第十六話 決意表明
天宿が襲撃を受けてから三日後の昼過ぎ。
魔術師の結界を潜り抜けて優里菜を救出する実働部隊が準備を整え、ホテルの会議室に集まっていた。
潜入部隊は十二人。
紫:櫻守一樹
朱:無
蒼:永倉孝、永倉淳、永倉昇、永江司、賀陽当真、安藤紫鶴、久下広輝
翠:原村歩、陽森七重、月永隆也、永江満
残りは予備戦力、通信・連絡役として後方支援することになった。
ここから城近くの街まで車で三時間ほど。車で行けるところまで移動し、日暮れと同時に結界内に侵入。夜闇に紛れて人形たちとの接触を防ぐ算段だ。魔術師の結界も幸いにして人払いの結界のようで、人に「こっちには行かないようにしよう」と少しの危険を思わせる程度の結界だった。この類いの結界だった為、麻美子たちも城を確認でき、人形たちに襲われることもなかった。もしも侵入を防ぐ壁のような結界だったり、侵入者を探知する結界であれば、もっと人数と綿密な作戦が必要になるはずだ。
一樹からの簡単な伝達が終わり、会議室から出ようとした時、外から扉が開け放たれた。
そこには思いつめた様子の少年が一人。歯を食いしばって、両手を震えるほど握りしめている。
「大樹?」
一樹が声をかける。
大樹は何も話そうとしなかったが、何かを悔やみ、枕を濡らしていたのを一樹は知っていた。報告を聞く限り、幸いにして大樹はオリバーと戦ってはいない。人形に負けたからだろうか。一樹は大樹が、ただ好きな人を攫われたのなら怒りで憤慨しているはずだと思った。しかし、大樹はまるで己の無力さに打ち拉がれたようだった。
その大樹が何を言い出すかは見当がついた。到底許可するわけにはいかないが。
大樹は握りしめた拳を無理矢理開いて、深く息をつく。ゆっくり膝を折り、両手を床につけて、額を床に押し付けた。
「俺も連れて行ってください」
大樹が、少年ができる精一杯の懇願だった。これ以上の方法を大樹は持ち得ていなかった。
大樹はあの時、物陰に身を潜めていた。オリバーの恐ろしさを目の当たりにして、腰が引けてしまっていた。恐怖で全身が震え、失禁してしまいそうなくらいに。優里菜と隆也が倒れ、広輝が倒れ、玲菜たちは天宿とともに沈んだ。倒れた広輝が何故か立ち上がって、力を振り絞って戦っている時も、声を殺して涙を溜めながら。優里菜が本当に連れ去られてしまうと後がなくなった時、ようやく一歩が出た。がむしゃらだった。何をされたか分からず気づいたら病院のベッドの上だった。
ーーなんて無様!
何もできなかったことよりも、何もしようとしなかった自分を恥じた。恐怖に震え、好きな人を守ることをしなかった自分が憎んだ。[堕天子]なんていう悪名を引っさげて転属してきて、優里菜のパートナーとなった気に食わない天子が必死に怨敵に立ち向かっているというのに、自分は見ているだけ。ガタガタと震える体を抑えることもできずに皆がやられていくのを見ているだけ。自分を殺したくて殺したくてたまらなかった。一樹が隊長となって優里菜を助けに行くらしいが、当然のごとく自分は呼ばれない。呼ばれたところで、また影に隠れて足手まといになるだけだ。納得してしまう自分が悔しかった。慚愧に堪えなかった。そうやって羞恥と後悔で枕を濡らし、いくつものタオルを濡らした後、大樹は弱い自分と決別すると決めた。恐怖はある。力が足りないことも理解している。それでもこんな思いをするくらいなら死んだほうがマシだと。
問題はどうやって一樹の部隊に加わるかだった。足りない頭で考えたけれど、土下座しか思い浮かばなかった。
しかし、当然の帰結とばかりに却下される。
「無理だ。白を参加させられる戦場ではない」
大樹は食らいつく。
「実力不足は重々承知しています。だけど、だけど影に隠れて何もしないでに、何もできなかったって後悔するのはもう嫌だ」
声を身を震わせながらも紡ぐ言葉に強い意思を感じる。一樹は大樹が一皮むけそうだと思った。これなら部隊に入れて一番安全なところで経験を積ませても良いと。今は危険から遠ざけるよりも背中を押す時ではないかと。
しかしながら、隊長の独断で足手まといには変わりない者を加入させては、信頼関係に傷を生みかねない。生みかねないので、一番反対しそうな男を利用する。
「……広輝」
呼ばれた広輝は一瞬顔を引き攣らせ、冷静を思い出す。
「…………隊長は一樹さんですよ」
これは隊長の決定には逆らわないという、広輝の意思表示だ。大樹を加入させようと文句は言いませんよ、という。ただ、自分は歓迎しないので、積極的に面倒は見ないという固い意思も含まれていた。
「お前が一人でオリバーを引き受けると啖呵切ったからこそ発足され、集まった隊だ。お前の意見を聞いても罰は当たるまい」
一樹はあくまでも意見を求めた。大樹を入れることに不満を持つのは広輝だけではない。不満を吐き出させておく必要があったから。
広輝は一樹が引きそうにないことを察すると、観念して小さくため息をつく。
「一樹さんには失礼ですが、歯に衣着せぬ言い方をさせて頂くと」
「構わん」
一樹としてはある意味それは好都合。ある意味、大樹に自分の現在地を理解させる機会になると思った。
許可をもらった広輝は容赦なく反対意見を述べる。尤も、一樹の許可がなくとも言葉の剣を振り下ろすつもりではいたが。
「邪魔」
(辛辣う!)
陽本派で救出部隊の一人、原村歩が楽しそうに様子を見守る。玲菜ほど背は低くないが、小柄で他のサイズは子供と遜色ない。アマチュアでマンガを描いていて、この事件は格好の題材になると思い、取材を兼ねて隊に参加していた。
他の天子は頷く者もいれば、苦笑いする者もいた。
「気が進まない指示に躊躇して、気に入らない指示には最悪抗議してきて時間を浪費しそう」
無為に時間を使ってしまうと損害を受けてしまう。
「思いが強いことは結構ですが、隆也さんみたいに冷静でいてほしいですね」
目的への思いが強いことは悪いことではない。苦しい時の活力になる。しかし、感情的に動けば隊を乱す。
「そもそも実力不足の足手まといをフォローする余裕なんて無いので、個人的には不要です」
自分たちですら生死を分けるかも知れない戦いに、未熟者がいたら余計に危険が増す。
広輝は大多数が嫌な奴と思うくらいに、抑揚なく淡々と未熟者を連れて行くデメリットを言い連ねた。
(意外とねちっこい?)
歩は広輝に対する印象と乖離を覚える。
感情なく機械のように物事を冷静に処理する子だと思っていた。その印象は年齢とかけ離れたものではあったが、凄惨な経験をすれば人は変わる。大人も子供も関係ない。だから感情を失った子だと思っていたが、どうやら違うようだ。
そのねちっこさはともかくとして、言っていることに大樹はぐうの音も出ない。「足手まといにはならない」「全身全霊でやる」これを大樹が言ったとしても、通じる相手ではない。実績のある者が言うから意味を持つ。それは大樹にも分かっている。大樹の今までの行動、その積み重ねは言葉に重みを持たせない。だけど、大樹がこの中で唯一劣らないものがあるとすれば、優里菜を助けたいという思いだけ。
『今代の月永は問題ばかり』
物心ついた頃から周りの大人たちが言っていた。父も母は決してそんなことは言わなかったが、反論もしなかった。当主の娘は、仕来りを破ってどこの馬の骨ともしれない男を夫とした。なぜ当主は結婚を許したのか。生まれてきた子供は、無能力者と貧弱。それ見たことかと反発が強まった。先に不安しか無い。恥ずかしい。暗黒の世代だ。『堕ちた月』。誰も彼もが不満を漏らしていた。隆也は天宿にいるとずっと暗い顔をしていたが、一歩外に出て一緒に遊ぶと本当の兄のように大樹に接した。隆也の妹の優里菜はずっと入院していて、初めて会ったのは小学生一年生の年末だった。優里菜は優里菜で、隆也とは違った様子で口数が少ない。聞かれたことに答えているだけのようだった。人形のように、ちょこんとそこにいるのだ。そして、ゆっくり視線を動かして、周りの人間を観察しているように見えた。ずっと入院していたからか、優里菜はまだ外で遊んではいけないらしい。だから年始には、家の中で遊べるものを用意してみた。大樹も遊び相手がいないと退屈で死にそうだったから。お手玉、かるた、百人一首(坊主めくり)等々。すると優里菜は目を輝かせて「どうやるの?」と聞いてきた。園児でも知っている遊びを優里菜は知らなかった。お手玉を特に気に入ったようだったが、一向に上達しない。けれど失敗を何回繰り返しても、飽きもせずに黙々とやっていた。あまり上達しなかったが。その様子を呆れ笑った隆也も巻き込んで、大人の視線など気にもせずにずっと遊んでいた。それからは、恒例行事の度に隆也も巻き込んで三人で過ごすようになった。中学に上がった隆也は天宿にすら顔を出さなくなったが、優里菜とは遊んでいた。
そして、気づいたら優里菜を好きになっていた。楽しそうなことに目を輝かせて時に自爆するところも、優しく他人に合わせそうに見えて頑固な一面も、意地悪な大人たちの中でも時折見せてくれるその笑顔が、好きになった。
だから、腹に一物ありそうな大人じゃなく、自分の手で助けたかった。死んでも助けたかった。
もう、逃げないから。
「俺は、俺は死んでも優里菜さんを助けたい!」
それが、大樹の心からの叫びだった。ごくごくありふれた決意の声明文。そこに一切の偽りはなかっただろう。
しかし、その一言は広輝の地雷を踏んだ。
「はあ?」
今まで淡々と意見を言うだけだった広輝が、突如として感情を露わにした。
「ふざけるのも大概にしろよ、お前」
明確な怒りが大樹に向けられた。広輝の怒りのプレッシャーが大樹に降りかかる。
広輝は大樹に出会ってから一度も見向きもしなかった。最低限の会話こそすれど、大樹にベクトルを向けることはなかった。それはかつての自分を見ているようだったから。同族嫌悪や自己嫌悪が合わさったような感じに腹が立ちそうだったから。加えて、そんな奴の名前が寄りにも寄っての名前だったから呼びたくなかったのだ。
愚かだった頃の、かつての光景が広輝の脳裏に蘇る。
『済まない』
ーー殺しを覚悟した者ーー
『泣いている顔なんて、見たくない』
ーー死を悟った者ーー
『赦さない、絶対に赦さない!』
ーー遺された者ーー
"死"が何を運んでくるのか、何を齎すのか、広輝はよく知っていた。
だからこそ許せなかった。死ぬ覚悟をしたことではなく、死を押し付けようとしていることが。
突然の広輝の激昂に大人たちも押し黙る。
声こそ荒げていないが、今までにない理性よりも感情を優先させた広輝の本気を感じ取れた。
「ふざけてない!」
広輝のプレッシャーを振り払うように顔を上げる。こいつに俺の何がわかると言わんばかりに。
けれど、その意気もすぐに引っ込んだ。広輝の怒りの表情に息を飲む。
「…………この隊の隊長は誰だ。言ってみろ」
「父ちゃ……櫻守一樹さんだ」
広輝は大樹に目線を合わせることなく、立ったまま高圧的に問う。寄り添うところがどこにもないから。
大樹は広輝から視線をそらすことなく、まっすぐに答える。怯んでいる場合ではないと直感していた。
一樹も隆也も様子を伺うだけで広輝を止めない。いや、話に割り込む隙がなかった。
「隊員の死は誰の責任だ、言ってみろ」
「!」
大樹は広輝の言いたいことの一つを理解し、広輝が何に怒っているのかも理解した。
大樹もこの問いの答えは分かっている。分かってはいるが、自分の言葉との整合性をとるなら、間違った答えを言う必要があった。正解を言えば自分の愚かさが露呈し、間違いを言えば未熟と見なされ、わざと間違ったと知られれば誠実ではないと言われる。
大樹は答えに詰まり、迷った挙げ句に整合を優先しようとしたが、
「……た、たい」
「そうだ。隊長の責任だ」
広輝がどちらも言わせなかった。
大樹の威勢もなくなる。今にも顔を伏せてしまいそうな所に広輝がさらに追い込む。
「優里菜が助かった後、お前が死んでいたらあいつ、何を思う?」
「…………」
大樹は何も言えなくなった。すぐに想像できたからだ。
「自分のせいだと思い込む」
「っ……」
広輝にとってこれは推測ではない。断言だった。なぜなら広輝自身が今だってそう思っているから。あれの一から十まで自分のせいだと。自分が犠牲になれば良かったと。
犠牲の上に生きる者は、その犠牲を思い偲んで生きていく。
「我が侭を押し通したが為に、お前が死んだらお前の父親が責任を取って、優里菜はお前の自己満足に苦しむんだ」
たった十五の少年の言葉にしては、上辺だけではない重さと説得力があった。
広輝の理屈や理性だけではない言葉が大樹の心に突き刺さる。
「…………」
大樹は再び顔を伏せてしまった。
「よく考えて言葉を選べ」
広輝は大樹に忠告を残す。言うことは全部言ったつもりだ。後は隊長の一樹が決めること。
「広輝、特大ブーメランじゃない?」
紫鶴が一番の死地に向かう広輝を皮肉る。
「一緒にしないでください。確かにオリバーに勝てないかも知れませんが、生き残る算段はちゃんとあるので」
広輝はそんなことないと、死ぬつもりはないと言ってのける。決して無謀を冒して、蛮勇で立ち向かうわけではないと。
それができるのは力があるから。歴とした実力があるから。色が蒼という証明があるから。
大樹と広輝の歳は一つしか違わない。一つしか違わず、陽本派にもかかわらず、広輝は選ばれている。
大樹は歴然とした差を痛感した。今はその差が悔しくてたまらなかった。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ…………また逃げた後悔を抱えてろっていうのかよ」
弱い自分とも決別できず、好きな人も助けに行くことができない。
「お前が選ばれなければな。少なくともお前を連れて行く理由がない」
広輝がさらに突き放す。しかしながら、大樹が気づいていたかは分からないが、広輝は「邪魔だ」とか「不要」とは言うが、決して「一緒に来れない」とは言っていなかった。広輝は決して一隊員としての領分を越えようとはしなかった。大樹が来るも来ないも、一樹次第、だったから。
「そう言うなよ。猫の手も借りたいくらい人手不足だ」
広輝が残した通り道に、隆也が大樹に助け舟を出す。
広輝はあくまで反対派。その道を残したからと言って、来る者を歓迎するわけではない。人手不足だからといって下手に増やせば逆に手を取られる。
だから隆也の言葉に同意はしない。けれど隆也にはそれで十分だった。
「……大人猫の手は借りたいですけど、仔猫の手なんて要りませんよ」
隆也がニヤリと笑う。その言葉が欲しかったといわんばかりに。
「だそうだ、大樹」
詰まる所、来るなら一人前の仕事をしろ、隊に入るなら一人前の仕事ができる証拠を出せ。ということだ。
風向きが変わったと全員が思った。同時に広輝には嫌な予感がよぎって隆也と一樹を交互に見る。
「ちょっと隆也さん? 一樹さん?」
なにか含んでいる笑みを浮かべている。それは二人だけではなかった。隊の天子が皆一様に同じような笑みを浮かべている。
急に背中が暖かくなる。暖房の生温さ、暑さではない。加熱の熱さだ。
振り返ると大樹が立ち上がっていて、上半身に炎を纏っている。
「ーーおっまえ。室内だぞ!」
馬鹿なのか? ホテルを燃やす気か。火災報知器が作動するぞ。たった一言に言いたいことが全部詰まっていた。
「なるほど」
一番早く動いたのが、広輝と同じ風の天子、陽森七重だった。
火災報知器が反応しないように気流を操作し、熱を逃がす。上手に火災報知器を守った。
「ナナちゃんナイス」
歩が両手を叩く。
「いやいや」
この流れは完全に大樹に追い風が吹き、広輝に大樹を試せと言っている。
なんで自分が、と講義する前に紫鶴が外堀を埋め、一瞬で他の天子が同意した。
「私、陽本派だけど広輝と隊長の判断に口挟むつもり無いから」
「同じく」「同じく」「同じく」「同じく」「同じく」「同じく」
「いやいやいや」
冗談ではないと一樹に助けを求めようとしたところで、タイムリミット。
大樹がその拳を振り上げる。
「!」
広輝はその炎の拳を難なく左手で受け止めた。
大樹は必死の形相で力を強めるが、広輝はびくともしない。
「垂れ流しの炎なんて怖くない」
炎が強まったところで広輝には通じはしない。そんなもの妖魔や天子相手には何の意味もなさない。悪霊を払うだけの炎。
「お前は今まで何を教わってきた。何を覚えてきた」
大樹は何かを思い至ったように、拳を広輝から離して二歩下がった。
ある冬の日。マイナスを観測した寒い日でも訓練を休ませてくれなかった一樹が言った言葉。降り積もった雪を手に取りながら言ったあの言葉を思い出す。
『天力を集中させろ。ただの雪玉より押し固めた雪玉の方が硬いように、その炎も強くなる』
大樹の上半身を包んでいた炎が右腕だけになり、右手の拳だけになった。その拳はより熱く、より赤い炎を宿す。
「岳隠のーー星の教えを受けた天子に月と櫻の力を見せてみろ」
「おっらあああああ!!」
「死にさらせ」とでも思ってそうなその気概は決して味方に向けるものではないし、その殺意が乗っていそうな拳も同様だ。
その渾身の拳を広輝は右手で受ける。大樹の拳を握り、左半身を後ろに振って、受け流すように威力を往なした。
大樹は敵を穿つように広輝を睨みつけた。渾身の拳をあっさりと受け止められて、悔しさが滲むその目は、広輝の澄ました顔を映す。
「くっそ……」
右の拳を広輝の手から離して項垂れる。ダメだったか、と。
広輝は自分の右手を軽く握ると、渋々と一樹に所感を述べた。
「……仔猫、ではないんじゃないですかね」
と。
大樹がぱっと顔を上げる。思ってもない言葉だった。
それが意味するところはーー。
「大樹」
「はい」
この隊の隊長であり、父でもある一樹が、一人の天子としての大樹の背中を押す。
「俺たちの指示には必ず従え。いいな」
「はい!」
大樹の決死の行動が一先ずの実を結んだ瞬間だった。
優里菜の救出舞台は月永と陽本に分かれて、駐車場に用意した車に乗車。
八人乗りのワゴンの最後席の二席は荷物置きになっている。紫鶴が運転する車に乗ったのは陽本派の五人。運転席に紫鶴、助手席に賀陽当真、後ろに左から広輝、七重、歩だった。
皆が乗り込むと変な臭いが鼻についた。
「なんか変な臭いしない?」
歩がくんくんと鼻をならす。運転席に座った紫鶴がバックミラーを調節しながら、後ろの二人に一つお願いをする。呆れながら。
「七重さん、歩さん。その子の右手、診てあげてくれませんか」
「「?」」
広輝は右手を左手で隠し、バツが悪そうに外を見る。イタズラがばれた子供のようだった。
「……自分で治します」
「只でさえ少ない天力を使わないの。いちばん大変な戦いをするんだから、少しでも万全でいなさい」
「…………はい」
広輝が観念すると、紫鶴がエンジンをかけ、先に動き出した同じ型のワゴンを追う。
広輝は七重に促されるように右手を差し出す。
「……バカなのか?」
「痛くないの?」
七重が辛辣だ。
広輝の手の平は酷い火傷を負っていた。焼け焦げ、所々ただれている。臭いがしなかったのは広輝が気流を操作していたから。
「……一樹さんには全体の指揮を取り続けてもらわないといけないので」
痛いとは言わないが、つまり痛い。
歩が治癒のじゃまにならない程度に水で冷やして、七重が広輝の手を治癒する。
一部始終を興味なさそうに聞き流していた助手席の当真がぼそっと呟く。
「よくわかったな」
と。
紫鶴は少しだけ解答に迷って、半分嘘をついた。
「ちらっと見えたので」
広輝の手の平は見えなかったけれど、不自然に握り続けているのを見た。
紫鶴はきっと、この一月だけなら一番広輝と一緒にいた。それで分かったのは、広輝が想像以上に年相応の男の子だということだった。




