第十八話 戦う相手
広輝たちが城の内部へ入ると、絢爛とは程遠い無骨な石畳のホールが広がっていた。中央から二階に続く大きな階段にホールを囲うようにギャラリーが設けられている。
燭台に火が灯され、外とは違って視界は良好。
なので、階段の上で待ち受けるオリバーがはっきり見えた。
「オリバー・エクスフォード」
オリバーの名を、広輝は自然と口にしていた。オリバーはサングラスをしていない。最初から本気だ。
オリバーはニヤリと口元を緩めると、一息に階段を飛び越え、一階に着地する。
立ち上がり、親指で後ろを指し示した。
「二階の左右の扉、片方が地下に続き、片方が屋上に続いている。そのどちらかにウンディーネがいる」
隆也が左の扉を、大樹が右の扉を見据えた。
「ゲーベルの企みを阻止したくば行け。刻限は一時間後だ。そしてーー」
大剣を抜剣する。
「俺たちの邪魔をするな」
闘気の爆発と共に纏う雷。空気を、城を震わせ、伝播した空気が広輝たちを叩いた。
そのオリバーから、広輝は視線を逸らさない。
隆也と大樹は顔を見合わせ、頷きあうと、広輝とオリバーの横を走り抜け、階段を駆け上がった。隆也が左の扉に、大樹が右の扉へ。
二人が広輝を振り返ることはなく、広輝も二人を見送ることはしない。
二つの扉が閉まると、広輝はゆっくりと太刀を抜き、風を纏う。
「疾きこと疾風の如く」
ーー天術・疾風ーー
攻撃と防御重視ではなく、疾さ重視の疾風を。
嵐はオリバーに通用しない。[エクスフォード]のオリバーに天力量で勝負しても勝ち目はない。体力勝負も良くて五分五分、ジリ貧の泥仕合になるだけだった。
故にこの選択を取る。力の収束を。只々収束を。星永の、久下広輝の真髄こそ収束の剣。
防御を捨てる諸刃の剣なれど、広輝がオリバーに打ち勝つ唯一の光明。
一撃一撃が重傷になるであろう雷鬼の攻撃。その恐怖に打ち克ち、勝機を掴む。
「――迅さ、故に迅雷――」
ーー天術・迅雷ーー
オリバーも雷を身に纏う。玲菜らに見せた雷霆ではなく、広輝と鍔迫り合いの戦いを演じた迅雷を。
それは皮肉にも広輝と同じ速度重視の天術。広輝の嵐がオリバーにとっての雷霆ならば、広輝の疾風はオリバーの迅雷だった。
「行くぞ! 久下広輝!!」
オリバーは目の前の少年が、なぜ[堕天子]と呼ばれ続けるのかを知り、それが忌み名だけではないことを感喜することになる。
***
隆也が開けた扉の先には、ホールと同じような石畳と火が灯された燭台が遠く先の突き当りまで続いていた。
左には外の森を覗く窓が一定間隔にあり、右側にも扉がたくさんあった。左の扉を通った隆也は一つ一つ扉を開け放ち、階段がないか探していく。隠し階段ならば後から探す。扉を開け続ける中で、こっちが外れかもしれないと思い始める。いずれの部屋も埃っぽいのだ。人が使用しているとは思えない。しかし数多くある内の数部屋。ただ使っていない可能性も捨てきれなかった。廊下を半分以上進んだところで、突き当りが右に折れていることに気づく。隆也は扉を開けるのを止めて、廊下を突き進み、突き当りを右に曲がると、その先に下に続く階段が廊下の向こうに見えた。隆也はその螺旋階段を一気に降りていく。その長さは地下一階どころではなさそうだった。
本格的に目が回りそうになってきたところで、螺旋階段が突然終わり、オリバーが通るには狭そうな扉が一つ現れる。
隆也は息を整えてから、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けていった。扉の向こうは暗い。廊下やここまでの階段のように燭台に光が灯されているようなことはなさそうだ。音の反響から中の部屋がとてつもなく大きなことが分かった。隆也が中に入り、ドアノブから手を話した時、それは発動した。
扉が急に閉まり、丁寧にも鍵まで締まる。二つの閉まった音が暗い部屋の中で反響する。続いて、反対側の豪勢な扉から左右に広がるように壁に設置された燭台に火が灯されていく。それは隆也が入ってきた扉の真上まで続いた。床に明かりが次々と灯される中、城門前と同じように浅黄色の巨大な魔法陣が展開する。隆也は明かりが灯されたことでこの部屋を把握する。テニスコート三面ほどの広さに、五メートルはありそうな天井。この空間に翼のない竜、地竜を型どった魔導人形が召喚された。犀を強化したのような鋭利で頑強な角、子鹿を丸呑みしそうな口と鋭く並ぶ牙、巨躯を支える大樹のように太い四本の脚に、地を掴み敵を切り裂く爪、巨大な体にしては短いが太い尾、そして深紫色に鈍く輝く竜鱗が全身を包む。
地竜の黄色の眼が隆也を捉えると、隆也に向かって威嚇の咆哮を上げた。
隆也は身をかがめるように、両耳を塞ぐ。地を鳴らし、床が飛び跳ね、城全体をも揺らすような、大咆哮。鼓膜が破れそうだ。
咆哮が終わらないと、隆也は身動きが取れない。地竜に圧倒されながら、こちらが外れだと確信する。身を守る為に凶暴なガーディアンは置かない。戦いに巻き込まれるかも知れないから。
歯を噛み締め、咆哮の大音波を受けながら、地竜を観察する。オーソドックスに角、牙、爪の攻撃は受けてはならない。一撃で致命傷になりかねない。それと竜鱗。仰々しく鈍り輝いているが、見た目通りの強固さかどうか。攻撃が通らなければ終わりだ。生き物なら目を狙うか、内から外へ攻撃すれば良さそうだが。
「……その巨体なら」
隆也は戦略よりも時間を優先した。
「加重結界ーー」
地竜の巨体が床に伏せる。
「ーー最大出力!」
(頼むぞ、大樹。すぐにそっちに行くからな)
オリバーが言ったゲーベルなる魔術師に最初に対峙することになるだろう大樹に託す。
手遅れになる前に優里菜を助けてくれと。
***
距離感を失いそうな長い廊下を走る。ひたすら走る。大切な人を救うために。
もう誰もいない。未熟を助けてくれる人はいない。一樹も隆也も、親族も、大人の天子も、広輝も。自分一人だ。
しかしこれは託された証。
他に誰もいなかったから。ただの消去法かも知れない。いや、消去法に違いない。心技体全て未熟。そんな自分に出番が回ってくるなんてそれしかありえない。
それでも初めて任された一人での戦いの場。
・・・
「お前が優里菜を助け出せ」
それは城門を突破し、場内に入る前。
広輝が初めて自分から大樹に話しかけた。
「お、俺が? 隆也さんじゃないのか?」
広輝はオリバーを相手にする予定だ。優里菜の救出どころではない。そうなると残るのは隆也と大樹だけだが、大樹はそこに自分の出番はないと思っていた。
「作戦はこうだ」
広輝は大樹の戸惑いをよそに作戦を告げた。
「開口一番にお前が優里菜を助けようと敵に突っ込んで、速攻でやられる」
「おい」
まさか広輝が優里菜を助ける大役を任せてくれるとは思っておらず、内心広輝を見直して、どんな作戦かと一瞬でも心躍らせたのにこの仕打ち。その時を返してほしいと思った。大樹には只の木偶人形としてさっさと退場しろと言っているようにしか聞こえなかった。憤慨を顔に書いたような顔の大樹に広輝は「最後まで聞け」と言う。
「重要なのが呆気なくやられる振りをすること。拘束する必要すらないと思わせるんだ。それで敵の視界からお前が消える」
(なるほど)
広輝と大樹のやりとりを黙ってみていた隆也。大樹を敵に映らなくしたことで広輝の作戦を理解した。自分にかなりの負担が来ることも。
「その後は隆也さんが善戦して敵の戦力を集めます。重要なのは敵の意識を隆也さん一人に集中させること」
広輝は廃工場や天宿、そして城門前に現れた魔導人形たちとその親玉を隆也一人で相手をしろという。魔導人形の製作者だろう魔術師が傍に置く人形がどれほど強いか想像に難くない。隆也は無茶を言うと思いながらも反対はしなかった。
「敵の意識が隆也さんに集中したところで、お前が優里菜を助けに行け」
明確な脅威が目の前にある時、動かなくなった人間に意識を向ける余裕はなくなる。まして障害にも邪魔にもならない存在は目に映らなくなる。隆也が敵から脅威になればなるほど大樹は認識から外れる。そうなったら大樹は透明人間も同然。敵が隆也に集中している間に大樹が敵の視界からも外れ、こっそりと優里菜を救出するというのが広輝の作戦だった。
「その後は優里菜共々この一帯から離脱できれば任務完了だ」
「敵を倒さなくていいいのかよ」
優里菜の救出にあたって、今分かっている障害は、オリバーとその雇い主、そして雇い主の魔導人形だ。確かにこれらを倒さなければ優里菜を救出したところで鳴上支部の二の舞になる可能性がある。
しかしながら敵の排除は、今回の作戦の一つの手段であって目的ではない。
「第一目標は優里菜を救出すること。落とし前をつけるのは二の次だ」
優里菜を攫った犯人のアジトが判明した今、戦力を集めてから仕切り直しても遅くはない。天守さえ決断すれば[紅]に出動要請もできる。それでもオリバーだけはこの場で何とかしておかなけれれば、脱出にも支障をきたすが。
「了解だ。だけど大樹一人になったらどうさせる?」
隆也は広輝の作戦内容から、広輝が自分を戦力として数えていると分かった。作戦もだいたいの方針を示すだけなので、後はその場での判断に任せられている。これは大樹よりも天位の高い隆也がやることだ。しかし大樹一人となったら……隆也や広輝との合流を待つか、策を持たせて一人で行かすのか。
広輝は顎に手を当てて状況を考える。大樹が一人になる可能性を。
隆也は途中で大樹とはぐれた場合を想定して言ったのだが、広輝の思考は隆也の意図とずれる。
大樹が一人になる一番最悪のパターンは隆也がやられ、広輝もオリバーに倒され、一樹たちの応援をも望めない状況。大樹が広輝だったら撤退の一択だが、オリバーがいるかもしれない。そうなると逃げられない。
ならば、やることは一つしか無い。悪足掻きだ。
「死ぬ気で力を解放しろ。心を燃やせ。何が何でも優里菜を救うのだと。ただ攻撃する時は力を集中させろ。オレにやったようにな」
きっと優里菜や倒れた隆也を前にして「逃げろ」と言っても聞き入れはしないだろう。そのつもりで広輝は言ったのだが、結論に至る過程を言わないので策というよりも只の気合、精神論にしか聞こえなかった。
「……」
「お前の天力量ならそれなりのものになるはずだ」
只の根性論に大樹も閉口し、広輝は気休めにもならないようなことを言う。それなりのものになったところで何だというのだ。大樹の目が言っている。
「作戦?」
隆也は自分の質問の意図とずれたので、もう一度聞いてみた。作戦じゃないぞと。
隆也の聞き返しに、広輝も隆也の質問になっていないのかと思い返し、『大樹が一人になった』状況を考える。そこで黒幕に遭遇する前に大樹が一人になった場合に考え至る。が、
「すみません。オレには大樹だけで作戦を立てられる能がありません」
つまり合流しろと。隆也も同意見なので、なにか皮肉の隠った言い回しに思うところあれど、理解した。しかしなぜ広輝は大樹にあたりがきついのか。
「……それでダメだったら?」
大樹は広輝を頼りにしている訳ではなく、広輝だったら広輝の指示通りに動いてダメだった時の別案を用意してそうだったから聞いてみただけだ。決して妙案を期待したわけではない。声色に不安が混じっていてもそれはない。無いったら無い。
そんな軽い気持ちで聞いてみた大樹に対して、広輝の言葉は短くて苛辣だった。
「死ね」
たった二文字の単語が大樹に突き刺さる。緩みそうになった心に釘を打たれたみたいだった。
「守りたいものも守れず、助けたいもの助けられず、力不足と親を悲嘆に暮れさせることを後悔しながら無様に死んでいけ」
戦場を、修羅場を潜り抜けたことのない大樹にはあまりに辛辣で、返す言葉も浮かばずに固まってしまった。
戦いに臨む心構え、もしくは覚悟の違いが歴然と現れた瞬間かもしれない。
「自分で掴み取った……自分で決めた覚悟だろう。最後まで貫き通してみせろ」
広輝は大樹に背を向け、重厚な扉へ向かう。城への入り口だった。
優里菜を助けられなかったら死ぬ。何もできなかったら死ぬ。味方から突き付けられた死に、心と身体が固まってしまっていた。離れていく広輝を追うための一歩が前に出ない。さっきまでどうやって脚を踏み出していたかわからなくなってしまった。
だけど、そんな大樹の背中を隆也が叩く。
「しっかりしろ。救うんだろ」
見上げた隆也の顔は真剣そのもの。
いつもの兄貴分のように『守ってやる』でも『付いて来い』でもない。メッセージは『共に』。
いつも追いかけるばかりの人からのその言葉は大樹の心を解きほぐし、熱くしていった。
(ーーそうだ。俺は救うんだ)
死に塗りつぶされそうになった目的を思い出して奮起する。
「はい!」
死の恐怖を乗り越えたわけではない。死と隣り合わせなことを忘れたわけではない。それでも立ち向かわければならないことを思い出しただけだ。
それは今の大樹にとって一番重要なことだった。
広輝は大樹の立ち直りを待っていたかのように、大樹の隆也への返事を聞いてから重厚な扉を押し開けた。
・・・
(なんて奴、なんて奴、なんて奴!!)
頑張れとか幸運を祈るとか百歩譲って前向きなことは言わなかったとしても大樹はきっと何とも思わなかっただろうが、まさかの『死ね』と来た。
勢いそのままに廊下の突き当りにあった階段を駆け上がった。
足を踏み外したらとか、滑らせたらとか一切気にせずに。
各階は気にしない。オリバーは地下か屋上と言った。ならば上に上がるのなら屋上に優里菜がいる。
大樹は敵の言葉を疑わずに真っ直ぐに突き進んだ。
階段を上りきった先には鉄扉があった。大樹がその扉を勢いよく開けると、この城の屋上に出た。
月明かりのない今日の明るさでは周辺の様子はよくわからない。
ただ、大きな扉の両脇に吊るされた燭台によってこの屋上に神殿チックな建物を見つけた。
大樹は迷うことなくその扉に向かう。扉を一気に開け放とうとしたが、思っている以上の重さに一瞬戸惑うもそのまま腕に力を込め、徐々に開けていった。
大樹が目にしたのは、だだっ広い空間の真ん中に小柄な老人と床に張り巡らされた水の路。水路の水が碧色に淡く光り、幻想的な空間を醸し出す。
「なんじゃ貴様は」
小柄な老人ーーゲーベルーーが扉の音に振り返り、オリバーではない予定になかった害客を視認する。
ゲーベルからすると、どこの誰とも知れない子供。[雷鬼]オリバー・エクスフォードが突破されるかもしれない可能性は考慮しても、心はそんなこと露とも思っていない。ましてこんな子供がオリバーを突破できるわけがないと。
ゲーベルの頭の中で最悪の想定への対処法が組み立てられていく。
本当に目の前の子供がゲーベルを倒してきたのなら、生半可な魔導人形では敵わない。相応の戦力を当てる必要があった。
その大樹はゲーベルを目にし、戸惑いを覚える。この老人が黒幕なのかと。天宿襲った人形に魔力の痕跡があったことから、オリバーのバックにいるのは魔術師の可能性が高いと、車内で聞いていた。オリバーを従える魔術師がどんな魔術師かと色々想像したが、こんな小柄で、老人の魔術師とは思っていなかった。
大樹を警戒するゲーベルから少しだけ視線をずらすと、石の台座の上に誰かが寝かされていた。
その人が明確に誰かだと分かったわけではない。それでも大樹は状況的に一人しか考えつかず、結論づけた。
「優里菜さんを、返せ!」
右腕に炎を宿し、ホテルで広輝にやったようにその炎を右手に収束させ、ゲーベルに撃ち出した。




