第五話 先触れ
イレーネたちと別れた後、任務と報告と一緒に二人の魔術師の話を天守に報告。
情報のやり取りについて天守は渋い顔をしたが、それは反発必至の他の者へどうやって説明するかを思い悩んでのことだった。大悟としては魔術師、ひいては魔術協会と情報交換することは吝かではないが、天守としては体裁を整えるのに一苦労しそうだと気を揉んだ。
なので、連絡無しに魔術師と一席設けたことについて広輝たちへのお咎めはなかった。
広輝は優里菜と別れ、陽本が天宿とは別に作った陽本だけの拠点に向かう。双神湖の南東にある天宿から西側にあるその家に向かうには湖の周りを循環するバスか手っ取り早くタクシーを使う必要があった。広輝はタイミングよく循環バスに鉢合わせたので、時計回りで西側へと移動する。
陽本が仮拠点としたのは、売りに出されていた広い庭付きの三階建ての大きな家。購入を検討していた家族がいたようだが、陽本がセキュリティ強化の工事の金額を上乗せした以上の額をポンと出したので、この豪邸は陽本所有となった。
広輝はそのセキュリティ強化された豪邸に招き入れてもらい、この拠点の主・陽本勝弘との話し合いの場につく。
今回は広輝と勝弘の一対一ではなく勝弘の娘の晶と、晶のパートナーかつ広輝が優里菜ではできない仕事をする時にペアを組む紫鶴も同席。
広輝は天守に報告したようにイレーネとクルスの件を勝弘に話した。
「それで貴方は魔術師に協力したいと?」
晶が不機嫌そうに広輝に確認する。何が原因なのか、晶の広輝に対する印象が悪かった。
「はい。できるかできないかは相手次第ですが」
「あなたは本当に手段を選ばないのね」
「何事も餅は餅屋に、ですから」
広輝は天守にした情報交換以上の協力関係を魔術師と結ばないかと勝弘に提案していた。月永にこの話はできなくても、あのオリバーすら味方につけいようとした勝弘にならば、力を求める勝弘ならば話が通じると思ったのだ。
そしてそれは、正しかった。
「委細分かった。解決に努めてくれ」
勝弘は天守のように渋い顔をすることも、思い悩むこともなく即決。
広輝は頭を下げ、最後までの段取りを組み始めた。
「いいのですか、お父様。魔術師の手など借りて」
すんなりと広輝の提案が受け入れられたことをよく思わないのか、晶が口を尖らせる。
「構わん。この件が上手く行けば、魔会との間にパイプができる。向こうにとってもメリットはあるだろう」
「メリットとは?」
「天会、魔会、陰陽師、ソリアスの四者が存在するこの国において、最大勢力である天会の強力を得られることだ」
「お偉いさんたちが了承してくれればですけどね〜」
紫鶴が言う「お偉いさん」は、天子協会の幹部だけではなく、魔術協会の幹部のことも言っていた。天子が魔術師をよく思わないように、魔術師も天子をよく思っていない。
「向こうも背に腹は変えられんだろう。このまま被害が出続ければ、魔会が日本に支部を置けなくなる可能性も否めん。寧ろ、天会の上層部はそれを狙っているかもしれん」
「どういうことですか?」
聞き捨てならない言葉に広輝がいち早く反応した。
「上からの指令は最初の『天宿ごとに対策を立て、早期解決に努めよ』から変わらない。五大支部に音頭を取らせるわけでもなく、本部の天津が動くこともない」
「それは、おかしいですね。大陸では紫級が出張ってきた――と聞いていますが」
天子協会の七つの階級は、日本では色でランク付けされているが、世界標準では次のようにアルファベットで定められている。
黒・紫・朱・蒼・翠・黄・白のように。
「何でそんなこと知っているのよ、貴方は」
「蛇の道は蛇、ですよ。晶さん」
「……」
晶は広輝のこういう肝心なところを煙に巻くところも嫌いだった。
「万が一の為に[紅]の出動を依頼だけでもしておくか」
「……それ、突き返されませんか? そっちに一人いるだろうって」
「頭の痛い話だな」
勝弘が何気なく口に出した案も、呆気なく徒労に終わりそうなことが予想できた。
「前からお名前だけは聞いていましたが、勝炎さんって、もしかして[獄炎]の?」
「知っていたか。いや、[紅]の何人かと知り合いだったな。そこからか?」
「はい」
陽本勝炎。勝弘の息子であり、晶の兄。陽本最強ゆえ、肩書は陽本の現当主だが、家の事に全く興味がなく、今もどこかを放浪している。
ゲーベルの事件で広輝が[紅]と面識があるのは周知の事実になった。
そして広輝がその[紅]のメンバーから漏れ聞く[獄炎]の評価はあまり良くはない。[紅]のメンバーも全員が全員と面識があるわけではないらしく、任務で一緒になって初めて顔を合わせることになるらしい。守秘義務もあるので、面識があったところで多くは語らないが、皆が皆遠い目をするので、そういうことなのだろうと広輝は思っていた。
「全く、どこをほっつき歩いているか……しかし、たとえ戻ってきたとしても、周りのことなど考えず、対象を燃やし尽くすだろうな」
広輝以外の三人の頭の中には勝弘の言葉が容易に想像でき、三人が三人とも頭を抱えた。
広輝は苦笑しながら尋ねる。
「勝炎さんは、どの程度の力の持ち主ですか?」
「魔術師ゲーベルの最強の人形、ケンタウロス程度なら秒殺できるだろう。そしてまだまだ余力を残しているような奴だ」
勝弘には広輝が事件のことを直接報告していたので、ケンタウロスの強さも把握している。
それでも尚、あのケンタウロスを圧倒するほどの力量だと聞き、広輝は絶句した。
「そういう力があって[紅]に任命されていはいるが……息子にこんな言葉を使いたくはないが、性格破綻者だ」
晶と紫鶴も勝弘の言葉を否定することなく、苦笑だけを浮かべて流し聞く。
「そうだな……オリバー・エクスフォードより戦闘狂で、己の欲望に忠実な奴だ」
陽本勝炎という人物がどれだけチームプレーに適していないかをよく表した一言だった。
勝弘は自分で言って悲しくなったのか、小さくため息をついて、広輝に魔術師のことを託す。
「とにかく、あいつのことは置いておいて魔術師の件、頼んだぞ」
「わかりました」
***
「ただいま」
優里菜は広輝と一緒に天守にイレーネたちのことを報告した後、広輝と別れてタクシーで帰宅した。
優里菜が暮らす家は、燃えた天宿から東に数キロ離れた閑静な住宅街の中にある。月永は一般家庭とは言えないが、月永邸は周りの家より一回り大きいことを除けば、一般の家と遜色なかった。
「おかえりなさい。広輝くんとのお仕事はどうだった?」
「いつもと同じだよ」
夕食の準備を始めようとしていた玲菜がキッチンから顔を出す。
「ふふ、よかったわね」
「? 何がよかったの?」
汗を流そうと、シャワーの前に着替えを自室に取りに行こうとした優里菜だったが、ふと足を止めた。
「だって、あんなに嬉しそうにしてたじゃない。だから良く悪くもいつも通りで『よかったわね』ってこと」
「? 私、そんなに嬉しそうにしてた?」
「ええ。お父さんも隆也も不思議そうにしてたわよ」
優里菜には自覚がなかった。確かに期末テストがあったから「久しぶりだな」と思ってはいたけれど、そこまでだった。
「ふふ。今日は広輝くんとのお仕事らしいって言ったら二人共眉間にしわ寄せちゃって……ちょっと面白かったわ」
「……もう」
隆平の広輝に対する印象は最初から良くなかった気がするが、ゲーベルの事件後からまた悪くなった感じがしていた。助けてくれたのに何でだろうと疑問に思っていたところに、なぜか隆也も心なしか広輝に対して態度が固くなっていた。優里菜が二人に聞いてみても『何も変わっていない』と一点張りで、玲菜はそれをくすくすと笑っていた。一人蚊帳の外にいる感じがして、優里菜はあまり快く思っていなかった。
ふと優里菜はリビングを見渡し、今日も二人なのだと悟る。
「兄さんたち今日も遅いの?」
「いいえ。今日は遅いどころか天宿に泊まるらしいわ」
「そっか」
隆平も隆也も吸魔事件のチームに選ばれて忙しいのは知っていた。ただ、天宿にまで泊まりこないといけなくなったのはもしかしたら、自分たちの報告のせいかなと申し訳無さを覚えた。
「というわけで」
「お母さん?」
玲菜が優里菜に抱きつく。
「久しぶりに、ガールズトークでもしましょ?」
「……」
優里菜は母と二人で他愛のない話をするのも吝かではなかったが、これはじっくり話ができるチャンスだと思った。
天子と魔術師、天子協会と魔術協会、そして力の使い方。優里菜は今まで自分からは話題にしてこなかった。でも、ゲーベルという異端の魔術師の思惑に巻き込まれ、イレーネとクルスに出会い、話を聞き、一つの答えを持った広輝の意見を耳にした。漠然とだったが、今のままではダメだと思った。月永の人間として、一人の天子として。同い年のあの背中に追いつくには技量だけじゃない、確固たる何かが必要だと思った。
「お母さん」
「何?」
「魔術師について教えて」
***
「東洋の魔術師はレベルが低いと思っていたが、この国は特に酷いな」
ローブのフードを深く被った青年が、床に倒れている者たちを見下ろして嘆息すると、青年と同じようにフードを深く被った女性が「仕方ないわ」と言う。
「魔術師と言えば陰陽師、この国ではね。私たちのような魔術師が育つ土壌がこの国には無いんでしょう」
「……確かに京の護りは称賛に値する」
二人は目的の地である鳴上に移動する際にも魔力の回収を行ったが、一度だけ断念した地域があった。それが近畿地方であり、特に京都は「無理だ」と判断を下す。
その後、海沿いの街で魔力を回収、鳴上の地を下見し、一度北上した。
ここ、この国唯一の魔術協会の支部を訪れる為である。
街から離れ、森に隠れた薄紅色と白色のレンガで建てられた洋館。人除けの結界が張られていたが、結界魔術の達人である女性からすれば、その結界は無いに等しかった。ただの人間には見つけられないだろうが、少しでも異能をかじっていれば、容易に突破されてしまいそうな紙みたいな結界。女性は、逆に結界を張らない方がマシなくらいに感じていた。
そして女性と青年は、同胞であるはずの魔術師から魔力を回収する。一般人とは比べ物にならない量かつ良質の魔力を。
「貴、様……ギレーヌか」
倒れていた壮年の魔術師の一人が、苦しそうな表情で二人を睨みつける。額に汗をびっしりかき、立ち上がろうと歯を食いしばるが、力が入らず体が微動するのみ。
「……やはり魔術協会はお前に辿り着いていたようだな」
「そうね。でも、想定内よ」
女性――ギレーヌ――は、顔を隠す必要が無いと判断したのか、フードを外した。
現れたのは美しい灰金色の長髪と端麗な美貌、そして酷く冷めた藍色の瞳。
虫けらでも見るようなその眼に壮年の魔術師は気圧される。
「っ……この、裏切り者の、魔術師が……!」
それは壮年の魔術師が発した負け惜しみの暴言だった。
ギレーヌは、違う言葉なら負け犬の遠吠えと切って捨てて、早々に立ち去っていたかも知れない。
しかし、ギレーヌには許すことのできない暴言だった。
冷めていた藍色の瞳に怒りが灯る。憎しみが、恨みがその火を炎へと焚きつける。女性の美貌は憎悪で歪み、大股で床を鳴らして壮年の魔術師に近づく。
ギレーヌはローブの内側から緋色の宝玉を取り出し、宝玉を手にした右手を振り上げた。
壮年の魔術師はギレーヌの怒りの形相に肝を冷やし、何をされるか悟ると命乞いを口にするが、もう遅い。
「やめ――」
「裏切り者は、あんたたちでしょうが!!!!」
「がああああぁぁぁぁ――――…………」
ギレーヌは壮年の魔術師の背中に赤い宝玉を押し当てると、怒りのままに魔術を行使した。
赤い宝玉が輝くと、壮年の魔術師の身体がみるみる萎んでいく。身体は老人のように痩せ細り、黒かった髪も白く変色した。
それでもギレーヌは止めない。
壮年の魔術師の全身の毛が抜け落ち、老いた身体がさらに細くなり、骨と皮だけに至った。文字通りのミイラになって、ようやくギレーヌは魔術を止めた。緋色の宝玉の輝きも止まった。
怒りのままに魔力の回収をやり終えたギレーヌは肩で息をしている。
長い髪に隠れた横顔は、まだ怒りが収まりそうになかった。
このままでは他の魔術師の魔力も同じように回収しかねない。そう思った青年が短く声をかける。
「……ギレーヌ」
青年に呼ばれ、ギレーヌは我に返った。緋色の宝玉をしまうと、ミイラと化した魔術師を一瞥もせずに背を向ける。
「――戻るわよ。神がいる鳴上へ」




