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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第十一話 容疑者

「武闘演」→「天武演」へ名称を変更しました。(2023/12/4)

 クルスと鳴上支部が手を組んで四日目。この日は朝から慌ただしかった。

 日の出前に鳴上市最南端の地区で、再びギレーヌによる犯行が行われた。魔力の吸い取りは前回よりも軽い。気絶しているけれど死者はなく、被害者の容姿に影響を及ぼさなかった。代わりに一集落全域が狙われ、老若男女四百人が被害に遭った。

 新聞配達員から消防署と警察に連絡が入り、現場を見た警察から天宿へ連絡が入った。

 前回、市中を狙われたことから、鳴上支部は街中を警戒していた為、完全に裏をかかれた形となってしまった。

 広輝とクルスは調査チームの一員として現場に赴き、ギレーヌたちの手口を探る。

 クルスの知見により、魔法陣についての知識を得た調査チームは一樹の指揮の下、メンバーは調査を開始する。

 まずは、被害範囲の外円を調べる。今までの蓄積から、ギレーヌが六つの点を起点として円の中に六芒星を描く魔法陣を使用していると分かっていた。そして現場に早く到着すればするほど、その外円には起点となり、ギレーヌたちが回収しきれなかった痕跡が残っている。今回は範囲が広い為、半分以上は残っているだろうと一樹は推測していたが、結果は六個全てが残されていた。

 その痕跡は、決まって黒くくすんだ水晶玉。クルスによれば、人工的に魔力を注がれた媒体は、一度その魔力を放出すると魔道具としての力を失っていくらしい。宝石はその兆候が見た目に顕著に現れ、宝石ならではの輝きが濁ったりくすんだりして、その価値が失われる。今回の水晶も同様のくすみだったが、その大きさはテニスボール程。

 どの現場でも共通して残る痕跡として、転移陣があった。転位はギレーヌの共犯者の魔術と思われ、この転位魔術のせいで天子協会も魔術協会もギレーヌたちを捕まえきれなかった。

 その転移陣の捜索は難航したが、鍵が外れた平屋の空き家に魔法陣が描かれているのを広輝が発見した。

「クルス」

「なんだ?」

「転移はどこでも好きな場所に移動できるのか?」

「『好きな場所』の定義によって答えが変わるが、恐らくお前の質問にはNOだ」

 転移魔術の基本として、まず入り口と出口を作るのだとクルスは言う。あらかじめ好きな場所(・・・・・)に出入口となる転移の魔法陣を二つ別々の場所に描き、霊脈を使って繋げることで転移が可能になる。

 霊脈とは、大地を流れる[力]の通り道のこと。霊脈は魔術師がよく利用する為、魔力が流れていると長年考えられていた。しかし、霊脈には魔力とも天力とも判別のつかない別の[力]が流れていることが、ソリアスの研究により近年明らかになった。

「霊脈を利用しないと転移はできないのか?」

「そんなことはない。だけど、霊脈を使わないと陣と陣の接続が難しいし、転移距離が短くなってしまう」

 霊脈を使わない場合、転移陣の接続は自分の魔力だけで行わなければならない為、その距離は自分の魔力に比例し、接続のラインも霊脈に比べたら頼りないものになる。

「転移陣が無いと転移できない?」

「そうでもない。要は入り口と出口を作って、繋げられればできる。例えば、こう腕を伸ばした十メートル先に出口を作れるなら、自分に入り口の転移陣と出口に接続する魔術を刻んでおくだけでいい」

 クルスは右腕を水平に掲げて広輝に説明する。転移魔術に精通した魔術師なら、[視認]できる場所に出口を自由に作れ、自身の魔力だけで数百メートルの転移ができるのだという。さらに空間認識能力に長け、地図にマークを付けるように、三次元の空間へ正確に座標を打てる巧者は、それこそ広輝の言う『好きな場所』へ転移できるらしい。もっともその距離は精々数十メートル。脳裏の処理だけでの遠距離の転移は理論上の話で、クルスもそんな人の噂すらも聞いたことはなかった。

 クルスが転移魔術について詳しいので、広輝が転移魔術が使えるのかと訊くと「知識だけだ」と肩をすくめる。転移魔術は門外漢だと。

 そこで広輝にふと疑問が過ぎった。入り口と出口の転移陣が構築されているなら、専門外の魔術師でも転移できるのではないのかと。

「クルスはこの転移陣を使えないのか?」

「うーん、どうだろうな。魔力を込めるだけで発動してくれるならもしかしたら……」

 クルスは右腕の袖をまくり、転移陣の中央で膝をつく。

「もし行けたら速攻で戻ってくるから。新しい情報とか期待するなよ。俺だってミイラになるのはゴメンだ」

「わかったわかった」

 クルスが転移陣に向かって魔力を込めると、転移陣が青白く光り出した。

「お、これはーー」

 クルスが何か手応えを感じた次の瞬間、クルスが消えた。転移陣の光も消えた。

「成功、したのか?」

 クルスの姿が消えたので、成功したと思われたのだが、それはすぐに間違いだと分かった。

『ーーのわあああ!? ぐお! どわ! ああーー! ぼ』

「……ぼ?」

 天井の向こうの空から男の叫び声が聞こえたかと思うと、瓦屋根にその声の主が衝突。瓦が崩れる音とともに男が屋根から庭へ転がり落ちた。

「……」

 広輝は何でそうなったかはわからなかったが、クルスの身に何が起きたかは想像できてしまい、心の中で合掌。特に急ぐことはせず、クルスの様子を見に行った。

 縁側の障子を開けると、ギャグ漫画の如く雑草が生え茂る庭に伏せる残念なクルスの姿があった。

「生きてるか?」

「……おう」

 クルスは気だるげに立ち上がり、衣服に付いた汚れを手で払っていくが、この庭はひっつき虫が群生していた。ひっつき虫に容赦はなく、クルスのローブにもびっしりとくっついている。手で払うだけでは取れず、地道に取っていくしかないのだけれど、切りがない。

 諦めて、潔くローブを脱ごうとした時、クルスの叫び声を聞きつけて隆也が庭先に飛び込んできた。

「大丈夫か!? ……ふっ」

 思わず吹き出してしまった。美男子であるクルスの有り様があまりに滑稽だったから。とっさに顔を逸らし、そのまま面と向かって笑いはしなかったが、肩を震わせて笑いを堪えた。

 好きでこんなになっているのではないという、クルスの無言の抗議が隆也に突き刺さる。

「……」

「いや、すまん。待って」

 広輝は隆也が落ち着くのを待ち、クルスはローブを脱いで、毛繕いのようにくっつき虫を取っていった。

 隆也が一息つくと広輝がクルスに何が起こったのか尋ねた。

「多分、出口が消されてたから、霊脈から弾き飛ばされたんだ。ただ転移できないだけだと思ってたけど、こうなるんだな」

 その声には、霊脈に取り残されなかった安堵と、新しいことを知った関心があった。

 クルスの説明で、広輝は片側が塞がれたUの字にしたホースを思い浮かべた。そのホースの入り口から勢いよくビー玉を入れたら出口の蓋で跳ね返り、入り口から飛び出て来そうなのが想像できて、クルスが転移陣の上ではなく遥か上空に出現したことが妙に納得できた。

 広輝は隆也に今までの経緯も含めて説明すると隆也もすんなりと納得。

 その後、広輝たちは一樹たちと合流し、一通りの調査を終わらせて天宿へと帰還した。



 ***



 天術や魔術など非科学的な力を持つ彼らも、専門外の分野では科学技術には及ばず、思考方法は普通の人間同様である。現場の写真や報告書はパソコンを使い、検討・考察にはホワイトボードなどに書き出して情報を整理する。ギレーヌたちが事件の重ねれば重ねるほど、隠された事実が明らかになればなるほど書類は山積みになり、重要と思われる情報を書き出したホワイトボードの数が多くなって黒く染まる。

 そして今日も、書類の山に書類が重なっていく。

 昼食をはさみ、調査チームは専用に割り当てられた会議室で調査結果の整理を始めていた。

 最初は広々としていたこの部屋も徐々に狭くなり、必然と陽本派と月永派の物理的な距離が近くなるので、雰囲気は剣呑。そんな中に響く、キーボードを叩く音やマウスのクリック音、頭を抱えた溜め息が部屋を更に重苦しくしていた。 

 なので、外の空気を吸えることすら羨ましく思うのである。

 それを当然知っていながら、用事があるので午後は外出するとか言い出す野郎が居たりすると、表立って文句は言えないが、恨めしくなってしまうのである。しかも、仕事を一つ増やして。

「霊脈って、水脈と似てるんだったよな?」

 [堕天子]こと久下広輝が、隊長(一樹)に外出する許可を取ってからクルスに問い掛けた。

「おおよそ、な。完全に一致しているわけではないけど……」

 ちゃんと答えるクルスの顔は、何か言いたげに引き攣っている。

「だそうです。なので」

「わかったわかった、やっておく。あまり遅くなるなよ」

 広輝の言いたいことは理解したので、一樹は手を外へ払う。「さっさと行け」と。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 見事なお辞儀を披露し、颯爽と部屋を出ようとする広輝にクルスが縋る。

「ほんとに、俺、要らないの?」

「ああ。クルスはこっちで頭を回転させてくれると助かる。これから行くところは魔術関連じゃないから。何しに行くかは……結果次第で報告する」

「…………」

 クルスの目は、それはもう信じられないものを見るような目だった。天子の拠点に魔術師一人を残していくという無慈悲。しかも魔術師に良い印象とはいかなくとも、普通の印象をも持っている天子が皆無に等しい中に置いてけぼり。それを唯一仲間意識を持った天子が居なくなるという非道。これから針のむしろが始まるかと思うと鬱になりそうだった。

「オレたち相手に、笑いだって取ったんだ。もう大丈夫だろ?」

 笑い、とは隆也が吹き出してしまったのと同じだった。現場でローブと衣服についた無数のひっつき虫。それを美男子(笑)のクルスが無の顔で淡々と取っている姿がおかしかったのだ。ただし、クルスを認めないものほどクルスに憚らず笑い声を上げ、嘲笑と言っても過言ではなかったが。

(鬼だ。こいつは堕天子じゃなくて鬼だ)

 クルスが広輝の中にある冷酷非道の非情を確信した瞬間だった。

 人でなしを見る目をしたクルスを放り、広輝は悠々と退出していった。




 重苦しい会議室を脱出した広輝だったが、一分もしない内に後ろから首をホールドされていた。

「お前、紫鶴を良いように使いすぎ」

 広輝の首を腕でロックしながら苦言を呈しているのは、陽本派の天子である陽森(ひもり)七重(ななえ)。陽本(あきら)を囲む三人組の一人である。

 会議室を出て、紫鶴と落ち合う予定だったエレベーターホールに向かうと、この七重と原村(はらむら)(あゆむ)が紫鶴と一緒に待機していた。七重は広輝が挨拶を言い終わる前に背後に回り、首をホールド&ロック。百七十センチの七重には苦なく行えた。

 敵ではない故、広輝は無理に解かず、大人しく捕まっていた。

「移動手段がないので、お願いしただけなんです、が?!」

 広輝の抗議も虚しく、締め付けが強くなる。

「回数が多すぎる。紫鶴の都合も考えろ」

「昨日今日でお願いするのは、そんなにないんですが……」

 広輝もいつもいつも紫鶴にお願いしている訳ではなかった。公共交通機関やタクシーで行けるところなら寧ろ積極的に使っていた。「足代わり」にするのは心苦しい。しかしながら、どうしても自由度が求められる時には紫鶴を頼っていた。二人一組で行動する必要があるので、陽本派の紫鶴は適任でもあった。優里菜が絡めば、月永(そちら)にも打診できたが、最近は違うことが多い。なので、「わかった時点」で紫鶴の都合を聞きながら調整はしていたのだがーー

「今日のは?」

「……昨日です。ぅぐ」

 何しろ、その「わかった時点」が直近すぎた。それが頻繁に続いた結果が今である。

「まあまあ、七さん。私は大丈夫なので」

 半笑いで見ていた紫鶴の仲裁は、七重には通用しない。むしろ加速させてしまった。

「こういう生意気な奴は甘やかすと図に乗るん、だ!」

「っ!? ギブギブ、七重さんギブです」

 七重の二の腕が広輝の喉仏に直撃。広輝は慌てて七重の腕を高速で叩く。

 入りすぎたのを感じ取ったのか、七重は物足りなさそうに広輝を解放した。

「今年十六になるんだろう? 原付の免許でも取ったらいい」

「っけほ、誕生日が一月なので……それに二人一組(ツーマンセル)が原則ですし……」

 天子協会は、任務を二人以上で行うように定めている。なので、広輝の『原則』は間違いになるが、効率を考えると二人一組が一番良いので、『推奨』する管理職は多い。口に出さずとも、人員配置を考える人間からすると二人一組で可能ならしてほしいと思っている者も少なくない。

 そういう事情もあって、広輝は一人で行動はできず、最低でも誰か一人に道連れになって(協力して)もらう必要があった。

「わかった。今日は私が連れてってやろう」

「「え」」

 私情だけではなさそうだと感じた七重が紫鶴の代わりを名乗り出るが、紫鶴と(あゆむ)の表情が硬直した。

「ナナちゃん、わたしも一緒に行くから。わたしが運転するね」

「ん? そうか?」

「うん。広輝くんも、いいよね(・・・・)?」

「あ、はい」

 歩の有無を言わせない迫力に広輝は素直に頷いた。

 こうして、広輝は七重と歩の二人と用事を済ますことになったのだった。



  ***




 広輝に同行する必要がなくなった紫鶴は、予定がぽっかり空いてしまった。

 調査チームの手伝いをするべきなのだろうが、あの会議室に行くのは気が重かった。ドライブかツーリングで気分転換してからにしようと思い至る。地下の駐車場に向かうため、エレベーターのボタンを押すと、すぐにカゴが到着して扉が開いた。 

「あら? 今日もお()りじゃなかったの?」

 中には紫鶴のパートナーである晶が乗っていた。

「七さんと歩さんが代わってくれました」

 紫鶴は中のボタンの前に立ち、エレベーターの扉を閉める。

「ちょうど良かったわ。それならちょっと車出してくれない?」

「いいですけど、どこに行くんです?」

「どこでもいいわ。人に見られないような場所にお願い」

「ーーはい」

 晶はどこか思い詰めているように見えた。それが何かは車を走らせた後に分かる。

 晶が一階のボタンを押していたので一階で止まるも、紫鶴はホールに誰もいないことを確認し、すぐに扉を閉めて地下へと向かった。




「私、人に見られないような場所って言わなかったかしら?」

「木を隠すなら森ということで」

 紫鶴が選んだのは、大型スーパーの屋上駐車場。その隅に駐車した。平日の昼過ぎなので、森というほど車両は多くない。

 後部座席に座る晶の注文を無視したような無視していないような微妙な場所だった。けれど、その代わりに車に乗ってから五分程度しか経っていない。

「まあいいわ。待たせてしまうのは申し訳なかったし」

 晶が妥協してくれる程度には、紫鶴が選んだ場所は悪くはなかったようだ。

 晶は左右に別れているワイヤレスイヤホンの片方を紫鶴に渡し、自分も左耳に装着する。そして、車に乗ってから、ずっと手に持っていた私用のスマートフォンで、ある人物に電話を掛けた。

『早かったわね』

「いえ、お待たせして申し訳ありません。美怜さん」

 晶が連絡を取ったのは、竜胆美怜。五大支部の一つ、仙葉支部を担う竜胆家の長女である。

 晶は同じ[影]の使い手として、美怜に指導してもらったことがあり、二人の間には師弟関係のようなものがあった。

『紫鶴ちゃんもいるのよね?』

「はい、お久しぶりです」

 当然、晶の側近を務める紫鶴も美怜と面識があった。

 晶は事前にメッセージを送り、紫鶴も同席することの許可をもらっていた。

『早速本題なのだど、蒼の(わたくし)から話せることは少ないです。なので、よく聞いて、よく考えてちょうだい』

 晶と紫鶴は顔を見合わせる。

 それはすなわち、紅としては話してはいけない情報に晶たちを気づかせることに他ならない。

 二人は頷き合い、美怜の話に集中する。

「わかりました。続けてください」

『仙葉が魔術協会と交流があるのは知っていますね?』

「はい」

 正確には仙葉支部ではなく、他の天宿だが、その天宿を含めて東北の情報は仙葉に流れるので、美怜はわかりやすく仙葉とした。

 返事をした晶も、聞いている紫鶴も承知している。

 前提条件を確認した美怜は要点を述べた。

『魔術協会と連絡が取れなくなっているみたいです』

 と。

「え」

「それは珍しいことなのでしょうか?」

『そうですね。頻繁に連絡を取り合っているわけではないし、それもただの事務手続きのことが多いけれど、音信不通ってことはないみたいですね』

「魔術協会に直接行ったりしないのでしょうか」

『しないようですね。交流はあっても仲良しではないですからね。アポイントメント無しで天子が訪問したら、彼らも良い顔をしないでしょう』

 晶の質問に対し、美怜が仙葉支部所属の天子なら知っている範囲で答えていく。

 美怜が現場で見たことは、紅の任務のことは口止めされていた。

「クルス・マルティネスとイレーネ・グラウンが数日前に魔会に行って、クルス・マルティネスが魔会の代表として私たちに協力してくれていますけれど」

『その両名は日本支部の魔術師なのですか?』

 二人ははっとした。

 クルスが外来の魔術師であることは自らも認めている。その上で魔術協会の代表と言っている。裏付けとなるものは一切無いにもかかわらず。

 では何故クルスを信用したのか。

 最初に接触した広輝が信用し、上層部が共同調査を許可し、クルス自身が有用であると行動で示したからだ。皆が心の何処かで引っかかりを覚えながらも、誰もクルスを否定することができなかった。

 もしも、魔術協会が音信不通に陥っていることとクルスが関係しているとしたら。もしも、クルスが一連の事件に関わっているとしたら。

 クルスは今、鳴上の中枢部にいる。多勢に無勢の中で行動を起こすとは考え難いが、天宿は毒を孕んでいるのでないか。

 二人の鼓動が早くなる。一刻も早く確かめなくては、と。

 その焦りは電話の向こうの美怜にも伝わった。美怜は二人を落ち着かせる。急いでは事を仕損じてしまう。

『逸る気持ちはわかりますが、落ち着いて行動なさい。そのクルスという魔術師も[堕天子]に監視させているのでしょう?』

 美怜は翠からもらった情報を利用する。彼女の情報は、紅のそれではなく、個人的な繋がりで得た情報のはずだ。落ち着かせようとして[堕天子]の名を出したが、二人からは微妙なニュアンスのリアクションが返ってきた。

「監視、ですか」

 広輝の様子を思い出し、晶は疑問を呈す。とても監視しているようには見えなかった。誰よりも積極的にクルスに協力を促している。

「監視というよりも、天子ばかりの中で動きやすいようにと一緒に行動しているようでしたが、今はーー」

 紫鶴は広輝が今はクルスの傍を離れ、別の任務へ向かっていることを伝える。その経緯も含めて。

『……随分と勝手をするようですね。その[堕天子]は』

 広輝を自分勝手と罵ったが、その勝手さは美怜も五十歩百歩である。むしろ美怜の方が上。しかし、その勝手さを二人は知らない。振り回された者しか美怜の所業の程度はわからない。

「上の許可はちゃんと取ってはいるんですよ」

「だから質が悪いんじゃない」

 紫鶴は広輝と仕事を何回か行っているので、広輝が印象ほど勝手ではないと知っていた。ただ、言葉や文章にしてしまうと、不思議と身勝手さが強くなってしまう。紫鶴が必死にフォローを入れるのも違和感があるので、やんわりと補足するが色々間に合っていなかった。

 その紫鶴のフォローも晶が打ち消す。晶の広輝への心象は、四月から(いささ)かも変わっていなかった。

『その名の通り、嫌われているようですね』

「いえ、晶さまのは少し違くてですね」

「紫鶴」

「あ、はいすみません」

 晶が広輝を嫌う理由は、別に発端がある。それさえなければ、二人は一定の距離を保ちつつ上手くやって行きそうな気さえする。

 紫鶴はその発端を話そうとしたが、晶に一睨みされてスルスルと引き下がった。

『? 何かあるのですか』

「えーっと、ですね……」

 しかし、美怜に促されてしまえば、話さざるを得ない。

 晶も紫鶴を止めはしないが、晶の冷たい視線が紫鶴に刺さる。

 紫鶴は指で頬をかきながら、言い難そうに口を開く。

「実は、前回の天武演で晶さまと広輝は闘っているんですけど、その、広輝が晶さまを憶えていなくてですね……」

 広輝が鳴上に転属してきた四月に、晶は自分から広輝に顔を合わせに行っていた。陽本直系、代表の娘となれば広輝の方から晶に挨拶に行ってもおかしくはなかったが、天位は広輝の方が上。天武演で敗北している以上、実力も広輝の方が上。実力主義で通っている陽本派としては、年下であっても広輝を晶の元へ来させるのは道理が通らない。陽本の中でそれなりに敬われる立場であるというプライドを、数週間かけて捨てて、紫鶴を仲介して広輝に会いに行った。その広輝から出た言葉が『すみません。どこかでお会いしましたでしょうか?』である。

 広輝に歯牙にもかけられていなかった事実に、自尊心の高い晶のプライドは傷つき、怒髪天であった。

『なるほど。承知しました』

 美怜は、晶の心情を理解しつつ、興味がない相手を覚えない一点において広輝の内情も分からなくはなかったので、特にフォローは入れない。美怜自身も興味ない相手は一切覚えようとすらしない。美怜の頭の中は、愛しの白蓮でほぼいっぱいである。

『その無礼者のことは置いておいて、そちらにいる魔術師には注意なさい』

 ただ、自分のお気に入りを覚えていないのは気に入らないので、美怜は広輝を無礼者としておく。繰り返すが、美怜も人のことは言えない。

「はい、情報ありがとうございます」

 晶は美怜には悟られないように少しだけ口を尖らせながら、電話を切った。

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