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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第十三話 迷いの中

「ゆりなー?」

 心ここにあらずで、ぼーっと虚空を見つめる友人(優里菜)に声をかける。

 ホームルームが終わったというのに帰り支度も始めない。

「お〜い、ゆりな?」

 目の前で手を振ると、ようやく戻ってくる。

 優里菜はゆっくりと首を動かし、沙紀と目を合わせた。

「なに?」

 抑揚のない返事。長年連れ添っている沙紀にも、今の優里菜の機嫌が分からなかった。良い訳ではないけれど、かと言って話してみると悪い訳でもない。

 最近は考え込む事が多いので、悩みでもあるのかと尋ねてみても歯切れの悪い返事が返ってくるばかりだった。『悩み? なやみ……悩みなのかな?』と。

 今日は特に酷かった。

 先生に当てられても気づかず、一度の注意でも気づかない。昼食は度々箸が止まり、昼休み全部使っていた。

 優里菜の悩みは、玲菜から聞いた魔術師と天子の歴史、広輝の来歴である。特に後期については、優里菜の頭を大いに悩ませた。

 堕天子の件は、玲菜からは「聞かなかったこと」にしろと言われているが、優里菜には割り切ることができずにいる。

 結果、こうして沙紀に心配されていた。

「なにって言うか、もうホームルーム終わったよ」

「え? あー、じゃあ帰るね」

「まあ、待ちなされ」

 沙紀は立ち上がろうとする優里菜の両肩を押さえて、もう一度座らせると、前の席の椅子に回して座り、優里菜に対面した。

「まずは話しちゃいなさいな」

 部活まではまだ時間がある。たとえ遅刻したとしても、親友(優里菜)の話を聞けるのなら本望だった。

 しかし、その肝心な優里菜は、腕を組んで悩み始めてしまう。

「ん? んー、ん〜?」

「そんなに話しづらいこと?」

「話しづらいというか、どう例えたら分かりやすいかなって」

「気にしないで、話しちゃいなさいな」

「んーと、じゃあ……」

 沙紀が心配してくれているのは優里菜も分かっている。せっかくの沙紀の申し出を断るのも忍びなく、優里菜はどうにか沙紀たちを心配させない程度の例え話をひねり出した。

 玲菜から聞いた広輝の話は、とても話せる内容ではなかったから。

「戦争の最前線から帰ってきた人にどうやって接する?」

「……なんだって?」

「加害者でもあり被害者でもある人とどうやって接していけば良いのかな?」

「なに、いるの?」

「秘密」

 優里菜の悩みは沙紀が漠然と予想してたジャンルから微妙に外れていた。

 人間関係だけだったら予想の範疇だったが、優里菜の悩みの相手は沙紀には想像しかできない人物像。沙紀の身近な戦争経験者といえば、曽祖父世代。会ったこともなければ祖父母から伝え聞いたこともない。戦争も、いつも画面の向こう側だった。

 ただ沙紀は、悩むくらいなら無理に近くにいる必要はない。優里菜が我慢する必要がないと思った。我慢し、耐えることを選んでしまうことを沙紀は知っていたから。

「距離置いたら? そんなに悩むなら無理に接する必要ないじゃん」

「んー」

 優里菜の歯切れが悪い。

 沙紀には広輝との優里菜の関係が見えないので、的確なアドバイスができるはずもなかった。しかし、優里菜がその人と接しざるを得ない状況であろうことは察せられた。

 沙紀は優里菜と同じような状況を想像するが、やはり悩むくらいの相手なら沙紀自身は距離を置くだろうと思った。正直、もう少し詳しい状況を聞きたかったけれど、優里菜が『秘密』を、決して話さないことを沙紀は知っていた。訊いても困った顔で『ごめんね』と言うだけだ。

 何と言ってあげれば、優里菜の胸の内が晴れるのかと巡らせていると、小柄な男子が話しかけてきた。

「いやいや、普通でいればいいんだよ。そいつだって人間だろ?」

 沙紀は振り返り、目を細め、訴える。黒板消しを持ったままの(かい)に。


 沙紀、睨む。   意訳:「あつしは?」

 海、扉を見る。  意訳:「部活行った」

 沙紀、激しく睨む。意訳:「あん? なめてんの?」

 海、肩をすくめる。意訳:「しょうがねえだろ、

              あいつは優里菜と同じかそれ以上に

              バスケが好きなんだから」


「どういうこと?」

「「!」」

 沙紀と海はアイコンタクトの内容が優里菜に悟られたのかと驚いて優里菜を見た。

「? 普通って?」

 二人の心配は杞憂で、優里菜はきょとんとした様子で海に言葉の意図を聞き返した。

 海は背中に流れた冷や汗を感じながら、優里菜に説明する。

「戦場で人を殺していようが、そいつだって任務だったから仕方なくだ。殺らなきゃ殺られるんだから」

 優里菜ではなく沙紀がはっとした。戦争経験者ということは海の言う通り、それを経験したということ。優里菜が思い悩んでいるのは、日常の倫理観では許されないことをしてきた人とどうやって接したら良いかという悩みではないかと推測まで出来た。これでも沙紀は前期期末考査の主席である。

 優里菜の頭の中で玲菜の言葉が反芻していた。


『広輝くんは、広輝くんを止めに来た人たちを返り討ちにしてしまったの』


 それは言い換えれば、今、海が言ったことと同じではないだろうか。広輝には『殺してでも止める』ように指示が出ていた。暴走の中でも、相手の殺気を感じ取ったのでは。

 優里菜が口を閉ざし、再び考え込み始めてしまったので、海は間違って解釈されていないかと心配になって補足する。

「いや、あれだぞ? 嬉々として人殺しを自慢してくるようなら距離を取るどころか、接点すら持たない方が良いと思うけど」

「うーん……」

 広輝は自慢どころか、話すらしない。それどころか恥じている。優里菜と本当の意味で再会することを拒んでいたほどに。

 優里菜の中では、あの病院での広輝の姿と堕天子と呼ばれ続ける理由が合致しない。

「ーーーー」

 優里菜は決意する。

 やはり、会わなければ始まらない、と

 悩んでいても仕方ない、と。

「ありがとう。帰るね」

「う、うん」

「おう」

 思い立ったが吉日とばかりに、優里菜は二人にお礼を言うと、あっという間に教室から出ていってしまった。

 優里菜が出ていった扉を眺めながら海がぽつりと言う。

「……なあ」

「なによ」

「バスケ部の友達が優里菜に告白するって言ってたらしいんだよ、今日」

 優里菜が告白に呼び出されることは珍しくない。沙紀が気になったのはタイミングだった。

「……呼び出したの?」

「らしい。手紙で。放課後に」

 沙紀は教室を出ていく優里菜の背中を思い出す。あれは完全に帰るやつだ。

「帰るって言ってた」

「だよな」

「タイミングが悪かったということで」

 二人はその友達を思い、合掌した。

 南無南無。




 教室から飛び出し、その勢いのまま昇降口に辿り着くと、一人の女子が下駄箱前の廊下に立ち尽くしていた。

 その女子は、どこかで見覚えがあった。

天川(あまかわ)、さん?」

「!?」

 優里菜が声をかけると、彼女は狼狽しそうなほどに驚き、目を丸くして優里菜を見る。

 声をかけてきたのが優里菜だと分かると、少しホッとしたような顔を見せたが、消えたが顔を伏せてしまう。

「あ、やっぱり。同じ学校だったんだね…‥どうしたの?」

 彼女は今月初頭に路地裏で男たちに襲われ、クルスに助けれていた少女である。

 男たちを引き渡す前に、優里菜たちはお互いに自己紹介をしていた。

 彼女は天川(あまかわ)深音(みおん)、弟を音高(おとたか)と言っていた。

 その深音の様子に何かあったのかと心配した。

「……なんでもない、です」

 しかし、辛うじて優里菜に聞こえるような声でそう言うと、何かを振り切るように走り去って行ってしまった。

「?」

 優里菜は、後で情報通の沙紀に何か知らないか聞いてみようと決めて、今日のところは天宿に急いだ。



  *****



 天宿に到着した時、優里菜はエントランスホールでぐったりしていたクルスを発見する。

 クルスは設置されたソファに体を預け、自販機で買ったエナジードリンクを、車に給油するように流し込んでいっていた。飲み終わると、手前にあるガラスのテーブルに空き缶を置かず、手に持ったまま腕の力をだらんと抜く。

 クルスの顔色は良くない。色白の肌がくすんでいるようだった。

 そのクルスによると広輝はどこかへ行ったのだと教えてもらう。

 優里菜は広輝に会って何かをしようと思っているわけではなかった。言葉を交わそうとも思っていなかった。ただ、会って、自分の目で広輝を確認しようと思ったのだ。

 久下広輝という人間が信じられるかどうかではなく、彼を優里菜自身が信じられるかどうかを。

 ケンカ別れのような別れ方をした手前、会いにくかったが、会わなければ進まない。

 そういう心構えはできたのだが、肝心の広輝が不在。残念なような、どこか安心したような複雑な心境になった。

 ちなみにクルスは、会議室から一階のエントランスホールに一次避難(休憩)しにきたらしい。

 天井を眺めながら、優里菜に愚痴をこぼす。

「あいつも中々の鬼畜だな。天術士の中に魔術師を一人置いていくなんて」

 優里菜はその一言で何となく状況を理解する。魔術師の存在に抵抗がある天子が多い中、唯一の味方とも呼べる人が不在なら、居心地は悪いはず。しかもそれを数時間。神経がすり減るはずだ。

 そして優里菜はクルスの"天術士"に込められた意味がわかる。玲菜から教わった今なら。魔術師が天子と呼ばずに天術士と呼ぶ理由が。

 優里菜は思い切って魔術師(クルス)の意見を聞いてみることにした。

 ガラスのテーブルを囲うように置かれている四つのソファ。優里菜はクルスの右側に当たるソファに腰を下ろした。

「あの……」

「なんだ?」

「貴方は天子のことをどう思っているんでしょうか?」

 玲菜から色々教わったと言っても、ほぼ天子側から見た話である。

 魔術師側の話を聞けるのなら、それに越したことはない。クルスを逃せば、次にいつ魔術師と話せるかわからなかった。

「なんだ急に。この間は魔術師だの天術士だの、気にもしていなかったじゃないか」

 優里菜からその話が出てくると思っていなかったクルスは面食らう。クルスは上体をソファから離すと、空き缶をテーブルに置く。

「母から歴史を、教わったので……」

 優里菜が言い難そうに、慎重に言葉を選んでいた。

 それでクルスも合点がいく。

「なるほど。それで俺が天術士を憎んでると思ったのか? 協力していることに違和感を覚えたか?」

「……はい」

「正直者だな。俺が心外だと怒ったかもしれないのに」

「それでも、本音をお聞きするのに嘘は良くないと思ったので」

「まあ、いいさ。別に怒っていないからな。それに、関心を持つことは良いことだ」

 無関心こそ愚か者の証。好きも嫌いも、知らなければ生まれることのない感情である。知るからこそ、知ったからこそ物事は始まっていく。

 クルスは優里菜の関心に対して正直に応えた。

「答えは『嫌い』だ」

「ーー」

 優里菜は率直な答えに言葉が出てこない。想像通りでもあったが、もっと強い言葉を言われると思っていた。優里菜が今まで一度も抱いたことのない感情を。

 クルスはその思いが、受け売りではないことを優里菜に伝えていく。

「俺のいた孤児院には訳ありの子供がたくさんいた。院長がそういう子供に居場所が必要だと、優先して引き取っていたみたいでな」

 短い言葉の中にクルスの事情が垣間見える。クルスも広輝と同じく失った者だった。

 そしてクルスもまた、その"訳あり"に含まれているのだろう。

 クルスはその訳ありが何か、過去を学んだ優里菜に訊いてみた。

「どんな理由だと思う?」

「……天術士が?」

「無理に天術士と言わなくていい。気にしない」

「はい」

「で、理由の方は概ねその通りだ。戦いで両親を失った子供たち。その中でも多かったのが、天術士に親を殺された子供たちだ」

「……」

「だから嫌いだ。俺の家族の家族に何してくれてんだってな」

 優里菜は言葉が見つからなかった。同情の言葉も、加害者への憤りも、自分の心を表現する言葉も。何も見つけることができなかった。

 クルスは家族や仲間に対する行為に怒っていたが、その孤児院に引き取られていたクルスもきっと……。

「けど、分別(ふんべつ)はある。今はギレーヌを止めることが優先だ。好き嫌いを置いて協力している」

「そう、ですか。ありがとうございます」

 優里菜が何とか絞り出せた言葉は、協力に対するお礼だけだった。クルスの過去や思いに何も言うことはできなかった。

「質問に答えた代わりと言っては何だが、俺にも一つ教えてくれないか」

「はい。何でしょう?」

「ウンディーネの杯って何だ?」

「……え?」

 優里菜は、話せることなら話そうと思ったが、クルスの口から出てきたのは部外者が知るはずのない名前だった。

「誰が言ったかは覚えてないけど、妙に耳に残っててな。知ってたら教えてほしい」

 答えられるはずもなく、優里菜は申し訳無さそうに謝罪する。

「ーーすみません。答えられません」

「ふーん、そっか。まあいいさ。別のことを訊こう」

 クルスは大人しく引き下がった。優里菜に聞きたいことはいくつかあったので、次の質問をしてみた。

「お前たちってどういう関係?」

「?」

「お前と広輝」

 優里菜はすぐに答えられなかった。玲菜の話を聞く前だったら「仕事のパートナー」だとすぐに答えていたことだろう。だけど今は、堕天子の事を聞き、風上広輝との思い出を何度も思い出すようになっていて、今の久下広輝との乖離に頭の中がモヤモヤでぐちゃぐちゃだった。

 思いつめた表情そのままに、逆に優里菜がクルスに尋ねた。

「……どういう関係に見えます?」

「は?(聞いてるのは俺なんだが)」

 クルスは質問に質問で返され、戸惑った。優里菜に文句を言っても今の優里菜から答えが引き出せそうになかったので、クルスは広輝と優里菜が一緒にいた場面を思い出す。

「ーー訳ありの友人? というか知人? なんというか、こう、絡まったわだかまりがお互いにある感じ?」

「訳あり、訳あり……そうですよね……はあ」

 優里菜の中でクルスの表現が妙にしっくりきた。今の広輝は友人とは呼べず、同い年ながら指導する側とされる側であり仲間と言うには自惚れが過ぎる気がしていた。それでも、知人よりは近い。何とも表現し難い距離感に、広輝との関係を問われても一言では言い切れなかった。

 見かねたクルスは、優里菜に助け舟を出す。

(なんで俺が人生相談みたいなことを)

 とぼやきながら。

「お前は、あいつとどうなりたいんだ?」

「……普通のパートナー?」

「今は普通じゃないのか?」

「その、広輝くんの方が天位が高くて、指導役も兼ねて貰っているんです。本来ならもっと年上の天子が指導役になるんですけど」

「ほう。で?」

「えっと、せめて足手まといにならなくて、背中を守れるくらいにはなりたいな、と」

「それが普通のパートナー?」

「……いえ、お互いをフォローし合えるのが良い関係だと思います。けど、今は実力に差がありすぎるので」

「そうだな。百戦錬磨みたいな雰囲気あるよな、あいつ」

「はい……」

 天位:蒼という事実はさることながら、オリバー・エクスフォードに勝利した事実。優里菜たちの目の前で、優里菜たちの裁断天術を受けきった魔道人形[ケンタウロス]を真っ二つにせしめた絶技。

 広輝は優里菜の手に届かない領域にいる。優里菜が広輝のパートナーを名乗ることも烏滸(おこ)がましい事かもしれなかった。

「それで、普通のパートナーになる為に今日は何しに来たんだ?」

「……え?」

「今の話の通りなら、お前はただ力を(みが)き続ければいい。お前たちの任務上、それで問題ないはずだ。だけど、任務でも鍛錬でもなく、魔術師との今までを聞いて、広輝(あいつ)に会いに来た。何故だ?」

「それ、は……」

 堕天子のことは言えない。クルスは知っているかもしれないが、知らないかもしれない。人の過去は無闇に明かすものではない。けれど、嘘のない範囲の思いを述べた。

「広輝くんを確かめる為。広輝くんと私の立っている場所の違いを確かめる為」

「目標地点の再確認? 分からなくもないが……あー、もしかして答えを求めてきたか?」

「答え?」

 優里菜が堕天子の話を聞いたことをクルスは知らない為、クルスは違うこ答えに辿り着く。

「過去を知ったのだろう? その軋轢に答えは無いに等しい。けど、あいつは一つの答えを持っていた」

 広輝はあの喫茶店で確かに言った。

 『力は力』だと。天術も魔術も関係なく、広輝の判断基準は『力の使い方』だと。その使い方を広輝が許せるのか許せないのか、それが重要だと。

 優里菜には見えなかった一つの答え。広輝のことだけではなく、天子と魔術師の関係についてもモヤモヤしていた優里菜もそれで納得してしまえばいいのかもしれない。それで優里菜の中でこの問題は終わる。

「そう、かもしれません」

「それは参考程度にしたほうがいい。他人の答えが自分の答えだとは限らない」

「どういう意味ですか?」

「そのまんまだ。思想や正義感は科学や数式と違う。答えが必ず同じとは限らない」

 立場が変われば答えは変わる。思想が違えば考えは変わる。心が違えば思いも違う。

「天術士が憎い魔術師にとって、天術士の淘汰は[是]だ。逆も然り」

「そんな」

「な? お前は『それは違う』と思っただろう? そういうことだよ」

「……」

 優里菜が答えをトレースしていなさそうなことを確認すると、クルスは両腕を挙げて体を伸ばす。

「さて、そろそろ戻るかな。あの会議室(魔窟)に」

 あの重苦しい雰囲気に目眩がしそうだが、休憩を取りすぎれば嫌味を言われて居心地が更に悪くなる。

 既に手遅れになっていそうだが、クルスは会議室に足を向けた。

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