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いつか、君の隣へ  作者: U
第一章 再会、開かれた扉

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第十話 雷炎(前編)

 オリバー・エクスフォードが、広輝にウンディーネの杯を奪いに行くことを示唆してから十日が経った。鳴上支部は日常生活を維持しながらも、杯と優里菜を守る態勢が取られていた。戦えない者は天宿から避難し、代わりに鳴上支部の天子の大半が集結している状態となった。隆也も優里菜も家に帰らず、天宿で寝泊まりしていた。しかしながらこの態勢を一週間続けて、オリバーが現れる気配がなく、天子の気持ちに緩みが生じ始めていた。案の定というべきか、月永直系や櫻守、そして陽本の中枢と距離を取る者ほど気持ちに緩みがあった。陰では、「堕天子が嘘をついている」とか「オリバーが月永に恐れをなした」などという噂が立っていた。それでも真面目に働く者はきちんと役割を果たしており、優里菜の父・月永隆平は工場跡に別の工房を複数発見し、黒幕に繋がる手がかりを探している。天守と勝弘は調査部隊への増員を決定し、予備戦力の一部を割いた。その中には分家の中で立場の低かった永江家や勝弘の娘・晶も含まれていた。

 そんな態勢の中で、天宿の屋外訓練場で優里菜の指導役という役割を渋々とこなす広輝の姿があった。屋敷の縁側近くにある木製のベンチに太刀を抱くように身を縮こませて、ひたすら水を生成しては天術で散らす優里菜を見守っていた。

 四月最終週、明日からゴールデンウィークに入る日の夕方。今月は快晴が多かったけれど、昨日から生憎の曇天。春先のような寒さに広輝は冬用のジャンパーを引っ張り出して体を丸めていた。夕焼けの空は見えず、日が沈み初めて徐々に視界が悪くなっていく。これからの天気は今よりもっと良くないらしい。冷たい風が雨の匂いを運んでくる。

 そこに広輝と同じように冬の格好で隆也が現れた。

「やってるな。どうだ妹は」

「特に変わりなく。でも、詠唱すれば高出力が出るようで安心しました」

「それは良かった」

 優里菜とペアになり、自動的に思わぬ形で優里菜の指導役となったとは言え、指導相手から訓練を見てほしいと言われれば、見ないと指導役の責務に反する。広輝は優里菜にアドバイスしたことが間違っていないか、訊けるところには訊いて回り、あながち間違っていないことがわかった。ただ、多量の天力保有者の誰もが体が弱かったことがないので、そんな訓練をしたことはないらしい。最初から全力全開で天力を出力できたようだ。広輝からすれば非常に羨ましい話だった。

 しばらく広輝と優里菜を見守っていると、隆也が思い出したように話題を振る。

「ところで、先週の二十四日は優里菜の誕生日でした」

「…………急に言われたって何も出ませんよ。強いて言うならこの訓練がプレゼントです」

「それは高価なプレゼントだ。優里菜も感謝してるかな」

「……さあ、どうでしょうね(あの日か)」

 優里菜が用事があるというので、広輝が「なら(今日は)止めるか」と言ったところ、優里菜が時間をずらしての訓練を必死に懇願してきた。

 そんなにこの超絶つまらないメニューをやりたいのかと広輝は少し引いた。今思うと「今日は」という単語を抜いてしまったので、優里菜は訓練を見てもらえないと思ったのだと、と少しだけ申し訳ない気持ちになった。広輝には優里菜が友達が云々言ってた記憶があるので、友人に祝ってもらってたのだろうと思う。日常が充実しているようで何よりだった。

 それに優里菜がこれに感謝しているか疑問である。指導役として優里菜の訓練を見ているが、広輝が優里菜に課したメニューは単調で精神的にハードだった。オリバーの襲撃に備えて体力は減らさないようなメニューにしたが、ひたすら同じことを繰り返すのでやっている方は相当つまらないはず。このメニューは広輝は自分の時間を削られたくないという私情を含んだ、優里菜に早く折れてもらう為のものだったのだが、広輝の想定は外れる。優里菜は淡々と、延々とメニューを消化し、やってられないと放棄もしない。仕方なく今日まで続いていた。

 瞬間での最大の天力量で水を放出、終えたらその水を天術で気化。これを十分間ひたすら繰り返し、五分の休憩。この十五分を平日は八セットの二時間、休日はこの二時間を二セットが優里菜に課したメニューだった。

 考えた時も、見ている今も、ひたすらにつまらなかった。

 六セット目を終えて、優里菜が休憩にやってくる。

 訓練の時も、普段も優里菜から聞くことがなければ、広輝と優里菜の間に会話はほとんどなかった。広輝は世間話をするつもりはなく、優里菜はどんな話をしていいか分からなかった。話を振っても広輝に話題を膨らませようとする意思がないので、あっけなく終了してしまっていた。

 なので優里菜は広輝に不意をつかれた。

「遅いけど、誕生日おめでとう」

「あ、はい。ありがとうございます」

 あまりにも急で、言われると思ってなかった人物からの祝福に、驚きでお礼の言葉に感情が乗らなかった。

 このタイミングで言われるとなると、いつの間にか広輝の隣りにいた隆也が教えたのかと、優里菜が隆也に目で聞いてみると、隆也はポケットからほんの少し右手を出してピースしていた。

 そして誕生日ついでに、隆也が広輝の誕生日を聞き出す。

「お前の誕生日はいつなんだ?」

「……一月二十三日です」

「お、一二三だな。覚えやすい」

 広輝は「ですねー」と流す。だいたいいつも同じようなことを言われてきたので、耳にタコである。その横で密かに広輝の誕生日をインプットしている優里菜に向かって、隆也は左手も出して両手で優里菜にピースしていた。

 優里菜は隆也に何か見透かされたような気持ちになって、恥ずかし紛れに寒さに体を丸めている広輝に定型文を送る。

「広輝くんは冬生まれでも寒いの苦手なんだね」

 すると何か気に障ったのか、睨みはしないが、キッと優里菜を見る。

「――優里菜」

「なに?」

 何か悪いことを言っていしまったのかと身構えるが、斜め上の答えが返ってきた。

「冬は黙って、こたつにみかんだ」

「「…………」」

 広輝には何か固い意思のようなものを感じた。優里菜と隆也は広輝が冬は亀になるのだと確信する。

 大人びてると思っていた広輝に、可愛らしいところを見つけて少し気持ちがほんわかした。

「そろそろ再開するね」

 なんだか可笑しくなって、顔に出てしまいそうだったので優里菜は七セット目に移ろうとしたが広輝が止める。

「いや、今日はもう暗いし、雨も降りそうだし、終わりにしよう」

 確かに曇り空も相まって、夜寸前のような暗さだ。屋敷からの光がなければ、少し先も見えなくなってきている。

 しかし、寒がりの広輝の格好を見ると、まるで別の意味に聞こえて仕方がなかった。「寒いから止めよう?」と。

「ううん。最後までやるよ」

 面白みのない飽き飽きするメニューを課した広輝への仕返しなのか、どこか優里菜の声が明るい。

 広輝が訓練の中止を諦めた時、曇天の夕闇に閃光と轟音が同時に迸った。



  ***



『[ウンディーネの杯]と[碧眼の娘]を奪ってこい』

 雇い主であるゲーベルから命令を受けたオリバーは、翌日には鳴上支部を急襲しようとしていたが、翌朝に考えを改めた。

 ゲーベルはこの拠点が月永に見つけられるはずがないと考えている。実際ゲーベルの導きがなければ、オリバーでは地形的に地上からこの拠点を見つけるのは困難だった。加えてゲーベルはそれなりの魔術でこの古城を隠匿している。一介の異能力者たちがこの場所を探し出すのは至難の業だろう。しかし相手は、この国における五大支部筆頭の鳴上であり、あの月永である。最近は[堕ちた月]と揶揄されているようだが、腐っても月永だ。普段は足の引っ張り合いをしていても、月永の子供や至宝を取り戻すためならば、一致団結する可能性があるかもしれない。そうなった時、本当にここは見つからないだろうか。

 オリバーがゲーベルに相談すると、ゲーベルはその可能性を考慮に入れた。ゲーベルも発見される可能性を考えていなかった訳ではなかったようだが、一度も古城内に侵入された事がなかった為、その可能性を排除できる極小の可能性として切り捨てていた。しかし百戦錬磨のオリバーから進言されたことで万が一を考慮に入れ、「扉を開ける三日前」から奪取を始めるようにオリバーに命令し直したのだった。

 オリバーは空いた時間を使い、どうすれば目的を達成し、戦いが楽しくなるかを考えていった。全ての段取りを天宿で終わらせるように決めた。

 天宿を遠くから観察すると、あの天宿は正門と裏口以外からは入れないようにされているようだった。町に溶け込む為に建物は視認できるようだが、中に居るはずの人間が一人も確認できない。そして空を飛ぶ鳥たちが天宿を避けるように軌道を変える。オリバーは経験から天宿が結界に守られている事を確信した。追加のターゲットとなった碧眼の娘にも日常を崩さない範囲で護衛が付いている。あれこれ方策を考えたが、結局行き着く考えは、結界を破壊して天宿に入り込むという力技だった。問題は天宿周辺を巡回している天子たち。結界を攻撃する一撃目の前に見つかってしまえば、ターゲットを逃がす時間を与えてしまう。再びゲーベルに相談すると、追加情報と共に一度だけ数百メートルの転位を可能にする魔術が組み込まれた宝石を受け取った。ゲーベルにとって専門外の魔術の物でも簡単に出てくる所は流石と言う他ない。

 そして実行日当日。日が落ちるまで身を潜め、曇天の夕闇から夜闇に移ろう時、オリバーは行動を開始した。

 ゲーベルから受け取った宝石の魔術を以て、天子の監視網を透り過ぎ、結界の直上に移動する。右腕で大剣を抜き、天力を注ぎ込む。剣身が雷光を迸った時、発動させる。自身の持つ最大威力の天術[天を斬り裂く雷刃(ラグナロク)]を。オリバーは稲光る大剣を、天宿を守る結界に叩き付けた。オリバーのいかづちが結界に衝突すると、結界の上を奔るように四散する。オリバーの最大威力の天術でも結界を破壊し切ることはできなかったが、結界に孔を空けることはできた。天宿に入り込めることに安堵しつつ、こんな強力な結界を構築できる月永と陽本に胸を踊らせる。楽しくなりそうだと。

 オリバーは結界内に入った直後、広範囲に雷を落とす。


 ――天術・狂雷――


 オリバーの左手から放たれた雷は雷鳴と共に八方に三度飛び散って、容赦なく天宿の尽くを貫いた。

 オリバーが庭園に着地し、立ち上がった時、曇天の夜闇を焼く炎が燃え広がっていた。燃焼する音に混じって、怒号と叫喚が聞こえる。雷にやられた者とやられなかった者、逃げ惑う者と事態に対処しようとする者、助けを求める者と助けようとする者、動かなくなったものと動かなくなったものを見た者。混乱と混沌の阿鼻叫喚が炎の中にあった。

 オリバーは急襲の成功を確信し、懐からもう一つの宝石――ブラックダイヤモンド――を取り出す。ゲーベルから最初に受け取った、魔術が組み込まれた宝石。ゲーベルが組み上げた二百体の二級魔導人形を喚び出す術式が刻まれた宝石。オリバーは一切の慈悲なく、この炎の混沌を地獄へと叩き落とす。

「――Beschworen」

 オリバーの天力と術式を起動させる詠唱によって、ゲーベルの召喚魔術が発動した。

 宝石に刻まれた紋様が白く輝き、オリバーを中心にして地面に魔法陣が次々と展開して広がっていく。展開が完了した魔法陣から召喚術に応えて魔導人形が現れていった。ゲーベルが造った魔導人形は、人形と銘打っていてもその姿は動物や空想上の獣をあしらった物が多い。獅子や虎、馬や猿といった現存する生物からケルベロスやユニコーンの幻獣まで多種多様に渡った。

 全ての召喚が終えると、宝石は宝石自身も輝きを失い、美しかった庭園は人工の獣たちで埋め尽くされた。

 炎の中から脱出してきた最初の天子が人形たちを見て愕然と膝をつく。雷の恐怖と炎の檻から脱出したかと思えば、今度は獣の群れ。立て続けの災厄に心が折れたらしい。その天子に続いて、ちらほら天子が天宿から出てくる。獣の群れを見て恐怖するものもいれば、発奮する者もいる。オリバーは人形たちに戦おうとする者に期待しながら魔術の起動語を口にする。 「Gehen」と。

 オリバーはゲーベルがこの魔導人形たちにどんな動きを組み込んでいるかは知らない。だけどそれでいいと思っていた。邪魔になるなら破壊してしまえばいいのだから。

 オリバーのキーワードによって、人形たちは一斉に動き始める。人形は天子や炎を恐れることはない。弱き天子を蹂躙し、強き天子と交戦し、炎の中へも飛び込んでいく。

 ターゲットである碧眼の娘の側にいつも通りの護衛が付いていれば、今の雷や召喚した魔導人形で死ぬはずがないとオリバーは考えている。仲間殺しの厄児にして、神堕しを遂行したメンバーの一人、[堕天子]の久下広輝なれば。

 全ての人形がオリバーから離れるとオリバーは碧眼の娘――優里菜――と広輝を探し始めた。オリバーの目的を知っているから、合理的に考えれば優里菜を逃がしに動くはず。けれど目の前に要救助者が多くいるのであれば、救助に当たる可能性もある。オリバーは知り得る限りの情報から広輝は救助よりも逃走を選択すると推測している。この炎を鎮めるのではなく逃げる者がターゲットだ。

 オリバーはまだ崩れ落ちていない天宿の屋根の上からその姿を探そうとしたが、オリバーの好物がオリバーの目の前に現れた。

「オリバー・エクスフォードだな」

 男は細い眼鏡の位置を整えつつ、オリバーを敵として狙い定める。

 男はオリバーによる炎雷の中、傷一つ負っていなかった。日本人にしては長身で、細く見えるが幹が一本通っているように見える。男はオリバーに怯えている様子はなく、オリバーを甘く見ているわけでもなかった。自分の力を把握し、オリバーの強さも飲み込んで尚、オリバーに戦いを臨む者。

「ああそうだ。貴様は誰だ」

「……月永隆平」

 月永の次期当主候補、優里菜と隆也の父がそこにいた。

「月永! 隆平!」

 ついている。

 オリバーは高揚した。ゲーベルが工場跡の工房に仕掛けたトラップ、特一級魔導人形二体を倒した部隊の隊長が眼前に現れたから。

「今日も工房に行っていると思っていたが、良い意味で期待が外れた!」

「そうか。ならばここでお前が潰れても文句はないな」

「はははははは! 良い、良いぞその敵意、その圧! ああ、文句はない! 存分に俺を楽しませてくれ!」

 オリバーはサングラスを投げ捨てる。隆平ならば眼の圧で臆することはあるまい。

「――迅さ、故に迅雷――」

 オリバーの全身が一瞬雷光に包まれると、オリバーは文字通り雷を身に纏っていた。オリバーの全身に雷が奔る。

「行くぞ! 月永隆平!」

 ソリアス強行派代表の息子であり、かつて数多の戦場を蹂躙し続けたいかづちの化身が、極東の地で再び猛威を奮い始めた。


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