第八話 信義一如
事件の翌日、天守こと月永大悟は頭を痛めていた。
昨夜の事件だけでも頭を悩ませていた天守だったが、現場で起きた火種に頭を抱える。
魔術協会が、犯人の一人であるギレーヌを把握していたことにより、やはり隠していたのかと不満が噴出。『陰険な魔術師と協力なんかできるか』という天子たちを、一樹や隆也、晶がなだめている中、沈黙していた広輝が油を投入してしまう。
『そんな人を見下した態度だから[堕ちた月]なんて言われ、他に付け込まれるんじゃないですか? もっと地に足をつけて、他の四支部・四家に劣るものを考えたらどうですか』
頭に血が上っていたその天子に、その言葉を素直に受け止める余裕はなかった。その天子は広輝の胸ぐらを掴むまでになったが、紫鶴と隆也によって引き離された。
それでも広輝を睨みつけて離さず、広輝も真っ向から受け止めていた。
その後、隆平の分隊が合流して事態は収拾するが、現場検証は日の出にまで及び、終始ギスギスした雰囲気だった。
大悟はそんな報告を寝起きに聞かされ、朝食も考え事をしていたらいつの間にか食べ終わっていた。とても食べた気がしなかった。その後、話を聞こうと思った広輝がクルスと共にやってきて今に至る。
「事情はわかったが、そういうことは事前に伝えてほしいものじゃな。直接報告しづらければ優里菜伝手でもよかろうに」
鳴上支部に所属する以上、広輝は天守の部下であり、天守が広輝と会おうと普通は何も問題ない。しかし、広輝は優里菜とペアを組んでいても、派閥は陽本派。対立する月永派のトップに易々と会っていたら陽本派からの視線が痛くなる。それでは仕事もやり難いだろうとの心遣いで優里菜経由という方法を示した。
天守の横に控えている制服姿の優里菜は「うんうん」と頷く。
優里菜は朝一で玲菜が隆平から聞いたこと玲菜を聞き、登校前に天宿に寄っていた。想像以上に時間がかかって到着すると広輝と鉢合わせ、天守に会おうとしていた広輝の頼みに応じる形で天守との面会を仲介した。
このように実際に広輝は天守と面会するために優里菜を使っていたので、天守は同じようにして良いと言っていた。
が、広輝の回答は昨夜、隆也に言った答えと同じだった。
「……僕はきちんと勝弘さんに伝えました」
「月永と陽本との関係をわかっておるじゃろう?」
「僕と優里菜に架け橋をやらせる天守と代表ですから、お二方は当然できていると思っていましたが?」
もちろん広輝は月永派と陽本派の関係は百も承知であり、大悟と勝弘の間そんな関係ができているとは思っていない。建前上「できていなければおかしいでしょ」という所を責めていただけである。
冷静沈着で強引なところもあるが、真面目に仕事に取り組んでくれる天子と大悟は広輝を評価していたが、そこに減らず口が追加された。
「……はあ。お主、勝弘にもそんななのか?」
「はい」
「ーーそうか」
迷いなく即答した広輝に、大悟は蒼相当の配慮を求めるのは止めようと諦めの息を吐く。
「苦労しておるのじゃな」
「お解り頂けましたか」
優里菜を広輝とペアを組ませた身としては少し申し訳なく思った大悟だった。
広輝は天守が自分を陽本側だろうと関係なく接しているように見えて、分をわきまえない行為だと自覚しながらも改めて釘を刺したくなった。
「ーー天守」
「……なんじゃ」
天守は子供の駄々に疲れたような声で、それでも真摯に広輝に向き合う。
月永大悟はどこまでも天守だから。
「僕は敵、ですよ」
本気のような広輝の声色に優里菜とクルスは目を丸くするが、天守は広輝の忠告もまるで意に介さない。
「なんじゃお主、鳴上に牙を剥くつもりか?」
「そういう意味では……」
「ならばお主も皆と同じく儂の部下じゃ」
「……」
月永大悟にとって、月永も陽本も関係なかった。分裂してしまっているこの鳴上支部で、大悟は一つの組織として物事を考えている。大悟はこの天宿の中で、誰よりも高い視点にいた。
広輝が釘を刺すまでもなく、大悟がすべてを理解しているのだと広輝は悟る。その上でどうにかしようと動いているのだと。
そして大悟は広輝を慮る言葉を口にし、広輝は何も言えずに口を閉じる。
「お主の言動に多少の問題があろうと、月永を憂慮してのことだと理解しておる」
「……」
広輝としては、月永の繁栄に興味はないが、大切なものは取り零したくない。その一心だけだった。
大悟の思いやりの有り難さに思い入っていた広輝だったが、重ねられた言葉に大悟が言いたいことが後半ではないことを知る。
「多少の問題があろうとも」
「……」
広輝は釘を刺すつもりが逆に刺されてしまった。
「気をつけます」
「うむ」
広輝の反省が聞けたところで、大悟は視線を広輝の隣に移す。
「さて、クルス殿」
「はい」
「予てより魔術協会に依頼していた協力要請に対する返答が、貴殿一人、でよろしいか」
「ーーーーはい。そうです」
クルスはその事実を知らなかったが、代表としてきている以上、知っていることにして話を進めた。
「日本支部はギレーヌに襲われても大丈夫なように、守りを固めるのに精一杯のようで。そこに来た僕に白羽の矢が立ちました」
「イレーネという女性は何をされている?」
「……イレーネは愛紗の親族を捜していますよ。この国に来たのもそれが目的ですから」
「彼女が預かったんじゃないのか」
広輝は思わず口を挟む。
てっきり広輝はイレーネが愛紗を引き取ったと思っていた。イレーネは愛紗を『大事な家族』と言っていた。その覚悟を持って一緒にいると思っていたが、違うのだろうか。
「一時的にな。正式な判断は親族を見つけて親族と愛紗の意思を聞いた上でのようだ」
「そう、なのか」
どうにもしっくり来ない広輝は、腕を組んで考え込む。
クルスは念の為、情報を付け足していった。
「愛紗の実家がど田舎の山の中でな、[アーレンス]を頼りに捜したけど見つかんなくて、名前と家の中にあった物からこの国の人かなと」
なにか噛み合わない補足に違和感を覚えつつ、広輝は会話を続けた。
「専門の機関を頼らないのか」
「あー、同時並行。そちらにも頼りつつ、イレーネも捜している」
「なぜ?」
「間に合わなかったからな」
「?」
「元々、妖魔が出てるって魔会にも天会にも報告はあったんだ。ただその周辺には田畑も舗装路もない。そんな辺鄙な場所に人が住んでいると誰も思っていなくて後回しになっていた」
依頼が来れば別だが、日本でも直接・間接的な人害が出なさそうならば、情報があったで積極的には動かない。だから、その説明は不思議に思わなかった。
「イレーネが研究の息抜きにそれを請け負って、妖魔を発見したのは、ちょうど一家が襲われていた時だったらしい」
広輝たちは『間に合わなかった』の理由を理解した。"もう少し早く到着していたら"という類のもの。
「それで魔術協会と自分の責任を感じて、受け取り手が見つかるまではと人捜しを始めたってわけだ」
イレーネが愛紗の親族を捜す理由は理解した。話した印象に比べ、存外に情が深く、面倒見が良いらしい。
けれど、登場人物が一人足りない。
「クルスが出てきてないが?」
「俺か? 俺は、その途中でイレーネに世話になって、その恩返しって意味もあるけど、海外とか面白そうだからついてきた。おっと、何があったかは訊くなよ? 思い出すのも恥ずかしいからな」
クルスは自分にスポットが当たらないようにはぐらかして、今後の話へ話題を変えた。
***
天守との面談を終え、広輝、クルス、優里菜の順番で退出した。
優里菜を待たずに歩き出す広輝を優里菜が速歩きで追いかける。
「待って広輝くん」
「何だ?」
広輝は返事をするだけでその足を止めない。
優里菜は追いついて一向に自分に見向きもしないパートナーに不満を漏らした。
「私、何も聞いてなかったんだけど」
「……何を?」
思った以上の感情を感じ取ったのか、広輝はようやく振り返り、優里菜の話を聞く。
広輝が足を止めた為、クルスも振り向いた。クルスが背中を向けた瞬間、広輝は左の人差し指を口に当て、右腕を伸ばしてクルスのフードの中に何かを静かに落とす。
「? その……クルスさんとかイレーネさんのこと……」
優里菜からは広輝が何をしたかは見みえなかった。なのでそのことに触れずに本題に入るが、当事者が側にいるからか、優里菜の不満の勢いは失速。言い難そうに説明を求めた。
「イレーネと愛紗についてはオレもさっき初めて聞いた。クルスについては昨夜決まった」
だから言う時間はなかったと広輝は言いたいらしい。
渋々納得しかけた優里菜へ(止せばいいのに)広輝は余計な一言を付け加えた。
「月永のお前に言う必要あったか?」
「!」
カチン、である。さすがの優里菜も。
「私たち、パートナーじゃないの? 違う?」
「任務上の、な。クルスや魔会関係の仕事は完全に陽本側として話で進めていた」
「……だから言う必要無いの?」
「無いだろ」
「広輝くん!」
「お前に言って、何かの拍子に分家連中に伝わったらご破産になったかもしれないのに?」
「そう言ってくれればいいじゃん」
「嘘もつけない、信用すれば何でも話すお前に誰が言うか」
「なっ!?」
碧の秘宝がウンディーネの杯であること、それが優里菜が身につけている指輪であること。それをあの日、優里菜は公になる前に広輝へ話していた。
広輝がそのことを言ってるのだと優里菜は察し、信用をこんな風に使われるとは酷く心外だった。
広輝は言葉をなくす優里菜に背を向ける。
「クルス、行こう」
「お、おう?」
クルスは目下で行われた言い争いに戸惑いつつも広輝についていこうとする。
広輝の言いたいことが分からなくもないが、言い方があるよなと思いながら心の中で優里菜に合掌した。
「広輝くん!!」
話は終わってないと声を張り上げる。
残念ながらそれで止まる広輝ではなかったが、思わぬ来訪者に広輝も足を止める。
「なんだなんだ〜? 騒がしいな」
廊下の角から現れたのは、荒々しい長髪で無精髭の強面の男。髪とは反対に耳横から顎のライン、口周りの無精髭をきれいに整えた男だった。
ジャケットでは隠しきれない筋肉が相まって、広輝たちに威圧感を覚えさせるが、長身のクルスのおかげで身長差のそれは削がれていた。それでも二人より頭一つ分は大きいが。
「男があんまり女を怒らせるもんじゃねえぞ……て、うお! お前さん、でけえな」
「どうも」
どこかオリバーを彷彿させるような男だが、外見とは裏腹に親しみやすさが滲み出ていた。
ジャケットの襟に留めているアヤメのピンバッチから、この男もピンバッチであることが覗える。そして優里菜と広輝のものと違い、完全にメッキが剥がれていた。
ただし、二人がこの天宿で見たことのない天子だ。
広輝は優里菜を背にして素性を尋ね、男は子供の天子に警戒されて苦笑う。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「つれねえな、少年。それに人に名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀ってものだぜ?」
「申し訳ありません。今は、こういう時期ですので」
「あー、[おかん]が協力してた事件の奴が出たんだっけか」
男は事情を察し、「仕方ねえか」とぼやきながら頭をかく。軽く咳払いし、自らの名を名乗った。
「松永匠。色は蒼だが、今は紅の任務で来ている」
「! 失礼しました。僕は久下広輝。色は蒼を賜っています」
広輝はすぐに無礼を侘び、自分の名を明かした。
天位:紅。特殊任務執行部隊に所属する者だけが名乗れる特異の色。普段は通常の七色の天位で活動する隊員は、天子協会や部隊長からの命令時にその色で活動する。また、任務中に自ら紅を名乗ることも許されているが、宣言後は強権と引き換えに任務遂行が絶対優先される。任務遂行の為なら紫に命令できないが、指示に従わずとも良い。そして通常の天位に関わらず、朱以下の天子に命令を下すことができる。その他、与えられる権限が朱に近い為、部隊は類似色の[紅]で呼ばれていた。
その[紅]だと匠は言った。四ヶ月前、優里菜救出時にゲーベルの城を発見した武蔵野麻美子らと同じだと。
「ほう。お前さんがあの[堕天子]か。へー、ほー」
匠は小柄な少年にしか見えなかったこの天子が堕天子と知り、珍しい動物を見るかのように広輝をまじまじと物見する。
十五才の少年にある明るさも快活さもない。大人に緊張して黙っているわけでもなく、ただただ冷静沈着。
「なにか」
匠にじろじろ見られ、気分を害したようだった。広輝の感情が薄いわけではない証拠だと匠は確信した。広輝は一般的にプラスの感情と言われる嬉しさや楽しさ、幸福感を感じる場所が鈍っているだけだと。
匠はニヤリと不敵に笑う。
「いや? 噂に聞く奇才はどんな顔をしているのかと思っていたが……中々の面構えじゃねえか」
匠からすれば、人が人らしく感情表現できない理由は一つしか無い。
「地獄にいるだろ」
「ーー」
広輝の顔が一瞬険しくなったかと思ったら、視線を下げて匠から表情が見えなくなってしまった。
匠は眉を下げて困ったように笑みを浮かべ、「そちらさんは?」と広輝の後ろにいる優里菜へ視線を移した。
「月永優里菜です。天位は黄色です」
優里菜からは広輝は背中しか見えないから良く分からなかったが、広輝の元気がなくなったように見えた。
広輝も怒っているようではなかったので、気にかけつつ、優里菜は広輝に倣って名前と天位を名乗った。
「月永……直系か。えらいべっぴんさんだな」
特に意識することもなく褒め言葉が自然と匠の口から出ていた。
優里菜はそれに反応することはなく、匠と目を合わせたままだったが、視線が時折広輝に移る。
匠が現れる前は言い争いをしていたようだったが、ケンカをしていた訳ではなかったのかと匠は不思議に思った。また、それとは別に運良く月永に会えたので、匠は天守に訊こうとしていたことを訊いてみた。
「丁度いい。二人に訊きたいんだが、櫻守正樹って知ってるか?」
「櫻守……」
匠の質問に、広輝の思考が急浮上。記憶を探るもその名はなかった。名字からその人物を知っていそうな優里菜に振り返る。
ただ、優里菜も記憶を掘り起こしているようで、思い出しながらゆっくりと匠に答えた。
「えっと……確か一樹さんの従兄弟だった、はず。私が生まれるくらいに鳴上を出ていってそれっきりらしいですけど」
優里菜も会ったことはなかった。最後にその名前を聞いたのはいつだったか、どこで聞いたかも覚えていないほどに話題にもならないほどだった。
だからこれが、優里菜の知っている情報全てだった。
「その人が何か?」
優里菜が首を傾げなから訊いた。
紅がわざわざ出張ってくるのだ。何かあると考えるのが普通で、広輝も理由を聞いてみたかったのだがーー
「知らん」
「「え?」」
二人して耳を疑った。せめて「言えない」とかだったら納得できたのだが。
「聞いて来いって隊長に言われただけだからなー。何かあるんだろうが、詳細は知らん」
「そう、なんですか」
「そうなんだよ」
匠は肩をすくめる。
「天守とか櫻守が教えてくれればさっさと帰れるんだが……巻き込まないでくれよ?」
匠は視線を最後の一人、クルスへ向ける。
「なんで俺に言うんです?」
「魔術師だろ? お前さん」
「俺が犯人だと?」
「違うぞ。上手くやってくれって意味だ」
犯人扱いされていると思ったクルスは目を細めた。
匠はやんわりと否定するが、匠の言い回しには、わざとらしさが散逸していた。
「しかし魔会はどういう風の吹き回しだ? よく今さら天術士なんぞと手を組む気になったな」
匠も魔術師に良い印象は持っていないように見える。少なくとも魔術師が天子を嫌っていることを知っているからこその「天術士なんぞ」だった。
クルスは魔術協会が崖っぷちであることを吐き捨てる。
「魔術協会も後がないってことですよ」
「なるほどな。なら、よろしく頼むわ。クルス・マルティネス」
「はい。……?」
匠はクルスではなく、広輝の肩に手を置いて、三人の横を通り過ぎる。そのまま先ほどまで三人が居た天守の部屋へと入っていった。
「……なあ」
「陽本の方に先に行ったんだろ、きっと」
「そういうことにしておくか」
広輝と優里菜と違い、名乗っていない名前を匠が何故知っていたのか。三人が知る由もないが、広輝が適当に理由を言ってはぐらかす。
そのことに優里菜は気づかず、二人が何を話しているのか分からなかった。優里菜はそれよりも広輝が気になった。
「? あの広輝くん?」
けれど、広輝はその心配を無下にする。
「そろそろ学校に行ったらどうだ。今からなら三時間目に間に合うだろう。ああ、もちろん車でな」
優里菜はむっと頬を膨らませる。広輝がさっきより元気がなさそうなのは間違いないのに減らず口は通常運転だ。心配を返せと思う。
「私はお邪魔虫ですか、そうですか」
「お邪魔というか、今は必要ない」
「そうですか!」
優里菜の我慢が限界を超え、優里菜は二人の前から去り、天宿を後にする。すれ違った侍女や天子は、見たこともない物凄く不機嫌そうな優里菜の顔に目を疑ったとか。
部外者のクルスと身内のはずの優里菜への応対の差に、部外者のクルスもそれで良かったのかと不安になった。
「良かったのか?」
「何が?」
「いや、仮にもパートナーなんだろ? あんなに怒らせて」
「いいんだよ。必要以上に関わることはない……堕天子となんかと」
まるでわざと距離を取っている言い草だった。それも広輝が優里菜から離れるよりも優里菜を広輝から遠ざけているように。危険なものから優里菜を遠ざけているようだった。




