第十一話 雷炎(中編)
曇天の夕闇に閃光と轟音が同時に迸った。
「「「!?」」」
辺りを白に導いた強烈な雷光と地を揺らす雷鳴。
近すぎる落雷に隆也と優里菜は両手で耳を塞ぎ、顔を伏せて身構える。広輝はベンチから飛び降り、音と光の方を確認しつつ太刀を佩く。
雷は天宿を覆う結界に直撃したようで、結界に微かに電流の走りが確認できた。
そして結界の内側に広範囲の稲光が三度迸る。
「伏せろ!」
とっさに叫び、広輝も身を屈めて風守を展開。
広輝の風守と同時に、天宿に所構わず雷が襲来した。結界内の雷はどこに落ちるかわからない。繰り返す光と音の衝撃が天子たちを恐怖で貫く。
突如顯れた雷は、天宿を貫き、建屋を焼き、物を吹き飛ばし、地を揺らし、奔り渡って、人を下からも襲う。雷が止むほんの数秒の間、天宿の天子たちに狂った雷から逃げられる場所は無いに等しかった。
修練場に雷は落ちなかったが、震動する地面と風守から伝わる振動が雷の苛烈さを物語った。
三人が目を開けると、そこは数瞬前とは別の光景が広がっていた。天宿から火の手が上がり、暗かった視界を赤く染める。天宿が焼ける炎が空を灼き、空気が熱を帯びる。
これが自然現象であるはずがなく、誰がやったかなど明白。
歩く災害[紅]。彼らに匹敵するという広輝の見立ては間違いではなかった。
「隆也さん、優里菜を逃し――!?」
炎の中に影が見えた。一つ二つではない。天宿の人かと思ったがそうではない。影の形が人ではない。炎の中から出てきたのは獣たち。その形は狼や虎、熊など現存する動物から、妖魔のような異形のものまで多種多様。
広輝たちは訓練場の中央に向かって距離を取るが、足が速い獣たちにすぐに囲まれてしまった。
「隆也さんは塀の方を、隙を見て優里菜を連れて逃げてください」
「――了解」
広輝はジャンパーを脱ぎ捨て、指示を出す。
「優里菜は隆也さんをフォローしつつ、自分の身を最優先に考えろ」
「了解です」
広輝は太刀を抜き、思考を切り替える。日常から非日常へ、非日常から戦闘へ。
炎の向こうから戦いの音が聞こえる。広輝たちと同じような状況になっているようだ。中には張本人と戦っている者もいるだろう。
なぜ一目散に広輝たちに攻撃を仕掛けなかったかは不明だが、今やることは一つだった。
「いくぞ」
隆也たちへの掛け声ではなかった。もちろん敵である獣たちへの宣言でもない。自分への合図だった。自然と口から出た言葉を皮切りに、広輝は天力を纏い、太刀に天力を流す。まずは的が大きな獣――大熊――の懐に入り、斬り上げ一閃。
広輝の手に身に覚えのある感覚が残る。妖魔を斬った感触ではない。肉を断つ重みではなく、硬質な木材か石膏を割るような乾いた感触だった。それを証明するように、真っ二つになった大熊が血も流さず、魔力も散らさず、背中から倒れた。
この感覚はあの鬼と同じ。
「こいつら人形だ! 浄化よりぶっ壊した方が早い!」
後方にいる隆也たちに聞こえるように声を張り上げる。広輝は返事を待たずに次の敵を斬る。またも一撃で倒し切る。人形たちが三人を囲んでいた包囲から広輝と隆也たちの二つに分かれ始める。襲いかかってくる前にいる狼と後ろの猛虎。広輝は狼を斬り抜けると反転、牙を剥き出す猛虎に向かって斬撃を飛ばす。
――星月流天剣術・空破斬――
刀に流した天力を斬撃に乗せて飛ばす、天術と剣術の複合技。刀を離れた天力は術者の属性へと変化し、炎なら炎の、水なら水の斬撃になる。
広輝の属性は風。広輝の繰り出した斬撃は風圧ではなく、真空の刃となって猛虎を両断した。
広輝は次々に襲い掛かってくる人形たちの攻撃を躱し、一体ずつ確実にその斬撃で沈めていく。
その斬った人形が二十を超えた時、広輝を呼ぶ声があった。
「広輝くん!」
まだ避難できていなかったかと声の方に視線を向けると見たことない光景があった。
「悪い。中の奴、斬ってくれ」
(なんだ、あれは?)
隆也たちに群がっていた人形のほぼ全てが動きを止めている。中には地面にひれ伏してる人形もある。
広輝は体を回転させ、空破斬を広範囲に放つ。倒すよりも傷つけることに重きを置いた攻撃だった。広輝は一度の跳躍で優里菜の側につく。
「少しの間だけ近づけさせないでくれ」
「はい」
隆也が拘束している人形たちを近くで見ると先程のは印象が変わる。人形たちは止まっているのではなく、身動きが取れなくなっている。まるで上から押さえつけられているように。
「加重結界を解くからタイミング合わせて、なるべく多く斬ってくれ」
「――はい(カジュウ結界?)」
広輝には隆也の能力が何かすぐには分からなかった。それよりも今は身動きが取れなくなっている人形たちの始末が先だ。
広輝は太刀に今までよりも天力を流し込み、天力を収束させる。密度が大きい天力は、より高度の天術の行使を可能とする。
広輝は腰を落とし、切っ先を左後方へ。
「お願いします」
「解くぞ」
隆也が加重結界を解くと人形たちが拘束から解放され、動き始める。
加重結界が解かれた直後、広輝は太刀を横薙ぎ一閃。空破斬と天術の合せ技。
――天術・烈風刃――
突風を起こす天術・烈風を空破斬に乗せた技。空破斬は真空の刃を飛ばす技だが、烈風刃は真空の刃に突風が乗る。
人形たちの多くは広輝の斬撃で上下に両断された。だが、斬撃の範囲を広げたが為に威力が落ちて、中途半端に傷ついただけの人形もあった。そこに斬撃に乗っていた突き刺さるような突風が人形たちを襲う。人形たちは烈風刃の風圧に吹き飛ばされ、遠くの塀や壁に激突して機能を停止させたのだった。
烈風刃から逃れた人形がいないことを確認し、続けざまに優里菜が食い止めていた人形たちの始末にかかる。優里菜の脇を抜け、最初と同じように一体ずつ丁寧に沈めていった。人形たちは広輝が最大の障害と認識したのか、優里菜や隆也への攻撃が少なくなり、広輝へ次々に飛び掛かる。広輝はその尽くを目に止まらぬ疾さで躱し、別の人形を斬断した。また時には、柔らかな風のように"ふわり"と受け流し、返す一太刀は真空の刃の如く、無慈悲な斬撃で一閃する。広輝たちを取り囲んだ人形の全てが動かなくなるまで、広輝は縦横無尽に戦い続けた。
人形たちの標的が広輝だけに絞られていったことで、優里菜と隆也に広輝の戦いを伺う余裕が生まれた。そして襲い来る人形がなくなると二人は広輝を助けるでもなく、その戦いを見守った。いや、見守ることしかできなかった。手助けが邪魔にしかならないと思ったのだ。広輝の戦いが速すぎて目で追うのがやっとだったから。
人形を全て斬り倒し、久下広輝という疾風が止むと、異様な静けさが訪れた。夕闇を焼く天宿の雷炎の向こう側から聞こえる戦いの音とそれに交じる怒号と悲鳴、その喧騒とは裏腹に。魔導人形の残骸の中、炎を背にした広輝の表情は、影になって見えなかったが、右手に握る太刀の刀身と左手首に覗く腕輪が炎の光で冷たく煌めいていた。月永兄妹は広輝の確かな実力を頼もしく思ったが、同時に恐ろしさも覚えたのだった。
その広輝が太刀を納めずに近づいてきたので、二人は味方だと解っていても内心ひやりとした。
「逃げるぞ」
「え、逃げ……?」
優里菜は燃え盛る天宿を見る。「助けに行くべきでは?」と目が言っていた。
「あっちには朱とか紫が居るんだろ? あの人達が勝てないのなら、たかが蒼以下の三人がいたところで勝てるわけがない」
"たかが蒼"、今の戦いぶりから優里菜には広輝が"たかが蒼"に入るとは思えなかったが、広輝が疑問を口にさせない。
「それに二人は月永の直系。月永として死ぬ訳にはいかないはずだ」
広輝は敵の狙いである[杯]を一刻も早くオリバーから遠ざけようとしていた。ただ、今ここには隆也がいる。ストレートに[杯]を遠ざける為とは言えなかった。優里菜が[杯]の存在を広輝に明かしたことを隠す為だ。
「優里菜、行くぞ」
隆也は広輝の方便に便乗した。隆也も碧の秘宝――ウンディーネの杯――の在り処を広輝に言うことはできない。だから「血統主義を重んじて逃げる」などという恥じる言い訳を飲み込んだ。
隆也が優里菜の腕を掴み、天宿に背を向ける。
「兄さん!?」
「今は飲み込め。敵の思惑通りにさせる訳にはいかない」
優里菜は隆也と広輝の考えが一致していることを悟る。守る為の力を持ちながら逃げる。在るべき姿とのギャップに歯痒み、実際の戦いに後ろ髪引かれながらも優里菜は二人に従うことに決めた。
しかし、それを阻む元凶が炎の中から現れる。
「見つけたぞ。碧眼の娘よ」
三人が振り返った先にあったのは、大剣を肩に担いだ[雷鬼]オリバー・エクスフォードだった。
オリバーは工場跡ではかけていたサングラスをかけておらず、こめかみから血を流した跡がある。服はボロボロで左腕は力なく垂れ下がり、指先から血が滴っていた。
「ひどく返り討ちに遭ったようだな」
「ああ、中々楽しませてもらった」
すぐに戦闘に入ることはせず、広輝が会話を挟む。少しでも機を生むために。けれど、オリバーはそれを許さない。
「だから、オーダーを優先させてもらう」
「! 優里菜、逃げろ」
「それは困る。――迅雷――」
オリバーの全身に雷が奔る。
広輝は身体能力強化の天術だと直感した。天力をただ纏うだけではなく、もう一歩踏み込んだ強化。自分の属性の力を纏って戦える。
オリバーが僅かに腰を落とすと、その姿が消える。
「っ!」
広輝は咄嗟にオリバーと優里菜たちの間に体を割り込ませた。
オリバーは大剣を肩に担いでいた。だから上段からの叩き斬ってくる。広輝はそう判断し、大剣を受け流しを試みる。
巨躯のオリバーが一瞬で目の前に現れる。広輝の予想通り、オリバーは右腕一本で身の丈ほどもある大剣を振り下ろした。
広輝の頭上に振り下ろされた大剣は広輝の太刀に沿って軌道を変える。広輝の受け流しが成功したように見えた。
広輝も受け流しが成功したと確信した。返す刀でオリバーを斬ろうとしたが、腕に力が入らなかった。太刀が広輝の手から零れ落ちる。
オリバーはそのまま大剣を地面に叩きつけた。
「っ!?」
雷を纏った大剣は地面を砕いた。その衝撃は、太刀経由で流れた電流と相まって広輝を怯ませ、太刀を広輝から遠ざける。
「受けたのは失敗だったな」
そう言い残し、痺れて動けない広輝を横目にオリバーから距離を取る月永兄妹に狙いを定める。
(一撃で終わらせる)
オリバーは共に戦場を駆けて来た愛剣――ティールミーター――に天力を注ぎ込む。隆平の娘息子ならばと、加減はしない。二人に迫る中、剣身に注ぎ込まれた天力が雷へと変化し、稲光りながら青白く閃光した。
再び大剣を振り上げた時、雷は大剣の剣先へと集中する。
「霹靂」
振り下ろされた大剣の切っ先に雷が落ちた。
「水守!」
「重力結界!」
追い詰められた二人もオリバーの雷を防ごうと結界を張る。効果があるかなど知らない。何もしなければやられるのだからそれは無我夢中だった。
けれど、そんな二人の盾をオリバーの雷剣は容易く叩き斬る。
二人の前で地面が爆砕するほどの稲妻が落ちた。
「…………」
天宿の結界を破った[天を斬り裂く雷刃]ほどの威力はないが、それでも強力な雷に変わりない。直撃はしなかったが、その凄絶な閃光と轟音は二人の全身を叩いた。気絶させるには十分な威力だった。
焼け焦げ、ひび割れた地面に二人は倒れている。妹を守るように隆也が優里菜に覆いかぶさりながら。
オリバーは二人に近寄り、わざと大きな音を立てながら大剣を地面に突き刺す。何の反応もないことから二人が気絶していると確かめた。
目的は優里菜だけ。オリバーは優里菜から隆也を引っ剥がす為、右手を隆也に伸ばした。
「――強きこと嵐の如く――」
「!」
背筋に走る身が縮むような悪寒。オリバーは咄嗟に身を翻し、大剣に天力を込める。そして、盾にするように身を屈めた。
ほぼ同時に大剣に広輝の斬撃が衝突する。オリバーの斬撃より遥かに軽い。しかし、その太刀筋の鋭さに感嘆した。天力を込めていなければ、ティールミーターが斬断されていたかもしれないと思うほどに。
そして静かに佇まいながらも、こちらの隙を伺う今の広輝はオリバーの大好物へと変貌していた。
今までも本気だっただろう。ゲーベルの工房で会った時も、二人を逃がすために間に入った時も。それでもどこかオリバーの力を測ろうとする姿勢は否めなかった。けれど今はそれがない。こちらを斬る為に一切の余念がない。
オリバーは大剣を地面から引き抜く。ゲーベルのオーダーを忘れそうになるほど心が踊っていた。どの道、目の前の剣士を排除しなければ、オーダーは達成できまい。
「今度は痺れないようだな」
オリバーはただ纏った雷で痺れていた広輝には落胆したものだが、今の広輝はそうではないらしい。
「悪いが会話する余裕はない」
高ぶるオリバーとは反対に、広輝は頭を冷やしていく。
(冷静に、冷徹に、冷酷に。そして冷血に)
広輝は自分に暗示をかけていく。心を乱して失敗しないように。怒りで視野を狭めないように。その選択肢を見逃さないように。
「応援の時間を稼がないのは殊勝な――」
オリバーが言い終わる前に広輝が姿を消す。次にオリバーが視認した時は、間合いの内側。
「お前が、だ」
右腕を斬り落とそうとする広輝の太刀を辛うじて大剣で防ぐ。防ぎはしたが大剣を弾かれ、大剣の重みで仰け反るオリバーを広輝は見逃さず追撃する。その巨躯の胴に斬りかかる。
オリバーの口元がニタリと歪む。
オリバーは大剣を振り下ろすことで広輝が入ったと思った胴の一太刀を弾き返す。
「!?――――!」
本来ならば引くところ。常人ならば大剣の重量に引っ張られて、振り下ろすことなどできないだろう。それをオリバーはしてきた。オリバーのその力技を解析するために引く。広輝の戦い方の一つだが、今までそれをしていたから後手に回った。だから今は、無茶を通し切るもう一つの戦い方。
(先の先を読み続ける――!)
広輝は[嵐]の速度でオリバーに連撃を繰り出し続けた。大剣に弾かれても、大剣を木刀の如く扱う膂力のカウンターを躱しながら。オリバーが[迅雷]で逃げようとも、追いついて一閃する。オリバーよりも速い速度で、オリバーが纏う雷では痺れることのない量の天力を広輝は体と太刀に纏っていた。オリバーの[迅雷]と同じ身体能力強化の天術。広輝が得意とする天術だった。
オリバーが辛うじて目で追える速度。今までの経験と勘で何とか凌げていると言ったところ。優里菜から徐々に距離を取らされている。このままではジリ貧だった。隆平との戦いがなければこんなに苦戦はしなかっただろう。
…………否、こんなに楽しめなかっただろう。
オリバーは隆平との戦いを一瞬、思い馳せてしまった。一瞬、広輝から意識が逸れてしまった。
広輝はその隙間を見逃さずに、オリバーの胴を一閃する。
――星月一刀流剣術・飛電――
オリバーの脇を通り抜けながら、胴を斬る。間合いもタイミングも完璧。
「斬った」と思った。
しかし、後からやってきた感触はとても斬った感触ではなかった。
「く、くくく……まさか、こんな相性だとは」
振り返るとオリバーが面白そうにくつくつ笑う。広輝が斬ったところに傷はない。血が流れた跡もない。オリバーは広輝の斬撃で傷ついていない。
「俺はお前に追いつけないが、お前は俺を傷つけられない」
オリバーの雷の鎧は、広輝の風の太刀を通さない。
オリバーが果てるのが先か、広輝の天力が無くなるのが先か。
月永と陽本がオリバーにどこまでやられたか分からないが、このまま戦い続ければ、月永と陽本の応援があるかもしれない。それを期待し、可能な限り時間を稼ぐ手もありかもしれない。でも、広輝はそれが来ると思ってはいけないと覚悟する。
「いや、意地でも通させてもらう」
太刀を構え直す。そして今まで以上に天力を太刀に収束させる。
(もっと、もっと天力の収束を。練り込むように。擦り込むように)
多くの天力を持たない天子が生き残る術。天力を収束し、その密度をより高く。より凝縮し、濃密な一撃を以て魔を討つ。
『収束は力だ。バカでかい岩だって、火球だって貫いて、斬り裂くこともできる』
かつて教えてもらったこと。今では意識しなくてもやっていること。それを意識し直すことで少しでも強靭な剣に。
オリバーはあくまで広輝を迎え撃つつもりらしい。攻めてくる様子がない。
それならばと、広輝は収束を完全にし、オリバーに斬りかかった。
――天術・狂雷――
(左……!?)
広輝は完全に先を読まれた。そしてオリバーは大剣を持つ右手ではなく今までぶら下げているだけだった左腕を上げ、左手を広輝に向けた。オリバーは広輝が天力を込める時間を使って、もしくは今までずっと左腕の治癒をしていたのかもしれない。
オリバーに照準を定めていた広輝は、オリバーの狂雷を斬る態勢に持ち込めない。広範囲に奔る雷を広輝を躱しきれないと判断し、攻撃に集中していた意識全てを防御に回す。狂雷に飛び込む形になりながらも、広輝は凌ぎ切る。
雷光が止んだ時、オリバーは青白く稲光る大剣を悠々と掲げていた。
広輝の全感覚が逃げろと伝えている。全身の毛が総毛立つ。肝が冷える。心臓が縮む。
逃げろ逃げろ逃げろ!
それでも広輝の体は狂雷を凌ぎ切った反動で反応が鈍い。
「防ぐのは失敗だ」
オリバーは月永兄妹を気絶させた術を広輝へ振り下ろした。
――天術・霹靂――
――天術・嵐鎧――
広輝が辛うじて発動させた天術も虚しく、オリバーの雷が風の鎧を貫き、広輝を撃ち抜いた。
オリバーの左腕、という選択肢を除外して戦い続けた広輝の敗北。戦いながら治癒する芸当は、天力が少ない広輝にはできないこと。増して、その大怪我を治す時間を与えたつもりはなかった。
オリバーの雷に撃ち抜かれた瞬間、広輝の意識は飛んでいた。雷光が消えると、操り人形の糸が切れたように広輝の体は無残に崩れ落ちた。太刀が地面に転がり、その太刀を握っていた手は麻痺して痙攣を起こしていた。麻痺は手だけではなく全身に起こり、意識を失った体が無様に微動を繰り返していた。
そしてこの症状は決して広輝だけではなく、先に霹靂を受けた隆也と優里菜にも言えた。二人も広輝と同じように地に転がっているはずだった。
オリバーは大剣を振り下した時、全身が重くなった感じがしていた。月永兄妹に霹靂を放った時も大剣が重くなった。オリバーにはこの感覚に覚えがある。懐かしくも、ほろ苦く、あの叱責が蘇るかのような記憶。少年時代のオリバーに稽古を付けた一人、ソリアス保守派の重鎮、研究機関ながらも武闘派で、文字通り文武両道を体現する、ダグラス・グレーデンが持つ最も稀有な能力。
それが[重力]。地球というこの星最大の質量を味方につけるその力の極みは、オリバーの骨身に刻まれていた。
オリバーの情報通りならば、隆也がこの能力を有する。そして霹靂に撃ち抜かれ、体を動かすことができなくても、意識を失っておらず、意思だけでオリバーに干渉してきた。オリバーは隆也に本当に意識があるか確認しようとするが、広輝によって隆也から離されてしまう。ここでは判断できなかった。
(――どこが堕ちた月だ。貶めているのは味方ではないのか?)
オリバーにとって隆平との戦いも楽しかった。煩わしい雑兵が邪魔をしてきたが、隆平へのついでや、術技の余波で沈めた。隆平より美味い者はいなかったが、少なからず歯ごたえがあった者も数人いた。揃って猛々しく吠えていたが五月蝿かったので、早々に退場させた。隆也はまだオリバーを楽しませる所に至らないが、まだ若い。オリバーの直感が、育てば美味いと言っていた。
その点、広輝は既に美味い。
隆平たちとはまた違った戦い。オリバーに接近戦を挑む天子はそうはいない。そればかりかハンデを負っていたとは言え、接近戦で伯仲した戦いができたことは、オリバーの心を存分に踊らせた。きっと、もっと成長した広輝とならばもっと楽しい戦いができる。
「加減はした。次があればまた楽しませてくれ」
地面に伏せった意識のない広輝に言い置く。オリバーの言葉には、ある種の期待が含まれていた。
オリバーは隆也の意識確認とゲーベルからのオーダーを遂行する為、広輝から離れ、隆也と優里菜の元に歩き始めた。
おもむろに天を見上げた。天宿の炎が夜闇を焼いて、雨空に変わりそうな曇天の雲を照らしている。この炎では雲がなくても、星を見ることは叶わない。
が、代わりに星に見紛う何かが降ってきた。
「!!」
オリバーは正体不明のそれに触ることを避け、全力で回避する。オリバーがいた地面を小さなレーザーのような何かが複数貫いて、微小の穴を穿いた。
「次はないわ。ここで捕まりなさい」
オリバーを取り囲む宙に浮く十数個の小さな球と、東洋人の中でも非常に小柄ながらもグラマラスな体の女性の出現で、オリバーの第三ラウンドが始まった。




