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いつか、君の隣へ  作者: U
第一章 再会、開かれた扉

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第九話 月と星と櫻

 日が西に沈み、雲の少ない今夜は、三日月の光が心なしか鈍く、星がよく見える。

 天宿の美しい庭園を臨む縁側で、優里菜は一人黄昏れていた。

 広輝と手合わせを始めたのが茜時。広輝に何度も立ち向かって、優里菜の体力が尽きて解散になったのは夕日が山の向こうに消えた後だった。

 へろへろになりながら大浴場で汗を流して、食堂で軽食をもらって今に至る。

 家に帰っても晩ごはん食べる気がしないから連絡しなきゃなあと思いつつ、物思いに耽っていた。優里菜の頭の中によぎるのは広輝との手合わせだ。どんな天術も躱されて、体術で倒される。その繰り返しだった。広輝は天力を纏うだけで、刀を抜かないどころか天術も使わなかった。広輝相手に為す術もないのだからオリバー相手にも同じことが言えるだろう。

「自信なくすなあ……」

 優里菜は同年代の中では優秀と言われていたが、今はその言葉がゴマすりに聞こえている。同い年に格の差を見せられ、自分の驕りに気付かされた。優秀とは広輝みたいな人のことを言うのだろう。

 そうやって自信喪失に意気消沈していると近づいていた人影にも気づかない。

「ほう、何で?」

「それはあれだけ何もできなかったら……兄さん?!」

 振り向くと優里菜の兄の隆也と大樹がいた。

 隆也は父親と母親の良いところどりをしたようで、百八十に届く身長に、アイドルのような顔立ちで身なりも年相応に整えている。

 今年二十歳になる隆也の天位は翠。今冬の試験で蒼への昇格を目指していた。

「どうした?」

 隆也は自然に優里菜の隣に座り、大樹も隆也の隣に座る。

 優里菜は隆也に話すことかと少し迷ったが、逆に隠すことでもないのであらましを隆也と大樹に話した。ただし、[杯]について話したことは秘密。

「やっぱり嫌なやつですね」

 優里菜の話を聞き終わった大樹の開口一番がこれだった。大樹の広輝に対する評価は相当悪いようだ。

 対する隆也は顎に手を当てて「ふむ」と考え込む仕草。すぐに「よし」と膝を叩いて立ち上がる。

「一度会っておきたいな。会いに行くか」

「え?」

 広輝の部屋は陽本の方にあり、月永の人間がぞろぞろ行ったら問題がある。だから優里菜は一人で広輝の部屋に行くのにも悩んでいた。

 しかし、隆也は優里菜の心配を察してか、明かりの点いた修練場を指差す。

 月永も陽本も天術に磨きをかける。その為、屋外の訓練場とは違って天術が使えない屋内の修練場は、使われること自体が珍しい。その修練場を利用するとすると武術を戦いの核にしている広輝くらいだ。

 優里菜たちは広輝が居るであろう修練場へ向かった。

 


 鳴上支部内の修練場は築百年近くになる木造の建物で、中は体育館そっくりだった。ただし、バスケットゴールやステージ、床の競技用ラインは無いが。

 バスケットコート二面ほどからなる空間に道着姿の広輝が一人。

 愛刀の太刀を抜き、瞑想していた。太刀を中段に構え、想像する相手はオリバー・エクスフォード。

 右、左、正面、下、上……どこから攻めてもオリバーに打ち返されるイメージしか浮かばない。

(先の先より後の先か……?)

 広輝自身の得意な戦い方は先の先、先手必勝だったが、瞑想の中で広輝の戦い方は、尽く敗北していた。

 攻め方を変えてみるべきかと、思考した時、集中を削ぐ音が広輝の耳に届いた。

 広輝は纏った闘気を払うため、瞼を開き、架空の敵へ太刀を振るう。

 一歩前に出て袈裟斬り、そこから胴切り。後ろへ跳び、構え直し、敵の脇を抜けるように横薙ぎ一閃。

 星月一刀流剣術・飛電

 流れるような身のこなしで体を反転、再び中段に構える。

 一拍置いて、太刀を鞘に納めると、張り詰めていた空気がふっと霧散した。

 そこでようやく来客に意識を向ける。左手は鞘に置いたまま。

「何か御用ですか?」

 修練場の優里菜と見覚えある男子と見覚えのない男性がいた。

 優里菜は何か申し訳そうな顔をしていて、見覚えのある男子(大樹)は不機嫌そうで、見覚えのない男性(隆也)は晴れやかな笑顔。よくわからないメンバーだった。

「少し話をしてみたくてな」

 広輝の抑揚のない声から歓迎されていないことを察しつつ、隆也が修練場に足を踏み入れる。優里菜と大樹も隆也に続く。

 隆也は広輝に近づく最中、広輝の左手が鞘から離れていないことに気づく。その親指が鍔にかかっていることも。

(敵対? 警戒か――なぜ? 月永の人間だからか? いや、知らないからか?)

 下手に足を止めたら優里菜と大樹が不信がる。隆也は自己紹介の体で足を止めた。

「俺は月永隆也。優里菜の兄だ」

 それは広輝が太刀の鯉口を切ろうとした一歩手前だった。

 広輝は鞘から手を離し、体を隆也に向けて頭を下げる。

「失礼しました。久下広輝です」

 隆也は広輝の猜疑心にも近い警戒心にひやりとすると同時に太刀を抜かれずにほっとしていた。話に聞く限り相当の使い手だったから。

「そういう鍛錬は毎日やっているのか?」

「はい」

「こんな時間まで?」

「はい」

「さすがは蒼、と言うべきか」

「…………」

  隆也の質問に広輝はイエス・ノーで答えるだけで取り付く島がないと思ったところに、隆也の褒め言葉に広輝が視線をそらして嫌味のようにポツリと零して返す。

「……僕には天力という才能がないので」

 それが遠回しの皮肉であることは月永と櫻守の三人はすぐにわかった。

 天力量という才に恵まれながら、天力量の少ない天子ごときに劣るのは、せっかくの才を能くことを怠っている証拠だと。

(なるほど。これはかなり苦い薬だ)

 隆也も月永の鍛錬不足は熟知していた。

 実力と実績で昇格していく天子協会のシステム。この実績作りと昇格試験において不正を働く輩が多く存在し、残念ながら月永派もその輩の一員だった。実績では任務を受けた者たち以外にも天子が同行して任務を遂行する。その後、任務はあくまで任務を受けた者だけで遂行したと報告し、上もこれを受理する。試験では試験官となった者が試験の情報を横流しする。これらは当然禁止されていることだが、ある種の暗黙の了解、公然の秘密となっている天宿もある。しかしながら、ルールを厳格に、貴く貫いている天宿もある。ちなみに月永直系はルールを遵守している側だが、分家らの不正を見つけられず、咎めることはできていない。

 故に天位に不相応な天子が鳴上支部には存在するが、広輝は知らないので今の呟きはただの皮肉。

 隆也は鳴上の負の部分について話し合いに来たわけではないので、話題を変える。

「それより、優里菜と手合わせしたんだろう? 妹はどうだった?」

 広輝は隆也に問われると、試験結果の発表を待つ受験生のように緊張し出した優里菜をじっと見つめて頭の中で回想。

 そして率直な評価を下した。

「天術はまあまあ? それ以外は落第ですかね」

「あう」

 当然といえば当然。何もできなかったのだから仕方ない。それでもショックなものはショックだった。

 隆也は項垂れる優里菜を尻目に優里菜を圧倒した広輝を称賛する。

「やっぱり蒼は伊達じゃないな。まといだけだったって?」

 まといとは、天力を体に纏わせて、身体能力を強化する天術。優里菜は広輝が天力を纏っていたと思っていたが。

「え」

「え?」

 どうやら違うらしい。四人の間に妙な間が生まれ、隆也の脳裏にまさかの答えが浮かぶ。

 そしてそれは合っているらしい。

「纏ってませんけど」

「ぐふぅ」

 優里菜がその場に両手をついて跪く。優里菜と広輝の実力差は想像以上のようだ。

 隆也は優里菜が気の毒すぎて見ることもできない。優里菜は広輝に天力による最低限の防御すらしてもらえなかった。つまり優里菜は、天子ではなく、生身の人間に負けたということになる。

「なんで本気でやらない! 相手に失礼だろ!」

 大樹は優里菜の項垂れように血が上ってしまったらしい。広輝と話さないように聞くだけに徹し、無言を貫いていたが、限界に達したようだ。

 大樹が隆也に並ぶように勇ましく一歩前に出る。

「違うな。これは配慮だ」

 その大樹を見る広輝の目は聞き分けのない子供を見るようだった。

「さっきのは試合でも戦闘でもない。ただの手合わせにお前は、子供相手に全力で拳を振り上げるのか?」

「お前……!」

 優里菜を格下(子供)扱いしたことで堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。大樹が隆也が入らないように足を止めた広輝の間合いに入った。

 隆也がとっさに大樹に手を伸ばして、大樹を引き戻そうとする。

 それと同時に広輝の上半身が落ち始めた。

 隆也が大樹の服の裾を掴んだ時、広輝の姿が隆也と大樹の視界から消えた。 

「オレは常時天力を纏う訳じゃない。回避不能な攻撃から身を守る時と、こういう人間離れの動きをする時だけだ」

 隆也と大樹は信じられないものを見るように首を回す。

 広輝は一瞬で大樹の後ろに回っていた。二人の視界から消えると同時に床を蹴る音と、その音と重なるように後ろからスキール音。たったそれだけで二人は体の使い方が自分たちよりも遥かに上であることを実感させられた。

 振り向けば、大樹からすると憎たらしい顔がそこにあった。

「それに失礼なのはお前だろう。同年代なら天位が上のオレに形だけでも敬語があってしかるべきだ」

 優里菜が「あれ、私は?」という視線を向けてくる。

「敬語は要らないと言っただろう」

 「あ、そっか」と納得すると、優里菜はようやく立ち上がった。

「無礼な奴に敬語も糞もあるか!」

 なおも食って掛かってくる大樹に、広輝には一縷の不安がよぎる。

「……もしかして年上?」

「いや。大樹は今年十五になる中三」

「なおさらダメだ」

 広輝は自分より背が高い大樹の頭にチョップを食らわす。

「ぐ、この」

 このままだと広輝に手を出しそうになってきたので、隆也が大樹を止める。

「頭を冷やせ」

「でも」

「お前が悪い。広輝の優里菜に対する評価がそれなんだ」

 隆也は広輝の言い方にも問題があると思ったが、それを口にすると大樹が大人しくなりそうになかったから伏せた。その証拠が顔に表れているので、とどめを刺す。 

「櫻守は礼儀も教えないのかと、そういう話になるぞ」

「う……」

 目上の者に礼を示すのは当たり前のこと。ただ気に食わないというだけではタメ口を利いていい理由にはならない。そんな世間の常識を教わっていない訳がなく、それを教えない親でもない。

 大樹は櫻守を落とすわけにもいかず、大人しくなった。

「悪いな。妹のことになると血が上りやすくなるんだ」

 大人しくはなったが、決して謝りはしない大樹の代わりに隆也が弁明。子供相手になら「子供のすることです」程度の皮肉を込めて返していたはずだが、許す言葉もなく無言。

 大樹と広輝はお互いに「気に入らない」カテゴリーに相手を入れたようだ。

「ところで俺、まだ翠色なんだけど」

 最低限の礼儀は徹底するらしい広輝に隆也は訊いてみる。天位が下の自分は敬語を使うべきかと。けれど広輝の中では不要らしい。

「? 優里菜のお兄さんなら年上ですよね?」

「もちろん」

「今は平時です。年上には敬意を払います」

「任務中は?」

「指示に従ってもらいます」

「同色なら?」

「どう動くか、あらかじめ決めておきますが……?」

 広輝の頭上に?マークが浮かぶ。当たり前の事を訊いてくる隆也がわからなかった。

「いやなに。思いの外、仕事がしやすそうでよかった」

 僭越なことをするが不遜な天子ではない。広輝の中にはきちんとした序列がある。隆也の中の広輝に対する印象が変わった。百聞は一見にしかずを体感した気分だった。

 だからこそ、だろうか。隆也には余計にわからなくなったことがあった。

「だけど、きちんと礼儀を弁えているのに、なんで会議に乱入するなんて真似をしたんだ?」

 しかもただの会議ではない。あれは月永の幹部会議。転属して一月もせず、月永派ですらない、天子が乱入するなど前代未聞の珍事だった。そもそもいくら急ぎの用があったとしても、叱責を恐れ、取次してもらうなど順序は守ろうとするもの。広輝はその過程を全てすっ飛ばした。広輝に天守の場所を教えてしまった侍女は罰を恐れて、涙目で戦々恐々していたと聞く。広輝と侍女に叱責はなかったようだが。

「それについては逆に伺いたいです。上に疑義を覚えたのなら上申するのが筋というもの」

 広輝が今までにない表情(かお)になる。これは広輝の怒りを秘めた真剣な問いかけだった。

「それを、なぜ何もしないことを良しとしていたのです? [碧の秘宝]が何を示すか知りませんが、月永にとって大事なものならば、守りたいのなら、失くしたくないのなら、なぜ行動を起こさなかったのですか?」

 隆也と優里菜は、広輝のはっきりとした感情を初めて見た気がした。

 広輝の鬱憤は優里菜から[碧の秘宝]の正体を聞いたことでより強くなっていた。

 [杯]が狙われるということは、[杯]を身に着けている優里菜にいずれオリバーが辿り着く。再びオリバーを優里菜の前に立たせるなど愚の骨頂。隆也は優里菜が[杯]を身に着けていることを知っているはず。

 だから広輝は「優里菜を死なせたいのか」と訊いていた。

「…………」

 隆也はどう返したものかと口を噤む。「言い訳」ならあった。実際、何もしていなかった訳ではない。両親と共に祖父・・に[杯]と優里菜の避難や守護を直訴していた。隣の大樹も父親の一樹に騒ぎ立てるように訴えていた。天守と隆平と一樹が働きかけてようやく広輝が乱入した会議ができ、その結果、隆平が工場跡の調査に回されることになった。だけど、何も手立てが起こせていなかったことも事実。月永の政治的内状を知らない広輝からすれば「言い訳」に聞こえるだろう。実際に天守に覚悟させた広輝には。

「なんで黙ってるんですか、隆也さん!」

 広輝の真剣に応えられる答えを思考し、沈黙してしまった隆也の代わりに大樹が吠える。

 今の月永が宗家と櫻守の一任で動けないことを大樹も直接目にした訳ではないが、肌で感じ取っている。一樹から直接それを聞いたことはない。愚痴を聞いたこともない。それでも現状の歯痒さに苦悩していることに気づいている。

 だからこそ大樹は、内状をよく知らない広輝に非難されることが我慢ならなかった。

「俺たちだってやることはやった。それを父さんたちの頑張りを知らないお前に言われる筋合いはない!」

 大樹の愚直なれど純粋な目。大切な人の名誉と誇りを守るための目。

 どこかで見たことがある純粋さに広輝は大樹から目をそらす。

 ――そう、鏡を見ている気にさせられる。そこに映るようなかつての自分自身。過去の自分を見ているようで、その愚かさを嫌悪する。

「……頑張るだけで何かを守れるのなら、何も失ったりしないんだよ」

 こみ上げた嫌悪と同じくして、かつての過ちを思い出した。まるで冷や水を浴びせられたように、広輝の(感情)が一気に冷めた。冷静になって「何を熱くなっているんだ」と心の中で自分に言い聞かす。

 あの会議で月永に導き手となれるような光がないことに気づいた。頭が優秀でも体が思い通りにならなければ組織は正常に機能しない。鳴上支部の問題は二派の対立だけではなかった。だから、実行権力を持たない子供が騒いだところでどうにもならない。

 責めたかっただけだと気づく。岳隠支部と全く違う鳴上支部の現状へのストレスを発散させたかっただけだ。解っていた事を月永直系に訊き、答えられないさまを見て自分が上だという優越感を得たかっただけ。

 広輝は自分の気位の小ささに自己嫌悪し、視線を下げる。「失礼します」と一言頭を下げると、踵を返した。

 今までの気迫が嘘のように消え去った広輝の背中に隆也は何も言えず、大樹もさらに突っかかることをしなかった。広輝の心の内から零れ落ちたようなセリフに、広輝の心の奥を垣間見たような気がしたのだ。

「あのっ」

 二人が閉口する中、優里菜が広輝に声をかける。広輝は視線だけ優里菜に向ける。その目には隆也に向かい合った時の迫力はなかった。

「アドバイスをもらえないでしょうか!」

 空気を読んでか読まずか、広輝のテンションとは反対に威勢がよく、隣の二人が声の大きさに少し驚く。

「なんの?」

 ただ、何のアドバイスが欲しいかまでかは伝わらなかったようで、広輝は体も優里菜の方に向き直し、首をかしげる。

「手合わせで気づいたこと、とか」

 広輝は先の手合わせを反芻する。

 優里菜は天術に重点を置いた戦い方だった。それは問題ない。月永ほどの血統ならば天力は膨大なはずなので、火力重視の天術で接近させる隙間も無いほどの広範囲で押し潰すのが一番早くて確実。妖魔にしろ人間相手にしろ膨大な天力で生成された、四方から迫りくる分厚く強靭な天術から逃れることは普通に難しい。しかし、優里菜にはそれがなかった。内包するであろう天力を生かさず小手先の天術で攻撃してきた。それも三手四手の先を読んでの攻撃ではなく、単発ないしその次だけを意識した攻撃だった。故に広輝には分からなかった。月永がなんでこんな戦い方をしているのか。

 優里菜にアドバイスするにしても、そこを解き明かさないとアドバイスの仕様がなかった。

「白とペアを組んだ蒼は、白の指導役でもある。陽本、月永の垣根を越えてアドバイスしてもらえないか、今後のためにも」

 何から訊いたものかと思案していただけだが、隆也には広輝がアドバイスを躊躇っているように映ったようだった。

「アドバイスをする前に、不思議で仕方なかったんだが……何で威力のある天術を使わない? 遠慮なんか要らないと体で理解しただろう?」

「う……」

 優里菜の顔が「痛いところを突かれた」と言っていた。そして広輝にはその顔が出る理由が分からなかった。

「優里菜は自分の天力に体がついていけなくて、小二の夏まで入院生活だったんだ」

「入院……」

「そう。退院しても通院は続いてて、やっと最近、大きな天力に対する体の準備が整ったところ」

 言いにくそうにしている優里菜を見かねて、隆也が代わりに広輝の疑問に答える。優里菜が止める素振りを見せないので、どんどん話していく。優里菜がこれから実力を付けていく為には、指導役である広輝に洗いざらい話しておいたほうが良いと判断したからだ。広輝は感情を隅に置いて、役割や義務を果たす天子だと、短い会話から隆也は広輝を認識していた。

「えっと、つまり?」

「体に負荷がかからない量の天力での訓練はしているが、体への反動が大きい高出力の天術の訓練はそれほど積んでいない」

「なるほど」

 優里菜は高出力の天術を使わないのではなく、使えない。無理に使ったとしても体に負担がかかって、体がダメになりかねない。だから少量の天力で戦っていた訳だった。天術ではない、ただの膨大な流し水すら撃ってこなかった理由もそれ。広輝は才能と体が噛み合っていない残念な事例を初めて目にした。

「宝の持ち腐れも良いところで猫に小判になりかねないと」

「ぐふっ!」

 本日二度目の精神的な撃沈だった。

「お前、言葉を選べよな!」

「それは、悪かった」

 優里菜の打ちひしがれように、大樹の擁護に広輝も素直に謝った。ただそのフォローと謝罪に優里菜は余計に悲しくなった。傷の上に塩を撒かれた気分だ。

「優里菜」

「…………はい」

「申し訳ないが、正直どうアドバイスしていいかわからない。オレの周り、岳隠には天力に恵まれてはいない天子ばかりで、その少ない天力をどう効率よく使ってていくかに重点を置いていたからだ」

 広輝が扱う剣術もその使い方の一つ。武具を扱う天子は二流という考え方は、悪霊や妖魔相手ならばある意味正しくもあった。妖魔たちにとって毒である天力をぶつけて倒せれば、彼らの浄化は完了する。なので極端な言い方をすれば、究極、悪霊・妖魔相手の仕事に武術は必要ない。しかしながら、彼らの攻撃を避ける身のこなしや、標的が市街にいるならば、周りに被害を出さないように火力を抑えて立ち回る必要がある。その際に武術を要する。また、残念ながら人間を相手にする任務もある。その時には、良くも悪くも岳隠の教えが十分に生きる。そういう意味で、広輝に叩き込まれている教えならば、優里菜に伝えることはできた。

 しかしながら、今優里菜に必要なのは短所を補うことより、その絶対的な長所を活かす方法だ。天力が少ない広輝が辿ってきた道とは真逆の道。あまりいいアドバイスができそうになかった。

「ただ……出力を上げるなら、一度に開ける蛇口の量を少しずつ上げていくことだ。閉じられなくなったらまずいから少しずつな」

「……蛇口?」

 優里菜が顔を上げる。広輝が説明しづらそうに、言葉を選びながら優里菜にアドバイスをする。

「でっかい水槽があって。その中の水はお前の天力だとする。その水槽には水を排出するでかい配管がくっついている、はず。月永だから」

 優里菜の幼少期の状態が詳しくわからないので、広輝は想像で語っていく。自身の天力量に耐えられないなら、天力の容れ物である水槽の耐久力が弱かったことにした。

「その配管にくっついてる蛇口、というかバルブ? を少しずつ全開に近づけていくんだ」

 高出力を抑えているのであれば、そのバルブを開けてやれば中の水は一気に流れ出るはず。ただし、一気に開けたら、その水圧に慣れていないバルブや配管が壊れてしまうかもしれない。もしくは出ていく水圧にバルブを閉じる力が負けるかもしれない。だから毎日少しずつ。

「そうすれば多分? きっと? おそらく? 天術の威力は上がっていく、と思う?」

 広輝にも確証はない。だからこの方法が合っているかは、色んな人に聞いて確かめなければならない。

「何でそんなに自信なさそうなんだよ」

「オレたちは配管を大きくする訓練をしていた。だけど高出力を出せるのに出せない天子の訓練方法なんて知らない」

 もしくは配管経を小さくして、範囲は狭くても高圧力の天術を行使する訓練を。広輝はこちらの訓練に重点を置いて力を磨いていた。

「その訓練はいつから?」

「? 明日からでもやれば?」

 優里菜が訊いてきたが、広輝からすれば「いつだろうと好きにやればいい」だった。むしろ「今からでもやれば?」と本気で思っていた。しかし――

「明日から見てくれるの!?」

「…………は?」

 優里菜の目が変に輝いている。広輝は優里菜の発言の処理に時間を要した。

「うん、じゃあそういうことでよろしく、指導役。大樹、行くぞ」

「え……あ、は、はい」

 隆也が広輝の肩を叩いて外に向かう。大樹も隆也と優里菜を交互に見て、隆也の後についていった。

 修練場には、大きな声でお礼を言う優里菜と思い掛けない用件ができて戸惑う広輝が残されたのだった。


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