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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第四話 力の使い方

 +++


 急がば回れとは良く言ったものだと思う。

 乱暴されないように弟は逃したけれど、目の前の男の人たちの目的はきっと最初から私だったんだろう。

 弟を脅し、手を上げたのも脅しに使うためだったんだと思う。

 期末テストが終わって、久しぶりに弟とご飯に行こうとしただけなのに。ちょっと近道したくてビルとビルの間の細い道を使っただけなのに。

 見るからにグレている男の人が居たから、仕方なく来た道を戻ろうとしたら仲間の男の人にぶつかってしまった。

 そこからは因縁を付けられて、守ろうとしてくれた弟は殴られ、意を決して逃げると、追いかけ回され続けた。

 逃げ続けた先がこの行き止まり。

 この強気のモードは時間制限付きなのに……。

 普段は気弱で大人しくおどおどしている自分も、このモードの時は精一杯気を張り続けることで何とかこなしていた。

「もう鬼ごっこは終わりかい? それじゃ、いいよね?」

 全然良くない!

 三人の男の人の内、ぶつかってしまった男の人がにじり寄ってくる。

「カッカッカ。路地に入ったってことは、そういうことがしたいってことだろ?」

「だよね~。最近の大量昏睡事件って薬キメタ連中がヤリまくった後になるって話じゃん?」

 にじり寄ってくるマッチョな男の人の奥で、横に大きい人と細身な人が笑い合っている。

 うぅ~。もう、だめ。

 膝に力がなくなる。壁にもたれ掛かって、その場に座り込んでしまった。

 逃げなきゃいけないのに。

「う、うぅ……」

 もうだめだと、恐怖で何も考えられなくなった。

「あら、泣いちゃった」

「大丈夫だよ、すぐ気持ちよくなるから」

「カッカッカ」

 本当に目の前が真っ暗になった時、男の人とは別の高い音の足音が聞こえた。

「…………クズね」


 +++

 ***


 優里菜が通う成上(せいじょう)学園は二学期制。

 九月の中旬から下旬にかけて行われた期末テストが終わった最初の休日。吸魔事件については特に進展はなく、丘で出会った愛紗と女性についても不明のままだった。事件に警戒するチーム以外はほぼ平常運転のままで、こうして三週間ぶりとなる任務も任されている。もっとも今回の任務はすぐに終わり、お昼に差し掛かる頃には鳴上に戻って来れた。今回の現場は最寄駅から近かったので鳴上駅からの電車移動、前回のような送迎はなかった。 

 天宿に報告しに行く前に昼食を取ろうと駅前をうろついていたが、これというところが見つからず、広輝と優里菜は次第に駅から離れていく。

 ようやく残暑を覚え始めたお天道様だったが、この日は夏日を観測。まだまだ秋の気温にはなりそうになく、二人は早々に上着を脱いでいた。ただ、変装は健在で、広輝は野球帽に太い黒縁メガネ、優里菜は白い野球帽とレンズの大きなメガネを装着していた。以前、優里菜が購入したニット帽とメガネの変装は早々に沙紀にバレてしまったので、お蔵入りとなり、家に保管されている。

「あそこでいいか?」

「うん」

 広輝はそろそろ迷うのも疲れた為、目についた食事処を指差した。居酒屋のように見えるが、のぼりに「ランチあります」と書いてある。大丈夫なはずである、

 その居酒屋に近づいた時、路地から少年が勢いよく転び出てきた。

 広輝はトラブルの気配を感じて眉間にシワを寄せる。反対に優里菜は少年に駆け寄り、手を差し伸べた。

「大丈夫!?」

「助けて。姉ちゃんを助けて!」

 少年は優里菜に縋り、涙目で助けを訴える。その鬼気迫った切迫さと、頬の腫れ具合が尋常ならざる事態を知らせた。

 すぐに広輝は優里菜に少年を託し、暗い路地へと走っていった。



 ***



「クズね」

 新たな女性の声に、少女(獲物)を前にした男も振り返った。

「あ? 何だ……」

「ヒュー♪」

 灰金色の髪の女性の容姿を見て、男どものテンションが上がる。

「……子持ちは初めてだな」

 三人の男の内、一番細身のインテリ風な男が女性と手を繋いだ金髪の少女を見下ろして言った。

 太っている男がやけに興奮し始めている。

「寝取りは背徳感満載。新ちゃんお願い」

「人妻は俺の趣味じゃないんだが……まあ、ここに来たのが運の尽きだ」

 細身の男が右手に雷を纏う。

「クズではなく、下種(ゲス)ね……クルス」

 女性は少女と一緒に一歩下がり、建物の角からローブを羽織った青年が姿を表す。クルスはこの場の誰よりも背が高かった。深く被ったフードのせいで顔の全容は見えないが、整った輪郭と冷え切った視線が男たちに刺さる。そして女性よりも色濃い金色の長い髪が一房フードから見えた。

「これだから天術士は」

「ケガしない内にそこを退きな」

 細身の男がクルスに臆さずに雷を走らせてクルスを脅すが、クルスは態度を変えない。後ろの女性もゴミを見る目で男たちを見ている。

(acceler)(ation)

 クルスが日本語ではない言語で詠唱すると、淡い光がクルスを包む。

 直後、クルスは細身の男の左横へ。

衝撃(impact)

 クルスが男の左腕に触れると、細身の男は大きな槌を振られたかのように壁に叩きつけられた。

「ぐえっ!?」

 人の声とは思えない声を上げ、壁にめり込む。

「新ちゃん!?」

「てめえ!」

 追い詰めた少女の前にいた男も、太った男もクルスに殴りかかった。

 細身の男の雷に慣れていたことで、多少の現実味のない現象にも男二人には耐性があるようだ。

 男二人が拳を振り、前のめりになったところでクルスは再び詠唱する。

(deceler)(ation)

 二人の前に一瞬魔法陣が出現し、二人の動きが止まっているように錯覚するほど遅くなった。

 クルスは余裕を持って、二人の間から抜けると、今度は逆の効果を詠唱する。

(acceler)(ation)

 二人に魔法陣が翳されると、男二人は動き出す。映像が早送りされているかのように。

「「げぶっ?!」」

 二人は体だけではなく、頭も衝突し、脳震盪を起こして気絶した。

「ざっけんなあ!!」

 天子だけあって、細身に似合わず体は頑丈らしい。壁にめり込んでいた男が、頭から血を流しながら、クルスに雷を走らせた右手で殴りかかった。

が、男の前に何かが落ちてきた。

「!? なんだてめえ! 次から次へと!」

 細身の男とクルスの間にゴルフクラブケースを背負った一人の少年が割って入った。

「その力は、傷つけるための力じゃない」

「ああ!? 知るかはっ?!」

 少年は細身の男の腹へ、一撃を入れる。

 小柄ながら武術を修めている少年の拳は重く響き、細身の男は昏倒した。

「――天術士か」

 少年――広輝――は振り返り、クルスたちの様子を窺う。

 何を問うて聞くべきか、訊かれたことに答えるか無視するか、お互いに決めきれず、沈黙が流れた。

 広輝から見れば、丘で出会った愛紗と保護者らしき女性に加え、金髪の青年の魔術師が一人。魔術師が何の用事があって月永が治める鳴上にいるのか。

 クルスからすれば、正当な天術士が現れたことで、対応に困った。無視をすれば世間を騒がす事件の関係者だと疑われる可能性があり、事情聴取されればそれはそれで面倒だった。

 その沈黙を破ったのは、一組の姉弟。

「姉ちゃん!」

「オト……?」

 絶望の恐怖から一転、気づいたら男たちは気絶し、少女が逃した少年()が戻ってきた。

 少女は何が何だか分からなかったが、抱きついてきた弟と無事を喜びあった。

「……どういう状況?」

 少年に遅れて顔を出したのは、広輝が少年を託したはずの優里菜。

 優里菜は女性と愛紗、クルスと広輝の順番に目を配った。広輝の目が「なんで連れてきた」と言っているようだったので、優里菜はとりあえず両手を合わせて謝った。

 広輝は優里菜から視線を外して、一度目を伏せる。仕切り直しだと、再び目を開けた時、クルスの向こう側にいる愛紗と目があった。

 愛紗がじっと広輝を見ていた。まるで広輝の心の奥を見るかのように。

「クルス、行くわよ」

 何も起きない沈黙にしびれを切らした女性が踵を返す。愛紗は女性に手を引かれて広輝から視線を外した。

「ああ」

 クルスも女性について行く。

 去ってゆく魔術師を背に、広輝が彼女らを短く呼び止めた。

「待て」



  ***



 路地裏を抜け、個室がある雰囲気の良さそうな喫茶店へ入る。

 広輝たちは二階に数室のみある六人席の個室に通された。ダークブラウンで統一された内装や木製の机や椅子、明るすぎないランプが落ち着いた雰囲気を演出していた。

 休日の街の喧騒から隔絶されたその空間は、密会をするには絶好の場所となる。

 広輝が彼女たちを呼び止めたのは情報を得るためだった。天子ではなく、魔術師から見た事件の印象を。

 自己紹介は既に終わっていた。

 灰金髪の美女は、イレーネ・グラウン。魔術協会所属。

 金髪の青年は、クルス・マルティネス。こちらも魔術協会所属。屋内ということもあってローブのフードを取ると、イレーネに負けず劣らずの美顔が現れた。

 二人とも金色の濃さは違っても、金髪の白人なので親子かと思ったが違うらしい。瞳の色は青と緑の中間色の藍緑色または浅黄色。

 そして、人形のような薄金の少女は、愛紗・アーレンス。日独のハーフらしい。両親が死亡したところをイレーネが引き取ったという。

 三人が三人とも恐ろしいほどに美形で、優里菜もそれに匹敵する。そういうところでは、広輝は場違いだと思ったが、もう一つの共通点では同類かも知れないと思った。

 その共通点とは三人の瞳。藍、浅黄、空色が薄黒く霞んでいること。宝石のように美しいはずのその瞳に輝きはない。何を見て、何を聞き、何を体験してきたのか、簡単に聞けばこちらが火傷しそうだった。

「それで、話って?」

 各々の飲み物が届いたところで金髪の女性が切り出した。

 女性は、紅茶の香りを楽しみ、一口口に含むと「あら、いい腕してるわ」と喫茶店のマスターを称賛し、ソーサーと一緒にカップをテーブルに戻す。 

「吸魔事件。これの魔術協会とあなた方の見解を聞きたい」

 広輝は届いたアイスコーヒーに手を付けず、単刀直入に二人に聞いた。魔術協会が天子協会に開示しない情報を得る機会にしたかったのだ。

 クルスは口に運ぼうとしたアイスカフェラテを一旦テーブルに戻した。

「天会はこれまでの経緯からこの事件を一組の魔術師の仕業だと判断している」

「そうね。魔術協会も同じよ」

「けれど、魔術協会は犯人に目星がついているようだが、天会に情報が回ってこない」

 天守の話では、魔会が情報開示を渋るのは、過去の遺恨と天会に借りを作りたくないことが主な要因。身から出た錆は自分たちで処理したかったのだろう。

「過去の遺恨が残っているのは知っている。しかし、天会が幅を利かせているこの国に限っては、その情報を開示してもらえないだろうか。これ以上被害者を出さないために」

「…………」

「…………」

 イレーネもクルスも飲み物に手を付けずに押し黙ってしまった。通路側に座った愛紗が一人オレンジジュースをストローですする。

「別に答えるのが嫌なわけではないのだけれど、一つ教えてもらえないかしら」

「答えられるものなら」

「私たちが魔術師と知って、一緒にいる嫌悪感はないの?」

「? なぜです?」

 質問の意味が分からず、優里菜が疑問で返す。優里菜には本当にイレーネの意図が伝わっていなかった。

 クルスの眉がピクリと反応する。

「嫌味か?」

「え?」

 優里菜は魔術師と天子の関係性を理解していないので、クルスから何故「嫌味」が出てきたかもわからない。

 広輝は今度ちゃんと教えておこうと心に決めた。隆平や玲菜たちは"まだ"教えようと思っていないだけだと信じたい。

「天術士と陰陽師を含めた魔術師の確執は理解しているつもりだ。その上で答える。嫌悪感はない」

「なぜだ」

 はっきりと答えた広輝にクルスは突っかかるように理由を聞く。情報を得るための方便だと思ったから。

「絡まないの。けど、理由は私も聞きたいわね。私もこの子も、あなたのような天術士に会うのは初めてなのよ」

 広輝は言葉を整理するため、少しだけ口を閉じ、話し出す。

「天術も魔術も所詮一つの[力]。そして二つともメリットもあればデメリットもある」

 広輝は暗に優里菜への教導も含めて、魔術師が熟知している前提も言葉にする。

「天術士は術式なしで身体能力の強化や各属性を具現化して魔を浄化できる。けれどそれだけ」

 広輝が、天子ではなく自らをも天術士と呼ぶのは二人の魔術師への配慮だった。

「魔術師は逆に、術式なしでは魔術を行使することはできないが、術式さえ組めさえできれば何でもできる。けれど、それを行うために知識と知恵、修錬が必要で、習得には天術士が初歩的な天術を使えるようになるよりも遥かに時間がかかると聞いている。そして、その時に得た知識量は天術士の比にならない」

 魔術師は日々探求している。日々深化している。魔術師の爪の垢を煎じて、驕っている天子に飲ませたいくらいに。

「そういうところで、嫌悪どころか尊敬すらしている」

「……自分に言い聞かせているように聞こえるけど、生理的にはどうなのかしら」

 イレーネは右手でソーサー、左手でカップの取っ手を掴み、優雅に紅茶を口に運んだ。 

「力はただ力。大事なのはその力の使い方だと思っている」

 広輝を認めたのか、クルスから敵意のような嫌悪が消えていた。手つかずだったアイスカフェラテを少しずつ飲み始める。

「天術士・魔術師うんぬんよりも、オレは[力]を使う[人]で判断する。力を悪用していれば嫌悪するし、守るために使っていれば信用もする」

 力の悪用。それは路地裏で雷を発現させていた細身の男。おそらくは源子で、天会の情報網に引っかかることなく今まで生きてきたのだろう。力の在り方も使い方も教えられていないはず。

「それで、そろそろこちらの質問に答えてもらえないだろうか」

「そうね」

 イレーネはゆっくりとカップとソーサーをテーブルに戻した。

「犯人についてだけれど、わからないわ」

「わからない?」

 イレーネの歳はわからないが、イレーネが纏う雰囲気は天会の蒼や朱相当に感じ取れる。魔会所属のそれなりの魔術師ならばこちら側の情勢を掴んでいると広輝は思っていた。

 怪訝な顔になった広輝を見て、イレーネは肩をすくめる。

「ええ。この国の協会と連絡がつかないのよ。だからこれから支部に行って色々聞くつもりよ」

 納得していない広輝にイレーネは情報というプレゼントを約束した。

「なにか分かったら教えてあげるわ」

「……よろしくお願いする」

 広輝はようやく引き下がった。

「しかし、あんな大規模な魔力吸引、一体どうやっているんだ? 魔法陣を描いている途中で見つかりそうなものだが……」

 広輝の質問に、イレーネとクルスは顔を見合わせ、再びイレーネが口を開く。

「その事件には巨大な魔法陣が使われていると思うわ」

「それならなぜーー」

「一定の魔術を身に着けた魔術師にとって、大きな魔法陣を描くのはそう難しいことではないもの」

 イレーネの答えをクルスは否定しない。むしろ「当然」という面持ちだった。

「例えば、(四角)の魔法陣を描くとしましょう」

 イレーネは、テーブルに置かれた愛紗以外のカップやコップを順番に指していく。ちなみに愛紗はコップを両手で持って、少しずつオレンジジュースを飲んでいた。

「四つの頂点に魔法陣を描くための仕掛けをするの。その仕掛けは、魔法陣を描くための魔法陣だったり魔道具だったり色々ね」

 魔道具とは、魔術が組み込まれた道具のこと。ゲーベルが使役した人形もその一種。また、かつてゲーベルがオリバーに渡した、人形を召喚する魔術を組み込んだブラックダイヤモンドも魔道具の一種である。

「後は、仕掛けを時限式して時を待つか、遠隔起動できるようにしておけば魔法陣は描かれるわ」

 広輝は事の深刻さに眉をひそめる。

「魔力を吸収する術式さえ知っていれば、この事件はそれなりの魔術師ならば誰でもできる、ということか」

「否定はしないわ」

「……」

 広輝は自分で魔術は何でもできると言ったが、それはあくまで魔術師本人の魔力量に批准した強さ・範囲を想定してのことだった。しかし、時限式にしたり、魔術具を使用して、自身の魔力量よりも大きな魔術を行使できるのなら天子側のプロファイリングが崩れ兼ねない。そして、その頂点を発見されない限り、いつでもどこでも魔術行使が可能になる。

 広輝は神妙な面持ちで考え込んでしまった。

 微妙な沈黙の仲、オレンジジュースを飲み終わった愛紗が、コトンとコップをテーブルに置いた。

「ところでさっき、貴方は「力はただ力、大事なのは使い方」と言ったわよね」

「はい」

「あなたたちは、その天力ちからをどう使っているのかしら。お互いの偏見解消の一歩のために教えてくれない?」

 イレーネの言葉は丁寧だったが、どこか嘲笑できることを期待してそうな声色だった。

 でも、その問いを、広輝は真剣に受け止め、静かながら力強く、自身に刻むように答える。

「……もう何も――大切なものを失わないために」

「……」

「……(こいつ)」

 言葉だけではない。真に迫ったその気迫にイレーネとクルスは広輝の傷を認めた。あるいは自分と重ねた。それが失った者ではなく"奪われた"者の言葉に聞こえたから。

「……――」

 優里菜も何も言うことはない。広輝の言葉が、事故の事を言っているのか、堕天子の事を言っているのか、もしくはその両方なのか優里菜には推し量れなかった。

 すると愛紗が椅子から降り、てとてとと広輝の横の空いた席まで歩いて、椅子によじ登る。

 その様子を四人は何も言わずに目で追った。

 そして――

(ギュゥ)

 愛紗は、初めて会った時のように広輝に抱きついた。

 その細い腕を精一杯伸ばして、その小さな手で広輝の服をギュッ握りしめる。

 広輝は椅子が滑って、愛紗が椅子から落ちないように、優しく愛紗を支えた。

「愛紗?」

 広輝が呼びかけても愛紗は顔を上げず、ただただ抱きつくだけ。何をしてあげればいいのか分からず、ひとまず柔らかい薄金の髪を撫でた。 

「その子も貴方と同じだから、それを感じてのことでしょう」

 イレーネが言う"同じ"とは、おそらく失った傷のこと。小さな子供の世界は、家族と自分が触れたものだけである。愛紗に兄弟がいないならば、家族は亡くなった両親のみ。両親せかいを失ったかなしみは広輝も嫌というほど理解できた。

 広輝は愛紗を慮って、何度も小さな頭を往復させた。

「あなたは?」

「え?」

 愛紗たちに注意を向けていた優里菜は、イレーネの問いの反応に遅れる。

「あなたは何の為に力を揮うの?」

 魔術師から天子への問い掛け。魔術師のように欲して力を手に入れた者から、月永という名家に在って力を使うことが当然とされる、生まれ持って力を持っていた者への問い掛け。

「私は……」

『これは守る為の力だ。決して傷付ける為の力ではない』

 言葉少ない隆平()が、優里菜に天術を教える時に繰り返し伝えた力の在り方であり月永の姿勢。『心に刻め』と幾度となく言われ続けた。

「守る為に」

「なにを?」

 優里菜の答えに間髪入れずに追求が来る。

 『なにを?』と訊かれ、優里菜は初めて自分が守りたいものは何なのか思考し始めた。今まで漠然としていて、感覚で行ってきたこと。突き詰めず、言語化してこなかったこと。イレーネの問い掛けは優里菜がこれから、一人の天子として、月永の天子として自身の力の在り方を考えるきっかけとなった。

「……みんなを」

「みんなって誰?」

 けれど今は、優里菜の思考が始まったに過ぎない。

「……みんなはみんなです。家族も友達も仲間も、助けられる命、全部です」

「月永にしては、ふわふわしているわね」

 教わった教えを自身で消化して血に変えなければ、受け売りと同じ。優里菜の答えは、まだイレーネたちを満足させるには至らなかった。

「先に出てるぞ。興味が失せた」

 クルスが椅子を鳴らして席を立ち、イレーネの脇に置かれた伝票を持って階段へ向かう。

「そうね。愛紗、行くわよ」

 続いてイレーネも席を立った。クルスと違い、椅子を引きずらずに椅子を元の位置に戻す。

 愛紗は広輝から腕を解くと、転び落ちないようにゆっくりと椅子から下りた。

「あなたのそれは、理想というよりも力無き者の妄想よ」

 イレーネは腰を落とし、愛紗の下ろされたままの手を握る。

「魔術協会の情報は、追って連絡してあげるわ――さようなら」

 去り際に横目で広輝たちを一瞥すると、決別するかのように別れを告げて、階段を下りていった。 

「そんなに気に触ること言ったかな」

「気にするな、お前が間違っているわけじゃない。オレたちが捻くれているだけだ」

 優里菜は自分が間違ったことは言っていないと思っている。広輝もそれは間違いではないと言う。しかしながら、何故、二人の魔術師が優里菜の答えに、怒りのような呆れのような反応を示したのか理解できなかった。

 優里菜の指導役を担っている広輝も、今はそれでいいと思っていた。イレーネの問いかけに対する答えは、普通は大人になる過程で形成されるものであり、そもそも明確に答えられない大人の天子も少なくはないと思っている。

 手を付けていなかった優里菜のミルクティーの氷が溶けて、カランと虚しくグラスを鳴らした。


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