第6話 今よりもっといい女になるわ
「ユリア、やめっ……」
確かにそれは火の玉だった。しかも部屋の温度を数度は上げたと思う。しかし――
「あの……それは……?」
次々に襲いかかる火の玉流星群、メテオレイン。しかしその規模はあまりに小さく、直径3ミリ程度の大きさのものが真実の氷に降り注ぐだけの、滑稽とも言える光景だった。
これにはさすがにナハルも拍子抜けした表情である。だが、驚くのはここからだった。なんと真実の氷が蒸気を発して溶け始めたのである。いや、溶けるなんて生易しいものではない。溶けた液体が激しく沸騰していたのだ。
「た、たた、大変っ!」
「なっ! これは一体……?」
「あら、やり過ぎちゃったかしら」
ユリアがペロッと舌を出した時、すでに真実の氷は跡形もなく蒸発してしまっていた。
「おい、こんなの聞いたことないぞ」
「ちょっと熱いわね。ねえ、窓開けられない?」
「呑気なこと言ってる場合かよ!」
「どうしましょう……」
ナハルは狼狽えて右往左往している。こんなギルマスを見るのは初めてだ。こういう時は事務的な言葉をかけるのがイチバンだろう。
「それで、ユリアのランクは?」
「えっ!? あ、そ、そうね。Sよ。S以外にあり得ないじゃない」
「ま、やる前から分かりきってはいたけど」
「火噴き豚にビビりまくっていたクセに」
「あれは仕方ないじゃない! 火を噴く豚なんて見たことなかったんだから!」
頬を膨らませて抗議してくる幼女も可愛いものだ。しかし待てよ。もしあの時コイツがまともにメテオレインを放っていたら、近くにいた俺も巻き添えを食っていたんじゃないのか。おいおい、冗談じゃないぞ。
「なあユリア」
「なによ?」
「メテオレイン禁止な」
「はぁ?」
「こんなものちょいちょいぶっ放してみろ。町が吹っ飛んじまうって」
「ああ、確かに。実は私も驚いてるところだし」
彼女曰く、イメージでは砂粒をふりかける程度のものだったらしい。しかしまあ、極大範囲魔法と言われるメテオレインも、イメージでここまで規模を抑えられると分かったのは収穫と言えるだろう。そして――
「あれ? 氷が元に戻ってるわよ」
「え? あ、ホントだ」
「よ、よかったぁ」
ナハルがヘナヘナとその場にへたり込む。彼女にとって真実の氷は王国から与えられたギルドの象徴。それを失ったとなれば、どんな言い訳も通用しないと考えていたのだろう。
「あのさ、俺思ったんだけど」
「なぁに? 私の魅力に参っちゃった?」
「ちゃうわ! このこと、外に漏らさない方がいいんじゃないか?」
「そうね。私もそう思うわ」
俺に同意したのはナハルである。
「どうしてよ?」
「王国で唯一のSランク冒険者と言われるオーギュドでさえ、小さなコップ1杯分しか溶かせなかったんだぞ。それなのにお前はそれを完全に蒸発させちまった」
「だからなに?」
「これを王国が知ったらどうなると思う?」
「最上級のおもてなしで私を迎える。王族に名を連ねるなんてことも考えられるわね」
どこまで能天気なんだか。
「アホか。このままお前が大人になって、魔力が最大になったらどうなるか分かるか?」
「大人になって……」
しかしユリアに届いたのは、違う方の言葉だったらしい。
「きっと今よりもっといい女になるに違いないわ」
ドヤ顔で言う彼女に、俺とナハルが頭を抱えたのは言うまでもないだろう。