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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第七話 軋轢

 麒賀神社から紫鶴の運転で約三十分ほど。

 事件の現場の中心地は鳴上駅から少し離れた路地裏。そこは広輝とクルスが初めて顔を合わせた場所だった。

 寝静まりそうだった夜の街に警察車両が並ぶ。忙しく光る赤色灯が異常事態を報せていた。

 紫鶴は現場近くの駐車場に車を停め、野次馬がいない表通りから外れた別口に広輝とクルスを案内する。

「早かったわね」

 入り口で待っていたのは陽本晶、紫鶴のパートナーだ。

 晶は紫鶴からクルスのことを聞いていたのか、クルスに動揺することなく、三人を連れてビルの裏口に入る。

 細い階段を登り、二階三階へと上がっていく。

 先に一樹の部隊が到着しており調査を始めているようだが、このビルには人の気配を感じなかった。晶が言うには、被害の少ないこのビルは後回しらしい。

 魔力を吸収する陣が描かれたのは、路地裏を中心としたピル四棟。全てを把握するだけでも一苦労な現場だった。

 四階に着くと、「マルコサーチ」と書かれたガラスの扉を開けた晶に続いて三人はオフィスへと足を踏み入れる。

 三人は探す間もなく、それを目にした。

「なっ」

「これは……」

 助けを求めるように、入り口に手を伸ばし、うつ伏せに倒れている干からびた遺体。異常にウエストが余っているスラックス。飢餓状態だったかのように、捲ったワイシャツから伸びる痩せ干せた腕が痛々しい。血など通っていなかったかのように肌は浅黒く、頭部に残る短い髪は真っ白だった。皮しか無い頬は大きく開けられた顎で悲しく凹み、終わることのなかった苦しみを伝えるかのように白い目を剥いていた。

 辺りを見渡すと、見えるだけでこの遺体と同じように入口を目指した遺体が二つ床に倒れていた。並んだデスクの死角にも遺体はあるかも知れない。

 言葉をなくした広輝と紫鶴を置いてクルスが一歩前へ出ると、片膝を床につけ、遺体の瞼をそっと下ろした。

「…………」

 広輝が言った「世界を憎んでいる」は本当に的を射ていそうだとクルスは思った。天術士でも魔術師でもない、ただの一般人からどうしてここまで貪り尽くすことができるのか。

「被害が重いな。吸収する程度が度々違うのは何か法則があるのか?」

 クルスはぎょっとした。自分と同じように遺体の前に膝をついた広輝が、淡々と事件への思考を始めたから。広輝の声色に動揺はなく、冷静でいようと努めているようでもない。今までと同じ普通の声。十五才の少年が無惨な死体を実際に目の前にして、ここまで冷静でいられるのかとクルスは恐さを覚えた。

 現に後ろの二人、紫鶴は口に両手を当て動揺を鎮められておらず、晶は紫鶴ほど顔にはな出さなくても冷静でいようとしてるのが見て取れる。

「どうだろうな。逆に法則がなさすぎて、気分で加減が違うと聞いても納得してしまう」

 二人が言う法則とは、魔力をどこまで吸い取るかが場所ごとに違うこと。今回の現場のように死ぬまで魔力を吸い尽くされることもあれば、気絶程度で終わっていることもあった。その比率は九対一で、被害者が生きていることの方が多かったが。

「一つ疑問なんだが、魔力を吸い取られて何でここまでなってしまうんだ? 魔力や天力を使い果たしたところで、ただ死ぬだけだろう?」

 天子が暴走を起こし、天力を使い切って死亡してもこんな事にはならない。

 広輝は両手を合わせて黙祷を捧げてから、遺体の腕に触れる。骨と皮だけになった腕からは、人の体とは思えない硬さと冷たさが返ってくるだけだった。生きていた温もりを感じないその感触は、嫌でも過去の記憶を想起させ、広輝の表情にも悲愴の色が帯びる。

「魔力や天力を使いすぎて死ぬのは、生命の維持に必要な分まで使い切ってしまうからだ」

「? これは違うのか?」

「ああ、違う。これは――」

「誰だ」

 若い男性の声に四人が振り返ると、隆也と三人の天子が入ってくる。その三人は、四ヶ月前の優里菜の救出チームにもいた永倉の三兄弟だった。

 隆也は晶と紫鶴を確認すると顔をしかめる。晶も似たように眉をひそめ、紫鶴は気まずそうに視線を逸らす。奥の二人が広輝とクルスとはまだわかっていなかった。

「……晶に、紫鶴か」

「……」

「……」

 三人の間に微妙な空気が生まれるが、すぐに二人の後ろで立ち上がった広輝に掻き消された。

「お疲れ様です、隆也さん」

「……広輝? 何でお前がここにいる」

「餅を餅屋に任せるためです」

 広輝より遅れて立ち上がるクルス。他三人よりも三十センチ以上高い背に隆也たちは少し驚く。広輝はそんな三人をお構いなしにクルスを手早く紹介した。

「こちら、魔術師のクルスです。クルス、こちら月永隆也さんと今回の事件の調査チーム」

「魔術協会所属、クルス・マルティネスです。以後、お見知りおきを」

 クルスは一応失礼がない程度に礼儀を示す。魔術師が天子に良い印象を持っていないように、普通の天子は魔術師に良い印象を持っていない。広輝と初めて会った時のように態度を硬化させた。

 態度を改めたのは、隆也たち月永の天子も同じ。特に隆也の後ろにいる三人は嫌悪感を隠そうともしない。

「なぜ魔会の者がここにいる?」

 三人よりも先に隆也が問う。

 そして広輝があっけらかんと答える。それが軋轢を生むと分かっていながら。

「僕が依頼しました」

「そんな勝手が許されると思っているのか?」

「はい。上司(・・)の許可は得ていますから」

 その上司が天守を指していないことは明白だった。

「……天守は、一樹さんは知っているのか?」

「それはわかりません。知らないのなら勝弘さんから二人に連絡がないのでしょう」

 広輝は自分に否はないと繰り返す。筋は通しているぞ、と。

「それ、お父様を責めているように聞こえているのだけど?」

 暗に勝弘の連絡不足が原因と言っているので、晶が広輝の真意を訊くも、広輝は「その通りですけど」とにべにもなく答えた。

 晶の額に青筋が立ち、また金切り声が響きそうだったが、悩ましそうにこめかみを抑えた紫鶴が呆れたように広輝を注意した。

「あなたねえ、言葉をオブラートに包むことを覚えなさい」

「…………報連相って大事ですね」

 「そうじゃない」と広輝以外の天子が心の中で突っ込んでいたが、口から出ていたのは何かを諦めたかのように溜め息。

 その様子をクルスは苦笑しながら眺めていた。

 そこに調査チームのリーダー、櫻守一樹が数人の天子と一緒に現れた。

「どうした?」

 一樹はチームのメンバーではない紫鶴と広輝、見知らぬ顔を見ると隆也と同じように眉をしかめた。その一樹に「実は……」と隆也が一樹に一通り説明していく。

 隆也の説明に誤解が無いことだけ確認しながら、広輝たちは静かに一樹の判断を待った。隊長の一樹が来てしまった以上、クルスが調査を続けられるかもその判断に委ねられるから。

 一樹は腕を組んで隆也の話を聞いていた。隆也と広輝、そしてクルスを順番に見て。クルスの存在に眉間のシワが濃くなるも、説明を遮りはせずに最後まで聞き終える。

「来てしまったものは仕方ない。存分に働いてもらおう」

「そのつもりです」

 一樹はクルスとの協働を許可した。

 ある意味、広輝の思惑の通りにクルスを認めさせることができ、広輝のシミュレーションは次の段階へと移行する。

 広輝は、クルスを認めさせるために次の三パターンを考えていた。

  ①正規の手続き通りに勝弘経由で天守の許可を得る。

  ②天守に直訴して許可を得る。

  ③クルスに有益な情報を持ってこさせて、有用である事実を作り、認めざるを得ない状況にする。

 一応、想定と少しズレたが③に近しい形が成立していたのだった。

 しかし、それを受け入れられない者がいるのも事実。隆也と一緒に来た永倉の三兄弟が即座に反発する。

「一樹さん!?」

「魔術師ですよ!」

「天守がお許しになるはずが」

 三人は優里菜の救出チームにも参加できる実力を持ってはいるが、分家筆頭の永倉一族。血統主義の中の選民意識も色濃く残っていた。人よりも天子、天子の中でも歴史を持つ者、その中でもはじまりの御三家と言ったように。だから天子ではない人に、それも天子からしたら人工的に力を得た魔術師へに対する彼らの蔑視も強くあった。

 けれど、一樹はそれを一蹴する。

「天守は気になさらない。天守が気に揉むのはお前たちを説得させる文言だ」

 普段から分家の当主たち相手に議論という名の口論をさせられている一樹である。その部下を大人しくさせることは造作もない。

 永倉三兄弟を始めとした月永派の天子は不満を並べ、一樹と一緒に来た陽本の天子は口には出さないものの納得はしてなさそうだった。陽本の天子は勝弘が許可したことに不平を言わないだけで、魔術師との協働に喜んでいるわけではない。魔術師への抵抗感は、選民意識だけでなく先の天魔大戦が大いに影響していた。

 一樹の中にもその抵抗感はあるはずだが、それを感じさせない。目を瞑ってでも得るものがあると判断したと思われる。

「それにお前たちは携帯電話が壊れたらパソコンの店に持っていくのか?」

「え?」

「餅は餅屋に、とはそういう意味だ」

 大きな分類で見れば、同じカテゴリーに入るものでも、対処できるのはもっと細かく分類したその道の専門家だけ。

 実際に、鳴上支部の膝下で事件を起こさせてしまった手前、チームメンバーも強く抗議できなくなった。

 鳴上の天子が押し黙り、話が終わったと見ると広輝はクルスに先程の続きを促した。

「クルス、さっきの続きを教えてもらえるか?」

「え? あ、ああ(図太いな、コイツ)」

 調査チームの言いようのない不満が充満している中、率先して口を開く元凶に、クルスは呆れを通り越して頭が下がった。

 クルスはミイラのようになってしまった遺体に向き直り、広輝の疑問を氷解していく。

「魔力切れ起こした人間とこの術式で魔力を吸い取られた人間の違い。それは、この術式が魂をも魔力に変えて吸い取っているからだ」

「…………」

 クルスの結論がピンときていないのは広輝だけではない。一樹や隆也も含め、この場にいる天子全員が理解できていなかった。

「詳しく頼む」

「うん。普段保有できる魔力量や天力量には限界があって、それは人それぞれ違う。手持ちのコップが違うようなイメージ」

 それは天子も理解できた。この保有量こそ源子と正統血統の天子の明確な差だから。

「でもそれは、一時的な保存場所。魔力や天力の源泉とは別なんだ。……魔力は使って減ったとしても時間が経てば回復する。天力もそうだな?」

「ああ」

 優里菜救出の際、広輝は天力切れを起こして倒れ、後にその天力は回復した。輸血のように体の外から取り入れた訳ではなく、時間経過による自然回復で。

「では、その魔力・天力はどこから来ているのか」

「体内で生成されているんじゃないのか」

「半分正解で半分間違いだ。体内で作られているのは間違いない。けれど決して、無から有を生み出している訳ではない」

 では一体何から作られているのか。勘のいい天子はクルスの結論を思い出し、外れていてほしいと思いながら「まさか」と予感するが、容易く打ち砕かれる。

「魔術や天術。その異能を行使する代償、それが[魂]だ」

 絶句。

 いつも何気なく使っていた天力ちから。一般人にはない特別な力。何の代償もないと思って使っていた力。それが、クルスの言葉を信じるのなら、自らのいのちを消費して使っていたと言う。簡単には受け入れ難かった。

「戦闘による死のケースもあるが、天術士の平均寿命が未だ五十歳ちょっとなのは、それが原因とも言われている」

 クルスの言う平均寿命は世界的な平均寿命の話である。日本では多少事情が異なるが、七十歳を超える世界平均と比べても驚異的な低さだった。

「話が逸れる。この死体は魂ごと抜かれた、ということか?」

 話題が聞きたいことから遠ざかろうとするのを広輝が引き戻す。今は事件を理解する時だ。

「いや、魂を無理やり魔力というエネルギーに変化させて抜き取っている。ここで間違えてはいけないのが、命を奪われたわけではないということ。魔術師は[魂]と[命]を別々に定義づけ、別物として扱っている。[魂]は人が生きるためのエネルギー源であり、[命]はそれを収めて留めておく器であり、魔力への変換器だ」

 ここにいる天子たちには初耳のことばかりだった。言ってしまえば、考えようとしなかった視点からのアプローチ。魂と命の概念とその機能。

「人が死ぬと[魂]は[命]という器から抜け出て、肉体から外へ出ていく。体が干からびないのは、死ぬ直前まであった魔力が器と肉体に残っているからだ。それをこの術式は、恐らく魂を命の中に留めたまま、魂すべてを魔力に変換して抜き取っている」

 新しい単語、概念を用いた説明を腹に落とすには一樹も時間を必要とした。それは魔術師への抵抗感に比例するかのようだった。

 だからクルスは、一樹たちが見たものを利用して納得させることにした。

「隊長殿」

「なんだ」

「ここに到着したのは、事件発生から何分後でした? 通報からではなく魔術が行使されてから」

 一樹はここに来るまでの経緯と警察からの連絡を思い出す。仮の天宿で侍女から取り次いだ電話と見知った警視の声。そこからここに来るまでの所要時間。

「……十分から十五分だ」

 現場近くにいた天子はもう少し早く到着していたが、一樹はこのくらいだった。

「それで、見ましたか? 霊魂を、霊を、一人でも」

「――いや」

「死人がこれだけ出て、一人も見かけないのはそういうことです」

 一樹は「確かに」と、顎に手を当てて頷く。

 天子は生まれながら現世うつしよに在らざるものが視ることができる。それは魔術師も同じだが、天子と異なるのは体、特に目に一定上の魔力に馴染んでいなければ、はっきりと視ることができないこと。何かいるとか靄がかかったようにしか視えない。視るために術を要した。

 同じように瘴気も視て感じ取ることができる。一樹は、クルスの言う通り霊魂も視なかったが、ここには瘴気を感じられなかった。あまりに空気が普通すぎるのだ。人死があれば、多かれ少なかれ瘴気が漂う。故人の思いや怨念が強いほどに瘴気は濃く、遺体が運ばれた後も残り続ける。それがない。

 異状がない異常。

 一樹はクルスの説明が腑に落ちたようだった。

「使われている魔術は、魂をも魔力にして根こそぎ吸い尽くす魔術ということか」

「はい」

 クルスは一樹の要約に間違いないと答えた。

「集めた魔力はどうやって保管して、持ち去るんだ?」

 再び広輝からの質問に移った。

 広輝の質問はギレーヌの存在とその目的を知った上での質問になる。ギレーヌは魔力を吸い取り、集めて天子に注入するはずだから。ただ闇雲に集めているわけではない。

「魔力を持ち運ぶ方法は主に三つ」

 クルスはその方法を指を立てながら説明していく。

「一つ目、そのまま凝縮させて結晶体にする方法。二つ目、何か特別な容器に保存する方法。そして三つ目、鉱物や宝石に保存する方法。アイツはどれもできるが、宝石に保管する方法を好んで使うようだ」

「宝石……」

 広輝はクルスと情報交換していたが故に引っかかることなく別のことを考え始めるが、知らない者は当然引っかかった。クルスは、はっきりと[アイツ]と言ったから。

「待て。クルス殿、犯人に心当たりがあるのか」

「はい。先ほど彼には伝え、ここに来る道中に彼が誰かに報告していたようですが」

 全員の視線が広輝に集中し、広輝は肩をすくめる。

「上司に報告した後は言うタイミングがなかっただけです。それに、情報だけ貰って現場に立ち会わせないのは不公平だと思いませんか?」

 広輝の視線は永倉らを始め、月永分家の天子に注がれる。この場からクルスを追い出したなら情報を渡さなかったと言っているようだった。

「……」

 たちまち彼らの顔が険しくなり、一樹がいなかったら掴みかかっていそうな雰囲気だ。

「広輝、お前は陽本と月永の、ある意味架け橋として優里菜のパートナーをしているんだ。逐一波風を立てるな」

「…………(橋を架けるにはその常識が驕りだと気づいてもらう必要があるのです)すみませんでした」

 思いを口に出したかった広輝だったが、分家への注意に留め、一樹に従うことにした。力強かった目を伏せ、引き下がる。一つだけ念を押してから。

「ただ、これは魔術協会からの情報です。一樹さん」

「わかっている……いや、承知した」

 広輝が言いたいことを一樹もすぐに理解した。これは対等な関係での取引であり、どちらに上も下もないことを。

 そのやり取りを視ていた隆也は不思議に思う。月永の横柄な態度に対する憤りには納得するが、なぜ広輝は魔術師に対して抵抗がないのか。魔術師に偏見が有る無しの前に、人はよく知らないものに対して恐怖を覚える。だからこそ警戒して、少しずつ大丈夫かどうか確かめていく。まして四ヶ月前の事件の犯人も魔術師だった。警戒心が強い広輝がどうしてここまでクルスに信用を置いているのか、隆也にはわからなかった。

「では、改めて」

 クルスは少し大袈裟に咳払いをすると、犯人の名を口にする。

「この魔術を行使した魔術師の名は、ギレーヌ・ライン。元魔術協会にして元ソリアス強硬派の魔術師です」

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