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いつか、君の隣へ  作者: U
第一章 再会、開かれた扉

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第二十一話 風雷の果て

 吹けば消えてしまいそうな、霞のような意識が浮かんでくる。

 頬の冷たい感触と体の前半分にある硬い感触。倒れていることを認識した。

 視界はぼやけてはっきりと物が見えず、不快な異臭が肺をも侵す。手足は動かず、刺されるような痛みが身体のあちこちから走っている。

(なんでこんな事になってるんだ?)

 朦朧とする意識で理不尽な状況を考える。意識が飛んだことで広輝の情報は一度リセットされてしまっていた。

「終わりか」

 男の声がした。

 『誰だ』と思う。そこから濁流のように情報が流れ込み、広輝は状況を把握した。

 把握はしたが、どうにもならなかった。嫌に臭いし、全身が太い針で刺されているように痛いが、それでも強烈に眠い。このままその欲求に身を任せたいくらいに。

 オリバーの雷撃を受け、まだ生きていられるなら、それなりに上手くやったと思う。当初の目的通り、ちゃんと戦ってちゃんと負けた。戦いに決着が付いたのならオリバーは戦わないはず。天宿の襲撃で倒れた者に対して止めを刺しに回らなかったことから、広輝はそう推測していた。戦いの中で結果として殺すことはあっても、敗北が決定した者をわざわざ殺しはしない。あくまで戦いを好き好む戦闘狂、それがオリバー・エクスフォード。

 ここまでしたのだから後は隆也と大樹、それから一樹たちが何とかしてくれることを祈るだけ。

(…………違う)

 霞み行く意識の中で明確に否定した。そうではない、それは違うだろう、と。

 誰かを信じるのはいい。仲間がそれぞれ与えられた役割を遂行すると信じるから、自分に与えられた役割に徹せられるのだから。

 でも、祈ってはいけない、期待してはいけない。

 不測の事態に陥って役割を果たせていないかも知れない。期待した挙げ句に裏切られるかも知れない。自分が果たしたい目的は、自身の手で手繰り寄せなければならない。

 このまま微睡みに落ちれば、オリバーは広輝を殺さないかも知れないが、優里菜の救出を邪魔しないわけではない。まだ優里菜は救出されていないたのだから。

 『体力が尽きたなら天力で動け、天力が尽きたら体力で何とかしろ』。限界が来た時の岳隠の無茶な教え。だけど今はそれが活きる。オリバーの雷撃のせいか、思うように力が入らない。だから天力を全身に走らせる。返ってくる激痛は食いしばって我慢する。

「ほう、まだ動けるか」

 オリバーは広輝が立とうとしていることに素直に感心した。身体を雷撃が貫き、高電圧を浴び、火傷をも負った体では痛みも生半可ではないはず。意識が戻ったところで、激痛に悶え苦しみそうなもの。それでも生まれたての小鹿のようだが、必死に立とうとしている。傷ついた身体を引きずってオリバーから遠ざかるのではなく、その場で立とうとしている。戦う意思を示そうとしている。

 オリバーは鎮めた雷霆を再び準備した。戦うのならそれに応えようと。

 広輝が天力を全身に行き渡らせることで少しずつだが、傷が回復し、身体機能も戻りつつあった。不格好ながら立ち上がった広輝は、手から離れてしまった愛刀を探し、近くに転がっていた月陰を見つける。オリバーの雷撃でよくぞ折れずにいてくれたと労りながら再び手に持つ。いつもより重い相棒を、いつもと同じように握り構える。ふと、この太刀を受け取った時が過ぎった。

 広輝の愛刀・月陰つきかげ。正式な銘は[月陰星昌つきかげのほしまさ]。この太刀は、星月流御用達の刀工集団の一人に打って貰った物だった。その時、広輝は言われた。

『どんな巨星が落ちようと、どんな暗い道だろうとも、お前がその道を行くのならお前が示せ。自分が星の伝承者だと』

 随分と大仰なことを言われたと今でも思う。師匠のように天賦の才も人望もなく、姉貴分のように剣才もない。あの人たちに代わって、業を負ったこと身が星の伝承者など名乗れるはずもない。ただ、それでも、あの人たちが滅するはずだった魔を祓うと決めた。もう二度と何も失わないと決めた。その道の途中。オリバーが久下広輝の始まりの人を奪う要因になるなら超えるのみ。

 鍛えた身体、磨いた天術、錬り続けた剣術。その全てを以てオリバーを超える。


「 疾きこと疾風の如し 」


 時ここに至り、広輝に一切の雑念が消えた。

 その風、より洗錬され淀みなく、清流のように静かに包み込むように広輝を纏う。

「……とても堕ちた者が纏う風ではないな。堕天子の異名、変えたらどうだ」

 オリバーも再び雷霆を纏う。広輝の風とは正反対。強烈で鮮烈、そこに調和はなく雷が暴威を撒き散らす。その威圧、迫力は変わりなく、絶望的な恐怖が広輝を叩く。

「それは、オレが決めることじゃない」

 恐怖はある。心臓が萎縮し、逃げろと体が鳴く。けれど、オリバーを超えた先にしか明日(まえ)が見えないのなら、斬り開くだけだ。

 天力を全身に叩き込む。傷ついた体が悲鳴を上げる。それでも前に足を踏み出した。

 疾風の全速力はオリバーの目で捉えることができなかった。広輝の姿が消えた次の瞬間にオリバーの左腕に痛みが走る。斬られたと気づいた時には、背中に同じ痛みが走った。すかさず広輝から離れようと前に跳んで反転すると左の腿が斬られた。

「くっ」

 どの傷口も出血しているが、深くはない。深くはないが、ついに広輝は雷霆を斬ってみせた。天宿での最後と同じように。

 オリバーは歓喜する。迅雷でウォーミングアップした時は期待した、雷霆で逃げ回った時には(いか)った、再び剣を交えられたと思ったら雷霆を斬ることができずに残念だった。待ち望んだものが何もなかったから。しかし今、遂にオリバーに命を脅かされる危機を思わせてくれる。しかも広輝は容易に捉えることができない。

 一つ、また一つと斬り傷が増えていく。どれも致命傷には程遠く、雷霆によって体に迸る天力で治癒されていく。

 オリバーもやられっぱなしではいられない。体を一層の雷で迸らせると、十分にオリバーの天力を吸った大剣を振るう。その斬撃は広輝の空破斬のように雷を斬り放つ。斬撃の延長上に広輝がいたり、避けたりすれば、雷の斬撃が当たる算段だ。

 その斬撃が広輝に当たることはなかった。それどころか技を繰り出した後の一瞬の隙きにタイミングを合わせられる始末だった。大剣の重さを物ともせず、技の反動があってないようなものにするオリバーの膂力でも完全に消し去れない一瞬を広輝は見極め始めていた。

 思考せずに振った、おもむろな大剣も広輝の行動を変えることができても掠りもしなかった。

 幾度となく斬りつけられ、自分を無様だと思い始めた時、ようやく思い出す。

 久下広輝が堕天子と呼ばれ続ける理由を。

 読み合いで勝てないと判断すると、オリバーは仕草を変えずに、自分の体を広輝に斬らせることにした。

 遅すぎる後の先。斬らせて広輝のパターンを読むことにしたのだ。今までの攻防の蓄積も含めれば、きっとそこまで先のことではないと。

 ほんの気持ち程度に大きくなったオリバーの隙。それを広輝は自分の攻撃に活かす。次に回していたタイミングで一撃を、一撃だけ入れていたところに二閃。

 致命傷にならないのなら失血でオリバーを戦闘不能にする。治癒されて血を止められるのならそれを上回る連撃を。

 一瞬一瞬に凝縮されていく広輝の思考。延びてゆく広輝の知覚と感覚。

 広輝はオリバーの動きが見えすぎるほど見えていた。天力を纏う体がついてこるか心配になるほどに。

 広輝の感覚につられて広輝の天力も収束していく。十が五に濃縮していた天力を、四に三に……と凝縮されていく。

 それは体に纏う天力だけではなかった。太刀に流す天力も収束されていく。

「ぐうっ」

 オリバーへの斬撃が深くなっていた。治癒が間に合わなくなり始めた。傷口から流れる血が、オリバー自身の雷で蒸発し、血潮が飛ぶ。鉄の匂いを撒き散らし、戦場を思い返させられる。

 広輝の攻撃パターンを読み切って反撃を試みようとしていたが、その時間がなくなりそうだった。また読みが外れた。治癒、は天力を多く消費する。[雷霆]という強力だが、相応に天力を消費する天術に加えて治癒を続ければ、天力を多く保有するオリバーと言えど、天力量に底が見え始めていた。

 [雷霆]を纏えなくなればどうなる?

 今や[雷霆]を容易に斬ってみせる[疾風]。最初に[迅雷]で戦った[疾風]ではない。[雷霆]から[迅雷]に変えたところで、戦いができるのか。

 唐突にオリバーの脳裏に浮かぶ二文字。

 ーー敗北ーー

「ぬううああああああ!!」

 オリバーは天力を一気に開放した。纏う雷気を、結界を張るように増大させたのだ。

 広輝の太刀が雷霆を斬るものだろうと、広輝自身がオリバーに近づけなければオリバーの肉体を傷つけることはできない。

 隙だと思ってオリバーへの斬撃を繰り出していた広輝は、その雷気に弾き飛ばされた。辛うじて纏う天力を厚くし、雷の侵入は防ぐことはできた。何とか空中で体勢を立て直して着地する。

 その僅かな時間すきをオリバーは見逃さない。

 攻撃を今まで出しきれなかった分、その天術を繰り出すための天力は十二分にティールミーターにある。

 左手で標的を定め、右腕を振り上げる。今度はオリバーが広輝に迫る。

 敗北を感じさせた敵。

 手加減は無用。


 ーー絶技・天を斬り裂く雷刃ラグナロクーー


 オリバーの愛剣ティールミーターが、広輝との戦闘において一番の稲光を発し、空気を割る。

 広輝がオリバーを見据えている。整わぬ体勢で太刀を上段に構える。

 雷鬼の紫眼と堕天子の緑がかった黒瞳が交差した。

 この時点でオリバーは勝ちを確信した。

 先に絶技が入るだろうと。

 しかしーー

「!?」

 体が重い。地に落とされるかのように重くなった。

 次の瞬間、広輝が消えた。

 オリバーは力任せに右腕を振り下ろした。





 一瞬の決着だった。


 強烈な雷光がホールを白く染めた。

 そのホールを、右腕に柄を握られたままの剣が宙に舞う。

 数瞬の静寂。

 剣が地に突き刺り、腕だけが地に落ちた。

「邪魔をするな、と言ったんだがな」

 肩を失くした体から鮮血が吹き出ていた。

「仲間を助けるのに理由が要るか」

 それはオリバーを広輝に任せ、先に行ったはずの隆也だった。

「ふっ……堕天子……いや、久下広輝」

 意識が遠のき、視界が暗転する。流した血の量が尋常ではなくなっている。足元は赤い血の海に変わっていた。

「楽しい戦いだった、礼を言う」

 オリバーはその言葉を最後に、背中から倒れた。肩口から流れる鮮血は止まらずに、赤い海を広げていく。

 太刀を振り抜いたままだった姿勢を戻し、太刀を軽く払った。太刀についたオリバーの血が床に斑点をつける。ポケットから取り出したハンカチで太刀の血を拭うと、丁寧な所作で鞘に納めた。

 振り返り、倒れているオリバーを見ながら思う。

 倒れていたのは自分だったと。

 隆也の助けがなければ、オリバーの方が速かった。広輝が負けていた。体が真っ二つになっていたか、真っ黒に焼け焦げていたか、その両方か。

 兎にも角にも、生きていることに安堵する。

「ありがとうございました」

 隆也の方に向き直り、深く頭を下げた。

「いや、本当はもっと早く援護するべきだったんだろうが、お前が速すぎて……あのタイミングでやっとだった」

 アランが言っていた通り、アランが指し示した扉はこのホールに繋がっていた。ホールの入り口に辿り着いた時、扉の向こうから聞こえたのは戦いの音。オリバーへ奇襲しようと静かに覗き見た戦いは、隆也が割って入れる戦いではなかった。広輝が優勢だったのは救いだったが、援護のしようがない。援護の機会を伺い、遂に来たチャンスは広輝の危機。重力を掛けるタイミングも外すタイミングもシビアだったが、そもそも見たことのない雷を纏うオリバーに効くのか心配だった。本当に効いてよかったとほっとしていた。

「それでも、ありがとうございました」

 頭を上げない広輝に、隆也は妙に気恥ずかしくなって頭をかく。

「こういうのは全部終わってからしよう」

 隆也は改めて本来の目的を改めて告げる。オリバーを倒すことが目的ではない。

 広輝も「はい」と答えてようやく頭を上げる。もう一度、オリバーの方へ振り返り、礼をするようにそっと瞼を閉じた。

 二人は大樹が開けた扉を抜けて、屋上へ向かった。

 


      *****



 広輝たちが立ち去った後、訪れる二つの影。

「まさか[雷鬼]オリバー・エクスフォードが負けるとはな」

「そうですね。これから交渉するはずでしたのに」

 一人は黒のスーツがよく似合うミドル。一昔前なら初老と言われる年齢だが、とてもそうは見えない。

 もう一人は髪を腰より長く伸ばした若い女性。こちらも黒のスーツがよく似合う。

 二人は鮮血の海に倒れるオリバーを見下ろす。

 二人で違う感想を持ったが、同じだったのは、[雷鬼]の敗北を笑うのではなく、勝利した[堕天子]が称賛に値すること。[雷鬼]の実力は否が応でも見せられていた。

「恩を売れると考えれば悪くない。交渉の材料になりそうだ」

 男はオリバーの傷口を焼いて止血する。本来なら絶叫ものの痛みだが、気絶しているので何事もなく終わる。

「…………」

 人肉が焼ける臭いは鼻を曲げるが。

「回収して、外科医と治癒術士に看せる。体と腕を頼む」

「かしこまりました」

 男は腕に天力を流し、突き刺さった大剣を引き抜いて肩に担ぐ。

 女は影を操り、オリバーの体と腕を影で縛って外へ運ぶ。

 二人は外で戦う天子たちに会わないよう、戦場を後にした。


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