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いつか、君の隣へ  作者: U
第二章 確執、力の在り処

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第三話 邂逅

『そんなに強敵だったのか!?』

 任務を終えた二人を迎えに来た隆也は、広輝の頭から足まで草や砂がついた姿を見て驚いた。

 オリバーに勝った広輝がこんなになるほどの敵なら、調査班の誤算も甚だしいからだ。任務のランクは黄どころか蒼でもいいくらいだと思った。

 が、その理由を聞いて、ずっこけそうになった。

 広輝は風の衝撃(エア・インパクト)をものにしようとして、一度ならず何度も風を暴発させ、吹き飛ばされたらしい。今に至るまで成功はしていない。

 隆也と優里菜に服をはたき叩かれた後、ようやく帰路についた。

 その車中。

「麓の風森神社で降ろしてもらっていいですか?」

「いいけど、帰りの足はどうする? 待つか?」

「バスが出てるので、それで帰ります」

「了解」

 端的なやり取り。広輝は目的を言わず、隆也も訊かない。広輝は人との距離はこのくらいが一番好ましかったのだが、それを踏み越えてくるのが一人同乗していた。

「私も一緒に行っていい?」

 広輝は何が面白くてこのクソ暑い中、付いて来ようとするのか理解に苦しむが、断る理由がないので遠回しに「楽しくない」と言ってみる。

「……いいけど、何もないぞ」

「何もないところに行くの?」

「……ああ、何もない。思い出しかない」

「……ゆり「うん、一緒に行く」……」

 隆也は広輝の哀愁を感じ取って、優里菜を制止しようとしたが、優里菜は逆に強く決心してしまったらしい。

 隆也は広輝が断らない限り、止めはしまいと風森神社まで車を走らせた。



  ***



 風森神社は南の山の斜面に沿うように建てられている。坂の一番下に白い鳥居が建てられ、短い石畳の石路の向こうの石段を登ると少し平らなところに出る。右手に社務所左手に手水舎があり、正面奥に二の鳥居を構えている。その二の鳥居を潜り、さらに急勾配な石段と舗装された坂道を登ると、ようやく風森神社の本殿に辿り着く。

 広輝たちはこの本殿を参拝し、脇の道を更に登っていく。舗装路から土の道になり、やがて獣道に。

 日は山に遮られ、昼なのに薄暗く、涼しくはあったが妙に静かだった。

 広輝は微かな記憶を頼りに、目印を探す。広輝の記憶にあるのは、背の高い石の置物。子供の頃に見上げた置物だから、今は自分よりも低いかも知れないと、獣道の草や枝葉を掻き分けて探した。そこを曲がればすぐのはずだった。

 広輝でこの状態なので、ただ付いて行っている優里菜はいつ着くかも分からない道を延々と歩いているに等しく、体力もだが精神的にきつくなってきた。自分から一緒に行くと言った手前、弱音は言えなかったが。

 獣道に入ってからおよそ十分後、真っ直ぐくれば五分ほどだろうか、広輝は古びた石灯篭を発見した。案の定、それは広輝の背より低く、記憶にある印象とは全然違った。

 後ろで息を切らしている優里菜に「すぐそこだ」と声をかける。目的意識がある分、広輝は優里菜よりは疲れを感じずに済んでいたが、日陰でも真夏日・坂道・獣道、三拍子揃っていて、広輝もきつかった。

 石灯篭を曲がると、坂道が続いていたが、その先に道はなかった。木々の間から見えるのは遥かな青空。

 優里菜は、残る力を振り絞って、最後の坂道を登りきった。

「――――」

 優里菜はその光景に言葉を失う。

 森林の中を歩いてきたというのに、嘘のように広がる緑の丘と突き抜けるような空。遠くに見える高く積もった入道雲が夕立の不安を誘うが、それも一部の景色として美しく映る。眼下に広がるのは鳴上の街並み。東の山脈から北の高原、西の峠まで一望できた。北西に見える双神湖が太陽の光を照り返し、空と同じ色に輝いている。

 優里菜は疲れを忘れ、ただただ感動していた。

「ここは一度、父さんに連れられて兄さんと来たんだ」

 無意識に開いていた口を閉じ、広輝の言葉に耳を傾ける。

「父さんと母さんが初めて逢った場所もここだって聞いた」

 広輝が言う父と母は、久下の両親ではなく、事故で亡くした風上の両親。

 思い出を話す広輝の声色は今までで一番優しく、大切なものを愛おしく抱きしめるように暖かった。

「兄さんとは何度かここに来ては遊んで、いつの日だったか約束をした」

「約束?」

 優里菜は慌てて口を塞ぐ。広輝が紡ぐ言葉を邪魔するつもりはなかったから。

 独白のようなその語りは、小さな小石で止まってしまいそうだったから。

「ああ。内容は憶えてないけど、それでも確かに約束を、したんだ」

 幸いにも広輝の言葉を止めることはなかったが、独白はここで終わりのようだった。

 瞼を閉じ、あの日を思い出す。

『二人だけの約束だ』『うん!』

 広輝は、兄の言葉に元気よく返事をしたことは憶えている。けれど、肝心の内容は忘れてしまっていた。今日の任務の場所に向かう時にその約束を思い出し、ここに来れば思い出せるかもと思ったが、何も思い起こされはしなかった。

「…………」

 優里菜は今度こそ広輝の追想の邪魔はしまいと、広輝の左側で静かに待った。

 ……のだが、どうしても伝えた方がいいと思って、広輝のシャツの裾を軽く引っ張った。

「どうした?」

「あの子……」

 優里菜が指差した先に小さな女の子が一人佇んでいる。

 白いワンピースと遠目でもわかる薄い金色の長い髪がそよ風に揺れていた。

「知り合いか?」

「ううん」

 二人はここに来るまでの道のりを思い出し、迷子かもしれないと念の為に声をかけることにした。   

 二人が金髪の少女に歩み寄ると、少女もこちらに気づく。

 広輝たちは少女の目にぞっとした。完全な不意打ちに顔が強張りそうになる。

 少女は人形に見紛うくらいに可愛らしいが、もう少しで頬がこけそうなくらい細い。広輝と優里菜を映す瞳はこの空のように透き通った空色。しかしその瞳に、光がない。

 それはかつて優里菜が広輝に見た、心を閉ざした瞳。

 それは広輝が千花ちかに見た、放心虚脱の瞳。 

 広輝がどう声をかけたものかと逡巡している間に、優里菜が一歩踏み出して視線を少女に合わせる。

 そして、あの時と同じように声をかけた。

「こんにちは」

 優しく、笑顔で、敵ではないことを、危害を与えるつもりはないと精一杯に伝える。

(ペコリ)

 少女は小さく頭を下げてくれた。

 少女が明確なリアクションを示したことに二人は少し胸を撫で下ろす。少なくともコミュニケーションが可能なようだった。

 言葉が伝わっているかは、まだわからないけれど。

「はじめまして。私、月永優里菜。よろしくね」

(――)

 少女はきょとんと固まってしまった。

(偶然会っただけの奴に自己紹介された挙げ句に、よろしくって)

 広輝には少女の今の気持ちだけは分かった気がした。

(あ、あれ? なにか間違えた?)

 想像していたリアクションと違い、内心焦った優里菜が思わず振り返り、広輝に応援を求める。

「……(何がしたいんだ?)」

 広輝の呆れた目が雄弁と物を述べ、口に出さずとも優里菜に伝わった。

 優里菜は軽く咳払いすると、気を取り直して少女に向き合う。

「あなたのお名前、教えてほしいな」

 優里菜の問いかけに、少女は口の形を大きく変えて答えた。

「○○○」

 大きく口を開けて、次に前歯を噛み合わせて、もう一度大きく口を開けた。

 言葉は出ない。

「?」

 優里菜は聞き取れなかったのかも知れないと、もう一度少女に名前を聞こうとしたが、隣で広輝も膝を曲げたので聞くのを止めた。

「オレは広輝。ひらがな、書けるか?」

(コクン)

「そうか。なら、お前の名前をここに教えてくれ」

 日本語による意思疎通が可能だとわかり、広輝は右手を少女に差し出した。

 少女は細い指で広輝の手の平にゆっくりと丁寧に一文字ずつ書いていく。

 その光景を見て優里菜も気づいた。少女は言えなかったのだと。音を、声を発することができなかったから、その小さな口を大きく広げて、自分の名前を一音一音をきちんと優里菜に伝えようとしていた。

 手の平のくすぐったさを我慢しながら、少女の書く名前を聞く。広輝の手の平に書かれたのは四文字。

「(あ・い・し・ゃ)」

 少女は、アイシャはちゃんと「ゃ」の字を小さく書き、名前を広輝に正確に伝えようとしていることが見て取れた。

「そうか、アイシャか」

(コクン)

「ちゃんと自分の名前、言える・・・んだな。偉いぞ」

 広輝は右手を差し出したまま、左手でアイシャの頭をなでた。

 優里菜は、見たこともない広輝の優しさと心遣いに驚愕しつつ、アイシャが少しだけ心を広輝に許したのがわかった。

 広輝の手が頭に乗ると一度目を伏せたが、撫でられながら開けた目がさっきと違ったのだ。突然のことに戸惑ったようだが、アイシャは広輝のその手を嫌がりはしなかった。

 広輝は左手を降ろして、迷子なのか確かめる。

「ここまで一人できたのか?」

(…………コクン)

「……もうすぐ日が傾く。一緒に街まで降りよう」

(フルフル)

「ご家族が心配する」

 アイシャは広輝の右手に言葉を紡ぐ。

「(いない)」

「……悪いこと聞いたな」

 広輝はアイシャの瞳の理由を少しだけ垣間見て、バツが悪そうに視線をアイシャから逸らしたが、右手に感じる軌跡に視線を戻した。

「(おにいちゃんは)」

「なにが?」

「(かぞく)」

「オレか? オレは……」

 広輝は真っ直ぐに見てくるアイシャから一回視線を左に逸して、もう一度アイシャの視線に合わす。

「オレには両親と妹が一人いる」

「…………」

(…………)

 優里菜は、二人の会話に口を挟まない。初めて聞く広輝の今の家族構成を頭に入れる。遠い記憶にある、広輝の病室で会った女性が広輝の今の母親かと想像した。

 アイシャは広輝の目をじっと見て逸らさない。嘘か本当か確かめているようだった。

 そしてーー


 ギュ。


「「……え」」

 アイシャが広輝の首に腕を回して広輝に抱きついた。

「アイシャ?」

 広輝が呼びかけると、ギュッとその腕の力が強くなった。

 広輝と優里菜はお互いに目を見合わせ、アイシャを慮る。

 どうしたものか少し考えたが、拒むことは選択肢になかった。広輝がアイシャの頭を優しく撫でると、アイシャは顔を広輝の首元に埋めた。

 不思議と暑苦しくなかった。岳隠で夏に子供が引っ付いてくれば離れてほしいくらいに暑苦しく感じたものだったが、この丘が日陰で気持ち良い風が吹くおかげか、広輝はアイシャの温もりを感じることができた。広輝からアイシャを離すことはしなかった。アイシャが気が済むまでと。

 その様子を見守っていて優里菜には広輝と違う印象を受けた。アイシャが抱きついているよりも、抱きしめているように見えたのだ。

 そのまましばらくすると遠くからアイシャが呼ばれる。

「愛紗!」

 愛紗は広輝から腕を離し、声の主の方を向く。

 まず目を引いたのは長く美しい銀色に近い灰金色アッシュブロンドの髪。亜麻色のロングスカートと明るい灰色のカーディガンから覗く、細くスラリと伸びる手足。小さな麦わら帽子を抱えて駆け寄ってくる。広輝たちなど眼中になく、愛紗へと一直線だ。

 その美しい女性は愛紗の目の高さに自身を合わせ、愛紗の両肩を掴んで叱る。その拍子に麦わら帽子が緑の上に落ちた。

「一人でどこかに行っちゃだめでしょ!」

 女性は実の親のように愛紗を叱った。その目は真剣そのもの。見た感じは愛紗の保護者のようだった。

(……)

 愛紗は何も言わず、ただ女性に目を合わせていた。

 女性は短くため息をつくと、麦わら帽子を拾って少し払ってから愛紗に麦わら帽子を被せた。

「あなたたちも、迷惑をかけたわね」

 女性は初めて優里菜たちに注意を向ける。

 レッドカーペットを歩きそうなその美貌に二人は見惚れた。白い肌に欧州系の容貌。鼻立ちが高く、キリッとした目が凛とした雰囲気を際立たせる。宿す瞳は、愛紗の空色よりも深く、優里菜の碧色よりも尚深い、藍の色。

「いえ」

 優里菜は女性の美貌に気が取られ、うまく言葉が出てこなかった。代わりに優里菜は両手を胸の前で振って「そんなことないですよ」と意思表示した。

「それじゃ、失礼するわね」

 女性は愛紗の手を引いて、広輝たちから離れていく。

「…………」

 ただそれは、無理やり連れて行くように見えた。愛紗が引きづられるように足を交互に進めたから。

「すみません」

「……なにか?」

 広輝の呼びかけに女性は振り返る。

 女性の表情から、愛紗の無表情から、それらを窺い知ることができない。

 だから訊くことしかできない。

「……初対面で大変失礼ですが、貴女はアイシャの家族ですか?」

 女性は広輝の質問に、不快そうに眉をひそめる。愛紗の表情は変わらない。

「……ええ。血こそ繋がっていないけれど、大事な家族よ」

「ーー失礼しました」

 口籠ることも言い淀むこともなく、不快を潜めながら女性ははっきりと答え、広輝は怪しさを感じ取れなかったので丁寧に頭を下げた。

「アイシャ、またな」

(コクン)

 女性と愛紗は、広輝たちが来た方向とは違う方の森へ去っていった。

「…………」

「……広輝くん?」

 険しい顔のままの広輝。何か不審なところがあっただろうか。

「森の中を歩いてきたにしては二人共服が綺麗すぎるし、靴がとても山道のものじゃなかった」

「……!」

 優里菜は広輝に言われて、二人の足元を思い出した。

 愛紗は子供用の可愛らしい黄色いサンダルに、女性は踵の高い黒いサンダル。二人共夏の服装だったが、それは街中にふさわしい格好であり、山の中での格好ではなかった。

「どうやってここに……?」

 広輝は二人の空気が乗った風を思い返す。アイシャは"よくわからなかった"が、女性のは間違いなく――

「……魔力」

「……え?」

 現状の情報と今のを組み合わせれば黒に見えるが、状況証拠に過ぎない。

 不確定な憶測を一旦中止し、二人は夕立に降られる前に丘を降りた。

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