術、天術問わず、術には術式が組み込まれていた。魔術師は、魔力で術式を組むこと、術式に魔力を込めることで魔術を行使していた。だから魔術師にとって術式が存在するのは当然だった。しかし、天子は術式を意識することなく天術を行使できた。その為、天子は天術に術式は無いと思っていたが、ソリアスによってその通説は覆される。天術にも術式はあると。天子は、想像(イメージ)によって無意識に術式を組んでいる、と。

 そしてギレーヌは、大悟の檻に触れ、視るだけで術式を解析して解いてみせた。

 高位の魔術師を知る大悟や一樹が驚嘆する。魔術師でありながら、天術を解術したからだ。

 大悟の檻が完全に無くなると同時に、ギレーヌら三人を閉じ込めるように再び岩の檻が落下した。

 しかし、三人の上空で檻は何かに阻まれ、ギレーヌたちの傍へ転がり落ちた。

 それは結界がある証。

 ギレーヌは自然と転がり落ちた岩くずれに目が流れた。

 この状況で敵から目を離す行為は、油断に見えるが、ギレーヌからは余裕しか感じ取れない。

紅蓮焔(ぐれんほむら)

 一樹がその結界を焼き尽くそうと天術を放つ。

 右腕全体に多量の天力を纏わせ、大火力の炎を一気に放出。一見、流し炎に見えるが、その赤炎の威力は大樹の白炎を遥かに凌ぐ。

 けれど、ギレーヌの余裕を証明するように、一樹の炎をも彼女の結界は阻む。

 ギレーヌを中心に展開されている半球の結界。一樹の炎はその外殻に沿うように広がり、間延びしてしまった。

「やっぱり丈夫よね」

 結界越しに伝播する赤い光と熱に、ギレーヌたちの白い肌が赤く染まる。

 結界にヒビすら入らないことで、ギレーヌは改めて自身の結界の強度を確信する。天位:紫の炎をも防ぐ結界。そう簡単に攻略できるものではないはず。

 ギレーヌの脳裏に残っていたのは、あの結界を貫通してみせた歩の天術。あの場の結界は今の結界とは別の魔術だが、強度は変わらない。未だに何をされたか分からなかった。

「ギレーヌ?」

「……せっかくお嬢さんも居るようだから[鍵]を回収するわよ」

「? ああ」

 考え込むような仕草を見せたギレーヌにクルスが声をかけたが、ギレーヌはそれに答えることなく、計画を次に進めた。

 炎が明けた時、二人に映ったのは、右手を空に掲げた大悟一人だった。

 その右手は、二人めがけて振り下ろされる。

「左炎、右水、後ろ重力」

 クルスが瞬時に四方を確認し、ギレーヌへ端的に伝える。

 ギレーヌは空を見上げ、大きな岩の塊を見つける。

「上が岩塊ね」

 真下からは形の全容は見えないが、大悟が結界を打ち破るために生成したのは、結界を穿つ巨大な碇。

 それを隆也の重力と掛け合わせ、結界に衝突させる算段だ。

 そして両脇から一樹の炎、優里菜の水で結界に負荷を与える。

 ギレーヌは魔力を注ぎ、結界の強化を図った。どれか一つなら耐えられると思ったが、三方向からの同時攻撃には不安が浮かんだ。

水の衝撃(アクア・インパクト)!」

紅蓮弾(ぐれんだん)

 天子四人の作戦は負荷の継続ではない。瞬間的な過負荷による突破。

 優里菜は、近接戦闘において早くも十八番になりつつある、指向性の有る水の爆弾を拳に乗せて結界に叩きつける。

 一樹は、先の赤炎をバスケットボール程度の炎玉へと収束させ、アンダースローで結界めがけて投げ込んだ。

 加えて上空から、隆也の重力を得た巨大な碇が、結界に突き刺さる。

 結界魔術と強力な天術の衝突によって、爆音と爆風に似た衝撃波が屋上に巻き散らされ、天宿全体を上から揺るがした。

 優里菜の場所は結界を突破できず、距離を取る。一樹の炎も結界の前に、爆風を生んで燃え散った。さらに大悟と隆也の合わせ技も、衝突の反動で折れてしまっていた。

 がしかし、その折れた碇はギレーヌとクルスの真横に落ちた。バラけた小石が彼女たちに雨のようにパラパラと落ち、また傘に当たるように、彼女たちのすぐ頭上で跳ねて床に落ちていった。

 それは、天子四人はギレーヌの一枚目の結界を破壊することに成功していた。相打ちという結果で。

 一樹はいち早く行動を開始する。もう一度、張られる前にもう一枚の結界を打ち破る為に。

「クルス」

「今出来た。始めるーーactivateーー」

 クルスは床に青い宝石を置き、両手をついていた。ギレーヌはクルスの合図で、結界の範囲を狭め、彼を外に出す。

 すると屋上全体に魔法陣が出現し、光り輝く。同時にその魔術が発動した。

「!?」

 ギレーヌ目掛けて駆け出していた一樹が、まるで躓いたように、受け身も取れず転がった。

 立ち上がろうにも、全身に力が入らなかった。力が奪われているかのように。吸い取られているように。

「これ、は……」

 隆也はもちろん、大悟すらこの魔術に抵抗できていなかった。その場に膝を付き、その姿勢で耐えるのが精一杯だ。

 事件を追っていた三人は、すぐにこの魔術の効果に気付く。今まで一般人や魔術師から魔力を吸い取っていたように、今は天子から天力を吸い取っている。

 このままではまずい。

 三人は焦燥する。

 行き着く先は、ミイラのごとく痩せこけた死体。天力の少ない者から死んでいってしまう。

 目の前の魔術師二人は、天子に容赦などしないだろう。天術士に恨みがある。憎しみがある。全てを吸い尽くして、その怨嗟の炎を一時的に鎮めるだろう。

 動けない天守を見て、ギレーヌとクルスは、ほぼ勝ちを確信する。天守ですら抵抗できない。魔術には他の誰も抵抗できないはずだったからだ。

 が、しかしーー

「兄さん!? おじい様! 一樹さん!」

 一人平気な顔で立っている優里菜がいた。

「ーーは?」

「平気なの? 貴女」

「??」

 その顔は、何が起こっているか解っていなさそうだった。

 優里菜は、一番実力の劣る自分以外に何かをされたのだと思ったが、二人の魔術師の表情にそれが間違いだと気付く。改めて、両手を見て自身を感じ直し、ようやく事態を把握する。天力を吸い取られているのだと。

「……………………それに、集めてるのね」

 優里菜が事態を把握した。クルスに、青い宝石に向かって歩き出す。

「なんでこの空間で動ける?」

「何をしているの?」

 魔術師の二人は、優里菜が動ける原因に見当がつかなかった。

 たとえ天力が多くとも、身体を動かす為の天力をも奪われ続けたら動けるはずがない。優里菜から天力が奪えていないわけではない。ちゃんと奪えている。それにも関わらず、優里菜は平然と行動できている。

「私、天力の量が多い割に、天力の出口が小さいらしいから……こんな少量ずつ取られても何も問題ないです」

「そういうことね」

 ギレーヌの中で合点がいく。要は、優里菜から奪えきれていないこと。他の天子と同じようにするには、彼女からはもっと強力に奪わなければならない。

 ギレーヌはクルスと優里菜の間に立つ。

 今からクルスの魔術の術式を変更することはできない。だからせめて、邪魔をされないように優里菜を閉じ込めた。

「しばらくその中で待ってて頂戴。守りたい"みんな"がミイラになるまでね」

「!」


『……みんなはみんなです。家族も友達も仲間も、助けられる命、全部です』


 優里菜が喫茶店でギレーヌに答えたこと。

 それを今、ギレーヌは不敵に笑って言っているのだ。やれるものならやってみろと。

「…………」

 ギレーヌの結界に閉じ込められてしまい、恐らく優里菜一人ではこの結界を破れない。もしかしたら、水龍の牙(アクア・アグナ)で破れるかもしれないが、時間がかかりすぎる。

 幸い(・・)、クルスの魔術はギレーヌの結界の中でも効いている。

 だから優里菜は、もっと宝石の近くで行う予定だったことをここで始めた。

 足を肩幅に広げて、足の指で床を噛むように、しっかりと踏み込む。重心を下げ、肘を曲げる。

 瞼を閉じ、全身を意識する。全身に流れる天力を意識する。指の先まで隅々まで。

 天力が外へ流れているのを感じた。全身から万遍なく奪われているのを感じた。

 ゆっくりと、深く、丁寧に息を吸い込む。

 そしてーー

「はあああああ!!!」

 目を見開き、身体の底から天力を解放する。

 詰まり(・・・)を感じた。もっと外へ出せるはず。もっと放出できるはず。しかし出口が狭いばかりか、ところどころ栓がされているようだった。

 だから、内側から無理やり広げ、その栓をも吹き飛ばす。

 間欠泉から温水が吹き出るように。火山が噴火するが如く。

「ああああ!!」

 優里菜の碧い瞳にギレーヌは映っていても、優里菜には見えていない。優里菜の意識は今、自分自身への身体にあった。

 足りない。まだ足りなかった。

 内側から栓を吹き飛ばすだけの天力が。


『蛇口を開けるイメージだ。それさえ開けば、あとは勝手に出てくる』


 広輝が四月からしてくれているアドバイス。

 正直優里菜は、あまりピンと来ていなかった。蛇口がどこにあるか分からなかったから。

 だけど今、天力を全開で出し続けている今、見つけられそうな気がした。

 表面的なところにはなかった。

 もっと、もっと深いところにそれはある。

 意識を覚醒させたまま、優里菜は深層意識の中へ埋没していく。

 もっと内側に、もっと奥に、もっと深くに。

(見つけた)

 ずっと蛇口をイメージしていたので、それも蛇口の形で出てくるかと思っていたが、違った。

 光のない場所に置かれた碧い宝玉のようだった。きっと光が一筋差し込めば、宝玉の中で撹乱し、綺麗に耀きを帯びるだろう。

 優里菜はその宝玉に手を伸ばそうとしたが、心が拒絶した。

 触れてはならないと、強く心が叫んでくる。

 手を引くと、放出してた天力の勢いも弱まった。

 優里菜は残り少ない息を呑む。

 視界に愛紗を抱いたギレーヌと両手を床についたままのクルスが目に入る。二人共、目を剥いていた。

 その理由は優里菜にはわからない。

 けれど、二人に都合が悪いことは優里菜たちに取って都合が良いこと。"みんな"を助けられるかもしれないこと。

 優里菜はもう一度、息を吸った。

「はああああああああああ!!!」

 勢いをつけ、心の拒絶を振り払い、深き場所にある碧の宝玉へ手を伸ばした。


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