第一話 吸魔事件
気怠ような暑さが続いてた。
太陽は大地を灼くように照り続け、ダムの水すら蒸発させる。全国的に水不足の注意報が発令され、地域によっては警報が発令されるほどに。
夕方には莫迦みたいな豪雨が人工の排水機能を一時的に麻痺させると、人々を嘲笑うかのように強烈な西日で生物を蒸し焼きにした。
八月が終わり、九月になったというのに、今年のお天道様は残暑という言葉を知らない。
外に出るだけで命の危険にさらされるので、クーラーが効いた部屋に引き篭もっていられるのなら引き篭もっていたい。それが人間だ。
しかし、外に出なければならない事態が鳴上に近づいていた。
多くの一般人を一度に狙った魔力の吸い取り事件。
ロシア中部の村で最初の事件が起こり、異なる村、街、都市で何度も繰り返された。被害に遭った人間は良くて重度の疲弊状態であり、最悪魔力を骨の髄まで搾り取られて死亡していた。
犯人は魔術師であることは明らかで、当初は魔術協会だけで解決しようとしていたが、一向に被害を抑えられず、天子協会も解決に名乗りを上げた。けれど、魔術協会や天子協会は水と油。天魔大戦の遺恨によって、上手く連携が取れなかった。それでも何度か追い詰めはしたが、転位魔術によって逃げられてしまっていた。
犯人は東へ東へと移動し、モンゴル、中国、朝鮮半島と南下も始めた。
魔術協会と天子協会の共同戦線は、犯人を何度か追い詰めはしたものの、深くかぶった二人のローブを剥がすことは叶わず、顔を見た者は殺され、犯人の顔を見た者は残っていなかった。
それでもそれなりの情報はあった。犯人は二人。結界魔術を得意とする銀色っぽい髪の女性と転位魔術を使う青年。魔力を吸い取る魔術は女性の魔術と見られている。二人共、天子に深い憎しみを抱いているらしく、天子に対する攻撃は容赦がないのではなく、殺意が乗っていた。
プロファイリングによって、魔術協会は犯人に目星がついているようだったが煙に巻かれ、天子協会へ共有されることはなかった。
そうこうしている間に犯人は海を渡り、日本へと辿り着いてしまう。山陰と東海で一度ずつ魔力を回収させてしまっていた。
最初が山陰、次が東海と東へ移動して来ているので、関東随一の支部、鳴上支部もその警戒態勢を取っている。
鳴上の拠点だった屋敷は四月にオリバー・エクスフォードに破壊されたので、一度きちんと取り壊し、現在建て直している。来年の三月に竣工予定だというお金があるからこそできる驚異のスピードで工事が行われている。
それまでの間は、鳴上市の中心にある湖の南東部に位置するオフィス街の中古のビルを仮拠点としていた。半分もテナントは入っていなかったこのビルの所有権を買い取り、入っていたテナントにはそれなりのお金と一緒に引っ越してもらった。空いている階だけでも十分だったが、情報漏洩の心配があったからだ。よって、この十階建てのビルは一棟まるごと鳴上支部になっていた。ただし、ビルの支部機能を持っているのは利便性を考え、下五階部分のみ。残りの上六階は居住スペースへとリフォームされ、希望者がこのビルに住んでいた。また、前の鳴上支部内の居住スペースに住んでいた他の天子は、各々部屋を借りるか、支部が手配したマンションもしくはアパートに引っ越していた。
そんな仮拠点のビルで、普通の仕事の依頼を受けに来た広輝と優里菜に天守である月永大悟が直々に注意を促していた。
三人がいる部屋は大悟専用の部屋で、十畳ほどの絨毯の部屋の奥に高そうなデスクと椅子。その前には黒い革張りのソファーと焦げ茶色のテーブルが並び、いかにも社長室のような部屋だった。
広輝たちはこのソファーに座り、相変わらず和装の大悟から情報をもらっている。
「――なので、広輝は優里菜を家まで送り届けるように」
「…………」
話の終わりに大悟が余計なことを付け加えた。
大抵のことは「了解です」と答える広輝が答えない。苦手な食材をを口に含んでしまい、このまま飲み込むべきか吐き出してしまうか、迷っているかのようだった。
外は猛暑。いるだけで汗が吹き出る屋外に一ミリだって出たくない。広輝は毎日降るらしい夕立をここでやり過ごし、タクシーでアパートまで帰るつもりでいた。
優里菜は優里菜で、駅前に買い物に行く予定で、そこで夕立が止むのを待ってから帰る予定だった。広輝はその優里菜の予定を聞いていたので、頷きたくはなかった。
「なんじゃ、嫌なのか」
「……外は――」
「敵は天子に恨みを持つ相当の手練。月永なんぞ見つけた日には――」
「わかり、ました。了解……です」
広輝は大悟の言っていることは理解しているが、理解したからと言って快く引き受けるかはまた別の話。広輝には拒否するちゃんとした理由はなく、天守の方が正当性がある。感情のままに拒否すれば、それはただの我が侭。
味蕾を滅ぼしていくかのような極めて苦い薬丸を飲み込むように、渋々天守の命を受けた。
その様子を隣で見ていた、送り届けられる本人の優里菜も思わず苦笑せずにはいられない。
ゲーベルの事件後も広輝と優里菜のパートナーの関係は続き、八月を除いて月に一、二回の数回の任務をこなしていた。その任務の中で分かったのは、広輝は[堕天子]の異名のせいもあって冷酷とか冷血とか言われているが、任務外では特に嫌なことに対する感情表現は豊かなこと。今も両手を力いっぱい握りしめている。そんなに嫌なのか。
「……鳴上支部では、陽本と月永が対策チームを組んでいると聞きましたが」
握りしめた両手を解いて大きく息を吐き出すと、広輝は事件の概要ではなく、天宿の近況を聞くことにした。
ここ一月、広輝は鳴上市を離れていたので、この件に関する鳴上支部の状況や体制を詳しく知らなかったが、陽本と月永が共通の脅威に対してチームを組んだことは小耳に挟んでいた。理由は四月末のオリバー・エクスフォードによる天宿の強襲によって鳴上支部の評価が急落したからだ。怪我を負った天子が多く、事件解決後も事件前と同じ量の任務をこなすことは難しく請け負う量を減らしたことも原因だが、何より依頼の絶対数が減ったのだ。たった一人の天子に壊滅させられ、一人の魔術師に翻弄された鳴上支部の能力が疑われていた。だから支部の威信をかけてでも被害を抑える必要があった。
「うむ。ゴールデンウィークに陽本を含めた隊を上手く纏めてくれた一樹をリーダーとしての」
大悟が言っているのは、優里菜を救出した時のこと。確かにあの時は櫻守家当主・櫻守一樹を中心としてよく纏まっていたように思う。
しかしながら、あの時上手くいったのは、お互いの不満を募らせる前に解散した短期間だったこと、優里菜救出という明確な目的がお互いの利害の一致に一役買っていたおかげと広輝は考えていた。
なのでーー
「……上手くいってますか?」
と聞けば、大悟の眉間にシワが寄る。
「…………」
大悟は席を立って、窓のブラインドの隙間を少しばかり広げた。
「坂本龍馬もこんな気持ちだったのかのう」
ブラインドの先には同じような雑居ビルが並び、天宿にあった庭園のような景色もなく、湖を臨む景色でもない。いくら遠い目をしたところで見えるのは人工の壁。
大悟は仲の悪かった薩摩藩と長州藩を同盟に導いたことにちなんで言っているのだろうが、きっと違うと広輝と優里菜は思った。
聞けば、最初はそれなりに上手く行っていたらしい。仕事と割り切って、進めていたものの、徐々に言葉の端々に相手を刺激する言葉が増えていき、月永の方が先に限界に達して衝突してしまったらしい。その後はお互いに言い合うことが増え、隆平や隆也が仲裁にあたるが、その場限りの効果となってしまっているらしい。だから一樹は魔術師うんぬん言う前に味方であるはずの同僚をまとめ上げることに労を要していた。
「お主たちのように上手くやってくれればの……」
ソファーに戻った大悟は麦茶をすする。
「……」
「…………」
広輝は特に上手くやっているつもりはないので、ノーコメント。
優里菜はそれなりに折り合いをつけながらやれていたと思っていたが、ここ一ヶ月の連絡不通によって上手くいっているとは言い切れず、同意はできなかった。
「ん、どうかしたかの?」
「いえ」
微妙な空気を感じた大悟を優里菜が短く遮った。
「その、被害はどの程度なのでしょうか」
優里菜は隆平や隆也たちが対策に奔走していることは知っていたが、被害も「たくさん」とは聞いていたが、具体的な数字は知らなかった。
「日本だけで約千人」
「!」
「たくさん」の桁が優里菜の想像よりも一桁違っていた。
「東海で大学が狙われてからの。被害が一気に増えた。幸い、偶然居合わせた天子のおかげで重傷者数は多くない」
「そう、ですか」
犯人が人の集まる場所を狙ってやっていることがわかる事実だった。そして、魔力を持つ者なら誰でもいいという姿勢から未然に防ぐことは困難だが、その場に言わせるか、早期に駆けつけて邪魔さえできれば、被害は抑えられることはわかった。しかし――
「総被害者数は、二万人を超えた」
「――」
優里菜はその数に唖然としてしまった。
魔力の吸い取り事件と聞けば被害の中身がふわっとしてしまうが、その中には死亡者がいる。犯人が行っているのは人の命を命とも思わない殺戮だった。
その隣で広輝は特に何も反応を示さずに、麦茶を口に含む。
「それで、任務の方は」
「うむ……が、その前に一つ優里菜に渡すものがある」
広輝の促しに一旦は頷いたが、大悟は再び立ち上がって今度は執務用の机へ。
「本当はこれだけの為に呼びたかったがの」
鍵のかかった引き出しから、小箱と大きめの封筒を取り出した。
優里菜の元で小箱を開けて、封筒と一緒に差し出した。
「優里菜、天位・黄への昇格おめでとう」
「! ありがとうございます」
七月末、優里菜は昇格試験を受けた。天位・白が試験を受験するには、パートナーと所属する天宿の承認が必要だったが、広輝も大悟も問題ないとして優里菜を試験へ送り出していた。
ばっと立ち上がり、丁寧にその小箱と封筒を受け取る。
手渡された小箱の中には、天子としてキャリアを積み始めた証である真円に一輪のアヤメが描かれた金色のピンバッジが入っていた。刻まれた思いは希望。魔を祓う希望となり、魔を祓った便りを届けられるように。
このピンバッチが実績を積んだ証であり、依頼主へ自身が正式な天子協会の天子であるという証明でもあった。裏には天子協会へ天子であることを申請した時に付与された固有番号が刻まれている。また、盗まれて悪用されないように自分以外の天子が身にし続けていると黒く変色するように術式が組み込まれてもいる。
「封筒の中に合格証と天力の登録方法の説明書が入っておる……これからも精進するようにの」
「はい!」
優里菜は決意を新たに力強く答え、大悟は満足げに頷くと、再びソファーに腰を下ろした。
「では、任務の話に入る。査定ランクは[黃]じゃ」
***
天守の命令に従って、広輝は優里菜の買い物に同伴預かっていた。
天宿からは優里菜が気づかない内にいつの間にか広輝が手配していたタクシーで駅前のショッピングモールに移動した。このショッピングモールは駅から直通で、外に出ることなく来れるので駅の利用者からも重宝されている。
優里菜の目的は夕飯の食材と文房具で、先に文房具を見に行こうとした矢先、ありのままの優里菜を見て広輝が一言。
「……変装しないのか?」
と。
「? なんで?」
優里菜は広輝の意図を理解してくれない。優里菜の頭上にはクエスチョンマークが見えるくらいだ。
そういう広輝は黒い野球帽を深く被り、太い黒縁の伊達メガネ。正直、似合っていないが、確かに誰も広輝だとわからないだろう。
「なんでって、お前……」
広輝の視線が右に左に動く。二人の横を通り過ぎる人(主に男性)が振り返って優里菜を見ている。前からも後ろからも視線を感じるが、きっと広輝は彼らの目には映っていない。
優里菜は目立っていた。居るだけで振り返られる少女という存在がいるということを改めて思い知った。
仕事の時も同じようなことはあったが、ここまでではなかった。今日は現場にはでないから、仕事用の服ではない完全な私服姿の優里菜が拍車を掛けていた。
正直広輝は、今の優里菜と一緒にはいたくなかった。別行動したいくらいに。
だから、この天然のお姫様に少しでもオーラを抑えてもらう方便を必死に考えた。
「彼氏がいるって噂されても良いのか?」
「…………え゛?」
「隆也さんでも大樹でもない男と一緒にいて、訊かれたらなんて答える?」
「えっと、それは……」
「答えに窮すれば、勝手に彼氏に補完されて有る事無い事言われるぞ」
「うーん……」
即答できない優里菜に広輝が矢継ぎ早に優里菜が困るような展開を想像させ、最後は懇願に近かった。
「だから、そもそも訊かれないように、できる範囲で変装をたの……お願いします」
「……はい」
そうして広輝に説得された優里菜は文房具を買う前に、ショッピングモールを歩き回るのだった。
そしてーー
「どう?」
「……うん、いいと思う」
広輝はさっさと買い物を済ませたほうが早かったと後悔していた。まさか一時間以上もかかるとは思っていなかったのだ。
広輝の鍛えられた足腰もいつ終わるかわからないお姫様の買い物の追従には音を上げそうである。
広輝の返答は早く終わってほしい、男のそれだった。
「ーー♪」
優里菜はつば付きのニット帽に細い黒縁の伊達メガネを揃え、長い髪を持っていた髪ゴムで左右に分けておさげにした。思いの外気に入っているみたいだ。
最初は優里菜もそんなに乗り気じゃなかった。けれど、優里菜も店を見て回る内に気分が乗っていき、適当に買いそうだった変装道具をあれもこれもと楽しそうに吟味し始めてしまった。その最中も優里菜が目立つことには変わりなく、また、レディースの売り場に居続けるのは広輝の精神力を擦り減らすには十分だった。
「……」
変装(?)にご満悦な優里菜がようやく広輝の異変に気づく。
深く被った野球帽と伊達メガネのせいで広輝の表情がよくわからなかったけれど、漂わせる雰囲気には覚えがあった。
「……あそこで休憩しようか?」
そう言えば、玲菜も隆也の機嫌を直すために好きな物買ってあげてたなあ、と子供の頃を思い出しながら広輝をフードコートに誘ったのだった。
滝のような夕立の音を聞きながら食べ終えたドーナッツ。
優里菜が天守の命令で付き添ってくれている広輝にご馳走しようとしたのだが、「ちゃんと変装してくれたからオレが出す」と逆にご馳走されてしまった。その買い物を楽しんでしまったので申し訳無さを感じつつも、広輝は譲りそうにないので、大人しくその言葉に甘えることにした。
残っているアイスミルクティーに手を伸ばし、切り出すタイミングを見失っていたことを訊いてみた。
「ところで、八月は何してたの?」
反対の手でストローの口を押さえ、ミルクティーを口に運ぶ。
広輝が風上広輝だとわかり、優里菜と広輝の間の壁は再会当初よりも薄くなっていた。広輝の遠慮の無さは相変わらずだが、心なしか言葉の棘がなくなっている。
優里菜も広輝に対するぎこちなさが無くなり、友人に接するように広輝の側にいることができた。そのおかげか、優里菜は広輝との会話のペースをあまり時間をかけずに掴むことができた。
「…………」
優里菜の素朴な疑問に、同じようにアイスコーヒー(ガムシロップ入り)を飲もうとしていた広輝の手が止まる。視線を他所に向けて、コーヒーをテーブルに置いた。
広輝はぱっと答えられない事や、答えにくい事はそのまま口にしない。なるべく言葉を選んで発言するので、質問しても一拍二拍、もしくは少しの沈黙はいつものこと。この沈黙は考えている沈黙なので、優里菜は静かに待った。
優里菜なりに連絡がつかない広輝について聞いて回ったが成果はなかった。両親は知らず、天守たる祖父は「問題ない」の一点張りで何も答えてはくれなかった。優里菜よりランクの高い仕事をする時に広輝のパートナーになっている紫鶴に聞いてみても、彼女も知らなかった。
十秒くらい経った頃、ようやく広輝は口にする。たった一言。
「……任務だった」
「任務?」
「これ以上は、すまん」
「ふーん……」
厳しい守秘義務が課せられる任務があるのは優里菜も知っている。けれど、一ヶ月もの間続く任務は稀だった。とても大きな作戦に駆り出されていたのを推測するほどに。それこそ今回の吸魔事件に関するチームに呼ばれていたとしても不思議ではなかった。吸魔事件は未解決なので優里菜の選択肢からは外れたが。
優里菜は沈黙の結果が短すぎて肩を落としたが、言えるラインを探っての「任務」の一言なのだろうと前向きに捉えることにした。
「わかったよ。でも、今度からは前もって言っておいてほしいな。その……心配、するから」
「……努力する」
「うん」
「わかった」と言わないところが広輝らしいなと優里菜は思った。
二人とも飲み物を口に運び、広輝の方から空気をすする音がした。コーヒーを飲み終えたらしい。広輝は自分の座っていた席をあたかも自分が居なかったかのように綺麗にしてからトイレへと席を外す。
「?」
広輝から潔癖さをあまり感じたことがなかったので、優里菜は少し不思議に思ったが、共有スペースだからかなと一人納得した。
優里菜もミルクティーを飲み終えたところで、私用のスマートフォンから震える。
取り出して確認すると、メッセージと一緒に一枚の写真が送られてきていた。
『これは、ゆりな?』
差出人は優里菜の親友の吉田沙紀。送られてきた写真に映っているのは、一人でミルクティーを飲む優里菜の姿だった。
優里菜はスマートフォンから目を離して、写真の角度から撮られただろう方を見ると、制服姿の沙紀と二人の女子が優里菜を覗っている。
「よかった、やっぱりゆりなだった」
一連の所作から、沙紀はニット帽の女子が優里菜だとわかり、ほっとした様子で話しかけてきた。
「部活の帰り?」
「そ、けどこの有様よ」
先を含め、みんな折り畳み傘を透明な傘袋に入れているものの、足元が重点的に見事に濡れていた。
外の夕立にやられてしまったらしい。
「あとちょっとだったんだけどね〜」
「ねー」
夕立は振り始めたら本降りになるまでが早い。後、数十メートルだったらしいが、夕立は待ってくれない。
沙紀たちは無念にも夕立の餌食になったようだ。
「ゆりなは? そんな変装までして……密会?」
「――違います。夕飯の買い出し」
嘘は言っていないはず。広輝とは密会していた訳ではないし、夕飯の買い出しも本当だ。
広輝が懸念していたことが早速実現してしまった。沙紀だけなら優里菜でも何とかなるが、交友関係のない他二人は難しい。優里菜は広輝と一緒にいるところを見られていないことを祈った。
「ふーん、ちなみに今日の夕飯は?」
「そうだねー、おそうめんシリーズは飽きられちゃっと思うから違うのに……今日は兄さんだけだから、炒めものでもいいかなー?」
優里菜は特に決めていなかった。冷蔵庫の中身が少なくなっていたから今晩用に買い足そうぐらいにしか考えおらず、売り場の食材を見ながら決めるつもりでいた。また、連日の暑さで思考回路が壊れたのか、玲菜が何を思ったのか、任務先のお客さんから貰って帰ってきたお土産用に纏められた徳用の素麺三十人前がまだ残っている。日持ちするとはいっても、放置しておいたら忘れてしまいそうなので、工夫をこらして三日連続で食卓に並べていた、が、まだ残っている。四日目は、さすがに隆也のげんなりした顔が浮かんだ。
「え、月永さんが料理するの?」
「? うん、いつもしてるよ?」
優里菜にとって料理は趣味である。それに毎回作っているわけでなく、玲菜と分担しているので特に苦でもなかった。お昼の弁当も自分で作っていて、おかずの一つ二つを沙紀と交換もしくは盗られるのは日常茶飯事だった。
「女子力!」
「そうなんだよ。あたしがお嫁に貰いたいくらい」
沙紀が優里菜の料理について二人に語り始める。ほとんど弁当のおかずだったが。
優里菜がそれを生暖かく見守っていると、私用のスマートフォンにもう一度着信。
「…………」
「……ゆりな?」
「――兄さんからの夕飯のリクエスト。今夜はハンバーグかな」
優里菜は席を立ち、ミルクティーが入っていたカップを手に取った。
「それじゃ、また学校でね」
「うん、じゃね〜」
お互いに手を振り合い、優里菜はカップを捨てて食品売り場に向かった。
その後姿を見送っていた三人の内一人がポツリと口を開く。
「……沙紀やん、月永さんて彼氏いないよね?」
「いないねー」
「バスケ部の諏訪くんと結構いい感じって聞くけど」
「あー、残念がら今のところ一方通行、睦の方が」
「やっぱり諏訪くん、月永さんのこと好きなんだ!」
「あ、今のナシ! 内緒、秘密っ、オフレコ! マジで! 奢るから!」
月永優里菜の小学校からの親友、吉田沙紀。優里菜の裏の事情は知らないが、優里菜の日常を支える大切な存在。明るい性格で男女ともに友人が多いが、不注意による口の軽さが玉に瑕である。
ーー夕飯のリクエストーーーーーーーーーーーーー
From 久下広輝
『こっちのことは気にしなくていい。
自然に会話して、自然に振る舞って、
違和感がないように。』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




