第十九話 真価を問う
二度の邂逅を経て、お互いの戦闘スタイルは理解した。
雷鬼の力の底が見えずとも、堕天子の真価を見出せずとも、油断が死に繋がる強大な敵に変わりなく、自分と渡り合える遊び相手に変わりなく、死と隣り合わせの一瞬を積み重さね、いつか終わってしまう剣戟に心躍りながら、己の肉体と剣に天力を流し込んで、全力で戦う。
広輝が刀を振るえばオリバーが剣で防ぎ、オリバーが剣を振るうと広輝が躱す。広輝の疾さはオリバーを迅さを上回り、オリバーの死角を突くように加速と方向転換を繰り返す。広輝は床、壁、天井、あらゆる面を使い、縦横無尽にホールを駆け巡った。
その疾風を追うように迅雷が迸る。幾度も太刀と大剣が衝突し、火花を散らす。
広輝は確かにオリバーよりも速かった。しかしそれは僅かな差。
一瞬でも気を抜けばオリバーに追いつかれる。追いつかれることは殺されること。
一瞬でも攻めることを止めたら、畳み込まれる。
今は身を守ることを考えてはいけない。
小細工はオリバーの前では効きもしない。
天力を収束させた太刀でオリバーを倒すことを考えろ。
天力の少ない広輝にとって、攻撃こそ最大の防御。
広輝が通った後には一陣の風が吹き、迅雷が炸裂する。その風と雷の衝突は、時には轟音と衝撃波を響かせ、暴風を巻き起こした。
二人の戦いは空中戦へと移り、目で追うことも難しくなっていく。
この広い空間が狭く感じるような、目でも追えない速さの戦いが繰り広げられている。
壁は崩れ、床は抉れ、天井に穴が開き、ホールに甚大な被害が及ぶ。
その様、疾風迅雷。
拮抗する二人の戦力。しかしそれはいつまでも続かない。広輝の天力量は一般の天子より少ない。続ければ分が悪いのは広輝の方。少しでも早くこの状況を打破する必要があった。
反対にオリバーには余裕があった。自分を上回る速さに感嘆こそしたが、動揺はしない。そのあまり直線的な動きは、見切ってしまえばカウンターが容易だから。オリバーは、紙一重で広輝の攻撃を大剣で防ぎつつ、パターンを蓄積していく。オリバーの持つ圧倒的な戦闘の経験で広輝を推し量る。繰り返し放たれる斬撃から、オリバーは広輝のパターンを読み取りつつあったが、オリバーにとって不思議なことが起こっていた。
(ーー読み切れん)
広輝は太刀を振り下ろすよりも斬り上げる傾向にある。左よりも右側からの攻撃が多い。身体よりも右腕を特に狙いに来ている。そこまで分析できている。しかし、合わせられない。傾向を測れても次の読みが外れる。数少ない当たりは、紙一重で対処される。疾いけれどあまりにも直線的な動きに、オリバーは少なからず失笑さえした。
しかし『これはなんだ』と疑問が生じる。未だに大剣は掠りもしない。
気を抜けば広輝の太刀は纏う雷の鎧に到達する。その斬撃は雷鎧を破る可能性があった。あの炎の中で見せたように。
オリバーは理解する。
剣技ではなかった。
天術でもなかった。
堕天子が堕天子と呼ばれる理由は。
こんな少年が堕天子などと言う忌み名で呼ばれ続ける理由は。
気づくと空中の戦いは終わり、再び地上戦へと移っていた。
身体を床に沈ませるように屈めて右脇下の通り抜けざまに放たれる広輝の斬撃。オリバーは左足を軸に右半身を時計回りに回転、大剣を斬撃に合わせて待ち受けた。
天力を纏う鍛え上げられた太刀と大剣が衝突し、高い金属音と火花が飛び散る。
反動でオリバーの腕は跳ね上がった。
広輝は左脇を通り抜け、オリバーの間合いを越えてから方向転換。体勢を広輝に合わせられないでいるオリバーの背中に回り込むように加速した。が、オリバーは広輝から受けた斬撃の衝撃など無かったかのように右腕を外へ振り抜く。腕と共に大剣が弧を描き、雷を纏った斬撃が広輝を目掛けて放たれる。
星月一刀流剣術の空破斬と同質の、天力を斬撃に乗せて放つ術技。
広輝はこれを地を蹴り、前方の空中に跳んで回避。跳んだ勢いで一回転し、そのままオリバーの右の肩口に向けて太刀を振りかぶった。オリバーはこの展開を読んでいたかのように腕の外振りを止めることなく、反時計回りに一回転し、大剣でそのまま広輝に斬り上げる。広輝は大剣が止まらないことをオリバーの身体の動きから察知。太刀をオリバーに当てることなく空振り、いち早く身体を落としたことで、オリバーの大剣が広輝の頭上を通り過ぎた。幸いしたのはオリバーは天力を放っていたことで、大剣に雷が十分に纏われておらず、斬撃に付随する雷撃が広輝に当たらなかったこと。
窮地を潜り抜けた広輝はオリバーの間合いの内側に着地。そのまま太刀を突き刺せば、オリバーの身体を貫きそうだったが、広輝は後退を選択。オリバーの間合いの外へ飛び退いた。
一瞬後、広輝が着地した場所に、雷剣が叩きつけられた。雷剣は床をかち割り、黒く焼け焦がす。
広輝がオリバーを攻めきれない理由がこれだった。オリバーは反動を反動ともせず、肉体を動かす。大剣が重量を持っていないかのように扱う。隙を囮にする相手はいたが、隙を隙ではなくしてくる敵は初めてだった。
広輝は、オリバーの間合いの外で一呼吸置く。
深く息を吸い込んで乱れた呼吸を整える。トップギアで戦い続けて狭まった視野を広げていく。中段に構えた太刀の切っ先はオリバーに向け、いつ動き出されても対応できるように身体への天力を絶やさず、筋肉を程よく脱力させる。
オリバーに注意を向けたまま手段を考える。均衡を崩す手段を、オリバーに勝つ、勝機を掴む手段を。
オリバーを斬ることができるのは天力を十分に収束させた斬撃。力任せでも生半可な収束でも、オリバーが纏う雷の鎧を突破できない。けれどその前にオリバーの大剣を退けなければ、オリバーを斬ることは難しく、大剣を弾いたり往なしたりするには相応の天力を消費した。最低でも二振り必要だった。
広輝が思考による試行を繰り返したが、その時が来た。広輝は間に合わなかった。
オリバーが力を解放する。
「ーー激烈、故に雷霆」
空気を割るように細い雷筋が迸り、直後、落雷が如くの雷音と稲光が広輝を叩く。
広輝は反射的に目を瞑り、右腕で両目を覆った。オリバーから発せられた閃光は視界全てを白く焼いた。
雷音の残響が止み、ゆっくりと腕を降ろしながら目を開けると、そこには、遥かなる畏怖と圧倒的な雷を纏う雷鬼が広輝を見据えて悠々と立っていた。
広輝は息を飲む。
そして息をするのも苦しい。
気を張っていないと、足を引いてしまいそうだった。
そんな重圧。
「さあ第二ラウンドだ。堕天子・久下広輝」
オリバーに疲労の色は全くない。
広輝は死を覚悟した。
***
地下空間。対地竜。
結果は隆也の辛勝だった。
地竜を構成していた魔力が霧散していく。
隆也にとって厄介だったのは高い防御力と範囲の広い強力な攻撃。そして隆也の重力結界を物ともしない膂力。地竜の動きを制限することが叶わず、有利な状況に持っていくことができなかった。
地竜の攻撃の中で、一番厄介な長い尾の薙ぎ払いに注意しながら、地竜の弱点を探っていると、竜らしく逆鱗が喉元に存在していた。作り物なのだから作らなければいいものをと思ったが、在る物は利用した。丁寧にもその逆鱗は地竜の弱点であり、地竜は感情があるかのように激昂した。攻撃がより単調かつ強力になり、咆哮を繰り返すようになった。
地竜の攻撃をやり過ごしつつ、逆鱗を喉元ごと抉り取りると地竜の動きが鈍くなり、さらに加重結界を重ねることで竜鱗が砕けた。喉元を抉り取られた地竜は隆也の加重結界の中で身動きが取れずに、皮膚を徐々に焼かれるように魔力を消費していき、その巨躯を保つ魔力がなくなって地竜は動きを停止した。
地竜が魔力を消費させる間、天力を高出力し続けた隆也も天力、体力を消費していた。霧散していく地竜を前に、膝に手をついて絶え絶えの息を整える。大量の汗が石床にこぼれ落ちていた。
まだ優里菜を助け出していない。
汗を腕で拭い、顔を上げると地竜の姿はなかった。魔力は霧散しきったようだった。
ただ、代わりに白黒の狐の仮面を付けた小柄な人物が立っていた。
「誰だ」
青のジーンズに明らかにサイズ違いの白いパーカー。男か女かもわからない。玲菜という例が身近にあるため、隆也は彼もしくは彼女を子供とは断定しなかった。
「あれを霧散させるなんて、さすが月永。ご苦労様」
声変わり前の少年のような声。
「マスターのも弱点を残すなんて、こだわりが強いよね」
マスター、その人物が地竜を作ったらしい。
少なくとも目の前の少年(?)は作ってはいないらしい。
「お前は誰だ」
オリバーは言った。『ゲーベルの企みを阻止したくば行け』と。この言の通り、首謀者がゲーベルなる人物で、それが目の前の少年ならば話は早かった。
ここで決着をつければ、優里菜は後で捜せばいい。
隆也はそう思ったのだが、問われた少年は少し何かを考えて言った。
「……そうだね。アラン、とでも呼んでよ」
「ゲーベルじゃ、ないんだな」
「あれは妹さんと一緒に屋上だよ」
アランは人差し指で上を差す。
「アラン、邪魔をする気か?」
隆也は訊く。アランからは戦意を感じなかった。けれど、隆也が出口を目指せる雰囲気もなかった。
「うん、まだ少し早いからね。時間になったら通してあげる」
時間が来れば通ってもいいとアランは言う。逆に言えば、その時が来るまで通す気はないということ。
「安心してよ。扉が開いたところで死ぬわけじゃないからさ」
『扉を開く』。何の扉かはわからないが、優里菜を使って何をしようとしているか、アランが知っていることを隆也は知った。
「俺にそれを信じろと?」
天宿を破壊され、家族を傷つけられ、妹を拉致された隆也にとって、敵の言葉など聞く耳を持たないに等しかった。
ずっと我慢し、表には出さずにいた。ここまで来たメンバーで一番腸が煮えくり返っているのは隆也だった。大樹がわかりやすく感情的になってくれたおかげで冷静を保てていただけだ。
そこにお調子者を装いながら軽く扱われては、癪に障るというもの。
アランの言葉は、抑えていた火を風で煽る行為そのものだった。
「信じてくれると、戦わなくて助かるんだけど……そうはいかないよ、ね!」
体に天力を纏い、重力のグローブで包んだ隆也の右手がアランの狐の仮面を砕きにかかった。アランは後退してこれを避けるが、隆也はすかさず左のストレート。想像していなかった肉弾戦にアランは飛び退いて、距離を取る。寸前で仮面は割れなかったが、隆也はなおも距離を詰めにかかった。アランは隆也のタイミングに合わせて、右のつま先で床をトンと鳴らすと床から生えるように隆也とアランの間に岩壁が作られた。
隆也はこれを躊躇なく右手で叩き砕く。
岩壁が崩れ、開いた壁の向こうにアランの姿がなかった。
そこに"トン"と再び床をつま先で叩く音が右耳に届く。
アランは隆也の視界を奪った数秒でさらに距離をとっていた。
隆也は石床に注意を向ける。今砕いた壁のように床から攻撃が来るなら、前後左右どこから攻撃が来てもおかしくはなかった。
しかしその気配がない。
「ーー?」
フェイクかとアランを見ると、アランは「上、上」と右の人差し指で天井を差しながら上下させている。
隆也はその指に倣って天井を見上げていった時、隆也の体の前に大きな一本の岩柱が落下した。
「っ!?」
隆也は飛び退いて、今いた場所から走り離れる。
今落ちてきた隆也の身長ほどの岩柱は石床に突き刺さった。それが何十本と見上げた天井に生えていた。
隆也を追うように岩柱が落ち、またアランとの距離を詰めさせないように先回りもして落ちてくる。
「天術・じゃなかった、魔術・岩柱落とし〜ってね」
床に突き刺さった岩柱の隙間から見える狐の仮面が小気味よく笑っているようだ。
隆也は天井から落ちてくる岩柱を避けながら、アランを分析する。
アランの能力は岩。もしくは隆也の父・隆平のように大地。大地は、土や砂だけはなく岩石類も能力の内の一つにあたる。今この部屋が石造りだから岩石系を主として攻めてきているかもしれない。アランは魔術師だ。岩石以外の術があっても不思議はない。天子と違い、術の属性が一つに縛られないのが魔術師の利点。さらにアランの技量も相当に高い。術の発動に床を足で叩く鍵はあるが、この魔術に詠唱を行っていない。元々この場所に仕掛を施していた可能性もあるが、それなら隆也は罠の中に飛び込んでしまったことになる。
隆也が考えを巡らせている間に天井にあった岩柱が全て落ち、アランとの間に岩の格子が障害物として出来上がっていた。
この格子を飛び越えるか、迂回するか、もしくは破壊するか。
隆也が三択していると格子の向こう側からアランの声が届く。
「君は重力を操作できるみたいだけど、まだまだだね。重力を味方にできるのは君だけじゃないんだよ」
そして再び"トン"という石床を叩く音。
隆也の意識は上方に向かう。『重力を味方につけた攻撃』がくると思ったからだ。けれど今度のアランの術は床から伸びる岩の鉄槌。岩の格子の向こう側から岩の格子を破壊しながら延々と進む石槌だった。
岩の格子を壊す音で攻撃の方向に気づく。隆也はすぐに両手で重力の壁を張る。
ーー天術・重力壁ーー
石槌と隆也の壁が衝突する。隆也はアランの石槌の勢いを止められず、重力壁ごと押し返された。石槌は伸びる力が強く、受け流すにしても上手くやらなければその勢いに轢かれそうだった。
後方の壁との距離を測るために、重力壁を維持しながら後ろに視線をやる。
一瞬にして肝が冷えた。
今対峙しているものと同じ石槌が後ろから迫ってきた。
隆也はとっさに上に跳んだ。憂慮していた通り、前の石槌の勢いに轢かれ空中でバランスを崩す。
障害がなくなった石槌はもう一つの石槌と衝突し、砕け散っていく。細かな破片が四方八方に飛び散り、礫となって空中にいる隆也を襲う。
空中の隆也にできたのは天力で身体を纏って防御力を上げることのみ。礫を避けることも防ぐことも叶わず、体を丸め、甘んじて礫をその身に受けた。この状態では受け身も難しく、無様に床に転がる。全身に打撲の痛みが走った。
「重力を操れるのに自然の重力でダメージを受けるなんて、ダメダメだねえ。それでも月永かい?」
残った岩柱の上からアランが転がった隆也を見下ろす。その声には少なからず失望の色が混じっていた。
「その程度ならゲーベルのところに行っても死ぬだけだ。ここで大人しくしてなよ」
地竜を倒したことは称賛に値する。しかしそれは、月永故の天力量と僅かな観察眼。戦い方には知恵も工夫もなかった。対地竜戦でそれが見れなかったのは地竜自体が小手先の技が通用しない竜鱗を持っていたからだと思った。でも違ったようだ。力押ししかできないのかと、アランは残念に思った。
忠告とも取れるアランの言葉。実際その通りなのかもしれないと隆也は思う。けれど止まるわけには行かない。
隆也は付いた汚れを払うことはせず、しっかりと力を入れて立ち上がる。
「冗談。妹を諦めるなんてできるわけ無いだろ。兄貴だぜ」
痛みで冷静さが戻っていた。
ーーかつて、隆也の友は言った。弟は分身みたいなものだと。弟が考えていることはわかるし、弟も自分の考えていることがわかると言う。大袈裟だと思った。でも、二人のケンカを見たことはなかった。金魚のフンのようについてまわる弟を煩わしく思ってもおらず、そこにいることが当然のようだった。その仲睦まじさは、友が言ったことが本当のことに思えた。隆也にも優里菜という妹がいた。ずっと入院していて、交わした言葉も少ない。友のように妹を分身のように思うことはできなかった。隆也にとって、妹は守るものだったから。だから訊いてみた『守らなくていいのか』と。そうしたら、う~んと腕を組んで首を右へ左へ揺らした後、言葉を捻り出して友は言った。『兄弟は支え合うものだろう? 俺だってあいつに守られて、支えられてるぞ』と。意味がわからなかった。隆也は妹に守ってもらうことも、支えてもらうこともなかったから。そればかりか両親を奪われた感覚さえ、かつてはあった。だから、友が言ったことを理解した時は、手遅れになりそうだった。
だから、今度は『俺が救う番だ』と、誓ってきたのだ。
隆也は怒りを抑え、目的に標準を定めた。
「別に死にはしないって」
先程までとは違う顔つきにやれやれと溜息をつく。
(最初からそれだったら最初から違ったのに)
アランはコツンと石床をつま先で叩く。
「まあそれでも」
隆也を中心に魔術を展開する。アランはマスターの命令に逆らうことはできない。
隆也を中心とした円上に、隆也に矛先が向いた石槍が三百六十度。天井には先程よりも広い範囲に石槍が敷き詰められている。
「進むならこれを突破してみせてよ」
刻限まで、後ほんの少し。
だからもう少しだけ、隆也の真価を見極めるのも悪くはない。




