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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第六話 情報交換

 広輝たちがイレーネらと会談してから三日後。

 広輝は鳴上市東部にある麒賀(きが)神社の境内で約束の人物を待っていた。

 麒賀神社は双神湖東部の住宅街と山岳の麓まで広がる田園地帯の境目にある。大きな神社ではないが、小さな公園が併設されており、樹齢四百年を超える大樹を始めとした木々に囲まれて、日中はお年寄りの憩いの場となっていた。また、公園にはブランコや鉄棒などの遊具も数台設置されており、夕方には学校を終えた子どもたちの遊び場でもある。

 しかし今の時刻は二十二時少し前。全く人気はなく、風が鳴らす枝葉の音が不気味に響いた。申し訳程度に設置された公園の古い電灯の周り以外は真っ暗だ。月の光も樹木の枝葉によって地まで届かない。

 広輝は人工の光に集る虫を避けるように、電灯から離れた境内の細い木に寄りかかって端末の時計をじっと見ていた。 

 その分表示が、"59"から"00"に変わった時、砂利を踏む音が聞こえる。

「待たせたな」

「時間ぴったりか。五分前行動を知らないのか」

「性分なんでね。大目に見てくれ」

 暗闇の向こうから現れたのは、クルスだった。

 広輝はクルスを改めて油断ならない魔術師だと認識する。広輝が風上にいたが、ここまで近づかれるまでクルスの、人の気配に気づくことができなかったからだ。広輝よりも二十センチ以上も背の高い大男を。

「それで、協力の件はどうなった?」

「すまないが、その前に確認したいことがある」

 電灯から届く僅かな光で視認できたクルスは、ローブを羽織っているが、フードは被っていない。代わりに、藍緑の瞳が広輝を推し量ろうとしていた。

「――答えられるものなら」

「いいや、答えてもらう。そうでないとお前・・を信用できない」

「……わかった」

 クルスの言葉と目に明確な意思があることを感じ取った広輝は、クルスの要求を飲んだ。魔術協会との協力する件は、勝弘の了解を得た任務になっていたから。

「悪いが、お前のことはある程度調べさせてもらった」

「構わない」

 広輝はクルスが、何について確認したいかを察した。

「[堕天子の件]は本当なのか? ただの暴走であそこまで……とても信じられない」

「…………」

「一度家族を失った者が、暴走程度の理性放棄で自ら仲間……家族を失うような事態になるとは思えない。いや、普通の神経なら失うことを怖れるはずだ。どこまでが本当だ?」

 クルスの問い掛けには先日の会談にはなかった力強さを感じた。魔術協会の人間としての確認よりもクルス本人が確認したがっているかのようだ。

「……妖魔の能力と力の暴走」

(妖魔?)

 広輝はあの光景を思い出す。あの惨劇を、あの地獄のような光景を。

「その妖魔はオレに乗り移るばかりか、オレの『強くなりたい』という欲望を増幅させて、オレの力を暴走させた」

 妖魔を自分の体から出すことができず、止めることもできず、抗うことすらできなかった。

「妖魔がオレの天力で消え、我に返った時には、周りは血の海だった」

「……」

 クルスは広輝の独白を黙って聞いていた。広輝の言葉が本当かどうか見定める為に、広輝の仕草も漏らさずに。

「当時、十三歳だったのと『暴走』が原因だということで、約一年半の施設送りで済んだ」

 天子が力を暴走させてしまうこと事態は珍しいことではなかった。四ヶ月前、ゲーベルの城で大樹が我を失って白い炎を放出したのも暴走である。

 己を失うような強い感情に引きずられて、普段とは比べ物にならない量の天力を、命尽きるまで吐き出し続ける。これ以上行ってはダメだという人間が備え持つブレーキが効かなくなってしまうのだ。最後の一滴まで天力を絞り出し、全て使い果たした後、暴走した天子は死に至る。これを止めるには、暴走した天子を気絶させるか、自分で自我・理性を取り戻す他はなかった。

「……これでいいか?」

 暴走を止める手段はクルスも知っていた。しかし、暴走を他人が止めるには、異常な天力を振りまく天子を力でねじ伏せなければならない。半端な天子が対処にあたり、失敗すれば広輝のような悲劇が繰り広がられてしまう。なので、親しい間柄で無い限り、暴走を積極的に止める天子は少ない。

 クルスは伝え聞く事実と張本人からの真実は違うものだと改めて認識した。

「十分だ。約束通り、得た情報を伝えよう」

 クルスは天子協会の久下広輝を信用できる人物と判断し、情報を開示する。

「今回の事件の首謀者は、元魔術協会にして元ソリアス強硬派の魔術師ギレーヌ・ライン」

 広輝は眉をひそめた。

「ソリアス時の彼女の研究は[天魔力の生成]」

「天魔力?」

 聞き慣れない単語に広輝は思わず口を挟む。

「魔力と天力。相反する力を融合させた、新たな異能力源らしい」

「そんなこと可能なのか?」

「その見極めも含めての研究だろう。だが、魔力を収集しているということは」

「生成の見立てがついた……?」

「おそらくな」

 広輝は、俄には信じ難かった。

 天力と魔力の関係は、天子側では『天力は魔を浄化し、魔力は天を侵す』とよく例えられるほどにお互いがお互いの天敵同士。

 広輝にはお互いを打ち消し合うか、反発するかしか想像できなかった。そしてもう一つ疑問が残る。

「……だが、天力を回収していない」

 ギレーヌは魔術師。それならば、天力を集めるのが道理に思えた。一般人を狙う必要性が見えなかった。

 すると、クルスが暗闇に揺れる樹木を見上げて言った。

「天魔力をどこで生成すると思う?」

 と。

「容れ物の話か? ……宝石、鉱物、精錬した金属、儀式用の剣……」

 急な話題転換に戸惑いながらも広輝は文字通り、天力と魔力を融合させる場所として保管場所をオーソドックスな物を挙げていく。

 しかし、どれも違うとクルスは首を振る。クルスは決して話題を変えてなどいなかった。

 ギレーヌが天力を回収しない理由。それは、広輝の発想の域を超えたものだった。

「天術士」

「……、…………ん?」

 広輝は理解するのに時間を要した。今の話でなぜ天術士が出てくるのか。何が『天術士』なのか。全く意味が解らなかった。 

「天術士と魔術師の間に生まれた天術士の中で生成するらしい」

「…………は?」

 広輝はクルスの文言の字面をそのまま並べて理解することに努めた。その文章を理解しても、ますます訳がわからなくなった。

 それでも文章を飲み込み、現象を想像し、納得はしても理解できない。

 妖魔が天子に乗り移ることはあるが、それは妖魔の力が天子の力を遥かに超えているからできること。広輝の堕天子の惨劇もそれで起きたとされている。この時、妖魔は普通の人間に行う心の支配までは行わない。天子の深部まで行けば濃度の高い天力、天力の源泉に触れ、返って自分が浄化されかねないからだ。そして一時でも妖魔に乗り移られた天子の身体は、障っている。体感する痛みは火傷に似ているという。

 だから広輝は訳がわからなかった。

「……いや、それは……生きていられるのか?」

 魔術師の魔力ではなくても、ギレーヌが魔力を吸い取った人間は数千人に及んでいる。相応の魔力量になるはずである。

「わからない。ただ、天術士と魔術師の間に生まれた子供はもう片方への耐性があるとソリアスから発表されている。もちろん強硬派の論文だ」

 天子として生まれたなら魔力への耐性、人間(魔術師)として生まれたなら天力への耐性を持つということ。けれど、だからと言って拒絶反応が無いわけではないだろう。

「ギレーヌが何人も用意しているのか、一人に注ぎ続けているのか」

 天子の魔術師のハーフ。そんな人間は稀だ。天子と魔術師の夫婦という関係だけでも稀だが、その子供となるともっと稀少になる。お互いの属性が邪魔をしてしまうからだ。それ故、天子と一般人の子供も多くはない。

 このことを鑑み、広輝は後者だと想定した。

 実験体となった子供はおそらく地獄の日々。果たして、何百人、何千人の魔力を注がれて心も体も耐えることができるのか。

「…………」

 広輝は想像しただけで唖然としてしまった。

 そんな広輝を置いて、クルスがギレーヌについて情報を追加する。 

「それと、ギレーヌは天術士と魔術協会を強く憎んでいる」

「…………なぜ?」

「天術士に夫と子供を殺されたからだ」

「!?」

「ギレーヌの夫が天魔大戦の引き金を引いた一人だと濡れ衣を着せられ、それを信じた天術士が通り魔のように一家を襲って、夫と息子を殺害。ギレーヌはそのショックからお腹の中の娘を流産してしまったらしい」

 クルスの情報が真実なら、ギレーヌは犯人たちだけではなく、天子(天術士)そのものを憎んでいるとしても何の不思議もなかった。ギレーヌが今も憎しみの炎の中にいるのなら、天子などゴミのように映るだろう。

 ならば、天子の命で実験を繰り返しても何の感慨も起きないに違いない。

「加えて、当時のイギリス魔術協会は何故か天会を批難するだけで、事実上全く動かなかった」

 魔術協会は事件を捜査はしても、犯人に辿り着こうという気概はなかったらしいとクルスが言う。

「失望したギレーヌは魔術協会を抜け、ソリアス……強硬派へと転属したんだ」

 悲劇の連鎖、憎しみの連鎖があった。誰かが耐えなければ終わらない憎悪の輪廻。

 三十年前、中東を中心に世界各地で天子協会と魔術協会が戦争を繰り広げた。俗に天魔大戦と呼ばれ、お互いに一万人以上の死傷者を出した後、ソリアスの仲介を経て停戦に至っている。

 元々、天子協会と魔術協会の仲は悪くなかった。産業革命と時同じくして急速に勢力を伸ばしてきたソリアスに覇権を握らせまいと協力するところはしていたくらいだった。しかし、世界大戦後の東欧で、天子による魔術師への集団監禁・拷問事件が起こる。この事件を皮切りに関係が悪化。その後も多少の小競り合いが度々起き、組織としてだけではなく、一般の天子から魔術師へ、魔術師から天子への感情がみるみる悪化していった。戦争を回避するために上層部は力を尽くし、一線を超えないように踏み留まっていたが、それは起きてしまう。中東で魔術師による天子への集団陵辱事件が。これを受け、現地の天子協会が魔術協会に宣戦布告し、それが世界に広がり、異常で異様な戦いが幕を開けてしまった。異能が世界に明るみにならないようにする一点だけを暗黙の了解として。

「ギレーヌは、世界を憎んでいる……?」

「上手い言い回しだな。そうかもしれない」

 家族を殺した天術士、仲間の命と悲嘆を晴らそうともしなかった魔術協会。悲惨な現実に無関心な他人。ギレーヌは怒り狂ってしまったのかも知れない。

 広輝は犯人の想像を一旦やめる。犯人の一人について、人となりを把握できた。

「もう一人は?」

「分からなかった。少なくとも魔術協会に登録はなさそうだ」

「ソリアスの魔術師?」

 広輝は、魔術協会に情報がなければソリアスの魔術師かと思ったが、クルスはソリアスですらない可能性を示唆する。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。裏の魔術師も天術士も多いからな」

 異能力者たちの世界でも、協会やソリアスの世界を表とするならば、そこに所属しない組織や野良の異能力者たちがいる世界が裏となる。ゲーベルの事件で現れたオリバーやアラン、そしてギレーヌが裏世界の住人ということになる。

「そうか。ギレーヌについて分かっただけでも僥倖だ」

 プロファイルから推測する人物像から、真犯人が特定できただけでも天子協会としては大きな一歩だった。

 広輝はクルスにお礼を言って、代わりに持ち得る情報をすべて話した。陽本勝弘の憶測に過ぎないが、天会の思惑も。

 最初は静かに聞いていたクルスだったが、天会の指示系統の話になると顔を赤くし、怒りを露わにした。

「ふざけるな。その為に一般人を巻き込んでもいいと!?」

「逃げ道は用意してあるんだろうな、きっと」

「これだから天術士どもは! いつもいつも自分の都合ばかり!!」

「…………」

 広輝はクルスの怒りを黙って聞き留める。

 広輝は失わない為に守るものの優先順位を決めている。大切なものを守るために他を切り捨てる覚悟を既にしていた。だから、目的の為に犠牲を厭わない天会のやり方は好きではないが、否定をするつもりもなかった。

 あくまで価値観の違いだと。

「すまない。天術士(お前)の前で言うことではなかった」

 クルスは冷静な表情のままの広輝を見て、自分も冷静さを取り戻した。

「構わない。オレも自分が選ばれた者だと思っている奴らは好きじゃない」

「だから陽本にいるのか?」

「そうだ」

 広輝は嘘のない範囲で、クルスに同調した。開示される情報は信用や仲間意識が上がるほど多くなるからだ。広輝は魔術協会だけではなく、クルス個人からの情報をも期待していた。

 お互いに現在の情報を出し合ったところで、今日は解散にしようと思ったところに、ポケットの中が震える。専用端末への着信だった。

 広輝はクルスに断りを入れて、電話に出る。電話の相手は、近くに車を停めて待機してくれていた紫鶴からだった。

「…………場所は?」

 その連絡は、怖れていたことが起こってしまった後の情報。

「わかりました。魔術師(クルス)と一緒に戻ります」

 広輝のただならぬ様子に、クルスは広輝が電話を切るのを待って「何があった」と訊く。

「事件発生だ」

「まさか」

 何の事件か聞かなくても、思い当たる事件は一つしか無い。

「これから現場に行く。一緒に来てくれるか?」

「もちろん」

 クルスは一も二もなく、同行を即答した。


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